門出
それから半年ほどの月日が経ち、ついにナサニエル達が中等学院を卒業する日がやってきた。シャルロッテが卒業生を代表して答辞をすると、集まった人々は惜しみない拍手を送る。卒業式が終わり、オーウェン達が寮へ戻ると、他の寮生達が祝いの垂れ幕を掲げて出迎えてくれた。花束をもらい喜ぶケイトやオードリー、コリンに至っては下級生の女子から花束をもらって号泣していた。そんな皆の様子を見ながら、ナサニエルがオーウェンに話しかけてくる。
「初等学院に入学してから中等学院卒業まで、あっという間だったな…」
「まぁ飛び級もあったし、最後の2年間は教室にすら居なかったからな」
「言われてみると確かにそうだぜ、ハハ…。そういえば聞いたか?女子達とグレンはそのままこっちの高等学院に通うんだけど、フレッドとコリンは騎士見習いとして入隊するんだってさ」
「学校での訓練よりも実戦を多くこなす方がいいと考えたんだろう、騎士になるにも効率がいいしな」
「確かにな、俺もそうしたかったトコなんだけど…ビーが『私の事を想ってくれるなら進学して』っていうからさ」
「まぁ、公爵家の御令嬢と付き合うなら高等学院卒業は最低限必要だろう」
「今のうちから顔を繋ぐために、多くの公爵家が通うシャル様達と同じ私立の高等学院に入学するんだぜ、俺…頑張ってるだろ?」
「ハハハ、そうだな」
「…そういやぁ、オーウェンはこれからどうするんだ?シャルロッテ様達と結婚できるまで、あと2年くらいあるだろ?」
「ヴィルヘルム様から近衛兵として働かないかと打診されたが…」
「マジかよ、大出世じゃねぇか!いずれは近衛隊長とかも考えてくれているかもしれないな」
「…お断りした」
オーウェンの言葉を聞き、ナサニエルが驚く。
「そんな良い話断るとか、マジかよ!?」
「父上にも同じことを言われた、だが…前々から決めていたことだからな」
「近衛兵にならないってことは、また何処かで修行でもするのか?」
「俺は…聖アールヴズ連合国を出る」
ナサニエルは声を詰まらせながら言った。
「…どうして?」
「そうしなければならないことがあるからだ。帰ろうとすればいつでも帰ることはできるさ、俺には迷宮スキルがあるからな」
「そりゃそうかもしれないけどさ…この事、シャル様達には?」
「…まだ話していない」
「きっと酷く落ち込むぞ?」
「…そうかもな」
オーウェンは無意識にシャルロッテ達を見つめながら、ヴィルヘルムに呼び出された時のことを思い出していた。
〜〜〜1ヶ月ほど前、オーウェンはティンカー達と共にヴィルヘルムの城を訪ねていた。庭に案内されるとヴィルヘルムが世界樹を見上げている。
「ヴィルヘルム様、お久しぶりです」
「おぉ、オーウェン…ティンカー達も来ていたのだな」
「はい、陛下にお話ししたいことがありまして」
「奇遇だな、余もお前に話がある。…オーウェン、近衛兵として余に仕えないか?側にいれば国政について学べるし、12歳になればシャルロッテ達との結婚もある。今のうちから余の仕事を手伝っておけば、なにかと都合が良いと思ってな」
「陛下、有り難いのですが…そのお話、お断りさせてください」
「…何故だ?」
ヴィルヘルムが問うと、オーウェンはひと息おいて話し始めた。
「私はティンカー達と共に、旅に出てみるつもりです。人族の間者達が話していた『帝国』や、魔神の存在など…私はまだまだ、世界の事を知らなさすぎます。このままでは誰かの悪意に翻弄され、国はおろか愛するヒト達さえ守れないかもしれないと…そう考えたのです」
「オーウェン…」
「ヴィルヘルム様がこの聖アールヴズ連合国を守ってきたように、私もこの国々を守るために努力したいと思います」
