市民大会
【グリップテープ】
太さなどを調整してラケットを握りやすくするためや、手やラケットを保護するためにラケットのグリップに巻くテープ。
伸び縮みしやすいウレタン製のものや、柔らかで吸汗性に優れるタオル地のテープなどがある他、フィット感を高めるために凸凹が付けられているものなど様々な種類があり、これも色や種類の好みが選手それぞれ分かれている。
空は中学時代より、細い凸凹が二重に付けられたグリップテープを好んでいて、先日のラケット購入の折にも同じグリップテープを購入し装着している。
「人、並んできましたね」
開場時間が近付き集まってきた人の数を見て、ジャージ姿の初君が驚嘆の声をあげた。
「ぼーっとしてるとこの人の波に呑まれるからね、気を付けなさい」
「あはは、そんなまさか……」
舞歌ちゃんがおどけた調子で初君に警告した。……今回ばかりは舞歌ちゃんが正しいことを言っているのだが、初君は信じていないようだった。
普段なら人気がまばらなスポーツセンター───スポセンも大会当日とあっては入り口付近に行列ができていた。その人数は百人を優に超えているだろう。今も後ろに、新しく来た人がどんどん並んで列を延ばしている。老若男女問わず並んでいるが、そのほとんどがラケットバッグかラケットケースを持ったバドミントンプレーヤーだ。
部長が集合時間を早く設定したため、アタシたちはこの行列の一番前に並ぶことができたのだ。早起きは大変だったけど、その甲斐はあった。
初君が明らかにラケットではない長物を背負った一団を指さした。
「あれは?」
「弓道だな。下の階を使う人たちだろ」
案内板によれば、このスポーツセンターは五階建てになっている。四、五階が体育館とそのギャラリー席、三階が剣道場・柔道場・弓道場、二階が卓球場とライフル場、一階がトレーニング室とロビーだそうだ。
卓球選手やライフル選手は見えないから、今日は二階は使わないのかもしれない。
「みんな朝ごはんは食べてきたかな」
朝イチなのにシャッキリハキハキと、部長が世間話を始めた。部長はいつになくテンション高めだ。朝に強いタイプなのか、それとも大会当日を迎えてハイになっているのか。
「私は今日の大会のために朝ごはんに食べてきたの…………豚カツを!」
そんなベタな。いや、部長はベタ好きなのか。
「今どき『勝負にカツ!』だなんて、本当にやる人がいるなんてな?」
「……………………」
アタシが話しかけ目を向けるのと同時に、舞歌ちゃんがアタシから目を逸らした。
「まさかお前も……!」
「そーよ、悪いッ!?」
キレられた。いや、正直悪いこと言ったな……。
それだけ、部長も舞歌ちゃんも今日の大会に思いを掛けてるということだろう。
「部長も舞華ちゃんも、朝とはいえそんなにガッツリ食べては大丈夫ですか」
皮肉の意図も混ぜられていそうな若草先輩の言葉に、舞歌ちゃんと部長は一瞬顔を見合わせてきょとんとした。
「私のこの完全なるスーパーボディはカロリーくらいでは揺らがないのさ」
「私はむしろ縦にでも横にでも増えてほしいところです」
「この人たちはっ!」
二人の無慈悲な言葉に若草先輩は怒りに吠え悶えた。
賑やかな他のメンバーと一線を引くように黙って開場を待つ空の姿を、横目にちらりと見る。
……アタシにだって、今日にかける気持ちくらいある。カツは食べなかったけど。
ギギギ、と重い金属音が響く。スポセン入口の、格子状のシャッターが開き始めていた。
「開くよ」
部長が話を止めて部員全員に注意を促した。
「目標は五階の大体育館入って右最奥部の一ブロック、全速力で目指してほしい。一番最初にたどり着いた人には私から自販機の飲み物を進呈しよう。それでは、ラブオールプレー」
部長のセリフの末尾についた妙なフレーズに部長以外の全員の頭にクエスチョンマークが浮かんでいる。いや、それ自体は試合の始めに使う聞きなれた単語だけれど……。
察するに、部長はバドミントン部らしい合言葉を作りたいようだ。
しかし、ラブオールプレーとは。
「試合開始?」
ほら部長が変なこと言うから初君が混乱している。その間に、シャッターが人の通れる高さまで開き、職員さんが自動ドアのスイッチを入れる。自動ドアがゆっくりと開く。
……初君に簡単に教えておいた方がいいか。
同じ考えに至ったのか、アタシと部長の声が重なる。
「「駆けだせ、五階まで一気にっ!」」
