変えていく力
翌日、冒険者ギルド館の2階で再びオーウェン達はオベハと話す。
「おはよう御座います、オーウェンさん」
「おはよう御座います、オベハ殿。それで、昨日の夢は?」
「色々とわかったことがありますので、順序立てて説明していきましょう。まずはティア軍国ですが、彼らは私の不在を狙って、現ゴビノー王国がティアマン共和国へ攻め込むのを見計らっているようですね。私がティア軍国へ訪ねた場合は数ヶ月の間は軟禁状態となり、その合間を狙って現ゴビノー王国が…と言うのが筋書きのようです」
「なるほど、援軍という形で入ればティアマン共和国の人々からも受けが良いということか…」
「えぇ、その通りです。次に現ゴビノー王国ですが、彼らは私をハナから処刑する目的のようです。どうやら私の近くに内通者がいたようでして、既にこちらが援助する気がない事を知って、新王はすっかり御立腹だったようですね。あぁ…今、思い出しても恐ろしいですね…のこのこと現れた私の毛を刈り上げ、串刺しにしてクルクルと回しながら嬉々として焼いていましたよ」
そう言うとオベハは大袈裟に身震いをしてみせた。
ティンカーが「そしたらオベハじゃなくて、ケバブだね…」などと呟いていたが、オーウェンはその話題に触れずに話を進める。
「それで…オベハ殿はどちらの国へ行かれるつもりで?」
「前者はこの国が滅び、後者は私の身が滅びます。ならば…為政者として選ぶ道は後者のみです。私は、この国に希望を抱いて逃げてきた人々を、守らなければならない立場の者ですから。…ですが、やはり死とは怖いものですね。覚悟を決めたつもりでも、次の瞬間には全てを捨てて逃げ出したくなる…。未来が分かっているぶん、避けられない流れに身を投じるのはとても苦しく感じます。今、この時ほど自分のスキルを疎ましく思ったことはありませんよ」
そう言うと、オベハは普段と変わらない表情で紅茶を飲み干したが、その身体は小刻みに震えていた。オーウェンがオベハの肩を掴んで言う。
「ちなみにその時、俺達は?」
「もしもの時のためにと、この国に残ってもらいました。だいたい、自分が処刑される場所へオーウェンさん達を連れて行くわけがありませんよ」
「つまり、その場合はまだ確認していないということですか…。ならば、俺がオベハ殿の護衛を務めましょう」
「…正気とは思えませんよ、オーウェンさん。一緒に死にに行くようなものです」
「じゃあ、こう言えば伝わりますか…。もしオベハ殿を生かして帰すことが出来る者がいるとしたら、それはこのオーウェンを除いて他にはいません」
「!!」
「決まりかけたように見える未来や運命は…何度でもこの俺が砕いて見せます」
「…オーウェンさんが言うと不思議と安心感を感じてしまいますね…わかりました。よろしくお願いしますね、オーウェンさん」
そう言うと、オベハは少し不安が和らいだような表情になっていた。ティンカーが腕まくりをして言う。
「そうと決まれば、ボク達も色々買い込まなきゃね」
「…いや、お前たちには別でやってもらいたいことがある」
「え?ボク達も、一緒に行くんじゃないの?」
「俺は正面切って戦いに行くわけではない。万が一逃げる必要があれば、人数は極力少ない方が動きやすいからな…オベハ殿について行くのは俺だけだ。ティンカー達はナギとメイさんを連れて、オベハ殿の代理としてティア軍国へ向かってくれないか?」
「…えぇ!?ボク達だけで?」
「あぁ。オベハ殿がティア軍国より先に現ゴビノー王国へ向かったとなれば、ティア軍国を軽視したと捉えられかねない。お前達が代理の使者として向かえば、あちらもそれ以上難癖をつけられないだろう。それに、ティア軍国の者達は人族に似ているだけでも抵抗感があるかもしれない。俺は獣人族から見れば人族に見えるだろうが、ナギやゴーシュなら獣人のような身体の特徴を持ち合わせている。きっと、彼らも受け入れやすいだろう」
「…ボクも人族に近いと思うんだけど!?」
「いくら獣人族でも、幼い子供に厳しく当たるような者はいないだろう」
「ボクはオーウェン達と同い年だよっ!」
