迷宮の創作
翌日、オーウェン達一行はティンカーを加えて再び迷宮へと向かった。迷宮の中に入ると、オーウェンの称号欄に(!)マークが表示される。称号をタップすると、迷宮の見取り図と編集画面が現れた。
「…なんだ、これは?」
「何、何、何か見えるの?ボクにも見せてくれない?」
ティンカーが騒ぐとオーウェンはステータス画面の共有をタップし、皆にも見えるようにする。
「すっげぇ、なんだよコレ!」
「迷宮が地図みたいに見えるぞ!?」
と騒ぐナサニエル達を余所に、オーウェンとティンカーは話を進める。
「どうやら見取り図のようだ」
「部屋の数とか配置を動かして見せてよ、オーウェン!」
「…こうか?」
そう言って、オーウェンが部屋の配置を変えると、周囲の通路が蜃気楼のように音もなく配置換えされ、オーウェンのいる部屋がグーンと大きく広がった。
「部屋の形が変わった!?ってか、広ぇえーー!!鍛錬場の2倍程度はあるんじゃねぇか!?」
とフレッドとコリンが叫びながら走り回る。
「オーウェン、他に何か作れるの?」
とケイトに言われてオーウェンがアイコンを押すと、モンスターが出現する迷宮らしい部屋から風呂やトイレといった生活に必要な部屋まで様々な部屋のメニューが出現し、それらに合うような調度品のラインナップも出現した。オーウェンがその中から石造りの温泉をタップすると、隣の部屋が変形して、あっという間に温泉が湧き出した。
「すごーい!どうなってるの、コレ!?」
と言いながら、いそいそと入浴の準備を始めるケイト達。
「どうやら部屋も調度品も、色々と作り出して配置を決める事が出来るようだな」
と言いながらオーウェンが操作を続けていると、ティンカーが紙を取り出して言った。
「検索した画像を参考にしながら酒蔵の設計図を描いてみたんだ、参考にしてくれると嬉しいな」
「助かる、早速作ってみよう…ところで、ティンカーは何故“迷宮の創造主”という称号でここまで出来ると知っているんだ?」
とオーウェンが言うと、ティンカーは小声で話す。
「自慢じゃないけど、ボクはゼウス様の所で100以上のMMORPG(Massively Multiplayer Online Role-Playing Game: 大規模多人数同時参加型オンラインRPGのこと)をやって、そのほとんどでランカーになってたんだよ。この世界にはボクがやってきたゲームと共通する部分が多いんだ、もちろん初見の事柄も多いんだけどね」
「えむえむおー?…まぁ、とにかくこの世界の予備知識があると言う事か?」
「そんなとこだよ。そして…“迷宮の創造主”はボクが引きこもるうえで重要な称号の一つなのさ!」
「そ…そうか」
「うん!だから早く作って見せてよ」
と言うと、ティンカーはキラキラした眼差しをオーウェンへ向けた。
オーウェンは、設計図の通りに足場や電灯などを配置する。ティンカーの設計図はよく出来ており、動線を意識した使い勝手の良い作業場の配置と、作業や掃除がしやすいように無駄なスペースを省いた簡素な部屋の作りが特に意識されていた。1時間足らずで酒蔵の配置を整え、風呂やトイレを完備した休憩部屋などを作り終えたオーウェン達の所へ、ジーブルが訪ねてきた。
「…凄いわ、もうこんなに出来たのね」
「ちょうど今、基本的な構造を作り終えた所です。ジーブル様」
「こっちも道具の準備や人員の手配は済ませてあるわ。これで米が届けばいつでも始められるわね」
「えぇ、楽しみですね」
オーウェンの相槌にジーブルは軽く微笑みで返すと、酒蔵を見渡して言った。
「…それにしても、貴方達って随分物知りなのね。どうして酒を飲んだことの無い子供が、ここまで酒造に詳しいのかしら?」
