アウグストの心労
あの結成式から半年は過ぎたという頃、アウグストは内心不安だった。
(オーウェンからの報告は使用人を通じて定期的に届くが、ほとんどが「訓練に支障なし」といった一文のみだ。…弓の腕に驚きついつい了承してしまったが、後になって冷静に考えてみるとオーウェンはまだ6歳の子供だ。私の判断は間違っていたのではないか…)
既に闘技会場はほぼ出来上がっており、料理人や食糧の手配も大方整っている。しかし、肝心のオーウェン達の様子が全くわからない。同行する使用人にも現状を何度も聞いたが「オーウェン様が直々にお話ししたいとのことですので、申し訳ありません…」と口を濁すばかりである。
ヤキモキして部屋をウロウロとしていると、セスが扉をノックをして入ってきた。
「旦那様、宜しいでしょうか?」
「あ…あぁ、どうした?何かあったか」
「オーウェン様が戻って来られました」
「…あぁ、オーウェンが。…何ッ!?ど、何処にいる?」
「エントランスにてお待ちです。中に入って頂くようお伝えしたのですが、直ぐまた戻るからと…」
セスの言葉を半ばまで聞くと、アウグストはエントランスへ急いで向かった。
エントランスに着くと、オーウェンは兜を片手に抱え直立したまま待っていた。
「ご無沙汰しております、父上」
「おぉ、オーウェン!心待ちにしていたんだぞ、中に入って話を聞かせてくれないか」
「そうしたいのも山々なのですが、仲間達を置いてきているので直ぐに戻らねばなりません。父上、少し付き合って頂きたい所があるのですが宜しいですか?」
「あぁ、もちろん、構わない。向かいながらでも訓練の様子を教えてくれ」
「はい、是非」
アウグストがオーウェンに促され建物を出ると、馬が一頭支柱に括り付けられていた。
「なんだ、この馬は?」
「これは私の馬です、森林地帯近くの平原で捕まえました」
「…馬に乗るのかッ?」
「はい、まぁ私だけではありませんが」
馬を引くオーウェンの側でアウグストは混乱していた。
(弓の練習はどうしているのだッ!?野生の馬に乗るなど簡単な事じゃない。それこそ、半年費やしてどうにかなるかといった所だ。…まさかこの半年かけて、馬乗りに興じていた訳ではないだろうな…)
アウグストがあれこれと聞きたくて逡巡していると、「着きましたよ、父上」とオーウェンが言った。顔をあげると何も変わらない普段通りの城の裏庭だが、よく見ると等間隔に的の鎧が10個ほど立てかけられている。
「…これはいったい何だ?」
「まずは観て頂きたいのですが、父上は少し離れて待っていて頂けますか?」
そう言うと、オーウェンは少し離れた位置でアウグストを待たせた。
オーウェンを乗せた馬が裏庭の端の方まで移動し、暫くしてハァッという掛け声と共にドガラッ、ドガラッと全速力で的と並走を始めた。そしてその馬上からオーウェンが弓を次々と放ち、正確に鎧兜を射抜いていく。
全て射抜くと、オーウェンは馬をアウグストの下へと引いて戻ってきた。
「父上、観て頂けましたか?」
「…今のはなんなんだッ!?」
「東方の国の弓の訓練で流鏑馬というものだそうです。これを演目の中に是非加えて頂きたいのですが」と事もなげにオーウェンは言う。
アウグストは驚愕していた。
(エルフの主戦場は森林地帯のため、馬に乗って戦う機会はほとんどない。我々も騎士団と名前は付いているが、騎馬に乗るのは移動とパレードの時くらいだ…。それをあのように両手を離した状態で、しかも全ての的を射るとはッ!)
