さまざま思惑
会談を終えたヴィルヘルムがホテルへと戻ってくるなり、オーウェンを呼び出す。
「…オーウェン、お前には色々と聞かなければならんな。何故、ネレウス殿と会った事を黙っていた?」
「海岸沿いでたまたま会ったネレウス様に、市場を見せてほしいと頼まれたのです。会談場でお会いするまでは、ネレウス様がアトラスの国王ということは存じ上げませんでしたので… 些細な事で報告するまでも無いと思っておりました」
「その油断のせいで、みすぼらしい鎧の効果が半減してしまったわけだが…」
「…申し訳ありません」
「まぁいい、それよりも問題なのはネレウス殿の言っていたローラとの関係性についてだ。…お前、既に契りを結んでいたのか?」
ヴィルヘルムに凄い形相で詰め寄られると、オーウェンは必死になって当時の状況を説明した。事のあらましを理解したヴィルヘルムが、頭を抱え溜息をつきながら言う。
「…全く、お前は本当に誤解を招きやすい性格だな。だが…ネレウス殿が言っていた。どんな事情であれ、人魚は裸で抱き合った男と添い遂げるしきたりがあり、それを破られればその男に関わる全てを奪い取らなければならないと。こうなれば、最早選択肢は2つに1つだ」
「…と言いますと?」
「ローラ王女を振って全てを失うか、ローラ王女とも婚約を結ぶかだ」
「…怖い冗談はよしてください、陛下」
「極端に表現すればその2択になる。だが、場合によってはもう1つ別の選択肢を増やす事は出来る」
「どうすればいいんですか?」
とオーウェンが聞くと、ヴィルヘルムは自信満々に言った。
「相手に嫌われる色男作戦だ」
ーーーーーーー
翌日、オーウェンの様子がおかしい事にシャルロッテ達は早速気がついた。明らかにシャルロッテ達を避けており、これまでは興味も示さなかったファッションに気遣い始めた。整髪剤を使って片目を隠す髪型にしてみたり、軽装備の鎧ではなく革製のジャケットを着たり、靴もおしゃれなブーツのようなものを履いたりと、これまでのオーウェンの硬派なイメージを悉く覆すものばかりである。また、その後も他のクラスの女子や街の女性達にも「可愛いレィディ」などと呼びかけたり、夜な夜なオーウェンの部屋から「もう少しの辛抱だ…。俺は出来る、俺なら出来る…やり切ってみせる」などと独り言を聞いた者が出たりと、様々な奇行が確認され始めた。学院の女子達はと言うと、オーウェンに初めて優しくされてメロメロになっており、休み時間になるとクラスの前はファンの女子達で埋め尽くされた。オーウェンが引きつった笑顔で手を振ってみせると、廊下に集まった女子達は「キャァー♡」などと、黄色い悲鳴をあげる。その様子を見て、フレッドが呟いた。
「なんだ、なんだ?オーウェンってあんな感じだったか?」
「きっと自分がモテるって自覚して調子に乗り始めたんですよ、全くいけ好かないヒトになってしまいましたね!」
などと、嫉妬心全開のコリンが苛立ちを露わにすると、グレンがオーウェンの方を見て言った。
「でも見てみろよ、口元ひきつってるぞ?なんか無理してるようにも見えるぜ」
「無理していようが僕には関係ありませんね!…僕じゃ無いヤツがモテてるッ、ただそれだけでムカつきます!」
「…お前、全然ブレねぇな。そこまでいくと、いっそ清々しいぜ」
などとグレン達が言い合っている側で、オードリーが呟いた。
「なーんか、ああいう雰囲気のオーウェンは苦手だわ。普段のぶっきらぼうな感じが男らしくていいのに…」
「まぁ、カッコつけたくなるお年頃になったって事じゃ無い?オーウェンだって、私達と同い年の男子なんだしそういう幼い考えのトコもあるんだと思うよ?」
と、普段おとなしめのエラが何気に毒を吐く。
