最後の国、ヴュステ
翌日、オーウェン達はロイの下を訪ねるとヴュステに向かう旨を伝えた。
「えらく急だね、もう少し居てくれても良かったのに」
「有り難う御座います。ですが、オーズィラの水道事業の拡大のためにも急いでヴュステに向かった方がいいかと思いまして」
「そっか、そう言う事なら引き止めは出来ないね。…君達には本当に世話になった、何か有れば相談してくれ。力になるから」
「有り難う御座います、それでは」
そう言うとオーウェン達は迷宮へと戻り、設定で出入口を通れるヒトを制限した。
〜〜〜ネージュに造り置きしてきた迷宮は酒蔵としての機能しか無いが、水道は各国の主要都市に直接アクセスする事ができてしまう。加えて、万が一迷宮内の水に毒でも盛られると聖アールヴズ連合国全体で多大な被害が出てしまう可能性がある。そのためティンカー達と相談し、セキュリティの観点から限られたヒトだけが立ち入れるようにした方がいいだろうという事になった。〜〜〜
出入口を全てロックし終えたオーウェンがティンカーに声をかける。
「終わったぞ」
「オッケー、じゃあ今度はヴュステだね。ヴュステの都市『ザント』は地図で言うと、ここから東北東の方だなぁ…距離はわからないから、ある程度行ったらこまめに外を確認しながら進もっか」
「そうだな」
そう言うと、オーウェン達は迷宮の通路を伸ばしてヴュステへと向かった。
ーーーーーー
〜〜〜ヴュステ国は国土全体が砂漠に覆われた縦長の形状をした国である。国の東側を高い山々に囲まれており、国土はプレリ王国と同じくらいの広さだが植物は全くと言っていいほど生えていない。オアシスも数カ所しかないため、国民のほとんどが王都『ザント』に集中している。ヴュステの産業は鉄鉱石や岩塩といったものくらいしかなく、食べ物は隣り合っているブルイン王国からの輸入にほぼ頼っている状況であった。〜〜〜
出発して3時間ほど経ったのだが、オーウェン達はいまだ「ザント」を見つけることが出来ていなかった。初めはオーズィラで入手した地図がアバウトなせいかと考えていたが、目印となる小さなオアシスを見つけた後も「ザント」は見つからない。ナサニエルが溜息を吐きながら座り込む。
「ハァ…なかなか見つからないな…」
「地図では確かにこの辺のはずなんだがな」
「とりあえず、一旦迷宮の中に戻ろうぜ。暑過ぎて熱中症になっちまうよ」
「…それもそうだな」
と言うと、オーウェン達は急いで迷宮の中に戻った。オードリーが胸元をパタパタさせながら言った。
「あっつぅー。ほんの15分くらいしか外に出て無いけど、少し肌が焼けてるわ」
「こんな日差しの強い所があるなんて思いもしなかったねぇ」
とアニーがパタパタと手で扇ぎながら返事する。その側で、冷たい水を飲みながらナサニエル達も座り込んでいた。
「ぷはー、水が一段と美味いぜ。…しっかし、こんなトコに良くヒトが住もうと思えるよな」
「日陰になる場所さえ見当たらないしな」
とフレッドが言うと、エルヴィスが何かを思い付いたように1人で迷宮の外に出て探知魔法を使う。しばらくして戻ってきたエルヴィスが言った。
「「ザント」を見つけましたよ、我が主」
「本当か?何処だ?」
「この砂の真下です」
と言うと、エルヴィスは足下を指差してタンタンと靴を踏み鳴らして見せた。ティンカーが苦笑いしながら言う。
「…砂漠の下かぁ、道理で見つからないわけだよ」
「そうだな。だが、場所が分かっても入り口がわからないと入れないぞ?」
とオーウェンが言うと、ティンカーは急に元気になってニコッと笑って言った。
「迷宮に到達出来ない場所なんて、何処にもないよ。エルヴィスさん、『ザント』までの深さはどのくらいかな?」
「1番近い空間で55mですね」
「ということは…オーウェン、この深さの比率調整で通路の先に螺旋階段を作ってみせてよ」
「…こうか?」
そう言うと、オーウェンは選択画面から螺旋階段とその比率を選んで通路の先に取り付ける。オーウェン達が螺旋階段を降りると、そこには活気付く人々と立ち並ぶ商店街があった。
