ランク上げ
町で高ランクに位置する2人の冒険者を初日で敵に回したとはいざ知らず、オーウェンとゴーシュは手当たり次第にクエストをこなす。おかげで1週間程度で2人はEランクからCランクまで上がり、下位ランク冒険者達からは羨望の眼差しで見られたが、難しいクエストをほぼ全部持っていったことで他の高ランク冒険者達からは冷ややかな目で見られ始めていた。
「…やり過ぎだよ、2人とも」
ティンカーが腕を組みながら説教を始めた。
「少しは他の人にも残してあげないと…。このままじゃ逆効果だよ、こんなんじゃ誰も協力してくれなくなる」
「レベルを上げる事に気を取られてそこまで頭が回らなかったのは…認めざるを得ないな」
そう言うと、オーウェンとゴーシュは気まずそうに俯いていた。ティンカーがふぅと溜息をついて言った。
「周囲の事も考えなきゃね。まぁ、でもやっちゃったものはしょうがない。…ここは1つ、ご機嫌取りでもするかな」
「何か方法があるのか?」
「冒険者が本質的に求めているのは、クエスト達成でもランクアップでも無い…お金さ。つまり、彼らの欲求を満たしてあげれば多少不満は収まるってもんさ」
「金をばら撒いて回るのか?」
「そんな露骨な事されても喜ぶわけないでしょ?大丈夫、ボクに任せて」
そう言うと、ティンカーは掲示板にドンと貼り紙をして大きな声で呼びかけた。
「今日19時からギルド館のホールを借りて、ティアマン共和国初のティンカーブランド専門店進出の祝賀会を行いまーす!日頃の感謝を込めて、ギルド職員と冒険者の方々には無料で食事やお酒を振る舞いたいと思っていますので、奮ってご参加くださーい!」
『ぉおおおおッ!!』
冒険者達から拍手が送られると、ティンカーは「どーもどーも」だの「これからもティンカーブランドをよろしく〜」だのと人当たりの良い商人を演じてみせる。
「アイツあんなに愛想が良かったか?」
「…無理してくれてるのかもね」
オーウェン達がそんな会話をしているとも知らず、ティンカーは満面の笑みで冒険者達の声援に応えていた。
ーーーーーー
19時になりオーウェン達が会場へ入ると、既にたくさんの冒険者達が飲み食いを始めている。ティンカーが壇上から挨拶をすると、会場は一層盛り上がりを見せた。
「皆さーん!楽しんでますかー?」
『ぉおおおおーーーッ!!』
「お酒は美味しいですかー?」
『ぉおおおおーーーッ!!』
「お土産もあるので、最後まで楽しんでいってくださいねー!」
『ぉおおおおーーーーーーーッ!!』
「楽しんでいる皆さんに挨拶をしたいという友人がいますので、皆さんどうぞ温かい目で見てくださーい!」
『ぉおー…』
ティンカーに紹介されてオーウェン達が壇上に上がると、高ランクの冒険者達が途端に不機嫌そうな顔になり、下位ランクの冒険者達は騒動に巻き込まれないように静かに酒を飲み始めた。
「あー…楽しんでるか?」
『ぉお…』
「…酒は美味いか?」
『…』
沈黙が続く中、オーウェンはあれこれ言葉を考えるが、何も思い浮かばない。
(謝る言葉が見つからん…。…というか、そもそも俺に謝らねばならない理由はあるのか?…クエストは張り出されたら基本は早い者勝ちだろう。味方につけたいからと、ここまで下手に出る必要があるのか…なんか考えれば考えるほど、どうでも良くなってきた。…やはり俺にはティンカーの真似は出来ん。ここはヘタに取り繕うことはせず、思ったことをありのまま言おう)
などとオーウェンが考えていると、試験官を請け負っていたあのCランク冒険者が「お前なぁ!挨拶するときくらい、フード取れよッ!」とヤジを入れた。オーウェンがフードを取り、意を決したように言い放つ。
