乱立するフラグ
入学祝いを兼ねた闘技会まで約2週間という頃、春先と言えどまだまだ肌寒いそんな朝にアウグストは遠くから聞こえる地鳴りで目が覚めた。
「…セス、セス!なんの音だ?」
「わかりません、ですが東の方から土煙が上がっているようです」
「…まさか、オーウェン達か!皆で行軍してきたと言うのか?」
そう言うと、アウグストは塔の物見櫓へと駆けて行った。
櫓に着くと兵士達が動揺を隠せず右往左往している。
「あぁ、旦那様!ちょうど良いところへ。大変です!正体不明の部隊がこちらへ向かってきております」
「あぁ…あれは、きっとオーウェン達だ」
「えぇ!?とても洗練された行軍の音ですよ…何処か有名な騎士団ではないのですか?」
などと会話していると森の中から10騎の騎兵と、それに続く大勢の兵士の姿が垣間見えた。
「10騎の騎兵…間違いない。あれはオーウェン達だ…!皆の者、急ぎ歓待の準備をせよッ!」
アウグストの声掛けに、城内がバタバタと慌ただしくなる。
アウグストが急ぎ軽装鎧を装着しエントランスへと向かう頃には、行軍の音は既に城門を通過していた。
エントランスを開けて出迎えると、20m程先で足踏みを続ける若き騎士達の姿が見えた。アウグストが駆け寄ると、「足踏みーッ、止め!」とオーウェンの雄々しい掛け声が響き渡る。
「父上、ただいま戻りました」
「…オーウェン、よくぞ此処まで!」
「はッ!!オーウェン以下360名!無事一人も欠けることなく鍛錬を終えまして御座います!」
「あぁ、よくやった!この国の未来を担う若き騎士達よ!私はお前達を心から誇りに思う。是非、皆で闘技会を成功させようではないか!」
『はいッ!!』
オーウェンが中庭にて休憩するようナサニエルに伝えると「聞いたか、皆!中庭で休憩だ!」と慣れた様子で先導していった。
その後ろ姿を見ながらアウグストはオーウェンを労う。
「オーウェン、実に見事だった。疲れていないか?」
「はい、大丈夫です。父上」
「休んだら私の部屋で話をしないか、色々詰めたい所もあるしな」
「えぇ、是非」
そう言うと、アウグストは満足そうにオーウェンの肩をポンポンと叩いた。
〜〜〜暫くして…
「しっかり休めたか、オーウェン?」
「はい、ご飯も風呂も頂きました。まぁ、ずっと母さんが付きっきりでしたけど」
「そう言えば以前、オーウェンが流鏑馬を見せに来てくれた時も会えなかったからな」
「一言くらいかけてくれれば良いのにと小言を言われました」
「ハハハ」
ううんと咳払いをして「さて」とアウグストが表情を切り替える。
「オーウェン、会場の整備はほぼ万全…と言いたい所なのだが、一つ気になる点がある」
「何か問題でもありましたか?」
「牛や馬を殺されたという被害報告がここ数日で急激に増えている。そのほとんどが闘技会場のある森林地帯周辺の村々でだ」
「…野盗ですか?」
「いや、どれもその場で派手に食い散らかされていたという事だ」
「…」
「目撃した者によれば、四足歩行のシルエットが森の方へ走り去ったとのことだ。その影から熊のようだったと言っていたらしいが…」
〜〜〜聖アールヴズ連合国は周囲にいくつもの広大な森林地帯を有し、熊や狼といった野生動物による家畜の被害が定期的に報告される。特に春先は冬眠から覚めてお腹が空いているからだろうか、被害の件数が増える傾向にある〜〜〜
「今年は例年に比べて暖冬でしたからね、早めに覚めてしまったのかもしれませんね」
「あぁ、そうかもしれん。だが…」
「…他にも何か気になる点が?」
「目撃者は当時酒に酔っていたらしく、見間違いの可能性もあるが…。その大きさがな、馬小屋ほどだったというんだ」
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翌日、中庭ではいつも通り訓練をする一同の姿が見える。オーウェンはと言うと、昨日アウグストと遅くまで話し込んだと言うのに変わらず誰よりも早く剣の打ち込みをしていた。