「…そうか。よく言った、オーウェン。まだまだ子供だと思っていたが、信念を持ち自分の道を進もうとするお前の心意気に余は感心した。最早止める理由はあるまい…」
「ありがとうございます」
「ちなみに…この事、シャルロッテ達には?」
「まだ話していません。危険な旅になるかもしれません…シャル様達がついていくと言い出しては大変ですので」
「そうだな…わかった。伝え方はお前に任せるぞ」
「はい」
そういうと、オーウェン達はヴィルヘルムの王都を後にした。
迷宮の中に入ると、ティンカーが言った。
「どうやら、うまく信じ込ませられたようだね」
「どうだろうな、ヴィルヘルム様は勘が鋭いから…出発の日までは油断できん。お前達も極力人前では、この話題には触れないことだ」
「大丈夫だよ、それに…たとえ聞かれても訳がわからないと思うよ?ボクらが、生まれたばかりのチート持ちのコを探し出すという旅に出ようとしているなんてね…」
「…早いものだ、俺達が生まれてもう10年が経った。彼女が…劉備殿の母が一般人チート枠で転生してくる年になったというわけだ」
「早めに見つけなきゃなぁ… 周囲の人間に貶められ性格がひねくれて闇堕ちしたり、魔王様に恋しちゃったみたいな事言い出したりしたら厄介だからね」
「あぁ、劉備殿が転生してくるまでどのくらいの猶予があるのか知らんが、それまでに彼女をあらゆる悪から遠ざけておいた方がいいだろう」
とオーウェンが言うと、ゴーシュがティンカーに尋ねた。
「ティンカー、ゼウス様から何か教えてもらう事は出来ないの?」
「その転生を請け負った神様が、ちょっと変わり者ってくらいしか教えてくれなかったんだよね。なんでもゼウス様はその神様とあんまり関わりないらしいんだよ」
「え…それってヤバいんじゃないの?」
「まぁね。ボクもそう思ったから、オーウェンを急かしたのさ」
ティンカーはそう言うとオーウェンの方を向き直って言った。
「それじゃあ1ヶ月後、ブルイン王国のベリーブトという港町で待ち合わせよう。そこから人族の国まで船で向かうよ」
「ちょっと待て…人族の国まで迷宮スキルを使うことは出来ないのか?」
「前にオーウェンのステータスを見せてもらった時、迷宮スキルはレベル2でヴュステ国からヴァルド王国の王都までの移動は限界に近かったんだよ。陸続きなら出たり入ったり繰り返せば到達出来るだろうけど、人族の国まではほとんど海だから今は使えないかな」
「…そうか」
「どうしたの?急に不安になった?」
「いや、シャル様達に『迷宮スキルがあるからすぐ会いに来れる』と言おうと思ってたのだが…」
「いいんじゃない?そう言っておいた方が安心するだろうし、迷宮スキルのレベルが上がれば移動距離も増えるんだから嘘ついている訳じゃないしさ」
「…それもそうか」
「じゃあ1ヶ月後にね、オーウェン」
「あぁ」
そう言ってオーウェンはティンカー達と別れたのだった。〜〜〜
「…大丈夫か、オーウェン?」
不意にナサニエルが声をかけてきて、オーウェンは現実へと引き戻された。
「あ、あぁ」
「ちゃんと伝えてやれよな?ただでさえ皆バラバラになって寂しくなるのに、お前まで居なくなるんだからさ」
「…そうだな」
そう言うとオーウェンは1人、寮の中へと入っていった。
ーーーーーー
翌日、シャルロッテが目を覚ますとドアの下に綺麗な便箋に入った手紙を見つけた。「何かしら?」と手紙を読むシャルロッテ。次の瞬間、シャルロッテは涙を滲ませながらオーウェンの部屋へと大急ぎで走っていった。そのただならぬ様子を見てイザベルとドロシーもシャルロッテの後を追う。
「オーウェン様ッ!」
シャルロッテが叫んでオーウェンの部屋へと入ると…そこには家具も本も何一つ残されていなかった。