「…俺にはなすべき事がある。そのために高ランククエストを独占し、Cランクになった。だが、足りない…まだ足りないッ!…俺は遠慮はしない、これからも高ランククエストが張り出されたらすぐに奪う!貴様らも奪いたければ奪えばいい、冒険者なら力尽くで奪ってみせろ!…というか、己の手でチャンスを掴めもしないヤツが、軽々しく冒険者を名乗るな!このヘタレ共がぁッ!」
『…テんメェ、上等だコラァアアアーーーッ!!!』
ティンカーが隅で頭を抱える中、壇上のオーウェン目掛けて激昂した高ランク冒険者達が次々と飛びかかり、ゴーシュもオーウェンの加勢へと回る。一方、下位ランク冒険者達はフードを外したオーウェンの顔を目の当たりにして、男も女もすっかり虜になり高ランク冒険者に飛び付きながら大声で叫んでいた。
「オーウェン様の操は私達が守るのよぉーー!!」
『ォォォオオオオオオッ!!』
こうして壇上では、押し寄せた高ランク冒険者達をオーウェンとゴーシュが次々と戦闘不能にし、下の方では下位ランク冒険者が結束して、高ランク冒険者達と殴り合いをするというカオスな宴会場が生まれた。10分後、会場で立っていられたのは、オーウェン達と殴り合いに巻き込まれなかった受付嬢のメイだけだったが、引っ張られてはだけた服を直しながらオーウェンが髪をかき上げると、「素敵…」と呟きメイももれなく鼻血を噴いて倒れた。その瞬間、ティンカーが仲直りのためにと用意していた写像印刷機のタイマー機能が作動しフラッシュがたかれる。この時取られた写真には、血と汗に塗れて倒れる冒険者達の中で、スポットライトを浴びながら猛々しく天を衝くポーズをとるオーウェンの姿がはっきりと写されており、この祝賀会は後の世に『血塗られた晩餐会』として広く知れ渡ることとなった。
ーーーーーー
翌日、オーウェン達がギルド館へ向かうと祝賀会に参加した冒険者達がずらりと並んで待っていた。身構えるオーウェン達にCランクの冒険者が声をかける。
「今まで…悪かったな。俺達は、いつの間にか張り出されたクエストを皆で譲り合うのが当たり前なんて温い考えになってた。…お前のおかげで目を覚ます事ができたぜ」
「…そ、そうか」
「これからは俺たちも遠慮しねぇッ、奪って採って穫りまくるぜッ!なぁ、みんな!?」
『ぉおおおおーーーーーーーッ!!』
これまでとは見違えるほどの活気に溢れた冒険者達。その様子を見てオーウェンが満足げな顔で呟いた。
「本音でぶつかれば、なんとかなるもんだな」
「よく言うよ、ボクがせっかく色々お膳立てしてあげたのに全部ぶち壊しにしちゃって!あの暴言だって、オーウェンだから何となく許されてるけど、フツメンで非力な男子が言ったら…今頃、港で魚のエサになってるんだからね」
ティンカーの例えに苦笑しながらゴーシュが言う。
「まぁまぁ。…結果的には、なんか1番いい感じに打ち解けられて良かったじゃない?これもこれでオーウェンらしいなって思うよ?」
「ったく…ゴーシュがそうやって甘やかすから、オーウェンはいつまで経ってもこんな調子なんだよ」
すると、3人の会話を聞いていたナギが微笑みながら言った。
「貴方達って本当に仲が良いのね…まるで兄弟みたい」
「まぁ、ずっと前から一緒だからな。俺にとっては家族同然だ」
と、オーウェンが照れもせず言い放つと、ティンカーやゴーシュは顔を真っ赤にしながら「…その顔で言うのは反則だよ」などと照れ隠しをしていた。ナギはその様子を見ながら何気なく「…羨ましいなぁ」と呟く。すると、オーウェンは微笑みを浮かべて言った。
「…なら、お前も家族になるか?」
顔を赤らめたまま硬直してそのまま気を失うナギ。オーウェンが慌てて抱きかかえる側で、ティンカーとゴーシュは「…こういう勘違いされる言葉を適当に返すとこも問題なのよ」とジト目で見つめていた。