巨大湖の国、オーズィラへ
新酒が出来上がってから3ヶ月、ティンカーによる販路の確立によりニホン酒はネージュ王国内で新たな特産品として認識されつつあった。特に温泉に浸かりながら飲む熱燗などは、流行り過ぎて大浴場では控えるよう貼り紙が出されるほどである。そんな中、日が登り始めた早朝にオーウェン達はジーブルの下を訪ねた。
「ジーブル様、ニホン酒の売れ行きは良いようですね」
「ええ。去年ほどでは無いけど、3ヶ月前の予測より財政は遥かに上方修正されているわ。…貴方達は、本当に優秀ね」
「有り難うございます。それで…私達としては、こちらでの課題もひとまずは解決したと考えています」
「そうね…次の目的地はオーズィラだったわね?」
「はい」
「貴方達の活躍を楽しみにしているわね、出発はこれからかしら?」
「はい、ゲート先の村に馬を預けているので、そこから南下してオーズィラへと向かう予定です」
「そう、気を付けてね。短い間だったけど貴方達の働きには感謝しているわ、何かあれば力になってあげる、遠慮せず訪ねてきなさい」
「有り難う御座います、それでは」
ジーブルや蔵人達に別れを告げると、オーウェン達はゲートへ向かった。季節は春、ラグラス周辺は雪が多く残っていたが、麓の村の方には緑がちらほらと見え始めていた。オーウェン達は冬の間預けていた馬車や馬を引き取ると、プレリとの国境に沿った村々を渡り歩いてオーズィラ王国を目指す。1週間程度かけてオーウェン達はようやくオーズィラの国境へと辿り着いた。
〜〜〜オーズィラ王国は巨大な内陸湖のある国である。国土はネージュ王国と同じくらいの広さであるがそのうち4分の3が湖を中心とした湿原に覆われており、その水量が増え続けているため湖は今も徐々に広がっている。そのため多くのヒトが水上に浮遊する住居で生活をしており、王都である『ヴァダ』も船での移動がメインとなる水上都市となっていた。別荘地やカップルの旅行先として人気が高く、特にこの時期は伝統的な建造物群が朝靄の中に浮かぶ様子が非常に幻想的に見えることが知られている。また魚種が非常に多く、水耕栽培で育てられた多くの野菜もあるため、食文化が非常に発達していることでも有名であった。〜〜〜
陸地からの渡し船を待つオーウェン達。日が高く登り、キラキラと光る湖面に浮かぶ水上都市を見てシャルロッテ達がはしゃぎだす。
「とっても綺麗!あんなに大きな街がどうやって浮いているのかしら?」
とドロシーが呟くと、桟橋で待機していた船員が機嫌良く答えてくれた。
「オーズィラには巨大な魔血石で作られた呪具がありまして、その力で都市を浮かべる事が出来ているのですよ」
「水もとても綺麗ですね」
「えぇ、なんでもその呪具には水を浄化する力もあると言われているんですよ」
と船員が言うと、ティンカーが「え?」と呟く。オーウェンがティンカーに小声で尋ねる。
「どうした、ティンカー?」
「んー…呪具はボクも造る事があるけど、1個の魔血石に組み込む術式というのは基本1つなんだよ。特に魔血石で作った都市型用の呪具は、組み込んだ術式を発動するのに膨大な魔力を使うからね。2つも組み込んだら、まともに発動しないか下手すりゃ魔力が枯渇して死人が出るよ」
「そうなのか」
「オーズィラに伝わる技術って可能性も無くはないけど、少なくともボク達ドワーフはそんなリスクを負うような造り方はしないかな」
「そうか…機会があれば、国王のロイ様に聞いてみるとするか」
などと、オーウェン達が話をしていると幅広な船が桟橋へと到着する。オーウェン達は馬と馬車を船に乗せてオーズィラの首都であるヴァダへと向かった。
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ヴァダにはメインとなる巨大な浮島を中心に幾つかの浮島が連結している。馬車を走らせても問題ないほど頑丈な橋がかかっているが、目的地に道伝いで行くよりも舟で移動した方がよっぽど速いため至る所に小舟が着けられていた。オーウェン達も宿屋に宿泊の手続きをすると、早速ヴァダの観光へと向かう。ヴァダの観光名所を舟で巡りながらナサニエル達は大はしゃぎしていた。
(考えてみれば、まともに観光出来る国はオーズィラが初めてだな。プレリはそもそも観光出来る都市がなかったし、ネージュでは寒さと忙しさで観光に向かう気すら起こらなかった。その点、オーズィラは過ごしやすく土産屋や飲食店も多い。久々にナサニエル達も楽しそうにしている。)
などと思いながら、オーウェンの表情もいつもより弛んでいた。
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一通り観光地を回った後、船着場で舟を降りオーウェン達は隣接する小料理屋に入った。
「いらっしゃい、団体さんだねー!」
と言いながら、店主がオーウェン達に釣り竿を手渡してくる。
「…釣り竿ですか」
