オベハの能力
羊の紳士はゆっくりとオーウェン達へと近づいて言った。
「何かトラブルでもありましたか?」
「…誰?」
とティンカーが言うと、羊の獣人は苦笑いしながら言った。
「これは失礼しました。私はオベハ、ティアマン共和国代表を務めている者です」
オーウェン達が事の経緯を話すと、オベハはふむふむと頷いていった。
「つまり他の国に向かうために買い出しで立ち寄ったら、奴隷商人とあらぬ疑いをかけられて船に戻れなくなっている…そういうことですね?」
「えぇ、彼女の足が傷つかないように靴を買っていただけです」
「なるほど…オーウェンさんは、何か身分証のような物をお持ちですか?」
「いえ、少々急いで出てきましたし、何より私はまだ成人していないので」
「そうだったのですか。いや、失礼。エルフ族の方々は見た目では分かりにくいものですからね。…憲兵さん、もういいですよ。後は私が話を聞きましょう」
オベハがそう言うと、憲兵2人はその場を後にし、集まった民衆も徐々に散っていった。ティンカーが尋ねる。
「あのー、丸く収めていただいたのは有り難いんですけど…早く船に戻らないといけないんです」
「そうでしたか、ちなみに貴方達が乗ってこられた船はどちらに?」
「あそこに停まっている船ですけど…」
とティンカーが指さすとオベハはジッと見つめた後に言った。
「少々荷を積み過ぎているようですね…あの船には乗らない方がいいですよ」
下船する際に船員から聞いていた話を思い出し、ティンカーは青ざめながら聞いた。
「…オベハさんは船にお詳しいんですか?」
「いえ、そういうわけではありませんが…私には少々変わったスキルがあるんです。そのおかげでティアマン共和国をまとめるに至ったのですが…詳しい話は後にしましょう。まずはあの船の船長に積荷を減らすように助言しなくては」
そう言うとオベハはスタスタと船に向かって歩いていった。
ーーーーーー
オーウェン達が後を追っていくと、船長がオベハに食ってかかっているのが見える。
「依頼先から頼まれているんだ!積荷を減らせるわけねぇだろ!」
「この船はまだ試験運用段階でしょう?魔石を積むことの危険性はかねてから言われているはずです」
「ここに着くまでも同じくらいの重量を運んできたが魔物に襲われることはなかった!大体、積荷を減らせば襲われねぇっていう根拠はあんのか?」
「根拠は…ありませんね」
「ほれ見ろ!俺は長年船を操って来た経験があるからな、あんたらみたいに憶測で動いているわけじゃねぇんだ!ほっといてくれ!」
「一応…忠告はしておきましたよ」
「余計なお世話だっつってんだ!仕事の邪魔だ、帰ってくれ!」
船長に怒鳴られてオベハがスタスタと戻って来た。
「どうやら彼らは、私の忠告を聞き入れないようですが…貴方達もやはりあの船に乗るんですか?」
「うーん、ここまでフラグの立った会話を聞かされると乗る気が失せるよね…」
「フラグ…?何ですか、それは?」
「んーん、何でもないです。仕方ない、ここからは船での移動は諦めて陸路で移動しよっか?」
とティンカーが言うと、オーウェンとゴーシュは激しく同意してみせた。
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翌日、この船がしっかりフラグを回収し海の藻屑と化したことをオーウェン達は宿屋のロビーに置かれた報道紙で知った。ティンカーがふぅっと一息ついて言う。
「一歩間違ったら危なかったねぇ…それにしても、なんでオベハさんは知ることが出来たんだろ?」
「確か変わったスキルがあるとか言っていたな、命拾いした礼を言うついでに教えてもらうか」
などとオーウェン達が話をしていると、昨日の憲兵達が宿屋に入ってきた。憲兵達は周囲を見回し、オーウェン達を見つけると近づいてくる。
「昨日は失礼をした。オベハ様が貴方達と話をしたいと言うのだが…良いだろうか?」
「ちょうど、お礼を言いたいところだったので構いませんよ。オベハさんはどちらに居られるのですか?」
「坂の上にある冒険者組合の建物だ、中に入れば係の者が案内してくれるだろう」
「そうですか、わかりました」
とティンカーが言うと、憲兵達は名残惜しそうにオーウェンの方をチラチラと振り返りながら出て行った。オーウェンが口周りを拭きながら言う。
「なんだ、アイツら。…お腹空いていたのか?」
「一緒に食べたかったんじゃない?まぁいいや、さっさと食べてお礼を言いに行こうよ」
「そうだな」
