魔神
キレがいいので、今日はこのお話まで投稿しますー
映像が終わった後も、エルヴィスは座り込んでいた。いつの間にか水晶を手放してしまっていたが、それを拾いにいく余裕すらエルヴィスにはなかった。オーウェンが肩を支えながら言う。
「魔物化しても息子の名前で意識を取り戻すほど、彼はお前のことを気にかけていた。父の本心が聞けて良かったな、エルヴィス」
「…はい」
エルヴィスは下を向いたまま静かに頷く。ティンカーが代わりに水晶を拾い、エルヴィスに手渡そうとして何かに気がついた。
「…あれ?」
「どうした、ティンカー?」
「…この水晶、まだメッセージが残っているみたいだけど」
そう言うと、ティンカーはエルヴィスに見えるように水晶を掲げて見せた。
「…本当ですね。すみませんがティンカー殿、私に代わって投影してもらえませんか?」
「え…良いの?」
「はい、見ての通り力が抜けてしまって…お願いします」
「おっけー」
そう言ってティンカーが魔力をこめると、再び映像が流れ始めた。
〜〜〜王の身体は既に白骨化しており、先程の記録からかなりの時が経ったことが窺える。すると、誰かが水晶を持ち上げ覗き込んだ。黒いシルエットに赤く光る目、その影の大きさからオーウェンより一回り大柄な体型であることがわかる。その影は水晶に残された映像を勝手に覗いたようだった。
「はぁ…死ぬことに絶望して自然に魔物化しているかと思ったが、未練も持たずあっさり死んじまったのか」
そう呟くと、その影は何か唱え始める。すると王の遺骸がビクビクッと動き、リッチへと変化し始めた。
「グォォ…オアァアア」
「さっさと起きろ!この出来損ないがッ!」
リッチを蹴飛ばして、その影は話し続けた。
「助かるために息子を死の旅へと送り出しておいて、自分はのうのうと成仏しようとするクズがぁッ!さっさと起きて働けって言ってんだよ!」
「グゥゥゥ…」
「いいか、糞リッチ?お前を魔神様復活の生け贄にするため、わざわざ俺が魔力を与えてやったんだ。お前が息子に出来なかった献身ってヤツを魔神様に捧げるチャンスを与えてやったんだ、感謝しろッ!」
「ウゥウ…エル…ヴィス」
「ヒャーッハッハッハ、その調子だぜ!もっと苦しめ、もっと絶望しろ!自分の愚かさを責めて責めて責め続けるんだ!魔神様の復活のためにな!」
「エル…ヴィス…ウゥウ」
「んんー?そんなにエルヴィスちゃんに会いたいでちゅかぁ?でも…残念でしたぁあ!!可愛い可愛いエルヴィスたんは死んじまったんだぁ…パパの命を救おうとしてなぁッ!ハァーッハッハ」
「グォォ…オアァアア」
「後悔しても、し足りないだろぉ?当たり前だよなぁ…お前は息子のために、なぁんにもやらなかったクズ親父だったんだからな!」
影の言葉を聞いてリッチが影に飛びかかるが、次の瞬間、床に強く叩きつけられて動けなくなる。
「グフッ…ゥゥウ」
「おい、力の差もわからねぇほどのバカなのか?…全く死ぬ前も死んだ後も役立たずじゃねぇか」
そう言うと、影はリッチの顔を踏み付けて言った。
「1つ良いこと教えてやろうか、お前の息子…エルヴィスな、まだ死んでないらしいぜ?」
「!!…ウァアア、エル…」
「そうだ、気が変わった…お前の記憶をいじってやるよ。エルヴィスがいた頃の楽しい思い出をいっぱい見せて、苦しさを忘れさせてやる。そして、いつか息子がここに戻ってきた時にお前自身の手で殺せば、絶望が一層高まるだろ、ハハハハハハハ」
影はそう言うと、リッチを魔法で操り、方術で部屋を煌びやかに変化させて去っていった。リッチが転がった水晶を大事そうに握りしめる。
「グゥゥウ…、ク…ルナ…、エル…ヴィス」
そうして映像はそのまま終わってしまった。〜〜〜
エルヴィスが額に青筋をたて顔を真っ赤にしながら、唇に血を滲ませている。ゴーシュが青ざめた顔で言った。
「酷い…死者を無理やり目覚めさせて、あそこまで苦しめるなんて…」
「魔神への生け贄だと言っていたね…オーウェン、何か知ってる?」
ティンカーが、これまでに見せたことのない怒りの表情で尋ねると、オーウェンもこめかみに青筋を立てながら言った。
「関係があるかはわからないが、実家の書庫で魔神に関する昔話を読んだことがある。話では魔神が深傷を負ったと書いてあった。もしかすると、ヤツはその魔神を復活させようとしているのかもしれない…」
