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オベハの嘘

混乱する民衆達を兵士達が広場から追い出す中、貴族の1人が声を荒げた。


「ぇえい、静かにしろ!いったい何事d…貴様、オベハか?」

「お久しぶりです、ゴルトン公爵」

「…何用だ?」

「この国を危機から守るため、レオネ将軍と共に馳せ参じたのですよ」

「そう言って…また国を割る小癪(こしゃく)な策でも考えついたのか?」

ゴルトンの言葉に周囲の貴族がほくそ笑んでいたが、オベハは気にせず続けた。


「いいえ、私達は亡きディシェ陛下の意志を継ぐためにここにやって来たのです。ディシェ陛下はこちらにおられるオーウェン様に、この国の未来を託して亡くなられたのですよ」


オベハがそう言うとオーウェンはおもむろにフードを外した。突如現れた美しいエルフに民衆は一瞬にして虜になってしまう。ゴルトンも恍惚とした表情でオーウェンに見惚れていたが、ハッとした表情で首をぶんぶんと振るとオーウェンを指差して言った。


「…誰だ、この男は?陛下が国を託したというのはどういうことだ?」

「先日、私は陛下に招待され王都を訪れていたのですが、陛下はゴビノーの国力の低下を大変嘆いておられる様子でした。危険な道具を怪しげな商人から仕入れたりもしていたようで、私達の前でそれを試そうと兵士に渡した所、思いがけず暴走が起こり、6名もの兵士が犠牲になってしまったのです。すぐにこの場を離れるようオーウェン様が呼びかけましたが、陛下は兵士を犠牲にしてしまったことを悔いたのでしょうか…この場に残り、爆発に巻き込まれてしまったのです」

「馬鹿な…あの陛下が?到底信じることは出来ん」

「いいえ、事実ですよ。そして陛下は亡くなられる前に、確かにオーウェン様にこの国を託したのです」

オベハがそう言うと、オーウェンは収納バッグからゴビノー王家の杖を取り出した。杖の宝石がキラキラと光を放ち始めるとゴルトン達は驚きの声をあげた。


「そ、それは!…なぜエルフがこの杖を使えるのだ!?これは王家の者しか取り扱えないはずでは…まさか、その男は王家と繋がりがあるのか?」

「いえ、むしろその逆…ゴビノー王家がオーウェン様の家系に関係があるのかもしれません」

「どういうことだ?ゴビノー王家がエルフ族と婚姻関係にあったなど、これまで聞いたことがないが?」

「血の交流は何も婚姻関係だけではありません。古い文献によれば、昔は病人に治療薬としてエルフの血を投与したこともあったようですが、後にその者の家系から魔力の高い子供が生まれたという話もあります。ゴビノーの数百年の歴史の中で、そのような形で王家にエルフの血が混じっていたとしてもおかしくはないのです。現にこうやって、オーウェン様が杖を発動させているのが何よりの証拠だと、私には思えるのです」

そう言うと、オベハは感慨深そうに頷いてみせた。


〜〜〜ちなみにオベハが今話した内容は、オベハとティンカーが昨日適当に考えた創作の話であり、全くのデタラメである。もちろん、エルフの血液がかつて治療薬として用いられていたという事は少なからずあったようだが、最近はポーションなどの治療薬の精製技術が向上したため、このような古典的な方法は行われなくなった。また血液を介した伝染病の報告等もあるため、これらの方法を禁止している国も少なくない。〜〜〜


オベハの自信満々な話し方に、懐疑的だった周囲の者達も徐々にオーウェンが始祖にあたる家系の者と考え始めたのか、(うやうや)しく敬礼をする者なども出始めた。しかし、ゴルトンは納得できないといった様子でオーウェンをジロジロと見つめて言った。


「…不自然すぎるな。陛下が亡くなられたタイミングで始祖とも言える家系の者が現れるなど…偶然にしては話が整い過ぎている」

「まぁ、そのように思えてしまうのも無理はありません。ですが、『事実は小説よりも奇なり』とも申します。オーウェン様が王家の杖を発動させられるというのは、紛れもない事実なのです」

「ふむ…。オーウェンとやら。仮にオベハの言う通りだった場合…、お前はこの国の王位を継ごうと考えているのか?」

ゴルトンが怪訝(けげん)そうな表情で聞いてくる。


(…なるほど。この男、俺が王になると今の自分の立場が危うくならないかと危惧しているのか)

「いや、俺には帰る国がある。ここに来たのはあくまで、国を救ってほしいと頼まれたから…それが済めば、ここを立ち去るだけだ」

オーウェンがそう言うと、ゴルトンは髭を撫でながら言った。


「なら構わんが…。それで、この国に迫っている危機とは何だ?」

「ピシェールを含む周辺国との戦争ですよ、ゴルトン公爵」

「…何故ピシェールと今更戦争になるのだ?」

とゴルトンが尋ねると、オベハはこれまでの考察を全て話す。ゴルトンは黙って最後まで話を聞いていたが、少し考えて言った。


「確かに今まで戦争にならなかったのは、陛下のおかげもあっただろうが…そう簡単に攻めてくるか?」

「ピシェールとは明確な不戦条約を結んではいませんので、可能性が無いとは言えません。だからこそ、こちらからディシェ陛下が亡くなられた報告をすると共に、関係性を再確認しておく必要があるのです。もちろん他の国に対しても同様です。オーウェン様には、万が一、他国が武力行使しようとした際に仲裁役をしていただくつもりです」

