エルヴィスの活躍
再び迷宮内部へと戻るとオーウェンは水路を設置する。ティンカーが製図を片手にオーウェンの所へ寄ってきた。
「オーウェン、この図面も参考にしてほしいんだけど」
「構わないが…この噴水にも意味があるのか?」
「うん、ちょっと考えがあるんだ。理由は…後ででいいかな?」
「…いいだろう」
そう言うと、オーウェンは黙々と水路を作り始めた。
オーウェンによって迷宮が徐々に水路へと作り替えられて行くのを、ナサニエルやシャルロッテ達は楽しそうにしながら見学していた。製図通りに水路が出来ると、いよいよ水を引き入れる段階である。迷宮の入り口へと伸びる水路にティンカーが外側から水を引き入れると、水は噴水を介して出口の向こうへと流れ出した。ティンカーが大喜びでオーウェンの下へと駆け寄ってくる。
「大成功だね、オーウェン!」
「あぁ、これで安定して水を運ぶ事が出来るな。後は正式な迷宮の設置場所か」
「んー、その前に取水の場所決めや新しい浄化用の呪具の製作だったり、色々やる事はあるけど…まずは価格の交渉かな、適当にすると後々問題になることも多いだろうし。まぁ、オーウェンの迷宮を使わなければ元々出来ない事だし、良心的な料金に出来るよう掛け合ってみるけど」
「俺はお前の腕を信じている」
「フフ…ありがと」
ティンカーはそう言うとロイの元へと走っていった。
ーーーーーー
数日後、オーウェン達の姿は王城の応接室にあった。
〜〜〜ティンカーからロイへと出された条件で主要なものは、以下の通りである。
1.取水ポイントの管轄はロイ側にあるが、水路の管轄はオーウェン側にあること。
2.水の供給中止を検討したい場合は、必ずオーウェンと協議した上で行うこと。
3.他国への提供価格は1000リットル当たり生活用水は200コルナ、農業用水は5コルナとしオーウェンと協議せずに価格変更しないこと。
4.利益の20%をオーウェン側へ支払う事。
5.品質の管理、水路の管理はオーウェン並びにティンカーブランドが責任を負うこと。
その他にも細かい条件がびっしりと書かれた契約書をティンカーがロイへと手渡す。交渉の始まりの段階でオーズィラの官僚達がその内容にいちゃもんを付けようとしたが、ティンカーは巧みな答弁でこれをあっさりねじ伏せた。ちなみに決めてとなった脅し文句は「こちらの条件が飲めないというなら、どうぞ頑張って皆さんで湖の水を飲んでください」だった。〜〜〜
官僚達が憤慨して出て行った後、ロイは頭を掻きながら言った。
「流石はティンカーブランドの創始者だよ、強気な公爵家の連中があそこまでコテンパンにやられたのは初めてさ」
「商人は交渉力が無いとやっていけませんから。…不快でしたか?」
「いや、どちらかというと痛快だったよ。…後々、私への突き上げは強まりそうだけどね、ハハハ。でも、契約自体には後悔はしてないさ。契約書の内容も細かい所まで行き届いているし、ここまで徹底されているとむしろ安心かな」
「そう言ってもらえると嬉しいです。さてと…、それでは交渉も成立した事ですし、ボク達は細かな調整を行なっておきます。正式な水路の着工を急ぎたいので、ロイ様には取水ポイントの選定をお願いしても宜しいですか?」
「わかった、早めに候補地を選ぶとするよ」
そう言うと、ロイは応接室を出て行った。ロイが部屋を出た後、グレンが額の汗を拭いながら言った。
「ティンカーって初対面の目上のヒトでも、言いづらい事はっきり言うよな。見てるこっちはヒヤヒヤするぜ」
「交渉の場は対等だからね、そこに立ったら上も下も無いのさ。それにボクはまだ良心的な方だよ、ボクの父ちゃんなら水を処理してあげる料金だとか言って、利益の50%は要求してただろうし」
「ティンカーの親父さんかぁ…想像しただけでおっかねぇわ」
とナサニエルが言い、皆がクスッと笑う。オーウェンも頬を少し弛ませた後、ティンカーに向き直って言った。
「さて、取水ポイントが決まるまでは正式な迷宮造りはお預けだな。これからどうする?」