「…オーウェン、馬に乗れるのはお前以外にもいると言っていたな」
「はい、私を含めて10人です。彼らも的が10個あれば7個ほどは射抜くことが出来ます」
「10人も!…他の者達は?」
「騎馬には乗れませんが、30m先の動かぬ的なら的中率は8-9割といった所です」
「それは、本当か!?私を喜ばせようと誇張しているのではないなッ?」
「父上はそのような事で喜ばないでしょう、お伝えした有りのままですよ」
「でかしたぞッ、オーウェン!父は、お前を…お前をとても誇りにぃ…ッ!」
涙ぐむアウグストにオーウェンは声をかける。
「アハハ。父上、本番はこれからですよ。喜ぶのはその後です」
「あぁ…あぁ、すまない。私としたことが気がはやってしまった。お前の言う通り、喜ぶのは全てが終わってからだな」
「はい、父上!」
「早速、観客席から見えやすいように流鏑馬とやらのコースを作るように指示しておく」
「有り難うございます、父上。…っと、それでは私はそろそろ隊に戻ります。最終の打ち合わせは本番の2週間前頃に行いましょう」
「あぁ、わかった!」
「それでは!」そう言うと、オーウェンは馬を走らせ瞬く間に木々の合間に消えていった。
そして、いつの間にか頼もしくなったその背中をいつまでも見送るアウグストだった。
〜〜〜一方、森林地帯で訓練を続ける子供達は…
「今日、朝から隊長殿を見てないな?」
「実家に用事が有るって、朝のブリーフィングで言ってたろ?」
「そうだったっけ?はっ、まさか、一人だけ抜け駆けして家帰ってお菓子とか食べてるんじゃ?」
「いやいや、お前じゃ有るまいし。あの隊長殿に限ってありえんわ」
男の子達が口々に憶測を語っていると、女の子達が会話に割って入る。
「ちょっと男子、真面目にやってくれない?士気下がるんだけど」
「オーウェンに言いつけるよ。隊長殿って茶化したり、あることないこと騒いでたって」
「ってか、暑いぃー。そうだ!訓練終わったら、後で水浴びしよー。…アンタ達、覗いたら本気でコロすからね」
女子が口々に言いたいことを言う。
「お前ら、この前も先に水浴びしたじゃねぇか。今日の水浴びは俺らが先だろ!」
「はぁ?アンタ達が入った後の川とか汚くて入れる訳ないじゃない!隠れてオシッコとかしてそう」
辛辣な切り返しに男子がたじろぐ。
それでも「うっせー、ブース」だの「死ね」だの言い合っていると樹々の向こうからオーウェンの馬が駆ける音が聞こえてきた。
「ヤバっ、隊長どn…オーウェンが帰ってきた!」
「お前ら、さっきの話チクるんじゃねーぞ」
「はぁ?マジウザい、絶対チクっちゃお、ねーみんな?」
などと、言いながら練習に戻る子供達。
オーウェンが馬を降りると「おかえりー」と女子達が集まってきた。
「ねぇ、オーウェン。今日、凄く汗かいたからー、私達から水浴びして良い?」
「あぁ、俺は特に構わないが」
オーウェンがそう言うと、練習に勤しんでいるフリをしていた男子の一部が騒ぎ立てた。
「あぁッ!?オーウェンに聞くとか卑怯だぞ、ブス!」
「はぁ?アンタ達の意見とかどうでもいいし、ってかブスブスうっさいんだけど」
などと言い合っていると「よさねぇか、お前ら」とナサニエルが割って入る。
「おかえり、オーウェン。水浴びは女子からでいいよ。こいつらはさっきから駄弁ってたしな」とナサニエルが男子の方にガンを飛ばす。今やオーウェンに次ぐ実力のナサニエルに騒いでいた男子は何も言い返せないでいた。
「そうか…。なら女子の水浴びが済むまで、俺とお前らで近接戦闘をしようか」
オーウェンがそう言うと男子達は崩れ落ち「終わった」だの「イヤだ、死にたくない…」だの言いながら膝をついていた。ナサニエルだけは「よっしゃ。今度こそ絶対一発当てて見せる」と意気込んでいた。
その後、男子達がトボトボと訓練場に連行されていくのを「ばいばーい」と見送りながら女子達がぺちゃくちゃと話す。
「っつーか、ブスブスって、あいつらマジムカつくんだけど」
「オーウェンはそう言う事言わないよね、ナサニエルも最近は優しくなったし」
「確かに。二人ともジェントルマンって感じだよね。容姿の事でふざけたりしないし…そう言えばさ、オーウェンが兜脱いだとこ見たことないよね?」
「え?…そう言えば無いかも。だって、オーウェンてば一番朝早く起きて、遅くまでずっと練習してるし」
「私も見たことなーい」「私もー」などと騒いでると、「忘れ物忘れ物…」と言いながらナサニエルが戻ってきた。
「どうした、お前ら?まだ入ってないのか?さっきはああ言ったけど、オーウェンの扱き相当キツいの知ってるだろ。先に浴びるんならさっさと済ませてくれよな」
「わかってるって!ってかさ、ナサニエル…アンタ、オーウェンの顔見たことある?」
「んん?…そう言えば、見たことないな。ほら、アイツ遅くまで練習するから寝ている俺らを起こさないように別のトコでテント張ってんだよ。っつーか、んなことどうでもいいからさっさと浴びてこい。俺はもう行くぞ」
さっさと走っていくナサニエルの後ろ姿を見ながら誰かがポツリと言った。
「ってかさ、ナサニエルが見たことないんだったら、誰も見たことないんじゃない?」
「…確かに」
いつも見ていただきありがとうございます。これからもオーウェン達を宜しくお願いします。