〜〜〜「ザント」は現時点で地下25階層に至る巨大な地下都市である。古代エルフの遺跡を調べる者たちが発見してそのまま住み着き、当初は遺跡からの出土品を売って利益を得ていたようだが現国主サブル・ソレーユ・フォン・ヴュステの先祖であるソレーユ家の者が文化庇護を始めてからは出土品は一切市場に流通しなくなった。現在も発掘は続いているが、26階層以降は古代エルフの死霊が出たという事で封鎖されたままである。〜〜〜
「あの砂漠の真下にこんな地下都市があるなんて想像出来なかったね。地下なのに思ったよりも明るいなぁ、なんでだろ?」
とティンカーが目を輝かせながら言うと、エルヴィスが周囲の壁を撫でながら言った。
「この遺跡には外の光を取り入れるための特殊な仕組みが備わっているんですよ」
「へぇ…ってエルヴィスさん、なんでそれ知ってるの?」
「…ここはどうやら私の国があった所のようなので」
と言うとエルヴィスは少し寂しそうな顔をした。オーウェンが尋ねる。
「つまり、エルヴィスの国は地下にあったと言うことか?」
「いいえ、それは違いますよ、我が主。私の祖国ピエモントは確かに地上にありました。この地下施設はシェルターですよ」
「シェルター…何から避難していたんだ?」
「以前に話した病気ですよ、当時は何か伝染病の類だと思われましてね。王命により私達が100階層の地下施設を作ったのです。外気に触れないように空気を清浄化する呪具や水を清浄化する呪具など、この中で数千年は過ごせるようにと頑張って作ったんですが…入ってしばらくして王も病気になってしまい、逆に隔離施設として使われるようになってしまいました」
「…そうだったのか」
「当時のピエモントにはまだ緑があったと思うんですが…すっかり変わって…本当に何もかも無くなってしまいました。頭では理解っていたつもりでしたが、いざ直面すると…流石にこたえますね…」
そう言うと、エルヴィスは下を向いて押し黙ってしまった。
(…3千年という長い年月の中で、国が滅び、仲間は死に絶え、文字通りエルヴィスに帰る場所は無くなってしまった。俺も神の下で目覚めた時、似たような虚無感を感じた…ティンカーとゴーシュが居てくれたから転生という選択肢を選んだが、もし1人だったならきっと再び眠りにつく事を選んだだろう。だが…“不死者”となったエルヴィスにはその選択肢も永遠に与えられることはない…)
オーウェンは、静かに震えるエルヴィスの肩を叩いて言った。
「今のお前には俺が居る、俺のいる場所がお前の帰る場所だ」
「!!…有り難うございます…我が主」
ーーーーーー
エルヴィスが落ち着きを取り戻した後、オーウェン達は市場を観光しながら進む。商店街の人達は、オーウェン達の事を物珍しそうに見つめ、ヒソヒソと何やら話をしていた。やがて、1人の男が憲兵達を連れてやってきた。
「お前達、何者だ!?」
「オーウェン・モンタギュー、ヴァルド王国より留学生を引率してきた」
「どうやってザントに入った?今日は誰も転移門を通していないと、門兵から聞いているぞ!」
「それは俺の…」
と言いかけたオーウェンに、ティンカーが口止めをする。
「オーウェンのスキルは、とっても珍しいんだ。このスキル自体多くのヒトに知られるのはマズいし、話しちゃったら証明するためにスキルを見せなきゃいけなくなるよ。ここは何か言い訳をして穏便に済ませた方がいい」
「確かにそうかもしれんな…」
そう言うと、オーウェンは憲兵達に向き直って言った。
「悪いが教えるわけにはいかない。とにかく、サブル様にヴァルドから留学生が到着した旨を伝えてくれ」
「何故教えられんのだ?」
(多くのヒトに知られるとマズいから…などと言えば、より食い付いてくるだろうし。何か良い言い換えなど無いものか…)
などと、オーウェンが考え込んでいる間にも憲兵達は距離を詰めてくる。
「どうした!?何故、黙っている!?」
「さっさと話したらどうだ?」
「留学生というのも怪しいな!」
などと憲兵達にせっつかれ、オーウェンは最も要点が伝わるように話そうと考えて言った。
「お前達に知る権利はない、そこを退け」
オーウェンの挑発とも取れる返答にティンカー達がズッコケる中、憲兵長の「構えろッ!」と言う声と共に憲兵達が一斉に槍を構えた。