オーウェン水道局
オーウェンがナサニエル達の所へ戻ると、皆はすでに作業を終えて椅子に座りながらくつろいでいた。
「お!オーウェン、見てくれよ、この部屋!高級ホテルみたいだろ?」
「あぁ、家具のセンスもいいな」
「ヴァダの家具屋を皆で見て回ったのよ!バハムートの報奨金と素材の売値が結構な額だったから色々と贅沢しちゃった、いっぱい使っちゃってごめんね♡」
とケイトが言うと、オーウェンは微笑んで言った。
「構わんさ。皆で懸命に選んできたものなのだから、それだけの価値があるのだろう。それより隣の部屋にプールを作って置いたぞ、まだ水は入れていないがな」
(イケメンで金持ちで気前が良いとか、もうコイツ無敵だなぁ…)
などと皆がオーウェンの優しさと気前の良さに心を奪われていると、ティンカーが入ってきて皆に噴水の部屋に来るよう言った。
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噴水の部屋に行くと、水の噴き出る所にティンカーとエルヴィスの合作である呪具が設置されており、水が当たってキラキラと輝いている。「うぉー、綺麗だなぁ!」とフレッドが見惚れていると、ティンカーは「綺麗なのは見た目だけじゃ無いよ」と説明を始めた。
「この噴水は水を2つに分けていてね。そのまま下層を流れるものは農業用水なんだけど、魔石に触れた上層は飲料用としての品質基準を満たすように消毒されているんだ。これで、どんな遠い地域に運ばれても煮沸無しで衛生的に安心して飲める水が出来るんだよ」
「へぇ〜、めちゃくちゃ便利だな」
「人族の国でもこの分野は後回しにされているからね。これからエルフの国は、最先端技術の恩恵をうける事になるんだ。あ、もちろん今プールに入れている水は安全のために上層から引いてるからね」
とティンカーが言うと、ケイト達は早速はしゃいでいた。ティンカーもその様子を見て満足気に笑うと続けた。
「さてと…ひとまずは水道局の完成といったところかな。オーウェンとボク達はプレリへ水路を作ってフルール様に会いに行くから、ここからは自由時間でいいよ」
と言うと、ケイト達は大喜びで水着を持ってプールの部屋へと駆けて行った。オーウェン達がプレリに向かおうとすると、ナサニエルが後ろから声をかける。
「あのさ、オーウェン…」
「どうした、ナサニエル?」
「俺も一緒に付いていきたいんだけど、いいか?」
「構わないが…プールの方がよっぽど楽しいと思うぞ」
「そうだろうけどさ…最近、自分の力不足をよく感じるんだ。ティンカー達に比べて勉強不足だからなんだろうけど…俺はもっと色んな事を学んで皆の力になりたいんだよ」
「そうか。…いいだろう、ついてこい」
「本当か!?」
「あぁ、だが1つ、ナサニエルは勘違いしている。俺やティンカー達が自由にやれているのは、その間にお前が皆をまとめてくれているからだ。だから、自分のことを力不足だと思う必要はない」
「オーウェン…」
「焦らなくていい、皆が自分に出来る事をしている、ただそれだけだ。出来る事を増やしたいと言う気持ちは素晴らしいと思うがな。…じゃあ行くか。念のため武器は持っておけ」
「おぅ!」
そう言うと、ナサニエルは嬉しそうに武器を取りに戻った。その様子を見てティンカーが言う。
「ほーんと、殿は優秀な部下に恵まれているよね。ボクも含めてだけど」
キシシと笑って見せるティンカーにオーウェンが微笑んで言った。
「類は友を呼ぶと言うだろう?集まってきてくれているのは優秀な部下じゃない、かけがえのない友だ…お前達を含めてな」
その言葉にティンカーとゴーシュは嬉しそうに頷く。エルヴィスは「我が主!一生、付いていきます!」などと言いながら目頭を抑えて嬉し泣きをしていた。
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ティンカーはフルールに渡した魔道具“マジックフォン”をサーチ機能で探し、プレリの王城への距離を正確に測ると倍率と距離を調整してオーウェンに伝える。方位磁石を何度も確認しながら、オーウェンは水路を作りプレリへと繋がる出口を開いた。急に王城の側にオーウェン達が現れたためプレリの人々は驚いていたが、オーウェン達に気付くと笑顔で駆け寄ってきた。
「オーウェン様、お久しぶりです!」
「久しぶりですね、元気にしてましたか?」
「えぇ!あれから食事も毎日食べられるようになりましたし、加工食品や羊毛で作った服も良く売れているんです。本当に、オーウェン様達のおかげですよ」
「それは良かった。ところで、フルール様は王城に?」
「はい、もうすぐハーメルンの笛を吹かれるはずですよ。中に入って待たれますか?」
「えぇ、そうさせてもらいます」