すると、黙っていたシャルロッテが静かに言った。
「でも、やっぱりおかしいですわ。オーウェン様は元々自信に溢れているお方…あのように取り繕って見せる必要なんてあるはずありません」
「そうですぅ、きっと何かそうしなきゃいけない理由があるんですぅ」
とイザベルが同意すると、それまで考え込んでいたベアトリスが口を開いた。
「…昨日の病欠と何か関係があるのかもしれないわね、本当に部屋で休んでいたかも怪しいわ」
「どういうことですかぁ?」
「昨日オーウェンが部屋から出てきた時、ナサニエルがたまたま会ったらしいんだけど、かすかに潮の匂いがしたって言うの」
「でも…オーウェン様は部屋からずっと出ていないって寮長も言ってましたし」
「彼は迷宮スキルを持っているのよ?部屋から出なくても、外には出られるのよ」
「…確かにそうですわ。潮の匂いでパッと思いつく場所と言えばルクススくらいかしら…、ブルーノさんにでも聞いてみようかしら?」
とシャルロッテが言うと、ベアトリスも「私も知り合いに聞いてみるわ」などと話していた。一方、オーウェンはシャルロッテ達が怪しんでいる事にも気付いておらず、優男を演じ続けていた。
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1ヶ月後、オーウェンは休暇申請を出した。表向きは里帰りするとしていたが、実際には学院を出てしばらく行った森の中から、迷宮スキルでルクススへと向かっていた。シャルロッテ達への言い訳なども考えていたが、シャルロッテ、イザベル、ドロシーの3人は何故か1週間ほど前からベアトリスの実家へ招待されており、学院には不在だったためオーウェンは少しホッとしたような気持ちでいた。
(彼女達にも里帰りすると嘘をついてしまった。後ろめたい気もするが、たとえ本当のことを伝えたとしても彼女達を不安にさせるだけだ。このことは墓場まで持っていこう…)
などと考えながらオーウェンがルクススへ出ると、そこには青ざめた顔のブルーノが居た。
「お久しぶりです、ブルーノさん。…どうかしましたか、顔色が優れないようですが…」
「オーウェン様…、本当に申し訳ありません。そして、どうか…お達者で」
そう言うと、ブルーノは頭を下げたまま動かなくなった。オーウェンがブルーノに近寄ろうとした瞬間、聴きなれた声が後方から響いた。
「あらぁ、オーウェン先生?こんなトコで何してるのかしら?」
オーウェンが身体を小刻みに震わせながら後ろを振り向くと、そこには腕組みをしたベアトリスが仁王立ちしていた。
「ビー…な、何故お前がここに?」
「1ヶ月前から誰かさんの様子がおかしかったから、色々調べてたのよ。そうですよね、シャルロッテ様?イザベル様?」
ベアトリスが呼びかけると物陰からシャルロッテとイザベルが闇堕ちした目で出てきた。
「えぇ、ビーちゃんの言った通りになりましたわね。確か休暇申請は里帰りすると言っていたオーウェン様が何故このようなリゾート地にいるのか…本当に不思議ですわね、ベル?」
「えぇ、少し理由を聞いてあげても良いかもしれませんねぇ…シャル姉様?」
3人に凄まれ、オーウェンがブルーノに助けを求める視線を送ったが、ブルーノは首を横に振って言った。
「オーウェン様…私はなんとか秘密を守ろうとしたのですが、姪っ子の頼みを断る事は出来ませんでした。彼女達は、既に事情を全て知っているのです」
ブルーノが再び下を向いていると、その背後からドロシーが出てきて言った。
「そういうことよ、オーウェン。言い逃れせずにきちんと自分の言葉で説明した方が、丸く収まると思うのだけど…貴方はどう思うかしら?」
オーウェンは遂に観念して頭を垂れた。