そう言うと、オーウェン達は静かに食事に戻る。淡々と食べているつもりのオーウェン達だったが、他の宿泊客や店主などは気が気では無い様子だった。というのも、オーウェンは容姿端麗なだけではない。貴族出身なのはもちろんだが、長年シャルロッテ達と食事を共にしてきた事もあり、その食事作法もまた非常に美しいものだった。オーウェンの食事の様子を見て、近くに座っていた女は先程まで素手でかぶりついていた鶏肉をナイフで丁寧に切り分け食べるようになり、パスタを手掴みでズズズっと啜っていた男達はフォークを使い丁寧に皿の端で巻き取りながら食べ始めた。怒鳴り散らして注文していた男も、何処から取り出したのかチリンチリンとベルを鳴らして礼儀正しく座っている。結局、オーウェン達が食事を終えて出て行くまで宿泊客達は、あたかも自身が上流階級の出自の様に振る舞っていた…がオーウェン達が出て行った途端、まるで夢から覚めたように、皆思い思いの食べ方に戻っていった。
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オーウェン達が冒険者組合に着くと、係の者が駆けつけてきて言った。
「もしかして、オベハ様とご面会予定の方々でしょうか?」
「えぇ」
「お待ちしておりました、ご案内しますね」
と言い、オーウェン達を2階の来客室へと案内する。来客室のドアを開けると、オベハが報道紙を片手に紅茶を啜っているところであった。
「あぁ、皆さん。昨日はゆっくり休めましたかな?」
「えぇ、オベハさんのお陰で今日もベッドの上で目覚める事ができました。本当にありがとうございました」
そう言ってティンカーが深々と頭を下げると、オベハはニコッと笑って言った。
「いえいえ、ここに残る事を選んだのは貴方達自身です。私はあくまでも可能性についてお話ししただけですから」
「しかし、オベハさんはどうしてあの船が沈む事を知り得たのですか?何か変わったスキルがあると言っていましたが?」
「あぁ、私には『予見』というレアスキルがあるんですよ。…と言っても、戦闘には全然役に立たないのでハズレスキルなんて言われていますがね。私の性分には相性が良いんです」
「どういったスキルなんですか?」
「まぁ一般的に言えば、推測の精度があがるんです…例えば」
そう言うと、オベハは胸から懐中時計を取り出しオーウェン達へと見せながら言った。
「これから3分後に受付の者達がお茶と菓子を持ってきます。1人はオーウェンさんの顔に見惚れた結果、戸に躓いてお茶をこぼすでしょう…ですので、オーウェンさんはもう少しこちらに寄った方がいいですよ。その後、謝りながら部屋を出て行った彼女は階段で転倒、代わりの者がお茶を運んでくるのですが、その子もまた濡れた床で転び、結局はオーウェンさんにお茶が…と言った所です。それでは行きますよ…3、2、1」
オベハは時計を見ていないにも関わらず、正確に秒針通りカウントダウンする。すると、ゼロのタイミングでドアがノックされ、受付嬢が2人入ってきた。1人は菓子を、もう1人はお茶を運んできたがオーウェンの顔を見た途端、戸の縁に躓いて盛大にお茶をこぼした。先程までオーウェンが座っていた辺りまで、お茶の飛沫が飛んでくる。お茶をこぼした受付嬢が「すみません、すみません」と平謝りをし、替えのお茶を取りに部屋から出て行く。間髪入れず「きゃぁあ」という悲鳴と共に階段を何かが転げ落ちて行く音が聞こえた。「…ちょっと、大丈夫!?」などと言う言葉が聞こえ、しばらくすると別の受付嬢がお茶を運んできた。しかし落ち着いた様子で入ってきた受付嬢も濡れた床に足を取られ…た所で、オーウェンが素早い動きでトレイを掴み、転びかけた受付嬢を抱きかかえる。
「…大丈夫か?」
「は…はい♡」
目をハートにさせながら幸せそうに受付嬢が出て行く。ティンカーがその様子を見ながら言った。
「凄いですね、オベハさん!最後にオーウェンにお茶がかかる以外は全部当たってましたよ!」
「フフフ…御言葉ですが、私はオーウェンさんにお茶がかかるとは言っていませんよ。オーウェンさん、そのコースターの裏を見てください」
言われた通り、オーウェンがコースターを裏返すとそこには前日の日付けで「オーウェン殿が受付嬢を抱きかかえたおかげで、彼はお茶をかぶらなかった」と書かれていた。オーウェンが目を丸くして言う。
「驚きました、まるで『予言』ですね」
「いいえ、これは『予見』ですよ」
そう言うとオベハはニコッと笑い、紅茶をゆっくり啜って見せた。