そう言うと、オーウェン達は王城の応接室へと案内された。
王城の上層から笛の音色が聴こえてくる。遊牧民らしい自由な旋律を聴きながら、オーウェン達はフルールの演奏が終わるのを待った。音楽が止まりしばらくしてフルールが応接室に入ってくる。
「皆さん、居らしていたのね」
「お久しぶりです、フルール様」
「会えて嬉しいわ。でも、どうやって方術を抜けて来られたのかしら?」
と不思議がるフルールに、ティンカーがオーウェンのスキルについて説明した。
「凄いわ、そんな力があるなんて…」
「オーウェンのおかげで、プレリまで水を運ぶことができるようになったんだよ。これで、また農地を広げられるね」
とティンカーが言うと、フルールは少し不安気な顔を見せる。ティンカーはそれに気付くと心配そうにフルールに声をかけた。
「どうかしたの、フルール様?」
「いえ…本当かどうかまだわからないから、どう伝えていいか迷って…。最近、王都の状況を聞いて国中に散らばっていた集落から、徐々にヒトが集まるようになったの。人手も不足していたから、それはとても嬉しいことだったんだけど…王都にくる途中、集まってきた人達の中に魔物の群れを見たというヒトが複数いるの」
「へぇ、いったいどんな?」
「…それがよくわからないの、見た目は馬のようだけど角が2つ生えていたらしくて…今までそう言う馬は見たことが無いから」
とフルールが言うと、ティンカーはオーウェンに尋ねる。
「オーウェン、何か知ってる?」
「…昔見た魔物辞典の知識で言えば、バイコーンと呼ばれる魔物の可能性が高いと思うが…」
〜〜〜バイコーンは二角獣とも呼ばれ頭部に2本の鋭い角を持つ馬の魔物である。ユニコーンの亜種で獰猛で足が速いということは両者に共通しているが、純潔を好むユニコーンに対しバイコーンは穢れを好む。もちろん、オーウェンがこれまで戦ってきた魔物に比べればそこまでの脅威では無い。しかしどんな魔物でも群れとなると話は別である。〜〜〜
「バイコーンは1体でも体格差のある野生の熊を殺せる程には強い、それが群れを作っていると言うのは…厄介だな」
「オーウェン、どうにか出来ない?プレリには騎士団も戻ってきてないし、このままじゃいずれ大きな被害が出ると思うんだ」
「なんとかしてやりたい気持ちは山々だが、この広大な土地でいくついるかもわからないバイコーンの群れを探して退治していくとなると時間がかなりかかってしまうな」
とオーウェンが言うと、ティンカーも「うーん…」と押し黙ってしまった。すると、ナサニエルが思い出したように言う。
「あ…だったら、ティンカーのトランペットでゴーレムの時みたいに集めればいいんじゃないか?」
「んー、あれはボクがゴーレムを知っていたから集めることが出来たけど、バイコーンに関しては知識が無いから成功しないと思うんだよね」
「じゃあ、バイコーンを知ってるオーウェンに吹かせればいいじゃねぇか?」
とナサニエルが言うと、ティンカーは「…そりゃそうなんだけど…」と言ってオーウェンに向き直った。
「オーウェン…吹いてみる?」
「…俺の楽器のセンスが皆無なのは、お前も知ってるだろ?」
「まぁ、知ってるけど…今回は上手く行くかもしれないじゃない?試してみないとわからないしさ」
「…あまり気乗りはしないが…まぁいいだろう」
そう言うとオーウェンは、ティンカーからトランペットを受け取り、王城の上層にある演奏室へと向かった。
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演奏室には大きな拡声器が6個も付いており、プレリ中に演奏が響き渡るように設計されている。そのど真ん中に立ってオーウェンはトランペットを構える。顔と体格がいいからだろうか、構えている様子はとても様になっておりナサニエル達の期待感も高まる。しかしそんな見た目と裏腹に、オーウェンが吹いたのは童謡の「チューリップ」、しかも放った音はトランペットというよりもむしろ屁の音に近い間抜けな音であった。あまりの下手さにナサニエル達が笑い転げ、城下からも「誰だー、下手くそー!」などと野次が飛ぶ。オーウェンは顔を真っ赤にしながらも、聞こえないふりをして精一杯に演奏をやり遂げた。ナサニエルが息も絶え絶えになりながら言う。
「ま、まさか、ここまで下手だとは、フ…フヒ」
「…だから気乗りしないと言ったんだ」
と少し落ち込んだ様子のオーウェンにエルヴィスが声をかける。
「と、とても個性的な…フヒ…演奏でしたよ、我が主」
「世辞はよせ、余計惨めになる」
とオーウェンが肩を落としたその時、王都を囲む壁の物見から一斉に魔物襲来を知らせる角笛が響き渡った。
「演奏は上手くいかなかったが、作戦は上手くいったようだな」
と言うと、オーウェンは素早く王都を囲む外壁へと向かった。