冒険者 オーウェン
オーウェン達は早速、冒険者の登録手続きをするために1階へと移動する。ナギは奴隷商殺しの記録が残っている可能性を考え、冒険者登録を行わないことにした。また、ゴーシュは既に冒険者の資格を持っているため掲示板の前でクエスト内容を確認していた。
「…ん?ボクは商業ギルドに登録しているから冒険者登録はしないよ」と言ってティンカーに置いていかれると、オーウェンは仕方なく1人で受付へと向かう。受付嬢から手渡された紙にオーウェンが個人情報を記入すると、受付嬢はそれをカウンター裏へと持っていく。しばらくして受付嬢が出てくると、オーウェンは2枚1組の認識票と何も記載されていない金属板を手渡された。受付嬢が説明を始める。
「まずは冒険者登録の申し込みをしていただき、有難うございます。これから登録するにあたり、いくつか説明がありますのでよく覚えておいてくださいね。認識票は2枚1組になっていますが、これはクエスト中に死亡した際に回収する用と遺体に残す用のものです。身分証ではありませんが、必要なものですので身に付けておいてくださいね。身分証になる冒険者カードは、こちらの金属板でこれから製作しますので私について来てください」
受付嬢に連れられてオーウェンは奥の部屋へと移動する。移動した部屋には大掛かりな機械が設置されていた。
「なんだ、この装置は?」
「金属に文字を転写する機械ですよ、ここに手をかざし魔法を発動する感覚で魔力を流し込んでみてください。そうすると、この機械が抽出した貴方の魔力を練り込んだインクを金属の中に転写するんです」
受付嬢に言われた通りオーウェンが機械に手をかざすと、設置した金属板が青白く光り文字が書き込まれていく。名前、性別、生年月日、生まれた場所といった個人情報が書き込まれ、裏面には空欄が並んだ。
「裏の空欄はなんだ?」
「この欄には、オーウェンさんが達成したクエストの内容が表示されるようになります。クエストにはギルド側が設定したランクがあり、冒険者はそれを受注し達成することで冒険者ランクをあげる事が出来ます。ただし同じランクの冒険者であっても、それまでにこなしたクエストの内容には細かい差があります。例えば希少な植物の採集をクリアしてDランクになった冒険者もいれば、魔物を倒してDランクになった冒険者もいるのです。同じDランクの冒険者同士でクエストの取り合いとなった場合は、お互いにカードの裏を見せ合い、これまでの受注した内容を表示することで無用な争いを減らす事に使えます」
「…それだけか?」
「オーウェンさんにとってはまだ先のお話になると思いますが、高ランクに設定されるクエストを出す依頼主の中には、受注する冒険者の功績をギルド側が提出するレポートではなく、カードを直接確認したいと仰る方がいます。そのような方達に直接確認してもらう時にも使えますよ」
「ギルド側のレポートとカードの情報には差があるのか?」
「ギルドのレポートには達成されたクエストのみが記載されるのですが、カードにはその過程でどのようにクエストが達成されたかを記録する“ログ機能”が付いています。仲間をたくさん犠牲にしてクリアしたなどという事では信用に値しないと判断されますし、いくつかのクエストを同時進行でクリアしている場合は、効率の良いクエストの組み方を出来るほど賢いとして気に入られることもあるんです」
「…なるほどな」
「ログ機能はギルド側で確認することもありますよ。例えば複数の冒険者が受注できるクエストでは、冒険者同士で争いが起こることも少なくありません。そのような場合は、ログを確認して争いを起こした側にペナルティを与えるといった事があります」
「見張られているようで癪だが、まぁ合理的ということか」
「クエストに関わらないプライバシーな時間に対してはログ機能は働かないので安心してください」
「…まぁ、そういうこととして割り切っておくさ。それで…俺はこれから何をすればいい?」
