いざ、アトラスへ
オーウェンが一通り事情を説明するとベアトリスがふぅと溜息を吐いて言った。
「…貴方って本当に女性関係の事になると歯切れが悪くなるのね。まぁ、実際には事故だったわけだし、この1ヶ月間は貴方なりに努力していたようだし…シャル様達もオーウェンを許してあげられそうですか?」
「えぇ、ローラさんとのことは、私達も見ていて事故だってわかっていますので…今回は許してあげますわ。ねぇ、ベル?ドロシーちゃんもいいかしら?」
「しょうがありませんねぇ」
「私はその時居なかったからわかりませんが、シャルちゃん達がそう言うなら…」
とドロシーが同意して、ひとまず事なきを得たオーウェンはふぅっと溜息をついた。すると、ベアトリスが続ける。
「それで?貴方はこれからどうするの?」
「軟派な男は人受けが悪い…陛下が教えてくれた通り、この1ヶ月の間、必死にそういう自分を演じてきた。これなら、きっとネレウス様も憤慨されて婚約に反対されるだろう」
「…並の容姿の人ならそうかもしれないけど、貴方の場合はすんなり受け入れられてしまいかねないわね…」
とベアトリスが言うと、それまで黙っていたシャルロッテが言った。
「ローラさん…なんだか可哀想ですわ。オーウェン様の事を好きな気持ちは、私達と変わりないのに…。本当のことを、しっかり伝えてあげた方がいいんじゃないでしょうか?オーウェン様は、ローラさんの気持ちにも応えてあげる器量をお持ちでしょう?」
「…シャル様達は、嫌じゃないんですか?」
「オーウェン様は、それだけたくさんの女性を魅了できるんですから、仕方ないかなぁって思うとこもあるんです。もちろん、見境ないのは良くないと思いますが♡」
そう言うとシャルロッテはニコッと微笑んで見せた。
「その分、皆を平等に愛してくださいねぇ♡」とイザベル。
「ワガママもちゃんと聞いてくれるなら…良しとしてあげます」とドロシーも小声で言った。
オーウェンが予想外の答えになんと返事して良いかわからず、「鋭意、努力します」と言うと、シャルロッテがグッと拳を握って言った。
「それじゃあ、皆でアトラス王国へ向かいましょう!」
「!?…シャル様、アトラス王国とは通商に関する規定を結ぶ仲であっても、同盟関係にはありません。人質に取られでもしたら危険です!」
「大丈夫です、どんな時でも私達にはオーウェン様がついてくれていますし♡それに、ローラさんにも私達の考えを伝えておいた方が良いかなって思うのですわ」
「し、しかし…」
「私達をしっかり守ってくださいね?」
「それは、もちろんですが…」
「それじゃあ、行きましょう!」
そう言うと、シャルロッテ達はオーウェンより先んじて海岸沿いへと向かった。
ーーーーーー
船に乗り込んだオーウェン達はルクススの沖へ数十km移動した辺りへと案内される。すると海面から複数の人魚達が飛び出してきて言った。
「オーウェン様ですか?」
「えぇ」
「失礼ですが、そちらの方々は?」
「俺が婚約している方達です。彼女達の同行も希望します」
「こんなに婚約者がいるんですか…。と、とにかく案内します、これに乗ってください」
そう言うと、人魚達はイルカが引くガラスで出来た球体を指さした。
「それは何ですか?」
「陸で言う馬車のような者です。普段は物資を運ぶのに使っているため、あまり乗り心地は良くないですが、少しの間ですので我慢してください」
指示に従ってオーウェン達5人が乗り込むと、オーウェンの身体が大きいのもあってかなり密着する距離になる。ベアトリスが顔を赤らめながら言った。
「ちょっと、もう少しあっちに寄ってよ。…狭いんだから」
「…そう言えば、どうしてベアトリスは乗ってるんだ?」
「はあ!?ここまで来て、貴方何言ってるのよ!?皆でローラを迎えに行くみたいな流れだったじゃない?私1人をルクススに置いていく気?」
「いや、そう言うわけじゃないが…お前も婚約者と誤解されてしまうかと思ってな。巻き込んでしまっては悪いかと」