「えええええっ!?」
会場のいい座席に陣取るために、行列の先頭に近くにいたグループが揃って全速力で駆けだした。
スポーツセンターで行われる大会への入場は、戦争だ。
誰も彼も、入り口に並んでいた全員がギャラリー席のいい場所を目指して走る。
スポーツセンターにはエレベーターもあったが、それを使おうとする者は(少なくとも前の方に並んでいた人の中には)いない。エレベーターを待っている間に、エレベーターがゆっくり上昇する間に他のチームに席を取られてしまうからだ。
「はぁ……はぁ……幸村、アンタ速いわね……」
「舞歌ちゃんこそ……勝てたのは……完全に体格差のアドバンテージ……」
舞歌ちゃんと揃って息を切らし、勝ち取った席にもたれこんだ。
アタシたちは部長に言われた通り、ギャラリーの一角に席を取ることができた。
「大会っ……ひっ……大会って……ヒィ……こんな大変な……ヒィ……」
「落ち着いてから話しなよ」
初君は肩どころか全身で息をしながら場所取りの感想を述べようとしていた。
「はい、みんなごお疲れさま」
部長が席取りをしたアタシたちを言葉で労った。ちなみに部長と副部長はアタシたち一年生に少し遅れてゆったりと走ってきた。部長が一番のライバルかと思っていたのに。まあ席取りは後輩の仕事、ってところかな。
「じゃあ、一番早かった空ちゃんには後でジュース進呈ね」
そう、アタシは舞歌ちゃんに勝ったけど、それでも一番ではない。一番速かったのは、空だった。
「なんで空がアタシより速いんだ」
部長から褒められている空は無表情のように見えて……どこか照れているようにも見えた。
……まあいいけどさ。
一息つく間も無く、みんなが上着を脱いでユニフォーム姿になったり、ラケットやシューズを用意したりと、それぞれに試合の準備を始めていた。
「そういえばうちの部ってお揃いのユニフォームとかって無いんですか」
ふと気になって、アタシは部長に声をかけた。
入部して二週間の新入生に学校のユニフォームが無いのは当然だが、一年以上在籍している部長と紗枝先輩がそれぞれにデザインの違うユニフォームを着ているのだ。部長は紫、紗枝先輩は緑色だ。
ちなみに新入生組はアタシが黄色、空が青、舞華ちゃんがピンク、初君が学校の体操着だった。
「私が一年生の時から、みんなでお揃いのユニフォームを作るのが夢だったんだけどね」
部長は遠い目で明後日の方向を見ながら苦笑した。
なるほど。昨年入部した女子部員は紗枝先輩ただ一人。二人だけでおそろいのユニフォームを作ることはなかったわけだ。
部長は手招きでアタシを呼び寄せて、二人だけ聞こえるよう静かに、しかし力強く言った。
「団体戦できる人数になったら、絶対みんなでユニフォーム作ろう」
声を潜めたのは空に聞かせないためだとわかった。空が聞けばプレッシャーに感じることだろう。それでも、わざわざアタシだけを呼んでまで口に出したのは、それだけ部長が、部員を集めること、お揃いのユニフォームを作ることへの気持ちが強いということなんだろう。
部長は鼻息荒くやや興奮気味に言葉を続けた。
「ユニフォーム選びは部活モノに欠かせない一大イベントなんだからね」
「そうなんですか?」
部長の言っていることがピンと来ず反応に窮したアタシを無視して、部長は立ち上がり手を打った。
「みんな集まって!」
部長が号令をかけ、アタシたちは広いところで輪になる。
「めでたく市民大会の日を迎えました。さて、今日の大会の目的は何でしょうか、こころちゃん」
「アタシっ?」
いきなり話を振られてアタシは慌てた。大会の目的……勝つことではなく? それ以外に何かあるだろうか。ちらりと空の顔が浮かんだが、きっとそれではなくて。もしかして面白い回答を求められてる?
「優勝?」
慌てて考えた末にアタシは何の捻りもない答えを示してしまった。
さんかく! と部長は手で三角形を作った。
「勝つことは大事だ。でも今日の一番の目的はそれではないんだよ。じゃあ舞歌ちゃん」
「部長をブッ倒すことです」
「それ私怨だろ!」
部長は手の三角形をバツ印に変えた。
……ブッ倒すって。舞華ちゃんは他の人の目が無いところだとしばしば言葉や所作が汚いものになる。見ようによっては小学生にも見える、童顔美少女の舞華ちゃんが突如汚い言葉を放ってくる図は……なかなかインパクトがあった。アイドルプレーヤーと聞いていたけれど、こういうもんなのか?