「ウチはお客さんが釣った魚を料理して出すってのが、ウリなんですよー!釣れたモノは何でも料理しますので頑張ってくださいね!ちなみにこれまでの最高記録の魚は5.9mのオオナマズ、これを超える大物を釣ったお客様達には当店の食事をタダで提供させて頂きますよー!」
と店主が焚き付けると、ナサニエル達が張り切って釣り竿を受け取った。
「釣りは、力勝負じゃねぇからな!俺達にも勝機があるぜ!」
「フフフ、女の子の前で初めて恥をかかせてあげますよ」
「オーウェンは力強ぇからな。魚釣る前に釣り竿折っちゃうんじゃね?」
などと、ナサニエル達が煽ってくるとオーウェンは「…確かにな」と言い、店主が手渡した釣り竿を断った。
「なんだ、オーウェン?やる前から諦めちゃったのか?」
「いや、店の備品を壊しては申し訳ないからな。俺は自前のモノを使う」
そう言うと、オーウェンは収納バッグから『オーガの釣り竿』を取り出す。皆が呆然とする中、ナサニエルが言った。
「…それって、釣り竿か?禍々しい装飾が彫られていて武器みたいに見えるぜ」
「ルクススで人魚姫を釣った竿だ。支配人のブルーノさんから頂いてな」
〜〜〜『オーガの釣り竿』はオーウェン達が高級リゾート地ルクススでバカンスをした際に、オーウェンがホテルから借し出してもらったものである。ドロシーとの婚約時、同席したブルーノが持参したのだが「婚約を周囲に悟られないような仮の返礼品として苦心して選んだ」と言われたため、オーウェンは断ることが出来ず受け取った。ちなみにルクススで使った当時は修行に使える程の重さだったが、レベルが上がった今のオーウェンにとっては棒切れのような軽さに感じられていた。〜〜〜
ナサニエル達が釣り竿を並べるのに混じって、オーウェンが遠投をするとビュッという音と共に水平線に向かってルアーが飛んでいく。
「…お前、いったい何釣る気だよ?飛びすぎだろ」
「湖を飛び越えないほどには手加減しているぞ」
とオーウェンは冗談を言ってみせたが、ナサニエル達は決して冗談とは思っていなかった。
ーーー5分後…
コリン達が70cmくらいの魚をどんどん釣る中、オーウェンとナサニエルには一向に当たりが来なかった。ケイトやオードリーが「お腹空いたー」と騒いだため、コリン達は釣りを終えて席へと戻っていく。ナサニエルとオーウェンが諦めず釣りを続けていると、ナサニエルの竿に強烈な当たりがあった。ナサニエルが勢いよく持ち上げると、釣り竿があり得ないほどしなる。
「か…かかったぞー!」
と声を上げながら苦しそうにリールを巻くナサニエル。他の客達も混じって皆が応援する中、ナサニエルは必死の形相でリールを巻くのだが、糸はどんどん出ていくばかりである。一方、ナサニエルの奮闘を見つめていたオーウェンの竿にもわずかに当たりがあった。オーウェンがあまりにも涼しい顔でリールを巻くため、客達はオーウェンの魚が大物だとは思っていなかったが20mほど先で飛び上がった魚影が明らかに6mを越しているのを見て度肝を抜かれていた。ナサニエルがオーウェンの表情を見て笑いながら言った。
「くっそ…いつもいつも涼しい顔しやがって…へへ」
「大変そうだな、手伝ってやろうか?」
「へへ…いらねぇよ。こんくらい俺1人の力でどうにかッ…して見せるッ!うぉぉらぁあ!」
とナサニエルが言いながら勢い良く釣り竿を持ち上げると、これまた6mを越える魚影が湖面に姿を現した。
「すっげぇ!2人とも6m超えてるぜッ!」
「坊や達、釣り上げたらお姉さんがキスしてあげるわ〜」
「2人とも頑張れ〜!」
と皆が声援を送る中、ナサニエルが最後の力を振り絞ってリールを巻く。あと数mで釣り上げられるかといったその時、湖面が大きく揺らいだ。ナサニエルの巨大魚に大きな影が近づき、次の瞬間、巨大魚があっという間に飲み込まれてしまった。ナサニエルの竿が音を立てて砕け、ナサニエルが湖へと引っ張られる。
「うわぁああ、引きずり込まれる!」
「ナサニエル、釣り竿から手を離せッ!」
オーウェンに言われてナサニエルが咄嗟に釣り竿を離すと、竿は瞬く間に水中へと消えていった。
「大丈夫か?」
「あぁ…それより、今のは何だったんだ?」
「わからん」
などと話していると、大きな影が今度はオーウェンの巨大魚へと近づいていく。あの「オーガの竿」があり得ないほどしなり、ミシミシミシッと音を立てた。身体ごと引っ張られるも、オーウェンは瞬時に地面を蹴り込み踏み止まる。すると巨大な影が湖面を勢い良く突き破って宙を舞った。
〜〜〜大きく開かれた口には鋭く巨大な歯が並び、下顎からは象の様に2本の牙が飛び出している。その鱗は爬虫類の様にゴツゴツしており、ヒレは羽の様に大きくその姿は魚というよりもまるでドラゴンの様であった。〜〜〜
「バ…バハムートだッ!!」
と店主が叫んだと同時に、バハムートは「ギィィイイヤァァァァアアアア」と巨大な咆哮をあげた。
今日も見てくれている人が居るみたいなので投稿します