「技術書などは小さい頃からヒト族の商人伝いに購読していたんです。でも、知識だけで実際にやったことはないので、ここで試させて頂いてるというワケですよ」
オーウェンが表情を変えずしれっと嘘をつくと、ジーブルは少し訝しむ表情をみせたが気を取り直して言った。
「そう…まぁいいわ。いずれ貴方達が元服した時には、ネージュ産のニホン酒で祝ってあげるわね」
「有り難うございます、とても楽しみです」
ジーブルは嬉しそうに微笑んで頷くと、そのまま酒蔵を後にした。ティンカーがスッと横に来て、視線を合わさずに小声でオーウェンに話す。
「相変わらず、国王や女王って生き物は鋭いよね」
「あぁ。皮肉だが、こういう時は前世での経験が活かされるな…あの時代は油断出来ないヤツばかりだった」
「ハハ、義父の仇討ちのために敵の養子になったヒトがよく言うよ。裏切り者キャラがあまりに上手すぎたせいで、現代でさえ脳筋ゴリラ扱いされてたじゃん?」
「まさか現代人にもバレないほど上手くいくとは、俺も思わなかったさ。ティンカーこそ、自分の主君を窮地に追い込んでばかりの野心家だと思われていたと思うが?」
「ボクは、民を蔑ろにするヒトが嫌いだっただけさ。例え主君だろうと英雄だろうと、道理を失えば魔物と一緒でしょ…ボクは魔物を倒そうとしただけだよ」
「あぁ、知ってる。そんなお前だからこそ、俺は最期の瞬間まで一緒に居られたんだ」
オーウェンが真顔でそう言うと、ティンカーは顔を赤らめて「ホント…その顔でそういう事言うのは卑怯だよ」と言いながら笑ってみせた。
ーーーーーー
ティンカーがフルールに米を注文して1ヶ月後、約束通りネージュ王国へ大量の米が輸送されてきた。ティンカーがまとめたマニュアルに沿って蔵人達が精米、麹作りと作業を始め2ヶ月を過ぎた頃、オーウェン達は酒蔵に呼び出された。蔵人の1人が言いづらそうに話す。
「一応、新酒が出来たんですが…我々はそもそも味を知らないので、これで合っているのかどうか誰もわからないんですよ」
すると、エルヴィスが「私が試してみましょう」と進み出てきた。
「大丈夫か?エルヴィスはニホン酒を飲んだことが無いだろう?」
「えぇ。しかし、私は神器の酒の味を知る唯一の存在です。例え飲んだ事が無いニホン酒だろうと、最上の味を知る私になら、そのクオリティを測れるはずです」
「そうか、そこまで言うのならエルヴィスに任せよう」
「お任せください、我が主!」
そう言うと、エルヴィスは上品にニホン酒を飲み干す。その様子を見つめていたオーウェンが、エルヴィスに「どうだ?」問いかけた。
「これは…」
と呟くと、エルヴィスはそのまま地面に突っ伏して寝てしまった。皆が無言になる中、オーウェンが申し訳なさそうな様子でエルヴィスをバッグの中に収納すると、ティンカーが溜息を吐きながら言った。
「しょうがないな、ボクが試してみるよ」
「大丈夫か?」
「ガンダルフ商会は酒も扱っているからね、父ちゃんに利酒のやり方を習った事があるんだよ」
そう言うと、ティンカーはグラスに入った酒をじっくり見つめ、香りを確認して少しだけ口に含んでみせた。
「フルーティな香りがするね、生酒だからかな。とろみもあるけど、口に含むと微炭酸の刺激もあってスパークリングワインに近い感覚も味わえるよ。飲んだ後の残り香は…好みが分かれるかも知れないね、ボクは嫌いじゃないけど。そのまま生酒として売りにだしても十分商品として流通出来るし、さらに火入れして半年ほど熟成させたら、また違った味わいになると思うよ」
ティンカーが非常にわかりやすいレポートをすると、ナサニエル達は「おー」と感嘆の声をあげ、蔵人達も喜んでいた。一方、オーウェンはティンカーの分析力に感心しつつも、あれだけ大見えを切ったにも関わらず、たった一杯で泥酔したエルヴィスをどうフォローしようかなどと考えていた。