「冒険者ランクはFランクからスタートとなります。Fランクのクエストを10個達成出来れば、Eランクとして正式な冒険者になるための試験を受けて頂きます。と言っても、簡単な筆記と試験官による戦闘技能の確認ですので安心してくださいね。Fランククエストはこちらの10種類となっています、冒険者ギルドの受付は8時から19時までとなっていますので、達成報告はその時間帯でお願いしますね」
オーウェン達は受付カウンターへと移動して会話を続ける。受付嬢が専用のペンを使いカードに10個のクエストを転写していると、ゴーシュがやってきて言った。
「手続き終わったようだね」
「あぁ。…そういえば、ゴーシュは何ランクなんだ?」
「僕はEランクだよ。ティンカーの護衛を受けるにはそれだけで十分だったし、いっぱいクエストをこなさなくても十分な給金を貰えていたからね。このギルドのFランククエストはどんなものなの?」
「薬草の採取、害虫の駆除、薪拾いにドブ掃除、井戸の水汲み100ℓに郵便物配達の手伝い、兎狩りとその解体、猪狩りとその解体の計10個だ」
「やっぱ何処も似たような内容なんだね」
とゴーシュが言うと受付嬢が会話に入ってくる。
「このクエストは冒険者の資質を見極めるものです。知力、体力、忍耐力に加えて社会奉仕の精神が確認できるようにプログラムされているんですよ」
「なるほどな。…それじゃあ早速行ってくる。19時までには戻ってくるつもりだ」
「フフ、そんなに焦らなくてもよろしいんですよ。1つずつ達成してくださいね」
「あぁ」
そう言うと、オーウェンはギルドの建物を出て行く。ゴーシュの側にいつの間にか並んだティンカーが言った。
「オーウェンがどのくらいで帰ってくるか賭けをしようか?ボクは5時間…いや4時間半ってとこかな。ゴーシュは?」
「オーウェンなら3時間といったところかな」
などとティンカーとゴーシュが予想を言い合っていると、受付嬢が苦笑しながら言った。
「いくらなんでも早過ぎです。どんなに優秀な方でも3日はかかるプログラムですよ?」
「それじゃあ、お姉さんも賭けてみる?1番近かった人に負けた人が今日の夕食代を奢るということで」
「いいですよ、じゃあ私は3日にします」
「決まりだね!ナギはどうする?賭け金はボクが無利子で貸し付けてあげるよ」
とティンカーが言うと、ナギは小さな声で「…2時間」と呟いた。
ーーーーーー
結論から言うと、勝ったのはナギである。1時間半後、オーウェンが涼しい顔をしてギルド館に戻ってくると受付嬢は何かの冗談だろうと言い、カードのログを見せるように要求した。その結果、一同はオーウェンの尋常ではない働きを目の当たりにする。
〜〜〜まずオーウェンは郵便物を受け取り、街の外れにある井戸に向かう途中で該当する家々に郵便物を届けた。井戸に着くと1ℓ毎秒のペースで水を汲み100ℓの水が入った袋を一気に担いで貯水場へと運ぶのだが、その合間にも家々に配達をする。その後ドブ掃除へと向かう合間にも家々に配達をする。さらにドブのゴミを袋に詰めて処理場まで運ぶ合間にも家々に配達をする。その後、依頼のあった民家の軒下に出来た蜂の巣を一瞬で燃やし尽くしたオーウェンは山へと移動するのだが、ここまででかかった時間が約1時間であった。山に着いたオーウェンは薬草を取りながら適当な木を一瞬で薪にすると、遠目に見えたウサギを矢で射抜く。その解体途中に偶然現れた猪をこれまた矢で射抜き、あっさり解体するとオーウェンはギルド館に一直線に戻ってきたというわけである。〜〜〜
一緒にログを確認していたティンカーが驚きながら言った。
「ちょっと待ってよ、どうやって山から一直線にギルド館まで戻ってきたのさ?空でも飛んだって言うの?」
「『ローラーコースター』という乗り物からヒントを得た風魔法の応用だ。ナギは一度経験しているからわかるだろうが、かなりのスピードで移動することができる」
「…まさか、ナギはそれを知ってて?」
とティンカーがジト目でナギを見つめると、ナギは「情報は武器!」と言いながら自信満々にダブルピースして見せた。
「やられたぁ〜」とティンカー達が崩れる中、「ご飯、ご飯♪」と嬉しそうにするナギの様子をみて、オーウェンだけが「何の話をしているんだ?」とキョトンとしていた。