「…この優男にそれが出来ると?」

ゴルトンがオーウェンの実力に疑問を呈すると、それまで黙っていたレオネが口をはさむ。


「心配いらん。…コイツは俺よりもはるかに強い」

「…実力もプライドも高いお前がそう言うか」

そう言うとゴルトンは、オーウェンに向き直って言った。


「…王家の杖を発動させたからには、この国に害する気がない者と信じよう。だが、兵を貸し出せるほど我々に余裕は無い。せいぜい、国境沿いの警備を厚くするくらいだ…それでも構わんか?」

「あぁ、俺1人で十分だ」

「…言っておくが話に乗ったのは、あくまで他国から攻められるリスクがあると考えたからで、私はレオネもオベハも信用していない。ヤツらから獣人族迫害の話は既に聞いているな?」

「あぁ」

「獣人族の兵士達が、ディシェ陛下の母親と夜な夜な通じていたことを…陛下は知っておられた。ヤツらは復讐されたのだ…無論、陛下もやり過ぎだと思った部分もあったがな。だが、オベハは王が亡くなる前に勝手に姿を消し、レオネに至っては人族の軍部と争って各地で反乱を起こした。結果、国は乱れて3つに割れてしまい…貴族の中には自分の領地を追われた者もいる。人族と獣人族、双方に生まれた不満と不信感はもはや安易に(ぬぐ)えるものではない」

「…なるほどな。お互いに主張があるようだが…正直、余所者の俺が知るところではない。かく言う俺も、俺の目的のために動いている…これもその一環というわけだ。あくまで今回はゴビノーの領土を他国の侵略から守るだけ…その後の内輪揉めには首を突っ込まないつもりだ、安心していい」


するとゴルトンは意外そうな顔をして言った。

「他国のお守りまでして果たそうとするお前の目的とはなんだ?」

「色々あるが、そうだな…亡くなった王が持っていた危険な果実について何か知っているか?」

「危険な果実?…赤黒いトゲのあるヤツか?」

「心当たりがあるようだな」

「たまたま陛下が私の領地へ訪ねてきた時にな、やたら小綺麗な格好をした商人が、道中で馬車を止めて陛下に幾つか果実を売ったらしい。ひとつやろうと言われて渡されたんだが、見た目がアレだったもんでな…食べずに倉庫に置いてある」

「そうか…。出来れば、それを譲って欲しいのだが?」

「しばらく見ていないから腐ってるかもしらんが…必要というなら後で配下の者に送らせておく」

そう言うとゴルトンは貴族達の下へと戻っていった。


その後、集まった民衆や兵士達にゴルトン主導の下でディシェの死とオーウェンの役目が伝えられた。ディシェの死に方に疑問を呈する者も幾人か居たようだが、見目麗しいオーウェンが王家の杖を振りかざすと、それらの声も集まった者達の大歓声にかき消されてしまった。こうしてゴビノーのゴタゴタはおおよそティンカーの思惑通りに片付いてしまったのである。

ーーーーーー


一方その頃、ティア軍国からは各国へ早馬が出されていた。多少の時間差はあったが5日ほどでゴビノーを囲む5つの国にほぼ同時に手紙が届き、各国の宰相達は対応に追われる事となる。ピシェールの宰相、アドナンもこの手紙を受け取るとすぐにピシェールの国王ガズワンの下へ赴き、対応の検討に入った。


「ガズワン王よ、ゴビノーのディシェ・インスィネハブル・ド・ゴビノーが事故死した旨の書状が届いております。そして、複数の周辺国間で不戦条約を結びたいとも書いてありますが…どういたしましょうか?」

「…珍しいな。これまでのヤツらなら、死んだ事をひた隠しにして事を進めるだろうに…まぁいい、不戦条約は無しだ。一応血が繋がっているからと泳がせておいたが、死んでしまっては最早遠慮する必要もあるまい。返書の代わりに2万人の師団を送りつけてやれ、今のやつらにはそれで十分だ」

「お言葉ですが、王よ。送られてきた手紙にはティアマン共和国のオベハとティア軍国のレオネの連名があります。それとこちらの返答の期限を1ヶ月とし、それまでに有効な返事がない場合は宣戦布告とみなすとまで記載があります」

「何?…これまで間者からの定期報告ではヤツらが和解した様子は無かったはずだ。…ここまで強気に出てくるという事はすでに和解が済み、戦えるだけの軍備が整っているということか?」

ガズワンが黙り込むと、ピシェールの将軍ガンナムが口を挟む。


「王よ、これまでの間者の報告で、ヤツらがそう簡単に和解するなど万に一つも考えられません。それに例えあの3国が再び一つになろうと、我々の統率の取れた兵達には(かな)いますまい。私自ら軍隊を率いてヤツらの首をまとめて取ってきましょうぞ!」

「フッフッフ。相変わらず、ガンナム将軍は勇ましいな。だが、ここ最近の様子をもう一度確認してからでも良い。ひとまずは1000人の大隊を5つほど、国境沿いに向けて進めておけ。物見からの情報を元に何処を厚くするか考えれば良い。…しかし馬鹿なヤツらよ、期限を設けた事で我々は国境沿いに中規模の軍隊を置くまでの時間が出来、逆に自分達は期限まで軍を動かせないと来ておる。もう少しマシな人材が居ればしばらくは生き延びれただろうにの、フッハッハッハッハッハッハ」


玉座の間に王とそれに同調する者達の高笑いが響き渡った。

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