と、オーウェンが話していると、エルヴィスが出口に向かってスタスタと歩き始めた。
「エルヴィス、何処にいく?」
「申し訳ありません、我が主。暇乞いをさせて頂きます」
「…1人で魔神を探すつもりか?」
「オーウェン様達の御手を煩わせるわけにはいきません」
「ダメだ、お前の事はお前の父より俺に託された。俺にピエモントの王との約束を破らせる気か?」
「…」
「それにお前1人では魔神はおろか、あの影にすら勝てまい。今の俺ですら危ういかもしれんのだからな」
「それなら、尚更オーウェン様達を巻き込むわけには…」
「俺1人ならの話だ、皆で協力すれば結果は変わるだろう」
説得するオーウェンに、エルヴィスはわざと突き放すように言った。
「…オーウェン様は、そう言ってくれます。ですが、ティンカー殿やゴーシュ殿にしてみれば無駄に危険に巻き込まれるだけで迷惑な話です。それに…こう言ってはなんですが、皆様はまだ10年程度しか生きていないのです。いくら才能や力に恵まれていると言えど、圧倒的に経験が不足しています。このままでは無駄死にする者がいたずらに増えるだけです!」
とエルヴィスが言うと、急にティンカーの口調が変わった。
「まったく…聞き捨てなりませんなぁ。これでも我々はあの乱世を生き抜いたという自負があるのですが。なぁ、ゴーシュ殿?」
「あぁ。不死になっただけで、死地を経験した事のない者に侮られるほど、俺達は甘い人生を歩んできたつもりは無いんですがね…殿もそう思いますでしょう?」
とゴーシュの口調も変わる。
エルヴィスが動揺して言った。
「オーウェン様、彼らは一体何を言って…?」
「エルヴィス…俺達はこの世界に生まれる前、別の世界で戦いに明け暮れる日々を過ごしていた。何度も死地を潜り抜け、多くの猛者達を屠ってきた」
「別の世界…!!…まさか、オーウェン様達は?」
「あぁ…俺達は転生者だ」
そう言うと、オーウェンはエルヴィスにこの世界に来ることになった経緯を話し始めた。オーウェンはかつて、群雄割拠の時代に天下無双と言われるほどの武勇を持っていたこと、やがて信じていた友に裏切られ死を迎えたこと、そしてその人物がこの世界で残虐の限りを尽くし得ると考え、神に頼んで3人で転生してきたことなどを話す。話を聞き終えたエルヴィスは、まだ信じられないといった表情で言った。
「そのように神に導かれた存在が居ると聞いたことはありましたが、実際に確かめられた事はありませんでした。まさか、本当に転生者が存在するとは…」
「転生者である事を知られれば、面倒事に巻き込まれたり、その世界の者に利用されそうになるというのが、転生モノの定番だからな。普通は他人に話すようなものではない…実際、俺達も親にさえ転生者である事を話して来なかった」
「…そんな重要な話をどうして私などに?」
「先程も言ったが、俺達はいずれ転生してくる『ある男』を止めるために転生した。無論、この世界を壊そうとする者が他にいて、ソイツが俺達の道を阻むのであればそれも全て平らげてやる覚悟でな。全てを知った今なら、俺達の事が頼れるか?エルヴィス」
「!!」
(オーウェン様達は、これまで転生者である事を家族や友だけでなく国王達にさえ隠し続けてこられた。それにも関わらず、私が怒りに任せて1人で突っ走り身を滅ぼすとわかった途端、それを阻止するためだけに話してくれたのか!)
エルヴィスが感涙に咽びながら言った。
「ほ…本当に…申し訳ありません!オーウェン様達にここまで気遣わせてしまい…」
「気にするな、お前が冷静になれたのなら安いものだ」
とオーウェンが言うと、いつの間にか口調が戻ったティンカーとゴーシュが戯けて言った。
「まぁ転生者って事を話さなくても、他に説得する方法ならいくらでもあったけどね」
「そうだねぇ、僕達は侮らないで欲しいなって言おうとしただけだもんね」
2人の言葉を聞いて、オーウェンが額に汗をかきながら言った。
「…卑怯だぞ、お前達。あの流れは完全に話す流れだったろ」
アタフタするオーウェンとそれを嬉しそうに揶揄うティンカー達を見て、エルヴィスが涙ぐみながらも思わずクスッと笑うと、オーウェンは人差し指を口の前に置いて言った。
「…エルヴィス、今の話は絶対内緒だぞ?いいな?」
その困ったようなお願いするような愛らしい表情を見て、エルヴィスは満面の笑みで言った。
「もちろんで御座いますよ、我が主」