帰国
その後、オーウェン達は半年ほどかけて26階層以降の階層を、改めて詳しく調査する。表向きは遺跡の調査としていたが、実際には魔神に繋がる手がかりを探すためだった。サブルが同行を強く希望したためエルヴィスにその世話係をさせて、オーウェン達は手がかり探しに奔走する。しかし、結局魔神に繋がる手がかりを何一つ見つける事はできなかった。ちなみにサブルは、当時の古代エルフの風習についてエルヴィスに詳しく解説してもらえたため、終始ご満悦のようだった。
調査を終えたと結論付けたオーウェン達が、サブルの下を訪ねて26階層以降を博物館にする事を提案する。サブルは賛同しつつも少し不安げな様子で言った。
「良い考えだと思うが…管理が大変ではないか?警備や防犯など人員を多く雇わねばならないだろう?」
「私の迷宮スキルを使って26階層から100階層の物の位置を全てロックしてあります、この状態では石ころ1つ動かせません」
「なるほど、盗難の心配は無いと言う事か…わかった、博物館を運営する事を許可しよう」
「有り難う御座います」
「構わん、観光名所が出来れば我々の経済も発展するからな。…ところで、課題がもう1つあってな。それは…我らの国が深刻な水不足にあるということだ。見ての通り、我らの国は…」
とサブルが話し始めたところで、オーウェンが待ったをかける。
「その件なら既に解決できたと言っても宜しいかと思います、サブル様。私達はオーズィラ国から各国に水道を引こうとしているのです」
そう言ってオーウェンが迷宮を利用した水道の設置について話すと、サブルは感心したように唸った。
「ほぉ、迷宮スキルとはそのような事まで出来るのか…」
「えぇ。契約書に関してはティンカーに任せていますので、詳しくは彼に尋ねて頂ければと思います。以上で宜しいでしょうか?」
「あ、あぁ。そうだな…」
問題が思いのほか早く片付いた事に少し拍子抜けしたのか、サブルは間の抜けた返事をした。
「課題も片付いた事ですし、私達はそろそろヴァルドへ戻る事とします」
「そうか、色々と世話になったな。ワシも長生きしてそれなりに世界を知ったつもりになっていたが、まだまだたくさんの驚きが隠されている事に気付かされる貴重な時間であった」
「えぇ、同感です。そして私達には、知らなければならない事がまだまだあります」
オーウェンがそう言うとサブルは少し不思議そうな顔をしたが、すぐに感心したように頷いて見せた。
オーウェンが迷宮の通路を伸ばし、ヴァルドへと繋ぐ。長いようで短かったオーウェン達の留学も無事、終わりを迎えた…「魔神の存在」という新たな課題を残したまま…。
ーーーーーー
ヴィルヘルムの下を訪れ、オーウェン達は帰国の報告を済ませる。
「ヴィルヘルム様、ただいま戻りました」
「おぉ、オーウェン!いつ帰ってきたんだ?…国境沿いの憲兵達からは報告がなかったぞ?」
オーウェンがこれまでの旅の報告や迷宮スキルについて話すと、ヴィルヘルムは呆然とした表情で言った。
「100兆コルナ規模の事業を展開しただけに止まらず、迷宮スキルという不可思議な力でアールヴズ連合国全土に水道なるものを引こうとするとは…。十分すぎる功績だぞ、オーウェン」
「有り難う御座います。ですが、手放しで喜べないことも多くありました」
そう言うと、オーウェンは各国で戦ってきた魔物の違和感に関して話する。
オーウェンの話を聞いてヴィルヘルムは少し考え込んだ後、シャルロッテやナサニエル達に席を外すよう言った。ナサニエル達が部屋を出たのを確認するとヴィルヘルムは眉をかきながら呟く。
「確かに、ただの魔物ではないようだ。しかし、おかしな話だ…ネージュ、オーズィラ、ヴュステに入るにはヴァルド、ブルイン、プレリのいずれかを通らねばならないはず。それにプレリはヴァルドの国境を越えるか、魔物が多い樹海を通過しなければならないとなると現実的ではない。…ちなみに、その迷宮スキルを他に持っているものがいる可能性はあるか?」
とヴィルヘルムが訪ねると、ティンカーが答えた。
「それは無いと思いますよ、迷宮スキルは獲得するまでに幾つかの条件をクリアしなければならないんです。これまで人族の国でその条件を満たしたヒトがいるなんて聞いたことありませんよ」
「…だとすると、やはりヴァルドかブルインのどちらかから間者が出入りしているということか」
ヴィルヘルムが難しい顔をしているところに、さらにオーウェンが付け加えた。
「これまでの事と関連があるかわかりませんが、ヴュステでは魔神を復活させようとする者の記録を見つけました。その者は死者を魔物に変化させる術を持っているようで、亡くなった古代エルフ達を魔物に変えて魔創迷宮を創りだしていたのです」
「…にわかに信じがたい話だ。証拠はあるのか?」
懐疑的なヴィルヘルムにエルヴィスが水晶に残された映像記録を投影して見せる。見終えたヴィルヘルムは頬に汗をかきながら言った。
「…これが本当なら一大事だ」
「ヴィルヘルム様は魔神について何か知っていますか?」
「大昔にエルフ族の村々が被害にあったと伝え聞いた程度だ、災害や疫病などを比喩的に例えたものかとも思っていたが…今一度、書庫で関連する内容を探させるとしよう」
「よろしくお願いします」
そう言うとオーウェン達はヴィルヘルムの下を後にした。
ーーーーーー
帰国から半年ほど経ち、オーウェン達にもようやく普通の学院生活が馴染んできた。エルヴィスはヴィルヘルムからの要望もあり、王城の書庫で魔神に関連する文献の捜索などにあたっている。ティンカーとゴーシュはプレリへと向かい、フルールと共にさらに農地改革に力を入れていた。ある日、オーウェンは学院長より呼び出された。
「お呼びでしょうか、学院長?」
「あぁオーウェン君、待っておったよ。ヴィルヘルム様から君を明日王都へ来させるよう通達があったんだが、妙な条件がついていてな」
「…と言いますと?」
「出来るだけ人目を避けて、1人で来て欲しいと。特に王女殿下達には絶対に悟られてはならんと…」
「…わかりました」
妙な胸騒ぎを感じつつ、オーウェンは学院長室を後にした。
(王女殿下に知られてはいけないという条件が気になるが…まぁいい。俺には、迷宮スキルがあるのだし、特にバレることもないだろう)
などと考えながらオーウェンが教室に戻ると、ケイト達が話しかけてきた。
「オーウェン、校内放送で呼び出されてたけど…?」
「あ、あぁ…それなら、もう行ってきた」
「なになにー?また、王都から何か誘われた?」
「!!…いや、学年末試験の内容に関して助言をもらえないかと相談されただけだ」
「なぁんだ、つまんないのー」
と興味なさげに机に戻っていくケイト達。オーウェンもその様子にホッとし書類を持って教室を出て行った。
それを見て「…変ね」と呟くベアトリス。
「何が変なのかしら?」とドロシーが聞くとベアトリスは言った。
「さっき呼び出していたのは学院長でしょう?学年末の試験内容を考えるのはその学年の担当教師達で、学院長は確認するだけのはずよ?」
「んー今年から方針が変わったのでしょうかぁ」と首をひねるイザベルにベアトリスは続けて言った。
「それに、私達は今中等学院の3年次なのよ。学年末試験は無いじゃない」
『…』
些細な事からシャルロッテ達の目にオーウェンに対する疑惑の炎が灯ったことを、この時オーウェンは知る由もなかった。