オベハの意図
オベハは紅茶を飲みながら話し始めた。
〜〜〜オベハは、生まれつき五感で捉えた事を正確に覚える事ができた。それは単に時間や書物で読んだ知識を正確に言い当てられるというものに留まらず、一度会ったヒトの容姿や匂いといった身体的特徴はもちろん、歩幅や歩き方の癖といった些細なことも一瞬で把握し、生涯忘れることはないのである。生まれ持った“観察”というスキルの影響もあり人々の思考の癖まで把握すると、そのうちオベハは少し五感を研ぎすますだけで村人全員の行動とそのパターンを把握できるようになった。
ある時、父親の仕事の手伝いで前ゴビノー王国の王都を訪れたオベハは、数ヶ月の滞在期間中に王都に住む人口の約9割の行動パターンを把握していた。オベハの助言により父親の仕事は軌道に乗り、その活躍が先王の耳に届いた事で、オベハは書記として召しかかえられる事となる。多くの要人との会談に書記として参加して行く中で、オベハには新しく“洞察”というスキルが生まれた。この“洞察”というスキルのおかげで、オベハの“観察”はさらに精度を増す。その頃になると細かな表情や言葉の抑揚に加えて、発汗量や皮膚の紅潮といった細かな情報から相手の感情や体調を知るようになり、その情報の正確さと的確な判断から城内におけるオベハの信頼は徐々に厚くなっていった。
それからは何十年も先王に仕えたのだが、先王の体調の変化と共に新王の理不尽さが徐々に表面化してくるとオベハは先王が亡くなる前日に暇乞いと別れの挨拶を行い、王都を去った。〜〜〜
「…はっきりとした根拠はありませんでしたが、私には王が翌日に亡くなるとわかっていました。そして王が亡くなった途端に新王の暴政が始まる事も。そして故郷へ戻る馬車の中で、私は“推察”というスキルを獲得しました。その瞬間、私は王が亡くなったことを確信したのです」
「なるほど…単純な予想ではなく、事実の積み重ねから導き出された予測が現実となったことで、新しいスキルが得られたということか」
「そういうことです。そして、3種類のスキルが揃ったことで新たに発現したのが『予見』というスキルなのです」
そういうと、オベハは美味しそうに紅茶を飲んだ。すると、ティンカーが尋ねる。
「…でも、いいんですか?ボク達にこんなに色々話しちゃって。スキルのことだって秘密にしておいた方が何かと便利だったと思うのですが?」
「実は『予見』の獲得条件は割と良く知られているんです。どの国にも政治家はいて、私と同じような人生を歩む方は少なくないですからね。“観察”と“洞察”、そして“推察”のスキルを揃えるには多くの時間と経験を要しますが、その3つさえ揃えてしまえば誰でも獲得できるというのが『予見』というスキルに対する多くの学者の見解です」
「へぇ〜」
ティンカーが頷いて見せる一方で、オーウェンは別の事を考えていた。
(…オベハ殿は、何故ここまで話してくれるのだろうか。昨日の船長とのやり取りから、単にお人好しの世話好きというわけではない。となれば、たまたま出会っただけの俺達に、ここまで肩入れする理由はなんだ?)
などと考えていると、オベハはこちらの思考を読んだように話を続けた。
「…と、ここまでは一般的な話をしてきましたが、実際にスキルを持っている私の見解は、『予見』には個体差があるようだという事です」
「個体差…ですか?」
「えぇ。『予見』の程度はその前提となる3つのスキルの熟練度に依存しているようでしてね。私の経験から言えば3つのスキルレベルが高くなればなるほど、予測はより正確で具体的なものになりました。実の所、レオネ将軍が新王を殺してしまう前に止める事が出来たのも、そのおかげだったのです。そしてつい最近、私の3つのスキルは全て最高レベルに達したのですが…そのおかげか私は不思議な夢を見るようになりました」
「不思議な夢…?」
「えぇ、私は自分がする行動の先に何が起こるのかを、夢で『予め見る』ようになったのです。つまり、私にとってはこのシチュエーションは何度か見た夢のおさらいということなんです」
「しれっとすごい事言いましたね、つまりオベハさんは未来を見る事ができる…そういう事ですか?」
ティンカーが興奮して聞くと、オベハは首を振って言った。
「正確に言えば、未来になりうる選択肢のいくつかが見えると言った所です。神託の巫女が出すような予言ではありませんよ」
「それでもかなり凄いスキルじゃないですか!やはりレアスキルに分類されるだけありますね…あれ、でもなんでボク達にそこまで話してくれたんですか?」
「それは、私が全て話さなければ最良の選択肢に繋がらなかったからですよ。少しでも隠すと同じ結果にたどり着いてしまうんです」
「同じ結果って?」
