死霊達の王
オーウェン達が玉座の間に駆け込むと、踊っていた古代エルフ達がオーウェン達の方へ視線を向けた。
「今だ!気付け薬を投げつけろ!」
というオーウェンの合図と共に、ゴーシュとエルヴィスが小瓶を床や壁に叩きつけて割る。途端に強烈な刺激臭が辺りを包むと、華やかな貴族達はスケルトンへと変貌して崩れ落ちた。先程まであった花や料理も消えて、残ったのは埃まみれの食器類だけである。すると、玉座の方から「…ォォオオオオオ!!」と叫び声が聞こえて来る。煌びやかな衣装に身を包んでいたはずの王は、薄汚れた王冠とボロ布に身をまとうリッチへと変貌していた。リッチが杖を掲げると、雷がオーウェン達目掛けて飛んでくる。間髪入れずエルヴィスが反魔法を唱えてこれを防ぐと、オーウェンとゴーシュが左右に分かれてリッチへと迫るが、リッチの5m程手前で透明な壁のようなものに弾き返された。オーウェンがエルヴィスに尋ねる。
「見たことのない防壁魔法だ。あれは古代エルフ特有の魔法なのか?」
「魔力探知には何も引っかかっていませんので、リッチの持つ完全物理攻撃耐性スキルというものかもしれません」
「厄介なスキルを持っているな…何か対策はあるか?」
「スキルは次の発動までに間隔があります、そこを狙って畳み掛けるしかありません!」
「つまり、攻撃が届くまでひたすら突撃を繰り返さなければいけないのか…」
オーウェン達が飛び回りながら何度もリッチに攻撃を仕掛けるが、悉く弾かれる。そうして10分程経っただろうか、突然リッチがランダムに範囲魔法を発動し始めた。
「オーウェン、リッチの様子が何か変わったみたいだよ?」
「あぁ、明らかに俺たちを遠ざけようとしているようだ。スキルが切れたのかもしれん」
そう言うとオーウェンは手元にあった燭台をリッチの首元目掛けて投げつける。先程まで仁王立ちしていたリッチが初めて攻撃から避けるように身体を逸らした。
「やはりスキルが切れたようだな。攻撃が通る今がチャンスだ、一気に畳み掛けるぞ!」
「オッケー!」
そう言うと、オーウェンとゴーシュはリッチへと迫る。リッチはオーウェン達を近付けまいと範囲攻撃を乱発するが、オーウェン達はその少ない隙を確実に突いてリッチへと徐々にダメージを与えていった。ステータス画面を覗いていたゴーシュが、オーウェンへと声をかける。
「HPが3割を切っているよ、またスキルが発動する前にトドメを刺さなきゃ!」
オーウェンとゴーシュは決着を急ごうと更に追撃の姿勢をみせる。だが、エルヴィスは何かただならぬ雰囲気を感じ取って言った。
「下がってください、我が主!」
「何故だッ?」
と言いながらも、オーウェンとゴーシュはエルヴィスの反魔法の発動する領域まで退く。直後、リッチは何か魔法を発動したようだったがオーウェン達に目に見えた変化は見られなかった。エルヴィスが答える。
「はっきりとはわかりませんが、ヤツは周囲から魔素を直接集めている気配がありました。生者から直接エネルギーを奪い取る“エナジードレイン”や即死攻撃である“死の王命”といった大技を企んでいたのだと思います」
(…「魔力探知」は発動している魔法なら探知出来るが、発動する前に探知することは出来ない。だが、身体を維持するために周囲の魔素を常に取り込んでいるエルヴィスなら、予備動作のない魔法発動でもわかるということか)
などと考えながらオーウェンは再びリッチに攻撃を仕掛ける。リッチはオーウェン達の猛攻を防ごうと魔法を発動させるが、魔素の細かな流れからエルヴィスが次の行動を的確に予測していくため悉く狙いが外れてしまった。
「残りHPが1割を切った、もう少しで終わるよ!」
とゴーシュが盛大なフラグを立てた途端、急にリッチは黒いモヤのようになって姿を消す。オーウェン達が周囲を見渡していると、突然リッチがエルヴィスの前に出現した。エルヴィスは逃げようとしたが、リッチの禍々しい気魄の前に動く事が出来ない。リッチが人差し指をエルヴィスの額に押しつけ、“死の王命”を発動するとエルヴィスは肌色がみるみる赤紫色に変化し、崩れ落ちるように倒れてしまった。リッチが「ハァーッハッハッハ」とくぐもった不気味な声で勝ち誇ったように笑う。
「エルヴィスーッ!」
