作戦決行
オーウェン達は、会議室から外の訓練所へと移動する。訓練所では多くの獣人達が真剣に訓練に取り組んでいたが、レオネが通ると皆が一様に敬礼をして出迎えた。皆が見守る中、レオネとオーウェンが中央へと進む。
「なんだ?あのエルフ…」
「レオネ将軍と一騎討ちらしいぞ。馬鹿だな、死んだわアイツ」
「知り合いのドワーフが、『エルフは自分のレベルを知らない』って言ってたぞ。どうやらその通りらしいな、ハハハ」
などと兵達が口々に言う中、レオネは刃を潰した鉄剣を取って言った。
「相手が誰であろうと、手を抜くつもりはない。死にたくなければ今のうちに降参してもいいぞ、オーウェンとやら」
「…悪いが、俺は手を抜かせてもらう。殺してティンカーの策に支障があると困るからな」
そう言うとオーウェンは、武器立ての側に無造作に立てかけられていた竹箒を取った。レオネが一瞬動きを止めた後、怒りに身体を震わせて言った。
「余程死にたいようだな…俺を侮った事を、あの世で後悔するが良い!」
そう叫ぶと、レオネは剣を振りかぶってオーウェンへと肉薄する。オーウェンは華麗なステップでレオネと距離を取りながら言った。
「侮ってはいない、俺が普段から長物を使うというだけだ」
「ぬかせぇッ、エルフのガキがッ!」
そう言うとレオネはスキルを発動する。「身体強化」、「俊足」、「剛腕」に加えて「剣撃向上」を発動させたレオネが一気にオーウェンへと詰め寄った。
「喰らえッ!武技ッ、『真空斬』ッ!」
と叫んだレオネの剣から風の刃がオーウェン目掛けて飛んできたが、オーウェンは少しだけ身体をずらしてそれを避けると、竹箒の先っちょをひょいと出して数cmだけ残して切り揃えて見せた。絶対に捉えたと思われた間合いで、オーウェンが見せた余裕のある動きに兵達が騒つく。
「絶対に死んだと思ったわ…」
「…レオネ将軍の武技を避けるヤツとか居るのかよ?」
「っていうか、アイツ今箒の先っちょ切り揃えていただろ…」
などと口々に騒ぐ中、レオネが苛立ったように言った。
「さっきから避けてばかりだな!」
「当たり前だ、打ち合えば箒は簡単に折れてしまうからな」
「ふん、その減らず口を直ぐに黙らせてやる!」
レオネは再び剣を振り回しながらオーウェンへと詰め寄る。オーウェンも箒が剣に当たらないようにしながら、何やらさっさと振り回す。すると、箒でレオネのたてがみが櫛ですいたようにとかされていった。
「馬鹿にしおって…ッ!」
レオネが剣で箒の根本を切り飛ばすと、オーウェンが「ほぅ、こんなに早く振るう事もできるのか」と呟きながら、箒の柄でレオネの鳩尾を小突いた。レオネは苦しそうな顔をしながらも後方へと飛んで間合いを取る。
「ぐぅぅ…。貴様、強いな」
「わかってもらえたようで良かった。…終わりにするか?」
「いや…一度、俺の本気をぶつけてみたくなった。言っておくが竹箒の柄では受け止められんぞ」
「いいだろう。それなら、俺も少し得物を変えさせてもらおう」
そう言うと、オーウェンが収納バッグから方天画戟を取り出す。その規格外の大きさに皆が声を失い、レオネも喉を唸らせて言った。
「おぉお、それがお前の武器か…」
「方天画戟だ。さぁ、見せてみろ。お前の本気とやらを」
「ふん。…行くぞッ!」
そう言うとレオネが剣を捨てて、地面に四つん這いの姿勢を取り唸り始めた。レオネの身体がグググっと音を立てながら肥大化し、身体の周囲に空気の揺らぎが見える。
「喰らえッ!獅子真空斬ッ!」
と叫んだレオネが一瞬でオーウェンに近づき、両手の鋭い爪で身体を引き裂こうと手を伸ばした。オーウェンが全力で上空に飛び上がるとレオネが不敵に笑って言った。
「獅子の爪に届かぬところはない!逃れは出来んぞ、オーウェン!」
レオネは捕まえるように閉じかけた両腕を、オーウェンのいる上空に向かって左右に大きく開く。爪から放たれた10本の斬撃が、ドーム状に広がりオーウェンへと迫った。それを見てそこにいた兵達の誰もがレオネの勝利を確信したが…次の瞬間、彼らは今まで一度も味わったことのない恐怖を抱くことになる。
