変わりゆく未来
オーウェン達がいつものように掲示板に張り出されたクエストを眺めていると、メイが手招きをする。
「オベハ様が話があるとか…。2階でお待ちです」
「あぁ…わかった」
オーウェン達が2階へ上がると、オベハは深刻そうな面持ちで紅茶を飲んでいた。
「…オベハ殿?」
「あぁ、オーウェンさん。…今朝方、この2通の手紙が早馬で届きました。差出人はティア軍国とゴビノー王国の両国なのですが…問題はその中身です」
「中身…?」
「えぇ。これまで私が見てきた夢では、物資や出兵依頼を督促することを伝える最後通牒だったはずですが、今回は私を呼びつける文面だけです。手紙には『ただし兵を率いずに…』という文面もありましたから、どうやらタダで帰してくれるわけではないようですがね」
「…でも、どうして急に変わったんだろう?」
「未来というのは湖面のようなものです。小さな小石を投じた程度なら、多少波立つことはあってもやがて元の静かな水面に戻ります。ですが、想像もできないほどの大きな…。そうですね、例えば隕石が落ちたなら湖は元の形を留められないでしょう。聞けば昨日、皆さんは他の冒険者達相手に色々とサプライズをしてくださったとか。私は昨日早めに休ませて頂いたので、内容までは詳しく知りませんがね」
「…サプライズと言うか、なんというか…」
3人が罰の悪そうな顔をすると、オベハは察したように言った。
「まぁ、やり方に多少の問題はあったとしても、今日のギルドの活気を見れば昨日起こった事はプラスに働いていると考えても良いのでしょう。実際、手紙の内容も最後通牒では無くなっていますし」
「…そう言ってもらえると気が休まります」
「とりあえず、今日のうちに返事は出しておきます。今後どう出るべきかは今日の夢で確認するつもりですので」
「わかりました、それでは」
オベハとの話し合いが終わると、オーウェン達は冒険者ギルド館を出ていった。
ーーーーーー
町外れに向かって歩きながら、ゴーシュが背に乗ったティンカーに尋ねる。
「行動を変えると未来が多少変化するというのはなんとなく理解できるけど、どうしたら昨日の僕達の行動がそこまで影響するのかな?」
「んー、他の国にも『予見』を持つヒトがいて、こちらの動きを読んでいるという可能性もなくはないけど…それならそもそもこのような状況にはなっていないだろうし」
首を傾げてティンカーが考え込んでいると、オーウェンがゆっくりと口を開いた。
「…オベハ殿が以前、俺たちが処刑される未来の話をしていたのを覚えているか?」
「たしか、ボク達はオベハさんの関係者だということで処刑されるんだったよね?」
「俺は、あの時からずっと考えていた。俺達にオベハ殿の息がかかっていると密告したのは誰なのか?」
『あ…』
と、ティンカーとゴーシュが顔を見合わせる。
オーウェンは続けた。
「例え未来は変わったとしても、その存在がなくなる事はない」
「つまり、ボク達の動きを両国に伝えている者が居る…ということだね」
「あぁ。密告者はあの宴会の場に居合わせたのだろう。そして、俺達が100人以上の冒険者達を次々に倒していく様を見て、報告の内容を変更した。その結果、あちらから届くはずだった最後通牒は無くなったのだ…焚き付ければ、俺達が出てくると両国とも考えたのかもしれない」
「なるほど…ん?でも、あの時、ボク達以外で無事だったヒトっていたっけ?」
「…殴り合いに参加せずに、唯一あの場から無事に帰ることができたのは1人だけ。そうだな、メイさん?」
オーウェンがそう言いながら、後ろを振り向く。
「…ッ!?」
物陰に隠れていた人影が慌てて逃げ出すが、待ち伏せていたナギに組み伏せられてしまった。組み伏せられたメイの姿を見て、ティンカーとゴーシュが驚きを隠せないといった様子で叫ぶ。
「メイさんが密告者なの!?」
「他のギルド職員も冒険者も、皆巻き込まれて動ける状況じゃなかった。あの場で動けたのは俺達以外でメイさんだけというわけだ」
ティンカー達に疑惑の目を向けられると、メイは苦笑いしながら言った。
「何かの間違いですわ、皆さん。私は今日非番で、たまたまオーウェンさん達を見かけたから話しかけようとついて来ただけですよ?それを、こんな風に押さえつけるなんて…酷いです」
「メイさん、ここ数日、ナギには別行動で俺達の周りを遠くから見張ってもらっていた。貴方が俺達の事をかぎまわっていた事も、彼女からの報告で既に知っている」
オーウェンがそう言うと、メイは俯いて言った。
