手紙
後を追いかけてきたイザベルが部屋の中を見て動揺する。
「お…オーウェン様が居ないですぅ」
座り込んだシャルロッテを支えながらドロシーが尋ねた。
「いったい、どういうこと?」
「…起きたら…ドアの隙間に…手紙が挟まってて…」
シャルロッテがオーウェンからの手紙を手渡すと2人が読み始めた。
〜〜〜シャル様、ベル様、ドロシー様、ご卒業おめでとうございます。この手紙を皆が見る頃には、私は人族の国へと向かう船に乗っていると思います。…言葉で伝えることが出来ずに申し訳ありません。皆の顔を見ると離れたくないという気持ちが強くなってしまうと思ったので…。私は、ティンカー達と共に人族の国へ旅に出ます。色々学びたい事があるのです、2年後の元服の時までには必ず戻ると約束します。迷宮スキルもあるので直ぐに帰って来れるはずです、あまり心配しないでください。あ…あと高等学院から一緒になるローラの事、宜しくお願いします。せっかく陸に来てくれたのに半年で居なくなって怒ってしまうかもしれませんが…。それと学院の近くに小さな迷宮を作って皆が住める寮にしておきました、使ってください。それと手紙を2通同封しています、ヴィルヘルム様とエルヴィス宛のものです。必ず、直接2人に渡してください。それから…〜〜〜
やたら細かい内容を端的に指示してくるオーウェンの手紙に寂しさが若干薄れつつあったが、2人は読み続ける。
〜〜〜…をお願いします。最後になりましたがお身体には十分気をつけてください。愛を込めて オーウェンより〜〜〜
読み終えた2人がふぅっと溜息を吐いて言った。
「なんか…事務的な内容が多くてあまり寂しい気持ちになれなかったわね」
「もっとロマンチックな手紙がいいですぅ、これじゃただの業務連絡ですぅ」
とイザベルが冗談を言ってみせたがシャルロッテは顔を伏せたままだった。ドロシーが話しかける。
「シャルちゃん…」
「…なに?」
「オーウェンはね…きっと、私達を幸せにするために頑張っているのよ。不器用だし、言葉足らずだし、色々空回りしているトコもあるけれど…それでも彼は、いつも変わらず一生懸命だったわ」
「…」
「だから、私達も頑張りましょう!オーウェンが帰ってきた時、笑顔で出迎えてあげられるように!ね!」
「…そうね」
そう言うとシャルロッテはすくっと立って一瞬笑顔を見せたが、また泣き顔になってしまう。それを観て、今まで堪えていたイザベルやドロシーも泣き始めてしまい、3人は暫くオーウェンの部屋の前で泣き続けていた。
ーーーーーー
シャルロッテが手紙を見つける数時間前、オーウェンはベリーブトに着いていた。迷宮スキルでブルイン王国との国境沿いにまで移動した後、入国証を受け取ってベリーブト行きの馬車に乗る。
(ベリーブト辺りはヒトが多い、それに入国証無しで出国用のチケットは買えないからな…)
物思いにふけながら馬車に揺られるオーウェン。結局、馬車がベリーブトに着いたのは朝日が登る少し前くらいの事だった。市場にはすでに多くの商店が並び、船員達が船に荷物を運んでいる。オーウェンが指定されていた宿屋の前に行くと、オーウェンに気付いたティンカーがゴーシュの背に登って手を振ってみせた。
「時間通りだね、オーウェン!」
「迷宮スキルが使えればもっと早く来れたんだがな…」
「ハハハ、そうだろうね。もう、朝ごはん食べた?」
「いや、まだだ。適当に買って船の中で食べるか」
などと会話をしながら歩いていると、ふと視界の先に見知った姿を捉えた。オーウェンが近づいて声をかける。
「おい、ここで何をしている?」
振り返ったのは、かつてオーウェンを狙った黒装束の女だった。
「あ…オーウェン…」
と黒装束の女がモジモジとしていると、ティンカーがオーウェンに尋ねる。
「誰?知り合い?」
「知人だ、以前世話になった。…少し彼女と話がある、お前達は先に買い物して船に乗っていてくれないか?」
「オッケー、乗り遅れないようにね」
「あぁ、わかってる」
そう言うと、ティンカーとゴーシュは市場の方へと向かっていった。オーウェンは黒装束の女に向き直って尋ねる。
「ブルート様のトコに居たんじゃないのか?」
「あの後、しばらくは雑務をさせてもらえてた…だけど…1ヶ月ほど前に追い出された」
「…どうして?」
「…」
女が黙っていると、その腹から「ぐぅ〜っ」と音が鳴った。良く見ると以前より歩き方が弱々しく、服も汚れて少し臭いがする。
「何か食い物を買いに行こう」
「…いい」
と言いかけた女の腹から再び「ぐぅ」と音が鳴る。顔を伏せる女の腕を掴んで半ば強引にオーウェンは市場へと連れていった。食べ物や船での生活に必要そうな物を買い集めて、オーウェンは船の方へと向かう。ティンカー達はすでに船の中へ乗り込んでいるようだった。船のタラップの前まで来ると、オーウェンは女に向き直って言った。