「とりあえずボクは新しい呪具を作るよ、オーウェン達にはプレリやヴァルドの王都の方角を確認してもらおうかな?」
「わかった。それと呪具を作るなら…この魔血石を使え。以前ベルンハルトと潜った迷宮で手に入れたものだ」
「良いの?このサイズでもかなり貴重なんだけど」
「必要な時に使えるように取っておいた。それにサイズに関して言えば、バハムートを倒した時にもっと大きな魔血石を手に入れているしな」
「そっか、じゃあ有り難く使わせてもらうよ。そだ、エルヴィスさんも手伝ってくれるかな?」
ティンカーが助けを請うと、エルヴィスはニコリと笑って「いいでしょう」と言う。こうしてオーウェン達は、ロイが取水ポイントを決めるまでの間それぞれに当てられた仕事を着実にこなしていった。
ーーーーーー
交渉から2週間ほど経ったある日、オーウェン達はロイに呼び出されて応接室へと顔を出した。
「取水ポイントを決めたんだけど、また問題が一つあってね」
「なんでしょう?」
「その周辺でバハムートが何体か確認されていてね。今年は異常なんだ、これまでは数十年に1体報告されるくらいだったのに…また、討伐をお願い出来ないかな?」
「わかりました。引き受けましょう」
とオーウェンがあっさり引き受けると、ナサニエルが心配そうな顔をして聞いてきた。
「オーウェン、そんなに簡単に引き受けて大丈夫かよ?相手は何体いるかわからないんだぜ?」
「前に戦った時から、今回のような事態はある程度想定していた。そして対処法もな」
オーウェンはロイから手渡された取水予定ポイントを確認し、エルヴィスを呼び出す。
「エルヴィス、水中に雷魔法を発生させる事は出来るか?」
「造作もありません、我が主」
「お前が如何に優れた魔術師であるか、皆に見せてやって欲しい」
「いいでしょう。いつぞやの泥酔による“役立たず”の汚名を濯ぎ、必ずやご期待に応える事をお約束しますよ、我が主」
(密かに気にしてたんだな、エルヴィス…)
などと思いながら「期待してるぞ」と声をかけると、早速オーウェン達は取水予定ポイントに向かった。
ーーーーーー
取水ポイントの近くでは大きなうねりが幾つも出来ており、バハムートが複数体いることが一目でわかった。オーウェンが水に触れ、超音波を使ってバハムートまでの距離を測る。
「ヤツらが居るのは水深50m辺りか…エルヴィス、水深50mを中心に圧縮した雷魔法を放ってくれ」
「承知致しました」
そう言うと、エルヴィスは雷の極大魔法を水中で炸裂させた。ドンという鈍い衝撃音の後に湖面が大きく波立ち、しばらくすると大量の泡と共にバハムートが7体ほど浮かび上がってきた。オーウェンは素早くバハムートに飛び乗り、トドメを刺して魔血石を抜き取る。あまりの手際の良さに、ロイは口を半開きにしたまましばらく動けなかった。魔血石の回収を終えたオーウェンの下に、ナサニエル達が集まってくる。
「すげぇよ、オーウェン!一体何が起こったんだ?」
「ある地方では水中で爆薬を使って漁を行う。爆発によって魚を殺せるほどの強烈な衝撃波を発生させるという事だが、こっちにはそこら辺の爆薬より強烈な雷魔法を放てるエルヴィスが居るからな。水中で強烈な電流を流すことで水を一瞬で蒸気に変えて、その爆発力で衝撃波を生み出したというわけだ」
オーウェンの説明を聞いても意味はわからなかったが、ナサニエル達はとりあえずエルヴィスを囲んで大騒ぎする。
「なんかわかんねぇけど、白面のエルヴィスさんすげぇー!」
「エルヴィスさんって、お酒さえ飲まなければ本当にすごいのね!」
「今日はお酒飲んでもいいよ、エルヴィスさん!」
「貴方達…それって褒めてくれてるんでしょうかね?」
などと言いながら苦笑いするエルヴィス。
その様子からエルヴィスとナサニエル達の距離が縮まったことに安心感を感じつつも、酒にまつわる失態はなかなか拭えないものだと改めて認識するオーウェンだった。