サブル・ソレーユという人物
憲兵長が槍を構え威圧の籠もった声で言う。
「全員、両手を頭の後ろで組んで膝をつけ!」
「…まぁ落ち着け」
「あんな事言われて落ち着いていられるかッ!!」
「俺は怒らせるような事を言ったつもりはない。核心に触れないように表現するのが難しいんだが、ずばり端的に言うと…お前達に用はない」
『…』
オーウェンなりにわかりやすく説明しているつもりだが、憲兵達にはなかなか伝わらない。それどころか、さらに挑発されたと感じた憲兵達は、青筋をたてて激昂した。
「こ…の野郎っ!ふざけるなぁーッ!」
と憲兵の1人がオーウェンの脚めがけて全力で槍を振るう。しかし、オーウェンは軽い動きでこれを踏み付け柄を真っ二つに叩き折った。憲兵達がオーウェンの圧倒的すぎる練度に驚き、少し後退りする。その隙に、ゴーシュとエルヴィスがナサニエル達を後方へと素早く避難させた。
「き、貴様ッ、抵抗する気かっ!?」
「当然だ、黙って殴られてやる道理がない」
悪びれる様子もない返事に、憲兵達は地団駄を踏んだ。
「クッソ舐めやがって…おい、2人がかりでやるぞッ!」
と言うと、今度は憲兵が2人がかりで槍を振るう。オーウェンは2本の槍を危なげなく掴むと、素早くクロスさせる。途端に槍を持っていた憲兵2人の身体が宙を飛び、憲兵達は互いに頭をぶつけ合って昏倒した。表情一つ変えず淡々と憲兵達をいなすオーウェンに、憲兵長が少し怯えたような声で聞く。
「な…何なんだ、貴様はッ!?」
「さっきも言ったが…オーウェンだ」
「そういうことじゃないッ!」
「ん…どういうことだ?」
「何でそんな有り得ない事を淡々とやれるんだ!?」
「有り得ない?…何が?」
「振り回された槍を掴んで大人2人の身体を宙に浮かせるような事だ、十分有り得ないだろがッ!?」
憲兵長の言葉にナサニエル達が無言で首を縦に振る。ただ1人、オーウェンだけがその言葉を理解出来ずにいた。戸惑ったオーウェンは憲兵長に素直に聞いてみる。
「まさか…あの程度の振りで当たると思ってたのか?」
「!…コケにしやがってッ!この野郎ーッ!」
と憲兵達が飛びかかろうとした時、彼らの後ろから「貴様ら、やめんかッ!!」と声が響いた。憲兵達が身体をビクッと震わせて直立する。そこに現れたのは護衛を数人連れた褐色で銀色の白髪の初老、サブル・ソレーユ・フォン・ヴュステであった。サブルがオーウェンに真っ直ぐ向かって歩くと、周囲の人集りが割れて自然と道が出来る。サブルがオーウェンの手前まで来て言った。
「他の国でも、このような騒動を起こしてきたのか?オーウェン・モンタギューよ」
「いえ。事情を話したのですが中々聞き入れてもらえず…絡まれたのでやむなくと言った所です」
そう言うと、オーウェンはサブルにこれまでの経緯を話す。一通り聴き終えたサブルは深いため息を吐いて言った。
「フム…どうやら双方に認識の違いがあったようだ…、憲兵達は持ち場に戻れ。ワシは此奴らに用がある」
サブルの一声で、憲兵達はぞろぞろと持ち場へと戻っていく。憲兵達が去ったのを確認するとサブルはオーウェンに向き直って言った。
「それにしても、貴様の言葉足らずも度が過ぎておる。これまでにも多くの者を誤解させ、苛立たせて来た事が容易に想像出来るわ」
「…否定はしません」
「思い当たるフシが山ほどあるといった顔だな。まぁ良い、ヴィルヘルム殿から話のあった課題について話すぞ、ついて来い」
そう言うと、サブルはスタスタと歩き始める。オーウェン達はサブルの姿を追いかけて長い廊下を進んでいった。
ーーーーーー
オーウェン達が通された応接室には数多くの出土品が並んでいる。物珍しそうにナサニエル達が観てまわっているとサブルが席に着くよう指示して話し始めた。
「貴様のクラスは確かドロシー王女も加わり13人だったな。ヴィルヘルム殿から、ティンカーという豪商とゴーシュという護衛のケンタウロスが同行するとは聞いておったが…もう1人いるその男は誰だ?」
「私の従者でエルヴィスという者です。エルヴィス、こっちに来い」
オーウェンに呼ばれてエルヴィスがやってくると、サブルは不満そうに言った。