「お前、俺についてくるか?」
「…え?」
「身なりを見ればわかる、行く宛も金も無いんだろう?俺についてくれば、とりあえず朝食が食えるぞ」
「…何処に行く?」
「色んな国を回る…まぁ冒険者みたいなものだ」
「貴族出身の貴方が?…どうして?」
「話せば長くなって、この船に乗れなくなる。続きが聞きたければ…俺の手を取れ」
そう言ってオーウェンは手を差し伸べた。黒装束の女が戸惑いながらオーウェンの手を取ると、オーウェンはグッと引き寄せる。すると、タラップの手前にいた船員が何を勘違いしたか、口笛を吹いて言った。
「ヒュー!情熱的なアピールだね、エルフの兄ちゃん!」
「いや、そういうつもりじゃ無いんだが…」
「いやいや、いいと思うよ?身分の異なる恋って燃えるよな!特に、奴隷との恋だなんてよぉ?」
船員がそう言うと黒装束の女がビクッと身体を震わせた。オーウェンは少し間を置いて言った。
「あぁ、そうだな。…彼女は俺のモノなんだが、船賃は余計に必要か?」
「いや、基本要らないぜ?奴隷は所持品扱いだからな。邪魔にならないトコに置いとけばいいんだ。あ、でも一緒の部屋で♡…って事なら、追加料金を払ってくれれば鍵付きの広い部屋を用意する事が出来るぜ?」
(女を1人で部屋の外に寝かせるわけにはいかないからな…)
「なら、鍵付きの広い部屋を頼む」
「おぉ、毎度ありぃ!でも、あまりうるさくはしないでくれよな♡」
などと言い顔を赤らめる船員を余所にオーウェンは女の手を引いて乗船した。ちょうど用意された部屋へと向かっているとティンカーとゴーシュが廊下の向こう側からやってきた。
「オーウェン、部屋はあっち…って、アレ?そのコも一緒に行くの?」
「あぁ、訳あって旅に同行してもらおうと思ってな。華奢だが腕は立つんだ。助けになってくれると思う」
「それは良いけど…部屋3人でもギリギリだよ?…ゴーシュの身体が大きいから」
そう言うとティンカーはゴーシュのお腹をポンポンと叩いてみせた。
「酷いなぁ、ケンタウロス族が身体が大きいのは仕方ないじゃん」
と愚痴るゴーシュの様子をみて少し笑いながらオーウェンは言った。
「構わん、新しい部屋を取ったからな。そっちは2人で使ってくれ」
「え、いいの!?やったー」
と言うと、ティンカー達は部屋の方へと戻っていった。オーウェンは女の手を引きながら割り当てられた船室へと向かった。オーウェン達の部屋は船の最後尾に位置し、いわゆる角部屋で他の部屋より一回り大きかった。
「思っていたよりも綺麗で広いな」
「…」
「とりあえず風呂に入ってこい、さっき市場で見繕った服が何着かあるから持っていけ」
「…わかった」
そう言うと、女はそそくさとバスルームへと向かった。オーウェンは、船室の窓を開けて部屋の換気をしながらベッドの上で横になる。真夜中にバレないように出発したこともあり少し寝不足だったか、オーウェンはしばらくするとスヤスヤと寝息を立てていた。
ーーーーーー
30分くらい寝てただろうか、オーウェンが目を覚ますとベッドの横でタオルで前を隠しただけの少女が赤面しながら突っ立っていた。
「…どうした?そんな格好で」
「…え?だって、風呂に入ってこいって…」
「服はどうした?」
「…どうせ脱がされるかなって思って…」
「誰に?」
「…貴方に」
と言われてオーウェンは初めて気付く。
(コイツ…俺が抱く前に風呂に入ってこいと言ったと勘違いしたのか)
「そういうつもりで言ったんじゃない、暫く風呂に入ってない様子だったから風呂を勧めただけだ。…他意はない」
「え…あ、そう…」
「わかったら、さっさと服を履け。朝食にするぞ」
オーウェンに急かされて、少女はいそいそとバスルームへと戻っていった。しばらくして、少女が新しい服に身を包んで出てくる。先程までは気づかなかったが、ショートヘアのその頭部からは猫のような三角耳が2つ飛び出していた。オーウェンが尋ねる。
「お前…猫耳族だったのか?」
「あ、うん。…嫌い?」
「別になんとも思わん。さっき会った俺の仲間などは良くアニメを見ながら言ってた。『アレは良いモノだ』とな。理由は良くわからんが…」
「そうなんだ…」
「というか、お前喋り方こんなだったか?」
「あぁ、アレはお仕事用の話し方で…。そっちの方が良かった?」
「いや、話しやすい方で構わん。ところで聞いて良いか?」
「何?」
「お前は…『奴隷』なのか?」
オーウェンが尋ねると、少女は俯きながら言った。
「そうよ…私は奴隷なの」
投稿したつもりになってました汗