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本当の戦い

ゴルトン公爵の命により、現ゴビノー王国の人族軍部は表向きはレオネと和解という形を取ったが、双方の兵達の多くは現状に納得していなかった。ティア軍国やティアマン共和国から続々と獣人族の兵士達がゴビノーの人族に合流したが、人族は訓練場のスペースを分けて共に訓練を行おうとはしない。また、獣人族達も人族の兵士をからかったりするなど、関係は決して良好とは言えなかった。


「陛下の死にかこつけて急にゴビノーへ戻ってきおって…獣くせぇわ」

「うるせぇ!レオネ将軍の命令が無けりゃ、お前らみたいなヤモリ連中のトコなんか来ねぇんだよ!」

「誰も頼んでねぇわ!」

「なんだとっ!?」

「なんだ、オラァ!?」

などと双方の兵達が口論していると、ゴルトンと共にオーウェンが兵達の宿舎を訪ねてきた。兵士達が慌てて敬礼をして、人族の兵隊長が畏まったように言った。


「ゴルトン様!?このような所に…一体どうされたのですか?」

「オーウェン殿が双方の練度を確かめたいと仰っている。私は他に用があるので外すがな」

「は…はっ!」

そう言うと、人族の兵達は1列に並んで掛け声と共に槍を型通りに振るう。獣人族の兵達も同様に1列に並んで剣を振り始めた。2時間ほど経っただろうか、兵士達の間にも疲れの色が見え始めた。


「…お、おい。いつまで続けるんだ?」

「知らねぇよ、だがヤツらより先に()を上げるわけにはいかんだろ…」

などと小言を言いながら兵達の集中が途切れ始めた頃、双方の兵隊長達がオーウェンに話しかけた。


「あ、あのー…オーウェン殿?どうでしょうか、彼らの動きは?」

「…」

「オーウェン殿、もう良いではないでしょうか?我々の鍛錬を見に来たのでしょう?」

「…」

無言で腕を組むオーウェンの姿に、兵隊長達は押し黙ってしまった。結局4時間経ってもオーウェンは何も言わずに兵達の訓練を見続けていた。フラフラの兵士達の様子を見て痺れを切らしたのか双方の兵隊長達が大声で呼びかける。


『お、オーウェン殿!もう十分ではござらんかっ?』

「…あぁ、兵隊長達が十分と思うのなら止めても構わない」

オーウェンの言葉を良しと取ったのか、兵隊長達は兵士達に止めの号令をかける。途端に兵士達は持っていた槍や剣を落とし地べたに座り込んだ。


「ハァ…ハァ…腕あがんねぇ」

「久々に逃げたくなったわ…」

「ハァ…ハァ…こんな長時間も、一体何を見てたってんだ?」

などと言いながら息の上がった兵士に、オーウェンが拾った槍を向ける。周囲に座っていた兵士達はオーウェンの行動にギョッとしつつも疲れで動けない。兵隊長が慌ててオーウェンを止めた。


「な、何をされるか?オーウェン殿!?」

「兵隊長らはもう十分だと言ったな。だが、たった4時間の訓練程度で隣に座っている者の命も守れなくなる…それがお前達の練度だ。実戦になれば、もっと短い時間で動けなくなるぞ」

「…」


黙り込む兵士達にオーウェンが呼びかける。

「先の内戦で国力が落ち、王も亡くしたゴビノーはこれまでに無いほど脆弱な状況だ。お前達は4時間も経たずに全滅し、ゴビノーはもとよりティア、ティアマンも敵に蹂躙される…それがお前達の望みか?」

「…そうは言ったって、オーウェン様。コイツらとはついこの間まで敵同士だったんでs」

「故郷の愛する者や幼い子供達が殺されても、そうやって意地を張り続けるか?」

「…」

「国家の存亡を賭ける戦いに、感情論を持ち込むなッ!」


オーウェンの怒号に兵士達がビクッと身体を震わせ、自然と正座する。兵士達が一様に鎮まったのを見てオーウェンが続けた。


「今ここに居るのは、共に戦場に立ち、背中を預け、動けなくなったお前達に肩を貸す者だけだ。このままいがみ合って死ぬか、それとも助け合って死ぬか…全てはお前達次第だ」

『…って、何で死ぬ事前提なんすか!?』

と一斉にツッコむ兵士達にオーウェンは言った。


「戦場を生き抜くというのは、それほど難しいという事だ。隣に居る者が死ねば、お前達もいずれは死ぬ。お前達が死ねば、お前達の帰りを待つ人達も、敵に追われて死ぬ。皆が生き残るためにどうすればいいか…この先は自分達で考えて行動しろ」