「むしろここで降ろされた方が、仲間はずれみたいで嫌でしょ!安心して、私はシャル様達の相談役として同行するだけよ。貴方はあれこれ心配してないで、普段通りに振る舞えば良いんだから」
「そうか…助かる」
などと会話していると、人魚達の「出発します」と言う声と共に、イルカ達が全速力で泳ぎ始めた。オーウェンが咄嗟に四肢を伸ばして転がらないように体勢を整えると、シャルロッテ達はオーウェンの身体にギュッと掴まる。柔らかい感覚が色んな所にあたって本来なら歓喜する状況なのであろうが、揺れが酷すぎてオーウェンはそれどころではなかった。しばらくして揺れがおさまった頃には、シャルロッテ達はすっかり船酔い状態でぐったりしていた。
オーウェンが周囲を見渡す。もはや海面がどこにあるかすらわからないほどの暗闇に包まれており、ときおり巨大魚や怪しげに光る深海魚が通り過ぎていく。そのまま暗闇を進んでいくと、イルカ達は海中に口を開けた洞窟の中へ進んでいった。白にピンク、青や緑といった蛍光色の珊瑚が辺りを照らし、暗闇の中に徐々に光が溢れてくる。さらに奥へと進むと昼間かと思うほど明るい大きな空間に出た。幻想的な風景にオーウェン達が見惚れていると、人魚達が「着きましたよ」と呼びかけてハッチを開けた。
「水中に空気があるんですか?」
「そうですよ?空気が無いと人魚も生きられませんからね」
「てっきりエラ呼吸でも出来るのかなんて思っていたので…申し訳ありません」
とオーウェンが言うと、人魚の1人が丁寧に説明を始めた。
〜〜〜人魚はれっきとした亜人族であり、下半身に鱗や鰭があるだけで基本的な構造は人族に近いという事である。よく誤解されるのは人魚は水中でエラ呼吸が出来ると思われているが、それはマーマンと呼ばれる別の動物で、エラや水かきのついた四肢を持つのが特徴である。マーマンはその見た目からついつい亜人と思われがちだが、実際は魚や両生類に近い種から進化した生物であるため水中生活が可能である。しかし人魚は肺呼吸であるため、1日程度なら潜っていられるが必ず息継ぎをしなければならない。〜〜〜
ベアトリスが横から話に混じってくる。
「でも、どうしてこんな深海に空気があるのかしら?」
「簡単に説明しますと、アトラスは海藻に強く絡まった硬く分厚い岩盤で覆われているのですが、この海藻が少し特殊なんですよ。光が当たると根っこの方から気体が排出されるんです、だから深海にも関わらず新鮮な空気があるんですよ」
「へぇ…じゃあこの光は?まるで地上にいるみたいに眩しいわ」
「海藻は、その内部に光を反射させる構造も持っているんですよ。なので、はるか上方にある光を深海にまで届けてくれるんです。それに周囲にある珊瑚も光を蓄える性質を持つので、アトラスは夜になっても結構明るいんですよ」
(…なるほど。光ファイバーの要領で、海藻全体に光を行き届かせて多くの酸素を生み出すだけでなく、アトラス全体に明るさも届けていると言うことか)
などとオーウェンが納得していると、いつのまにか周囲には多くの人魚達が集まって来ていた。
「見ろよ、“ヒレなし”が居るぞ…」
「ふぅん、陸の女の子達って結構可愛いのね…」
「あの耳はエルフ族ってヤツだよ、“ヒレなし”の中でも特別に美しい種族なんだって」
などと集まった人魚達が会話する中をオーウェン達は移動していく。先導してくれる人魚が困ったように笑いながら言った。
「すみません、ルクススとの交流もこの2年くらいで進んでいるんですが、多くの人魚にとって陸のヒトはまだまだ珍しい存在なんですよ」
「…“ヒレなし”とは?」
「…陸のヒトに対して、あまり良いイメージを持っていない者達がそう言う風に呼ぶ事があります。でも安心してください、皆がそうではありませんから」
「…そうですか」
と言いつつも、その言葉に一抹の不安を感じるオーウェンだった。
キレがいいので、今日はこのお話まで投稿します。