「今日の大会の目的はズバリ、自分を見つめ直すこと! だよ!」
部長はバツ印をほどいてみんなを見回しながら言った。
「今年度の活動を始めてそう長くはないけど、ここまでの練習でみんなのバドミントンは今までときっと違うものになっていると思う。いや、はっきり言って絶対強くなってるはずさ」
強くなっている。そう聞いて、驚いたり喜んだり、部長以外の誰もがそれぞれに反応を見せた。
「今日の大会は予選がリーグ戦なので、負けても最低三回は試合ができる。この大会で今の自分がどこまで戦えるか、これからの課題は何か、しっかり見つけてきてほしい。一試合一試合、しっかり自分のなかで反省してね。あとは初めての初君なんかは大会の雰囲気なんかもつかんできてほしいかな」
あんまり部長が部長らしいことを言うものだから、アタシは思わず感心してしまった。
「それではみなさん頑張って、ラブオールプレー!」
『……………………』
アタシたちは全員どう反応していいかわからずに沈黙した。
部長、もしかしてそれ流行らそうとしてる?
「ラブオールプレー‼」
『お、オーッ‼』
ゴリ押しは良くない。
開会式が始まるまで、コートは選手たちの練習場として開放される。コートを縦に半分ずつ分けて、時間ごとに交代で打ち合い、コートの具合やシャトルの飛び方、あるいはその日の自分の調子なんかを見るのだ。
アタシは空と一緒に練習にきていた。
「わにゃっ!」
アタシの隣で初君が気合いの入った盛大に空振りをしながら可愛い悲鳴をあげるのが視界の端に見えた。
「やっぱりスポーツセンターの高い天井は慣れないか」
「はい……いつもと高さが違うと感覚が狂うね」
「練習あるのみだな」
「頑張るー……えいやっ‼」
すかっ。
スポーツセンターの大きな体育館は、天井も学校の体育館より倍以上高い。それゆえにシャトルを見上げて打つ時の感覚が狂いやすいのだ。バドミントン自体に慣れていればどうと言うこともないけど、初君ほどの初心者にはかなり優しくない環境であると言える。スポーツセンターに限らず、選手たちは皆この時間で、その日大会で使用するコートにも慣れなければならないのだ。
「これは打てそう……、えいやー‼」
すかっ。
「あれ!?」
初君のラケットが再び空振りする。今度は高さを見誤ったのではなく、飛んできたシャトルが突然勢いを失って落ちてしまったのだ。
「スポセン名物、『エアコンの風』だ」
「そのままじゃん!」
スポーツセンターには、エアコンが付いている。コートの場所によっては、エアコンの風の影響をモロに受けるため、シャトルの勢いが突然消えたり、シャトルが飛びすぎたりということも起こる。
アタシは中学時代の始めての試合を思い出して、微笑ましいようなげんなりするような気持ちになった。
「アタシこれで負けたことあるわ……」
「私もある」
アタシの対面で練習している空も同じ経験があるらしい。
忘れもしない、新人戦。アタシはエアコンの風に対応できず、コートチェンジをした途端に序盤のリードを失ってそのまま負けてしまったのだ。
初心者への洗礼みたいなものかもしれない。
ビー!! とブザーが響く。練習を交代する合図だ。
初君の練習相手だった舞歌ちゃんは、あまり練習できてないかもしれない。……あとで練習相手を交代するかな。
開会式は滞りなく終わり、大会が始まった。各コートに選手たちが集まり、鎬を削っている。
最初の試合がまだ先のアタシは、ギャラリー席で大会の組み合わせ表を眺めていた。
今日の大会は三つの部に分かれている。男女でそれぞれに一般の選手が集まる一部、初心者向けの二部、シニアの部の三つだ。我らがバドミント部の女子は全員経験者だったので全員女子一部に、初心者の初君だけは男子二部に出場している。……初君は今日も可憐な容姿で対戦相手や審判を困らせていることだろう。
大会形式は、まずはいくつかに分かれた予選リーグを戦い、各リーグの上位一名ずつが決勝トーナメントで戦うものになっている。
同じくギャラリー席でぼんやりとコートを眺めている空をちらりと見やった。
アタシたちは全員違うリーグに分かれている。つまり、決勝リーグに進めなければ同じ部の選手同士では当たれない───空とは戦えないということだ。
拳を逆の手のひらに打ち付けて、アタシは気合いを入れ直した。
「……しゃっ!」
一般の部は中高生だけでなく、大学生やクラブチームの大人も出場している。中には学生時代にブイブイ言わせてた強い人も混ざっているかもしれない。
