レオネ将軍
オベハとオーウェンはしばらく沈黙を保っていたが、オーウェンが先に口を開く。
「とにかく今はこの場を去りましょう。あの地に留まっていたのは、あの男と我々だけです。あらぬ疑いをかけられて捕まる前に、逃げるに越したことはありません」
「…確かにそうですね。では、予定通りティア軍国へ向かいましょう。ディシェ陛下が死んでしまった以上、ピシェール王国から攻撃が始まるのは時間の問題です。あちらに情報が渡る前に、レオネ将軍に状況を知らせて団結を呼びかけねば…」
「そうですね。では、急ぐとしましょうか」
そう言うとオーウェンが盾を取り出し、乗り込んだ。オベハが不審者を見る目で見つめていたが、オーウェンは気にもかけずに言う。
「ティア軍国まで全速力で向かいます、振り落とされないようにしっかり捕まっていてください」
オベハがオーウェンの言葉を理解したのは、オーウェンが盾と共にはるか上空へ跳躍した直後のことであった。
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一方、ティンカー達はオーウェン達がゴビノー王国の王都に着くよりも2日程早く、ティア軍国でレオネ将軍達の駐屯する都市を訪れていた。当初、ティンカー達はオベハの代理として受け入れられず、門前払いになりかけたが、受付嬢のメイが父親の名を告げると途端に対応が変わった。しばらくすると、メイの父親らしき男が現れる。スレンダーだが全体的に引き締まった体付き、少し神経質そうな面構えのうさ耳男が歩いてくると、メイが泣きながら抱きついていた。
「お父さんっ!」
「メイ…苦労をかけたな。母さんのことは…済まなかった」
「ううん、大丈夫よ。お父さんも大変なの知っているから…。お父さん、私達オベハ様に代理を頼まれて来たんだけど…」
メイがそう言うと、男はティンカー達の方へやってきて言った。
「ティア軍国南部戦線中佐、ラパンと言う」
「初めまして、ラパン中佐。ボクはティンカーと言います、こっちはゴーシュで、そのコはナギです。オベハさんから代理を頼まれて来ました」
「言葉をそのまま信じてやりたいのは山々だが、キミ達がオベハ殿の代理である確証が無ければ、この街に入ることは許可できない」
「あぁ、大丈夫ですよ。こちらにオベハさんからレオネ将軍宛ての手紙がありますので」
ティンカーが手紙を手渡すと、ラパンは記載内容を確認して言った。
「なるほど、確かに手紙はオベハ殿の直筆のようだ。…いいだろう、確認が取れるまでこの街に滞在することを許可しよう。メイ、お前は私と一緒に来なさい…お前の近況について色々聞かせて欲しいんだ」
そう言うとラパンはメイを連れて何処かへ行ってしまった。ティンカー達は兵士に案内され、小さな宿屋へと着く。
「皆さんには、こちらでしばらく滞在してもらいます。レオネ将軍のアポイントが取れ次第、こちらから案内しますので、なるべくこの宿を離れないようにしてください。もし、宿を離れる際には我々が同行しますので声かけをお願いします。それでは」
そう言って立ち去る兵士の背中を見ながら、ティンカーがポツリと呟く。
「…どうやらボクらは彼らの監視下に置かれたようだね、レオネ将軍はどうしても、ゴビノー王国にティアマン共和国を攻めさせたいようだよ」
「まぁ、どんな事情であれクーデターを起こした事には変わりないんだ。人族を納得させられられない限り、反逆者の誹りは免れないだろうからね」
とゴーシュが言うと、ティンカーは静かに頷いた。
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翌日も、その次の日も、レオネ将軍のアポイントが取れないと言われ、流石にティンカーも少し苛立ちの表情を見せ始めた。
「3日目だよ!?3日もあれば、特別な魔法術式を組み込んだ腕輪だって作れるよ!?親切心で首を突っ込んだだけで、正直この国がどうなろうとボク達には関係ないし…いっそ帰っちゃおうか、ゴーシュ?」
