バイコーンの群れ
オーウェン達が外壁の物見へ着くと、地平線の方向から土煙がいくつか見えた。角笛を吹いた住民がオーウェン達の下へと息を切らしながら駆け付ける。
「急に土煙が上がり始めたんですよ、さっきの変なラッパが鳴った後に!」
「…」
(…わかっているのだ、彼に悪気がない事は…)
とオーウェンが気持ちを整理していると他の角笛を吹いた者達もワラワラと集まってきて口々に言った。
「東の方からも土煙が上がってる、あの間抜けなラッパの音に反応したに違いない!」
「北の方もだ、…余程ラッパの音が不快だったんだろう」
「屁みたいな音だったもんな、音が止んだ後に初めて演奏してた事に気づいたぜ!」
などと住民達が口々に言う中、オーウェンはプルプルと震えていた。
(わかっている…わかっているのだ、彼らにも悪意がない事ぐらい。だが…そこまでダメだったのか?俺なりに一生懸命やった所は伝わっていると思ってたんだが)
などとオーウェンが考えていると、ティンカーが「あ、もしかして」と言いながら続けた。
「もしかしてさ、すっごい汚い演奏だったからバイコーンが反応したんじゃない?ほら、バイコーンは穢れを好むって、オーウェン言ってたじゃん」
「お前…演奏してた俺を目の前にして、よく汚ないとか穢れたとか言えたな」
「ん、気にしてたの?」
「何故気にしていないと思った?と言うか、むしろ演奏するように振ったお前が気にしろ…」
「…ま、まぁ、演奏は残念だったけど目的は果たせたんだし結果オーライで良かったじゃん!」
そう言うとティンカーは苦し紛れに親指をグッと突き立てる。オーウェンが白い目で見ているとエルヴィスが額に汗をかきながら言った。
「お二人ともそこまでにしてください…というか、このままではマズそうですよ。バイコーンを呼び寄せたは良いものの1箇所に集まる様子がありません。このままでは王都を囲まれてしまいます」
「それじゃあ、そろそろ僕とオーウェンの出番かな?」
そう言ってゴーシュが前に出てくると、オーウェンは方天画戟を持ちその背中に乗る。
「ゴーシュ、ヤツらが王都にたどり着くより先に俺達で殲滅して回るぞ」
「了解、殿。飛ばすからしっかり捕まっててね」
と言うと、ゴーシュは物見から一気に外壁の外へと飛び出していった。バイコーンの土煙に向かって一直線に向かっていくオーウェンとゴーシュ。ぶつかるよりも先にオーウェンが方天画戟を振るうと、飛ぶ斬撃で土煙は血飛沫となり群れが崩れていく。運良くオーウェンの一撃を逃れた者も、ゴーシュの双剣でバラバラに刻まれていく。その戦いっぷりを細目で見ながら「なんか…バイコーンが可哀想になるくらい無茶苦茶にするな、あの2人…」とナサニエルが呟いていると、反対側の見張りについていた住人が慌てて駆けてきた。
「フルール様!反対側にも魔物の群れが押し寄せて来ています!」
「あぁ…どうしましょう」と戸惑うフルールに、ティンカーが言った。
「戦えるのはオーウェン達だけじゃないよ。王都を造った時、万が一の事を考えて彼らを残しておいたからね」
「彼らとは…?」
と聞くフルールにティンカーはウインクして見せるとトランペットを巧みに吹き始めた。すると、外壁の一部に擬態していたゴーレム10体がバイコーンの群れの前に立ちはだかった。
「あ!あれは、あの時のゴーレム!?」
「そうだよ、硬い彼らならオーウェン達が戻ってくるまでの時間稼ぎくらいは出来るはずさ。ナサニエルとエルヴィスさんはゴーレム達の援護に回ってもらえないかな?」
「任せてくれ!」
「魔物の援護と言うのは気乗りしませんが…仕方ありませんね」
と言うと、ナサニエルは城壁から弓を射掛け、エルヴィスは氷魔法などを使ってバイコーンの足止めをサポートした。列を成してバイコーンがその鋭い角をゴーレムに向かって突き立てて来るが、ゴーレム達も角を掴んで首をへし折ったり、地面に叩きつけたりと獅子奮迅の活躍を見せた。
しかし善戦出来たのも数分程度で、バイコーンの追撃が止まらない。次から次へとゴーレムに襲いかかり、やがてゴーレム達はバイコーンの角で身体中を串刺しにされながら動かなくなってしまった。ナサニエルがエルヴィスに叫ぶ。
「ヤバいよ、エルヴィスさん!最後のゴーレムがやられた!」
「…あの数相手に数分も持ったのです、上出来でしょう。彼らが稼いだ時間で、こちらも用意できましたから…ねっ!」