「ここまで1人で頑張ってきたのに…やっと、お母さんを助けられると思ったのに…!」
「何か事情があるようだな、話してみろ」
オーウェンに促されてメイは観念した様子でゆっくりと話し始めた。
〜〜〜メイは前ゴビノー王国の王都で生まれ育った。母は人族、父はレオネ将軍の右腕とも評される獣人族の将校で、その頃のメイは何不自由ない生活を送っていた。先王が亡くなり新王が権力を握ると、各地で人族と獣人族の争いが増え、やがて獣人族を狙った殺人事件も増え始めた。メイの父はレオネ将軍と共にこれらを鎮圧していたが、人族の軍部との対立が徐々に露わになり、ついには内紛へと発展した。オベハの仲介により現在の3国に分かれた後も、メイとその母は現ゴビノー王国の田舎へ移り、細々と暮らしていた。メイは元々見た目が人族に近かったため、周囲には気付かれていなかったが、ある時獣人族の特徴である耳を見られてしまう。村人に密告された事を知ったメイの母は、メイと共にティアマン共和国へと亡命を計るのだが、その道中で憲兵達に捕らえられてしまう。メイは周囲の助けでティアマン共和国へ逃げ切り、冒険者ギルドの職員に斡旋されて、ギルドの職員として働くようになった。働き始めて1年が経った頃、現ゴビノー王国から来た人族の商人から母らしき人物が王都で捕らえられていた事を知ったメイは、母の逃亡を手助けしてもらえないかその商人にお願いした。しかしその後商人からの連絡は途絶え、代わりに現ゴビノー王国の間者がメイに接触してきた。〜〜〜
「彼は私に、間者として協力すれば母を解放してやると言いました。以来この2年間、私は間者の真似事をさせられてきたんです」
「なるほどな、それで…ティア軍国とも内通しているのは何故だ?」
「母が生きていると知り、父への手紙をティア軍国に向かう商人の一行に託しました。その後、父から連絡があり母の救出をするために手伝いをしてくれと言われて…」
「二重スパイのような事をしていたというわけか…」
「…はい。父は現ゴビノー王国がティアマン共和国を攻める隙を狙って、現ゴビノー王国を攻めて母を取り返してみせると言ってました…」
メイがそう言うと、難しい顔をして聞いていたティンカーが口を開く。
「その結果、ティアマン共和国の人々が犠牲になる事は考えなかったの?」
「…」
無言で涙を流すメイの背中をナギが優しく摩る。オーウェンがふぅと溜息をついていった。
「その辺にしておけ、ティンカー」
「だってさ…」
「正しさは、時に間違いだ。…苦しんできた彼女をこれ以上追い詰めてくれるな」
「…わかったよ。…本当、人が好いんだから」
「すまんな」
オーウェンがそう言うと、俯いて涙を流していたメイが顔を上げて言った。
「…許してくれるんですか?」
「…俺は、国の為と吠えながら身内を殺された腹いせに多くの民を虐殺した奸雄や、民を守るためと言いながら真っ先に民も臣下も置いて逃げ出した英雄達を知っている。…彼らは自分の大切なものを守るためなら、善も悪も関係なく必死に戦っていた…そして、俺もそのような者の1人だ。家族を守るために、1人で戦ってきたメイさんを責める訳がないだろう」
「オーウェン…さん…」
涙を拭いながら恍惚とした表情で見つめるメイに、オーウェンは微笑みかけて言った。
「自分で言うのもなんだが、俺はそこらのヤツより多少腕が立つ。頼みたいことがあれば、掲示板にクエストを貼りつけておけ。ちなみに、これまでクエストを完遂できなかったことは一度もない」
「フフ、知ってます。…オーウェンさん、ありがとうございます」
「褒賞はさぞ良いものだろうな」
「はい…期待しててくださいね♡」
そう言うと、メイは幸せそうに笑って見せた。その様子を見てティンカーが、ふと素朴な疑問を投げつける。
「ちなみにメイさんは何の獣人族なの?ぱっと見、普通の人族にしか見えないんだけど」
「私は…その…ウサギなんです」
そう言ってメイが髪留めを外すとぴょこんと長い耳が立ち上がる。
「…バニーガールって知ってr」
と言いかけたティンカーを必死に止めるゴーシュ。その様子を見てオーウェンだけが、1人苦笑いをしていた。
ちょっとだけ、三国志ネタを出しちゃいました。ちなみに「国の為と吠えながら、身内を殺された腹いせに多くの民を虐殺した奸雄」は1話に出てきた曹操さんのことで、「民を守るためと言いながら、真っ先に民も臣下も置いて逃げ出した英雄」とは劉備さんのことですね。伝わってくれていると嬉しいです。