皆の視線の先、上空に飛び上がったオーウェンがレオネの斬撃に向かって真っ直ぐ方天画戟を振り下ろす。すると周囲の空間が歪み、まるで隕石が落ちてくるような轟音が鳴り響き特大の斬撃が放たれた。レオネは野生の勘で危険と感じたのか、すぐにその場を飛び退く。すると、方天画戟から放たれた斬撃がレオネの斬撃ごと引きずり訓練所の地面へとめり込んでいく。地震のように街全体が揺れながらもなお、オーウェンの斬撃は止まらない。1分ほど続いた揺れが収まり、皆が身体を起こすと、そこには深々と抉れた地面と真っ直ぐな地割れの跡があった。レオネがダラダラと汗を流す中、ティンカーがオーウェンに言った。
「もぅ、オーウェンったら!危なかったじゃないか、もう少し抑えてよね!」
「すまん、興奮して少し力が入ってしまった」
申し訳なさそうに頭をかくオーウェンを見て、レオネ達は口をあんぐり開けたまま固まる。それに気付いたオーウェンが、駆け寄って来て言った。
「危うく怪我をさせてしまうところだった…申し訳ない」
「い、いえ…自分は大丈夫でありますッ!」
そう言ってレオネがピシッと敬礼すると、周りにいた兵達も、オーウェンに向かって一糸乱れぬ敬礼をした。
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オーウェンの実力の片鱗を垣間見せられた翌日、レオネ達は早速ゴビノーの王都へと向かうことにした。当初、レオネは10日ほどかけて馬で向かうことを計画していたようだが、オーウェンの「ローラーコースター」という移動法を使えば1日程度で済むと聞き、オーウェンに運んでもらうことにした。嫌がるオベハを捕まえながらレオネが言う。
「だが、大丈夫か?俺はオベハほど軽くないが…」
「安心しろ、俺にとってはそんなに変わらない」
「まったく…どんな鍛え方したらそんな馬鹿力になるんだか。まぁいい、心の準備は出来ているぞ」
「そうか。しっかり掴まって離さないようにな」
そう言うと、オーウェンはレオネを背に乗せたまま遥かに高く飛び上がった。「んにゃ」とレオネの小さな悲鳴を残してオーウェン達が凄まじい速さで飛び去ると、ティンカーが言った。
「さて、ここからはボク達の出番だね。各国に出す手紙は昨日のうちにオベハさんと作っておいたから、後はオーウェン達が王都に着いた頃を見計らって出すだけだよ。これはメイさんに任せてもいいかな?」
「わかりました。ティンカーさん達はどうするんですか?」
「ボクとゴーシュはパルードゥとの国境に行ってくるよ、ちょっと仕掛けをして来ようと思ってね。ナギにはメイさんの護衛と手伝いをお願いしているから。それじゃあ後は任せたよ!」
そう言うとティンカーはゴーシュの背に乗って出かけていった。背中を見送るメイが「大丈夫かしら…」と呟くとナギがメイの肩をポンと叩いて言った。
「彼らは彼らにしか出来ない事をしに行ったの、私達は私達に出来る事をしましょう」
「…そうね」
そう言うとメイとナギは本部の方へと戻っていった。
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ディシェの死から3日経った王都では、多少落ち着きを取り戻していたものの混乱は続いていた。ディシェが不在の中、貴族達が集まって今後の対応を協議しているとキィィイイイという風切り音が鳴り響く。直後ズドンという音が大広場で響いたため、貴族達が急いで駆けつけると、民衆に囲まれて白目を向いたストレートパーマの羊の獣人と、同じく白目を向いたオールバックのライオンの獣人、そしてそれを背負ったエルフが突っ立っていた。情報量の多さに皆が困惑していると、意識を取り戻したオベハが大声で叫ぶ。
「皆の者、よく聞きなさい!ここにおられるのは、亡きディシェ陛下にこの国を託された英雄、オーウェン様でございます!」
一瞬の沈黙の後、大広場は大混乱に包まれた。