愚王
ディシェは満足そうに人々を見下ろしながら歩いてくるが、オーウェンに気付くと途端に不満そうな顔をして言った。
「なんだ、このみすぼらしいフードを被った男は?王の前に跪く礼儀も知らんバカなのか?」
「俺はこの国のヒトでもティアマン共和国のヒトでもない、ただの冒険者だ。跪く理由がない」
「なるほど、教養の無い根無草の冒険者風情なら…礼儀を知らぬのも仕方ないな?ブァッハッハッハ」
とディシェが品の無い笑い方をすると、兵士達が愛想笑いを浮かべた。ディシェがオベハの下へ近寄ってきてくる。
「オベハ、久しぶりだな?」
「ディシェ国王におかれましても、ご健勝そうで何よりで御座います」
「あぁ、お前も一層毛並みが良くなったようだな…刈り取って、余の毛布にしてやってもいいぞ?…なぁんてな、獣臭くて余計眠れなくなるわ!ブァッハッハッハ」
オベハが額に汗をかき、返事に困っているとディシェはフンと鼻で笑って言った。
「さて、冗談はこのくらいにしてやろう。オベハ…何故、余が呼び出したかは知っておるな?」
「…ティア軍国とのことでしょうか?」
「たしかにあの獣臭い連中も気に食わないが… 余が1番気に食わないのはお前のことよ、オベハ」
「…」
「聞いたぞ〜?度重なる物資の援助依頼を断り続けているらしいじゃ無いか〜?余はこんなにも民の事を憂いて、何度も物資を寄越すよう頭を下げてやっているというのに…お前は一度も送っては来ぬ。見てみろ、この民達を…痩せこけて、浅黒く、雑巾にすらならない布を服と言い張って着ている。お前に父祖伝来の土地を割譲してやったのは、民達を救うためであったというのに、こんなにフサフサな毛並みになれるほど自分ばかり得をしよって」
「御言葉ですが陛下…民への食料は一定量送らせて頂いているはずですが」
「あんな量では余の指輪一つ買う金にもならぬ」
「…私達が送っている食料を金品に変えているのですか?」
「余が満足しなければ、民には物資は回らん…バカでも考えればわかるだろうに。まだ、左手の薬指と小指には空きがあるからな」
そう言うとディシェは、両手を並べて見せた。左手の薬指と小指を除いて他の指には大きな宝石のついたゴツい指輪がいくつもはめられている。ディシェが溜息を吐きながら言った。
「可哀想であろう、余の薬指と小指が?」
「…」
「なんだ、泣いているのか?そうかそうか、お前にもこの悔しさがわかるか?」
「残念なのでございます…先王が今の貴方様を見られたら…何と仰られるか」
「獣人如きが…祖父の事を語るでないわぁッ!」
そう言うとディシェは持っていた杖でオベハを殴りつけようとした。オーウェンが反射的にオベハを引っ張ると杖が空を切り、ディシェがバランスを崩してすっ転ぶ。慌てて駆け寄る兵士達の手を払い除けながら、ディシェが言った。
「き…貴様!何をする!」
「何もしていない。そちらが杖を振り回して勝手に転んだだけだ」
「…生意気な冒険者風情がッ!後で貴様にも後悔させてやるから覚悟しておけ!」
そう言うとディシェは身なりを整えて言った。
「さて、話もだいぶ逸れてしまったな。まぁ簡単にまとめれば、余が満足するほどの物資を送らぬ役立たずに、もう用はない。お前を処刑して余が直々にティアマン共和国も統治してやるので、安心して死ね」
ディシェが手を挙げると、兵士達がオベハとオーウェンを取り囲む。ディシェはニヤニヤと笑いながら、隊長らしき男に言った。
「毛を毟り取って、串刺しにして、焼き殺してしまえ」
「陛下、あの冒険者は如何致しましょうか?」
「吊るした後に、首を切って見せ物にしろ。フフ…余に生意気な態度を取った罰よ」
ジリジリと兵士達が間合いを詰めようとしたその時、オーウェンが小物入れのような袋に手を突っ込む。中から取り出された巨大な得物を見て、民衆や兵士達は驚愕した。
「な…なんだ?それは?」
「…方天画戟だ。ヒト相手に振るうのは今日が初めてだが…どうせ中身は獣物なんだ、文句はあるまい」
「何者だ、貴様!」