午前の鍛錬を終えた所でオーウェンが予告なく集合をかけたが1年前とは違って、3分とかからず隊列ができ誰一人私語をする者はいなかった。
使用人や城の兵士達がその整然さに息を呑む。その音すら聞こえそうな程の静けさの中、オーウェンが話し始めた。
「いよいよ本番まで2週間足らずだ。これから闘技会のプログラム内容とルールに関して要点をまとめ手短に話す。基本的には俺達がこの1年間続けてきた事だが、細かい変更もあるから聞き漏らさないようにしてくれ。まずはチーム分けだ、騎兵は前へ」
ナサニエルを筆頭に騎兵達がオーウェンのもとに進み出る。オーウェンはそれぞれにメンバーリストを配り、並び直させるように指示した。騎兵達がメンバーリストを読み上げ始めるとあちこちで声が上がる。
「キャー!チーム一緒だよッ!頑張ろぉ♡」
「チッ…オーウェンの所じゃねぇのかよ」
「ワハハ、優勝決まりだな!そういえば、景品なんだろうな?」
などと騒ぎながら、それぞれの騎兵の後ろに5列×7人(1列あたり)の小隊が出来上がった。
「チームは技能や力量が公平になるよう分けた、変更は無しだ。騎兵には指揮官を担ってもらう。采配を任される分、失敗したときの責任も大きい。心してかかれ」
とオーウェンが言うと、騎兵達の顔が心なしか引き締まったように見えた。
次に、オーウェンの合図を受けて数人のメイド達が皆に地図を配り出した。オーウェンが話を続ける。
「今配っているのは、闘技会のフィールドの地図だ。見た通り、広大な土地で複雑な地形もある。大まかな配置を描いてもらったものなので、各チームで事前に偵察をしておくことをお勧めするが…一つ注意点がある」
そういうと、少し間を置いて話し始めた。
「父上にフィールド付近の村々から家畜の被害報告が相次いでいる。不確かだが、馬小屋ほどの熊のシルエットを見たという目撃情報もあったそうだ」
ざわざわとにわかに騒がしくなる中、ナサニエルが手を挙げた。
「オーウェン、それは魔物化した熊…バリアントってことか?」
「わからない、だがその可能性はあると考えた方がいいだろう」
〜〜〜この世界では、魔物はジェヌイン<魔物として生まれたもの>と、バリアント<変異して魔物化したもの>に二分される。ジェヌインには程度の差はあるが自我があり、ゴブリンやトロール、ヴァンパイア、ドラゴンなどはこれに該当する。話が通じるかどうかは別として言葉を理解する個体は多いため、話し合い次第では衝突を避ける事も可能である。
しかし、バリアントは違う。バリアントは死に直面した生物が周囲の魔素によって変化したもので、自我を持たない。スケルトンやゾンビなどのアンデッドやヴァンパイアの眷属がこれに該当する。死の間際に感じる恐怖・絶望、あるいは生に対する執着に周囲の魔素が反応して生み出されるため、バリアントはその感情に固執した行為だけをただひたすら繰り返す。特に「食べる」ことに執着したバリアントは、そのほとんどが肥大化した姿で報告されている〜〜〜
バリアントとかヤバ過ぎだろ、などと騒ぎはじめる一同にオーウェンは続けた。
「フィールド内は探知魔法で魔物がいない事を既に確認済みだ。すでに結界魔法を周囲に張ってくれているため、魔物の侵入をある程度防ぐことが出来かつ結界が攻撃されれば即座に警報で知らせてくれるという事だ。万が一結界が破られてフィールド内に侵入されることがあっても、俺達が退避するのに必要な時間は十分稼げているだろう。間違っても結界魔法の外に出たり、魔物と対峙しようなどと思うな」
『はーい』と言いつつ動揺が隠せない一同。これ以上余計な事を言って例の法則を発動させないようにしようとオーウェンを含めた皆が押し黙った所で、ナサニエルがポツリと呟いた。
「…何も無ければいいんだがな」
『…ッ、フラグ立てんなッ!!』
オーウェン達のツッコミが中庭にこだました。
ナサニエルはフラグをしっかり立てられる天然な子でもあります。これからもオーウェンの側でフラグを立て続けて欲しいものですね。また次回、オーウェンにはフラグの回収を頑張ってもらいましょう。