「よくないよ、そうやってすぐイライラしちゃうのは。僕達は、オーウェンに頼まれてここにいるんだからさ」
「また〜、そうやってオーウェン贔屓するぅ…。わかってるよ、言ってみただけだし。…あ〜ぁ、兵士達の監視が強すぎてアニメもネットも見れないし…暇だなぁ。こんな時にオーウェンの迷宮スキルがあったら、何十日でも引きこもってやるのに」
ティンカーのニート発言にゴーシュが苦笑していると、扉をコンコンとノックする音が聞こえる。ナギが代わりにドアを開けると、ラパンが立っていた。
「待たせてしまって済まない、レオネ将軍が会ってくれるそうだ」
「3日も経って待たせたなんて…まぁ、いいです。行きましょ」
そう言うとティンカー達はラパンの後に続いた。
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街には博物館があり、ティア解放軍はその2階の資料室を作戦本部としていた。ティンカー達が案内されて部屋に入ると綺麗なたてがみと左眼に眼帯をしたライオン男が葉巻を咥えながら座っている。
「お前達か、オベハの代理というのは?」
「はい」
「オベハとの繋がりはなんだ?」
「依頼された冒険者とその連れといったところです」
「…それだけか?」
「ええ、それだけですよ。手紙を渡して要望を聞いて帰ってくるだけ、そう聞いてきたんです」
「ふむ…悪いが、しばらくお前達を帰すわけにはいかん。オベハに顔を出してもらわなければならないからな」
レオネはそう言うと深く煙を吸い込んだ。ティンカーがしれっとした表情で言う。
「オベハさんがこっちに来ている間に、ゴビノー王国がティアマン共和国に攻め込むのを期待しているんでしょうけど…残念ながらそんな事は起こりませんよ?」
「…誰から聞いた?」
「これぐらい聞かなくてもわかりますよ。軍人ってのは大義名分さえ付けば、何とか出来ると思ってる連中ばかりですから」
「フン…、それより何故そんな事は起こらないと言い切れるんだ?」
「オーウェンが一緒についていったからですよ」
「オーウェン?…何者だ?」
「それは…」
とティンカーが言いかけた時、街全体に侵入者を知らせる警報の鐘の音が鳴り響く。キィィイイイという耳をつん裂く音が近づき、次の瞬間、窓を突き破って白目になった羊の獣人とフードを深々と被った男が突っ込んできた。数秒遅れで兵士達が部屋へなだれ込んでくると、フードを被った男は肩についたガラスの破片をパンパンと払っていた。兵士の1人が大声で告げる。
「レオネ将軍!侵入者です!」
「見ればわかる。…何者だ?」
と尋ねるレオネの側でティンカーが叫んだ。
「オーウェン!?何でここに?」
「ティンカーか」
「ゴビノーに行ってたんじゃないの?」
「事情が色々と変わってな。オベハ殿が至急レオネ将軍に会いたいと言うからここまで飛ばして来たんだが…」
そう言うとオーウェンは、オベハの方を見て続けた。
「この様子じゃ、オベハ殿はしばらく起きそうにないな」
「え?これオベハさんなの?あんなにクルクル巻いてた毛が、ストレートパーマ当てたみたいに真っ直ぐになってるじゃん!」
「ゴビノーから1日かけて『ローラーコースター』で飛ばして来たからな、寝ずの移動で疲れてしまったんだろう」
「…いや、絶対そうじゃないと思うんだけど」
とツッコむティンカーを遮るようにレオネがオーウェンの方へ進み出ていった。
「お前がオーウェンというヤツか」
「あぁ、そうだが…誰だ?」
「今はティア軍国総司令官をしているレオネという。親しい者は将軍と呼んでいる」
「あぁ、オベハ殿が探していたのは貴方か。…たまたま突っ込んだ建物に居るとは、俺もついているな」
「それで、オーウェンとやら。何用で来たんだ?」
レオネに尋ねられると、オーウェンは思い出したように手を打って言った。
「あぁ。ディシェ・インスィネハブル・ド・ゴビノーが死にました」
『え…えぇえーーーーーッ!?』
皆の驚きの声は、作戦本部の外まで響き渡った。
キレが良いので、今日はこのお話まで投稿しますねー。