「さっきそこの男が言っていただろう、ただの冒険者だ」
「そこの男だと?…口を慎め、陛下に無礼であろう!」
「その着飾る事しか取り柄がないような男を、お前達は君主と崇めているのか?先王はオベハ殿が認めるほどの賢君だったようだが、受け継いだのは血だけのようだな…」
「黙れ、貴様ぁああ!」
隊長らしき男がオーウェンに向かって槍を突き立てるが、オーウェンは小さな動きでそれを避ける。周囲に居た兵士達も槍を一斉に突いてきたが、オーウェンが方天画戟を一振りすると、粉々に砕けた槍と共に兵士達が吹き飛んだ。オーウェンがふぅと溜息を吐きながら言う。
「自分を守る兵士達にも、ろくに飯を食わせていないようだな…愚王もここまで来ると哀れなものだ」
「ふ、不敬な輩め!おい!鑑定士を呼んできて、あいつを鑑定させろ!」
とディシェが激昂すると、すぐにお抱えの鑑定士が出てきてオーウェンのステータスを確認する。
「エルフ族、男、年は11歳で、レベルは…17です!」
「ブァッハッハッハ!レベル50もある兵士達が吹っ飛ばされたからどれほどのものかと思えば、レベル17程度の小坊主ではないか?お前達、休んでいないでさっさとそいつを殺せ!」
ディシェに言われて数名の兵士達がなんとか立ち上がるが、ガタガタと足を震わせて一向に向かってこない。ディシェが苛立ちを隠せず怒鳴った。
「なんだ、お前達!それでもゴビノー王国の兵士か!?相手は高々レベル17のガキだろう?」
「陛下、お言葉ですがあれは…レベル17などと言う力ではありません!」
「黙れ!鑑定士がレベル17だと言っているのだ!間違いなわけがあるか!」
「し…しかし!」
「黙れと言っているのがわからんかぁあああ!?」
そう言うとディシェは兵隊長を杖で何度も何度も殴りつける。見かねたオーウェンが素早い動きでひょいと杖を取り上げると、ディシェは何が起こったのか分からず狼狽えていた。
「き、貴様!汚らわしい手で軽々しくその杖に触れおって!それは王が代々受け継いできたものぞッ!」
「そんな大切なもので部下を殴っておいて良く言う…。そこの兵士達はとっくに気付いているようだが、俺が側にいる限りオベハ殿には手を出せん。素直に俺達をティアマンへ帰す事をお勧めするが?」
「ふ、ふざけるな!余を軽んじたオベハもお前も、生きてこの国から出さんぞ!」
そう言うと、ディシェは急に見たこともない赤黒い果実を取り出した。不敵な笑みを浮かべてディシェが言う。
「ブァッハハハ!本当はティア軍国との戦争に使う時まで取っておきたかったが、予行演習といこうじゃないか!…あの商人が本当のことを言っていたのか試してやる」
「…なんだ、その果実は?」
「偶然通りかかった商人がタダでくれたのよ。強い生命力を持つため決して腐らず、食べれば人智を超えた力が手に入るだとか大袈裟な事を言っていたが…たしかに全然腐ってないようだな。おい、そこの兵隊長!お前、毒見してみろ」
「わ、私がですか?」
「余が先に食べて腹でも下したらどうする?ほれ…さっさと食べろ!」
兵隊長が一口齧ると、その口角から血のように赤い果汁が垂れる。
「あ、甘い…です」
「大丈夫そうだな…どれ、余も味わってみると…」
と言いかけたディシェの手が止まる。ディシェの見つめる先には、身体が3倍近く膨らんだ先程の兵隊長がいた。目が飛び出し、鼻や唇は腫れぼったく膨らみ頭の毛が抜け落ちて、皮膚がダルンダルンに伸びている。ディシェが驚いて投げ捨てた果実を、その化け物は舌で絡みとりモチャモチャと音を立てながら食べると、身体はさらに大きく人の形から遠ざかり、顔はガマガエルのような奇妙な面構えになった。ディシェが腰を抜かして言った。
「な…なんだ?この化け物は?」
「ワ…ワ”ダジ、ガデスカ…ア”、ア”マ”イ”デス?」
と呟いた化け物が、次の瞬間、長い舌をビュンと伸ばす。腰を抜かしていた兵士達が5人ほど捕らえられて口の中へと飲み込まれていくと、大広場は一瞬にしてパニックに包まれた。