と思わずオーウェンが叫んだ。すると勝ち誇ったように笑っていたリッチがビクッと身体を震わせ、ゆっくりと倒れたエルヴィスを覗き込んだ。「ハァハァ…」と苦しそうにするエルヴィスの顔を覗き込み、リッチが急に「オォオォオ」と叫び苦しみ始める。オーウェンはリッチとエルヴィスの間に割り込むように飛び込むと、エルヴィスを庇うように方天画戟を構えた。リッチが顔を覆いながら倒れ込む。ゴーシュも駆けつけ、双剣を構えながら言った。
「何が起こったの?」
「わからん、急に苦しみ出した…」
オーウェンとゴーシュが見守る中、リッチがおもむろに顔を上げて言った。
「エル…ヴィ…ス」
「!!…バカな、魔物化しているのに自我を取り戻したと言うのか!?」
「キサ…マ…ラハ…?」
「エルヴィスと共に旅をするオーウェンとゴーシュと申します、ピエモントの王よ」
「ピエ…モント…、ソウ…カ、ワレ…ハ…マモ…ノニ…。エル…ヴィス…ヲ…、テニ…カケテ…シマ…ッタ」
そう言うと、リッチは再び苦しみ始める。その時、エルヴィスが小さな唸り声をあげた。いつの間にかエルヴィスの顔色が徐々に白い肌へと戻り、心なしか呼吸も落ち着いてきたように見える。オーウェンが、リッチに向き直って言った。
「ピエモントの王よ、エルヴィスはおそらく無事です。彼は“命の泉”を飲んで『不死者』となっているのです」
「マコ…トカ…?ワレ…ハ…アヤ…マチヲ…オカ…サズニ…スン…ダノ…ダナ…。スグ…ニ…ケジメ…ヲ…ツケ…ナケレ…バ」
リッチが魔石化した自分の軸椎(首の骨)に手をかけて言った。
「エル…ヴィス…ヲ…タノ…ム」
「ま…待ってください!エルヴィスもきっと貴方と話をしたいと思います」
「コノ…ジョウ…タイハ…ナガ…ク…タモ…テナイ…。イズ…レ…マモ…ノニ…モド…ル…ゥゥ」
と言うとリッチは、また苦しそうにする。すると、苦しんでいたエルヴィスがうっすらと目を開け、笑顔を作りながら言った。
「…ただいま戻りました、父上。長い間、留守にして…申し訳ありません」
「エル…ヴィ…ス…、オマ…エ…ヲ…イカ…セタ…コト、コウ…カイ…シテイ…ル」
「…助けて差し上げられず、本当に申し訳ございませんでした。父上」
「イイ…ノダ」
そう言うと、リッチはオーウェンへと向き直った。
「エル…ヴィス…ヲ…タノ…ンダ」
「勿論です、彼は私の大事な仲間ですから」
「ウム。…マ…ゾク…ニ…キヲ…ツケ…ロ」
そう言うと、リッチは自分の手で魔石化した軸椎を一気に引き抜いた。リッチの身体が青白い炎と共に徐々に消えていく。消えかけたリッチから微かに声が聞こえた。
「サラ…バ、…エル…ヴィス」
そう言うとリッチは消え去り、後にはボロ布と王冠だけが残された。オーウェンが手渡すと、エルヴィスは大事そうに抱え込む。するとボロ布の中から小さな水晶が転がり出て、エルヴィスがそれを拾い覗き込むようにして言った。
「…記録魔法ですね、中にメッセージが入っているようです。…見てみますか?」
「いや、いい。それは彼がお前だけに託したものだ」
「そうですね…ありがとうございます」
「何故、彼がお前の父だと教えなかった?」
「…私は庶子(本妻ではなく妾の子供)でしたのでお伝えするのは憚られました…。それにもし話してしまえば、オーウェン様はきっと戦えなくなると…申し訳ありません」
図星だったオーウェンは責める気にもなれず、しばらく沈黙が続いた。
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その頃、ナサニエル達の方にも変化があった。ナサニエル達は限界までレベルアップを繰り返しながら必死に戦っていたが、それでもかなり危険なシーンは何度もあった。そんな中怒涛の勢いで迫ってきていたスケルトンウォリアーやスケルトンジェネラル達が急に動きを止めたのである。動きを止めたスケルトン達が影の中へと沈んで消えていく。ナサニエルが肩で息をしながら言った。
「ハァハァ…お…終わったのか?」
「いい加減フラグ立てるのやめなさいよ!でも、どうやらそうみたいね」
「…お前も盛大にフラグ立ててんじゃん」
などと言い合うナサニエル達の側で兵士達が歓喜の声をあげる。
「やっと終わった…やっと妻や子供達に会える!」
「俺…この戦いが終わったら彼女と結婚する予定だったんだ」
「よし、帰ったら一杯やるぞーッ!」
と皆がしっかりフラグを立て切ったところで、それに呼応するように大きな地響きが鳴り始めた。