だけど、絶対にここを勝たなきゃいけない。
「気合入ってるねー」
「うわあっ!?」
静かに気合を入れたアタシの背後に、いつの間にか部長が忍び寄っていた。
「驚かせないでくださいよ……。もう試合終わったんですか?」
「まあね。四十二本きっかりで終わらせてきたから」
「うわー……」
試合は二十一点の二セット先取。……つまり先輩は相手に一点も取らせずに試合を終わらせてきたということだ。相変わらず、えげつない。審判はさぞかし楽ができたことだろう。
アタシは心の中で相手の選手に合掌した。交通事故にあったようなものだ。
「みんな、勝てますかね」
「私が育てたバドミントン部員なら余裕さ」
部長は自信満々に言った。
「育てたって……たった二週間じゃないですか」
「二週間でも確実にみんな強くなったよ」
「ホントですかねー」
「ほら、あれを見てごらん」
訝しむアタシに、部長がコートの一つを指差す。見下ろすと、舞歌ちゃんがそのコートで戦っていた。相手は長身の女性だった。対戦表によれば、社会人クラブチームの選手らしかった。
セットカウントは1−0、二セット目の終盤だった。このセットを取れれば舞歌ちゃんの勝ちだ。
舞歌ちゃんは相手から飛んでくる球のことごとくを低く返球していた。
長身の相手だ。スマッシュでも打てば強力なのは想像に難くないが、舞歌ちゃんはそれをけして打たせないようにしているようだった。
ドロップショットで相手をネットの前に引きずりだし、ネット前での勝負に持ち込んだ。ネットの前で互いに右に左にと相手を振り回す。その応酬に疲弊してか、相手の打球の精度が段々に落ちていく。しかし、舞歌ちゃんはその美しいフォームをけして乱さない。
不意にふわりと浮き上がった球を、舞歌ちゃんは見逃さずに、相手のボディ目掛けて鋭く押し込んだ!
「自分の小ささが不利にならないフィールドで持久戦かあ、さすが舞華ちゃんはキャリア長いだけあるね」
部長が感心したように言う。舞歌ちゃんは続けて丁寧なラリーを重ねてポイントを奪っていく。
「こころちゃん、あっちあっち」
そう言って部長はまた別のコートを指す。そこでは紗枝先輩が戦っていた。
紗枝先輩が高くロブを上げる。相手のチャンスボールだ。
スマッシュ!
相手の強打が炸裂するが、しかし紗枝先輩は危なげなくレシーブし、再びシャトルが高く上がる。
スマッシュ、スマッシュ、スマッシュ。相手からの強打の連続を紗枝先輩は一打も漏らさずにレシーブしていた。
「紗枝をスマッシュで抜ける選手はそうそういないよ。なんて言っても、あの子は私のスマッシュを受け続けてきたんだから」
レシーブの体勢だった紗枝先輩が突然前にステップしラケットを振り上げる。相手が再びスマッシュを放つが、紗枝先輩のコートに飛んだシャトルは、最初に比べて明らかに速度を欠いていた。
ひょろひょろと飛ぶ相手のスマッシュを、紗枝先輩は振り上げたラケットで相手のコートに叩き返してゲームエンド。
「あんなにスマッシュを受けきるなんて……」
最後のラリー、紗枝先輩は防ぎきれると踏んで、あえて相手がスマッシュを打ち続ける展開を選択したのだろう。その目論みが当たり、相手はスタミナを切らして打球が甘くなったのだ。
「あー……紗枝はすごいなー」
「何育て方間違えたなーみたいな顔してんですか、副部長こそ部長が一年鍛えた後輩でしょう」
「まさかあんなレシーブお化けになるなんて思わなくてね……」
部長のスマッシュが一般的な女子選手のそれとは比べ物にならないくらい速いというのは、空と部長の試合や二週間の練習の中で思い知っている。もしあれを一年間受け続けたとしたら……普通の女子のスマッシュなど止まって見える、かもしれない。
間違いなく部長のせいだ。
「まあこの通り、みんなそもそもバドミントン強いから、心配してないのよ。当然、こころちゃんもね」
そう言って部長はニヤリと笑ったのだった。
『女子一部、Dリーグ試合番号三番、深水高校幸村さん対スマイルバドミントン高橋さんの試合を第二コートにて行います。選手は速やかにコートにお集まりください。繰り返します───』
アタシの試合のアナウンスがかかる。
「こころちゃん、出番だよ」
「よし……!」
アタシはラケットを抜いて立ち上がる。と、その拍子に同じく待機していた空と目が合った。
「空……」
「なに、こころちゃん」
なんとなく声をかけたはいいが、何を言うかは全く考えていなかった。