「貴方達は処刑され、ティアマン共和国は滅ぼされるんです…あ、これは言うつもりは無かったのですが、私とした事がつい口を滑らせてしまいました」
その言葉を聞いて、皆が前のめりになる。
「ど、どういうことですか?ボク達が処刑されるって?」
「聞いちゃいます?…聞けば後戻りは出来ませんが?」
「命がかかっているなら背に腹は変えられませんよ!!」
「…そこまで言うのなら、お教えしてあげましょう」
〜〜〜オベハが言うにはこうである。実は、先の国家分裂を丸く収めたのは紛れもないオベハ自身であるが、その頃新王による官職の剥奪により、オベハには交渉材料にするものが何一つ無かった。そこで、オベハはティア軍国と現ゴビノー王国の両方に対して嘘の条件を提示した。ティア軍国に対しては、「現ゴビノー王国には新王の方針に渋々従っている者達も少なくない。彼らをティアマン共和国という第三の中立国に徐々に引き入れることで獣人族との軋轢を軽減しつつ、現ゴビノー王国の国力を徐々に減らし、王政を廃する手助けをしよう」と伝えた。
一方、現ゴビノー王国に対しては、「国力が減ってしまった以上、正面からぶつかっても勝ち目はない。私がティアマン共和国という第三の中立国を建国し、獣人族と交渉をするからその間に国力を立て直してほしい。有事の際にはティアマン共和国は貴国に多大な援助をしよう…王政が廃されるのは先王に仕えていた身としては忍びない」と伝えた。結果、両国はオベハの提案を受け入れ停戦しここにプチ天下3分の計が成り立ったわけだが、期限としていた年になってもオベハが動こうとしないため、両国から対応を迫る手紙がひっきりなしに届いている。そんな中、オベハは夢を見た。遠い異国の地から来たエルフの一行が、この問題を収めるために活躍してくれるという都合のいい夢を。ある時の夢では、彼らはオベハの話を聞き、ティアマン共和国で冒険者になりティアマン共和国を守ってくれた。しかし、同じ内容の夢でオベハが試しに一部を隠して伝えた所、夢の中のエルフ一行はオベハの事を警戒し、早々にティアマン共和国を旅立った。ティアマン共和国を去ったエルフ一行がティア軍国とゴビノー王国にも逃げたパターンの夢を見たが、どちらのパターンにおいてもオベハの息がかかった者という密告があり、エルフ一行は処刑される。その後、オベハの嘘が両国にバレてしまい、ティアマン共和国が滅ぼされてしまう…というわけである。〜〜〜
ゴーシュが話を聞きながら首を傾げて言った。
「ちょっと待って。…って事は、僕達はオベハさんが二枚舌外交した尻拭いをしないと処刑される運命ってこと?勝手に巻き込んでおいて酷くない?」
「非難したいお気持ちは重々承知ですが…政治家というものは、必要があればそうやって無理を通すのです。事実、その二枚舌外交で多くの国民の命が無駄に失われることを防ぐ事が出来ました。それに私が貴方達に話しかけなければ、貴方達は今頃船と共に海に沈んでいた運命なのですよ?」
「…確かにそうなんだけど」
とゴーシュが俯くと、オーウェンが一息ついていった。
「持ちつ持たれつの世界だ、生き残るために必要な事をやったオベハ殿を非難するつもりはない。今回はオベハ殿の味方をしてやろう。…だが出会う前から俺達を利用するために近づいたという事実は、やはり不愉快にもなる。だからオベハ殿にも、いつか俺達のわがままに付き合ってもらうと約束してもらおうじゃないか」
オーウェンがそう言って微笑むと、オベハも気持ちが解れたのか笑顔になって言った。
「えぇ、もちろんです。私に出来る事なら喜んでお引き受け致しましょう。…早速なのですが、下の階で冒険者登録をしていただけませんか?依頼を受けるためには、冒険者という身分が無ければならないのです」
「そうですか…ちなみに夢の中ではその依頼を引き受ける冒険者は他にもいるんですか?」とティンカーが聞くと、オベハは「はて、どうだったでしょうか?…あまり詳しくは覚えていませんねぇ」と白々しくシラをきった。ティンカーがジト目でオベハを見つめながら言った。
「…居なかったんですね。まぁ、いいや。それじゃあ、オベハさんにも一筆書いていただきます」
「…私は何にサインをするんです?」
「この依頼が完了した時の報酬についてです。ギルドを通して頂く報酬はティアマン共和国代表としてのオベハさんが支払うもので、オベハさん個人としての負担は軽過ぎます。私達は命をかけて手助けすることになるんですから、オベハさんにも同じだけの覚悟を示して欲しいのです。まぁ、といっても『私達の我儘にとことん付き合う』程度の内容です。後から莫大な金額を要求したりなんて無茶な事はしませんので、そこは安心してください」
「…まぁ、そういうことなら書いておきましょう」
そう言ってオベハは気が解れたお陰もあってか無警戒にサインをした。