と言い、エルヴィスが両手を振り下ろすと、ズゴゴゴゴゴという音と共に雲をかき消しながら大きな氷塊が幾つも落ちてきた。数千匹のバイコーンが潰されるが、バイコーン達の突進は止まらない。氷塊の間をすり抜けるように王都へ向かって数百匹のバイコーンが突き進んでくる。「ヤバい、止まらない!」と騒ぐナサニエルを他所にエルヴィスが指をパチンと鳴らすと氷塊が砕け、中に入っていた液体が飛び散り残りのバイコーン達は全て凍ってしまった。他の群れを蹴散らしたオーウェン達も急いで戻って来たが、既に氷漬けになったバイコーン達を見つけてしばらく動きを止めていた。エルヴィス達が物見から降りて来ると、オーウェンが話しかける。
「エルヴィス、どうやら手を煩わせてしまったようだな」
「いいえ。このくらい造作もない事ですよ、我が主」
「それにしてもこの規模の魔物を一瞬にして氷漬けにするって…エルヴィスって本当に凄いなぁ」
とゴーシュが感心しているなか、オーウェンが何かに気付きバイコーンの遺骸へと向かっていく。ナサニエルとティンカーがオーウェンの後に付いていくと、オーウェンはバイコーンの耳についたタグを引きちぎって見せた。ティンカーは手に取って確かめるとオーウェンに言う。
「これって、ボクが家畜化した動物達に付けたタグだよ!…でも、どうして家畜が魔物に?」
「ティンカー…獣を魔物化出来るという話を聞いた事があるか?」
「え?そんな方法があるの?」
「俺も具体的にはわからん。だが気候も安定して天敵もいないプレリで、あれだけの数の家畜が一斉に死に瀕して魔物化するというのはおかしい」
「確かに違和感はあるけど…その説を裏付ける証拠が無いからなぁ」
「証拠なら有る」
そう言うと、オーウェンはティンカーにブルイン王国で回収したドゥッセルの手記を取り出した。
「ドロシー様の従兄弟にあたる方の手記だ。数年前に俺の父の領内に現れた魔物の製造に関与した旨が書かれている。詳しい方法の記載は載ってなかったが、彼は『何かを食べさせた』と言っていた」
「獣が魔物化する食べ物かぁ…。わかった、ボクも少し調べてみる事にするよ」
「頼んだぞ」
そう言うと、オーウェンは回収したタグを収納バッグへとしまった。オーウェン達が周囲を警戒する中、王都の住民総出でバイコーンから魔石を回収する。エルヴィスが浄化の炎を使うと、バイコーン達の遺骸は骨すら残らず消えてしまった。ティンカーがポツリと呟く。
「骨が残らないなんて…やっぱり普通の魔物じゃないね」
「証拠が残らないように細工されているのか、無理な魔物化で身体が脆くなっているのか…どちらにしても酷い事をするものだ」
「そうだね…」
その後も、エルヴィスが最後の1体を燃やし尽くすまで2人は無言で様子を見守っていた。
ーーーーーー
バイコーンの火葬を終えたオーウェン達は王城へと戻る。一足先に王城へ戻っていたフルールがオーウェン達を出迎えた。
「皆さん、お疲れ様。水道の件も含めて本当に感謝しているわ。騎士団も不在の状況で、あれだけの魔物を討伐する事は無理だったでしょうから」
「その事ですが、フルール様。あのバイコーン達は人為的に造られた魔物の可能性があります」
「…それってまさか、ブルイン王国の件で報告のあったようにということ?」
「はい、バイコーンの中にはティンカーが付けたタグを付けたものが確認できました。家畜は干ばつでも起きない限り魔物化しません。しかもあれだけの数が同時に魔物化するというのもおかしな話です。私達がプレリを離れた後、何か変わった事はありませんでしたか?」
「うーん、特に目立った事は無いと思うけど…。あ…、そう言えば一度だけヴァルドとの国境付近で方術に反応があったの。すぐに反応が消えたからそこまで気にしていなかったんだけど、後日反応のあった所付近を見回りしたヒト達からの何か果物が食い散らかされたような跡があったって聞いたわ」
「…果物ですか」
「えぇ、時間が経って傷んでたから何かはわからなかったようだけど、甘い香りがしたそうよ」
「…わかりました。私達で引き続き調査を続けていきます。念のためプレリの民には落ちている果物には手を出さないよう伝えておいた方が良いでしょう、何かあった場合はティンカーに連絡をください」
「わかった、そうするわね」
一通り話が終わり、オーウェン達はフルールに別れを告げて帰路へ就く。その途中、ナサニエルが話しかけて来た。
「なぁ、オーウェン。魔物化とかブルイン王国の件とか、一体何のことだ?」
「…不確定な情報だったからナサニエル達には話していなかったが、ここ数年、何者かが国家転覆を狙った動きがいくつか報告されている」
「…マジかよ?」
「あぁ、詳しい話は他の皆も集まってからだ。次のヴュステにも急がねばならないしな」
そう言うと、オーウェン達は小走りで迷宮の通路を駆けていった。