あまり時間は無い。
アタシは勝ち進んで、空と戦いたい。でも、ヘタな言葉は空にプレッシャーをかけるかもしれない。
「こころちゃん、そういう時はこうやって言うんだぜ」
部長が顔を寄せてアタシにそっと耳打ちして、アタシはそれをそのまま、力強く空に宣言した。
「決勝で会おう!」
「それは決勝で会えないフラグじゃないかな」
空は苦笑しながら小声でツッコミを入れた。
打って、返されてからの二度目のスマッシュ。アタシの渾身の一球は今度こそ相手のラケットをすり抜けてコートに突き刺さった。
「ゲームセット!」
主審が試合の終了をコールする。この試合はアタシの勝ちだ。
これで通算成績は三勝〇敗。これで決勝トーナメント進出は確実なものになった。 三試合目のこの試合も、余裕を持ってプレーすることができた。部長が言っていた通り、今までのアタシとは違うバドミントンというものができたような気がする。アタシも、本当に強くなっているのか。
「やーやー、お疲れ様こころちゃん。それから、予選突破おめでとう」
試合が終わった帰りらしい部長に声をかけられた。
「ありがとうございます。他のみんなはどうでしょうか」
「空ちゃんはまだ試合中。空ちゃん以外はみんな予選全試合終わったよ」
「みんなの結果はどうだったんですか?」
「それがねえ……」
部長が言い淀むのを怪訝に思い、アタシは大会本部に設けられた大判の対戦表を見に行った。
公美此魅 三勝〇敗
若草紗枝 三勝〇敗
待木舞歌 三勝〇敗
幸村こころ 三勝〇敗
そこには思わず目を見張るようなアタシたちの戦績が示されていた。そして、それぞれの名前のところに、決勝トーナメント進出を示す赤マル印が付けられていた。
「圧倒的じゃないですか我が校は……」
「そうなのよ、私、みんな強いとは言ってもここまでのつもりじゃなかったんだけど」
少し困ったような笑顔で部長が答えた。部長はアタシたちが少しくらいは負けたりすると思っていたらしい。
ちなみに部長は予選三試合全てにおいて、相手に一ポイントも取らせていなかった。
部長以外は、セットやポイントまで見れば、接戦のセットがあったり一セットを奪われていたりと、多少の苦戦は見て取れるけれど、今のところ空以外全員が予選を突破していた。既に決勝トーナメント八枠の半分が深水高校……アタシたちで埋まっている。
「今のところ二勝してますし、空も予選突破は濃厚……ですね」
空はまだ試合中だけど、他の選手の戦績を見る限り、よほど酷い負け方をしなければ決勝トーナメントに進出できる状況だった。
空も予選を突破できそうであることに、アタシはひとまず安堵した。
「そうだ! 初君はどうなりましたか!」
ふともう一つの懸案事項を思い出して、男子の方の対戦表を見回した。
見つけた。一勝二敗……予選敗退。
「あー……、いや、一勝はできたんだな……」
いや、良かったと思う。初めて二週間の大会なら、全敗で当然。一勝でもできたなら上出来過ぎると言える。勝てたのはおそらく初心者同士の対戦だったと思うが、それでも勝利という経験は貴重だ。
アタシは体育館を見回した。
予選が終わったリーグが出始めたため、決勝トーナメントを待っていくつかのコートは空けられていた。
まだ試合が続いているコートの一つで、空が戦っている。対戦相手は、空と同じくらいの背格好の女子だ。セットカウントは1−1、ポイントは19−17。空がリードしているものの、けして油断のできない点差だった。
空は打球を巧みに使い分け、対戦相手を前後左右に振り回していた。その時一番相手から遠いところ、相手が一番打ちにくいところを狙って攻撃していく、いつもの空のスタイルだ。
……いや。
いつものスタイル───いつも通り、『あの技』を使っていない。
「そうじゃないか、とは思ってたけどね」
隣で部長が固い声で呟く。その見た目のいい顔から微笑は消え、真剣な面持ちでに空の試合を見ていた。
空は『技』を使わないまま堅実なラリーを重ねて、ようやくゲームを決めた。
ポイントは21−19。危うく延長戦に突入するところだった。
そこまでの接戦になっても、空は『技』を使わなかったのだ。
「……思っていた以上にこれは大変かもだよ」
ぽつりと呟くような部長の言葉は、アタシに向けてか、それとも部長自身に向けてか。
衝動に駆られてアタシはラケットを抱きしめる。
空の試合を見てから、アタシの胸はいつかに似て早鐘を打ち始めていた。