「ふん。何処の馬の骨とも分からんヤツが、かつてピエモント王国史上最高の賢者と同じ名前とはな。いつまでフードを被っておる?…まったく、近頃のものは礼儀というものを知らんようだな」
「これは失礼致しました」
そう言ってエルヴィスがフードを外して、サブルに深々と頭を下げた。サブルがエルヴィスの顔を覗き込んで驚愕する。
「ハ…古代エルフッ!?」
「私はエルヴィス・アーヴァイン、ピエモント王国筆頭魔術師でございます。3千年の時を経てようやく我が主と共に故郷へと戻った所、こうして簒奪の偽王に侮られ、腑が煮えくりかえっている所です」
「お…オーウェン!一体どうなっている?」
「どうも何もエルヴィスが説明した通りですよ、サブル様」
と言うと、オーウェンはエルヴィスに向き直って言った。
「エルヴィス、ソレーユ家はピエモントが滅んだ後、遺跡がいたずらに盗掘されないように代々保護し続けて来た方達だ。その証拠にヴュステ国が建国されてからソレーユ家の方は一度も王を名乗らず、国主という立場で人々をまとめ上げて来られた。決して簒奪の偽王などではない」
「!!そうでしたか…これは、大変失礼な物言いをしてしまいました。お許しください、サブル様」
とエルヴィスが言うと、サブルは大きく手を振りながら言った。
「いやいや、ワシの方こそ失礼な事を言った。それに我々も出土品の一部を文化保護に興味のある貴族達を選んではいるが、半永久的に貸与するとして資金を得ている。エルヴィス殿にしてみれば、盗賊と同様に見えてもおかしくはない…。しかし、本当に驚いた。何故エルヴィス殿が今も生きておられるのだ?」
と目を丸くして聞くサブルに、オーウェンが事情を話す。全てを理解したサブルは、深いため息を吐いて言った。
「いやぁ…360歳を目の前にして、もはや驚く事もあるまいと高を括っておったが、これほどたまげたことは無かった。長生きすると、こういうこともあるもんだのう…まぁ、エルヴィス殿ほどではないが。ワハハ」
エルヴィスと会えてご満悦のサブルに、オーウェンが尋ねる。
「サブル様、エルヴィスはそんなに高名だったのですか?」
「なんだ、オーウェン。素性も知らずにエルヴィス殿を従者にしておったのか」
そう言うと、サブルは当時のピエモントについて話し始めた。
〜〜〜当時、ピエモントは屈指の魔法大国であった。多くの魔術師達が日々競い合うように研究に没頭する中、その中心となって研究をまとめていた者こそエルヴィス・アーヴァインであり、今日よく知られている精霊魔法などは彼が体系を整えたとされる。またこの大陸で初めて呪具を使用されたのもピエモントと言われている。当時ヴュステはトロッケン(「乾いた」の意)という名の地方で、水源近くの土壌に有害な金属が多く含有されていたため飲料に適する水が不足し、植物も疎らに生える程度だった。しかしエルヴィスが創った呪具により清浄化された水が確保でき、当時のピエモントには緑が生い茂っていたと言われる。その後原因不明の病気により多くの者が死に、ピエモントの王も倒れてしまったためエルヴィス率いる魔術師団は神器を求めて旅立ったが、その道中でエルヴィスも行方知れずとなり亡くなったとされていた。〜〜〜
サブルの話を聞き終えたオーウェンが、感慨深そうに話す。
「まさかエルヴィスがそのような人物だったとは。俺はてっきり…」
と言いかけてオーウェンが口を噤むと
「てっきり…その続きは何ですか、我が主?」
とエルヴィスが詰め寄ってきた。
(…「てっきり筆頭魔術師というのは自称で、居なくなっても分からないほど存在感がなかったのかと思っていた」などとは絶対に言えない…)
などと考えながらオーウェンが言葉を選んでいると、ティンカーがニッコリと笑顔を浮かべて言った。
「なーんだ、道理で呪具を創るのが上手いはずだよ。ボクは、てっきり影が薄くて魔術師団に置いてかれたのがカッコ悪いから、筆頭魔術師なんて自称していたのかと思ってたよ!」
ティンカーに自分の心の声が届いていたのかと思うくらい全く同じ事を思っていた事に、オーウェンを始めナサニエル達まで噴き出した。その後、不機嫌になったエルヴィスをなだめるのにオーウェン達が苦労したのは言うまでもない。