「まぁ、そう怒るな。正直に言えば、俺は口の上手さでお前に敵う者を知らない。お前なら彼らをきっと納得させられると…俺は信じているのさ」
「…ったく、口の上手さならキミも負けてないけどね…わかったよ」
ティンカー達が急いで支度を始める中、オベハがオーウェンに尋ねる。
「どうしてメイさんをティンカーさん達に同行させるのです?」
「彼女の父はティア軍国で軍人をしていると聞きました。その方を介してなら、レオネ将軍に接触出来るのではと考えたのです」
「なるほど、そういうことですか。…彼女は獣人族の要素が少なく、人族に限りなく近いですので少し心配しましたが、それならきっと大丈夫でしょう。それでは私達も現ゴビノー王国へ向かう準備をしましょうか」
そう言うとオベハは急ぎ足で部屋を後にした。
翌日オーウェンとオベハは現ゴビノー王国へ、ティンカー達はティア軍国へと、それぞれ馬車で出発した。国境を越える際の荷物チェックでは、オーウェンは多くの武具を所持していたにも関わらず、一切気付かれることはなかった。何故ならティンカー手製の収納魔法付きバッグは、見た目では普通の小物入れと見分けがつかない。また、オーウェン以外が触れても魔法は発動しないため、誰もその中に方天画戟のような長物が入っているなどとは予想すら出来なかった。
ーーーーーーー
ティアマン共和国を出て2週間ほどが経ち、ようやく現ゴビノーの王都に着くオーウェン達。馬車を追いかけて物乞いの子供達が群がってくると、オベハは干し肉やパンを詰めた袋を窓から落としながら言った。
「…以前は手渡そうとして、危うく身ぐるみ剥がされる所でした。持たざる彼らにとっては、馬車に乗っているヒトは誰であろうと、奪う相手でしか無いのです。以前はあんなにも民の笑顔が絶えなかったというのに…先王がこの状況をご覧になれば、どれほど悲しむことか」
「飢えや貧しさは、ヒトを動物に戻してしまうものです。環境さえ変わればきっと、彼らもまた人らしく生きることが出来るはずです」
「たしかに…人として生きられない環境で人らしく生きる事を強いるのは持つ者のエゴなのかもしれませんね…失礼しました」
そう言うと、オベハは悲しそうな目で窓の外へと視線を戻した。
王都の大広場にオーウェン達を乗せた馬車が入ると、憲兵達が馬車を降りるように伝えてきた。広場には多くの民が集められており、彼らは馬車へと一斉に視線を向けている。民衆が囲む大広間の中央には、処刑台が既に建てられており、これから起こることが容易に予想できた。オベハが溜息混じりで言う。
「…王は民の不満を他所に向けたいのです、この国が貧しくなった理由が統治者の資質のせいではないと言い張りたいのですよ。それと同時にティアマン共和国を攻める口実も主張したいのでしょう」
「貧しい者は思考も鈍ります…今の民衆なら、大方は彼らの“拙い正義”に賛同するでしょうね」
「どうやらそのようですね、彼らの目を見ればわかります」
広場に集まった民衆は、誰も彼もが痩せこけて汚れた衣服に身を包んでいた。その目からは光が失われ、頭上を飛び回る蠅をはらうことすらしない。オーウェン達が民衆の中を歩いて進んでいくと処刑台の前には簡易的に作られた会談机が置かれている。
(…会談を行うにはいささかみすぼらしいが、壊して火にくべる薪としては十分というところか。初めから火炙りにするつもりだったようだな)
などとオーウェンが考えていると、ドラムロールと大きなラッパの音と共に兵士達が急に整列しだした。その中央に赤い絨毯がひかれると、多くの宝石をあしらった王冠と豪華な刺繍の施されたマントを羽織った男が葉巻を咥え、これまた豪華な杖を突きながら気取った歩き方でこちらへと向かってくる。蠅をはらうことすら出来なかった民衆が跪いてその男を出迎えると、男は満足したような表情で自分の髭を撫でてみせた。
「ゴビノー王国国王、ディシェ・インスィネハブル・ド・ゴビノー様のおなーりー!」
と従者が言うと、全ての兵士達が膝をつき敬礼の姿勢をとる。オベハもいつの間にか膝をついており、気がつくと広場で仁王立ちしているのは国王以外にオーウェンだけであった。