そう言って立ち去るオーウェン。その後、双方の兵士達が手を取り合うのに時間は掛からなかった。

ーーーーーー


一方、ティンカー達はレオネやオベハと共に各国からの返書の状況を確認していた。フント獣王国およびハーゼ獣人国からは速やかに了承を伝える返書が届いたが、ピシェール王国、ベカス王国、パルードゥ王国からは20日を過ぎても返書が届かない状況だった。レオネが喉を唸らせて言う。


「見ろ、俺の言った通りになったでは無いか?」

「そりゃあ、中規模以上の国家にとって領土を広げる選択肢を潰されることは安易に同意出来ないでしょ?誰でもわかりそうな事を、自慢げに話すの止めてくれる?」

「むぐぐ…」

顔を真っ赤にするレオネを(なだ)めながらオベハが言った。


「つまり、ティンカーさんはこの事態を読んでいたと言う事ですよね?では、私達はこれからどうすればいいのでしょうか?」

「どうもしないよ?()()()()()()()()()からね」

「…どういうことでしょう?」

「まぁ、もう少し経てばわかるよ。しばらくの間は、彼らは国境沿いから動けないはずだからさ」


〜〜〜ティンカーの言った通り、ベカスやパルードゥから放たれた物見達は国境沿いから動けていなかった。何故なら国境沿いにはティンカーの方術が張り巡らされており、ティア側は実際には通常と変わらない人数で砦の守備に当たっているのだが、物見達には既に多くの兵士達が砦に集結し、戦争に向けて準備をしている様子が見えていた。ベカスやパルードゥの物見達は自分達が観ている光景が幻影だとは思いもしなかった。


「おい…一体どういう事だ?人族と獣人族が一緒に訓練しているじゃないか?」

「どうやら、ゴビノーとティアやティアマンが和解したというのは本当らしいな。武器も新品の物が多いようだ…一体いつからこんなに軍備を整えていたんだ?」

「わからん…だが、少なくともこれまでの間者の報告がいい加減だったというのは確かなようだな」

などと言いながら、物見達は軍の下へと戻っていく。その結果、忠実に報告をしていた間者は、二重スパイの疑いをかけられ投獄されたり処刑される事となる。そして、正確な情報がより伝わりづらい状況を招き、多くの軍隊が国境沿いで待機、あるいは退避せざるを得ない状況に陥っていた。〜〜〜


ティンカーが仕掛けてきた内容を聞かされたオベハは感心したように頷いて言った。


「方術とはそのようにも使えるものなのですか?…私はてっきりマジックショーくらいのことしかできないと…」

「ふん、ペテン師はやる事もペテンばかりだな」

と言うレオネを、ティンカーがジト目で見ながら言った。


「『戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり』、戦わずに相手を屈服させることこそ最も効率の良い勝利の仕方なのさ。大勢の犠牲を出して局所的な勝利を収めた所で、喜ぶのはレオネさんくらいだよ」

「ぐぬぬ…。だ、だがいずれはあちらもおかしいと気付くだろう?その時はどうするのだ?」

「言ったでしょ、ボクの言った『空城の計』の本質は猜疑心の連鎖を生み出す事にあるのさ。そろそろ、オーウェンが動いてくれるはずだよ」

そう言うと、ティンカーは自身ありげに笑ってみせた。

ーーーーーー


オーウェンの叱責から数日が経ちもう少しで期限の1ヶ月になろうという頃、国境沿いの砦から急報が届いた。


「も、申し上げます!西の国境沿いの砦の物見より、ピシェールの兵士およそ3000を確認!さらにその後方より続々と部隊が合流しており…10000を超える見通しです」

「10000か…オーウェン殿、どうされますか?」

と兵隊長が聞くと、オーウェンは立ち上がって言った。


「西の砦に向かう兵を500人選抜しておけ」

「ご…500?5000の間違いでは?」

「500で十分だ、残りは全部北近くに配置しろ」

そう言うとオーウェンは何処かへ行ってしまった。


その日、選抜された者たちの多くは自分が生きては帰れないと悟り、家族への手紙を仲間に渡したり身につけていた物を遺品として手渡したりしていたが、自分達が後に奇跡の生き証人になるという事を、この時は全く予想だにしていなかった。

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