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はねたま☆イミテーション!  作者: 創作少女
空隙のソラ-Blank Seeker-
7/33

夜に揺れる

【シューズ】

 バドミントンをするための靴。

 バドミントン選手はラリー中、コートの中で絶えずステップを踏み加速と制動を繰り返す。

 そのため通常の運動靴以上に滑りにくく丈夫で、ショック吸収性を持った専用の靴が必要となる。


 描かれることはなかったが、佳川空、羽月初両名ともラケットと共に新しいシューズを購入している。

 かぽーん、とどこかから桶の鳴る音が大きく響く。

「あーこれこれ、銭湯と言えばこの音よ」

「銭湯じゃなくてスパですよ部長」

 妙なところではしゃぐ部長と、訂正を入れる紗枝先輩。まあ銭湯でも間違いではないのかもしれないけど。あるいはスーパー銭湯。マッサージや岩盤浴や何かと言ったリラクゼーション施設という要素が強めなので銭湯は不適切なのかな。細かい違いはわからない。

 夕方、部長・副部長コンビと合流し、私たちは当初の予定通り駅前のスパへと場所を移した。

 時間帯が良かったのか、他の客がそれほど多くない。湯けむりが煙る中、私たちはスパの大きな浴槽に五人で並んでいた。

 ……時折忘れそうになるけれど、初君だけは男子なので当然ながら男湯に入っている。女の子のように可愛い初君のことだから、男湯で騒ぎが起きてなければいいけれど。

 やおら咳払いをして舞歌ちゃんから宣言した。

「ではこれより、おっぱい物理法則審議委員会略しておっぱ委員会を始めたいと思います。紗枝先輩、どうぞ」

「えー、たわわに実ったおっぱいを持つ此魅部長、以後おっぱいと称します」

「ちょっと待てい」

 部長の制止も聞かずに紗枝先輩と舞歌ちゃんは謎の委員会を続ける。

「私はおっぱいのお側で一年間観察を続けましたが、未だにその謎は解明できず、おっぱいの周りは物理法則が歪んでいるとしか思えません」

「紗枝はそんな風に私を見てたのか!」

「おっぱいはそのおっぱいにそぐわぬ軽やかなフットワーク、これは明らかに物理法則に反しているのであります!」

 狼狽する部長に構わず舞歌ちゃんも紗枝先輩に同調する。

「よっておっぱいのおっぱいを詳しく調べる必要があるものと我々は考えます」

「意義なし」

「やめなさいキミたち……!」

「これもおっぱ……部長の強さの秘訣を探るためですよ」

「アスリートの此魅部長にはそのおっきなおっぱいは不要と思いますので、副部長の私がそのおっぱいを貰い受け───」

「ジリジリ寄るな手をワキワキさせるな触るな揉むなーっ!」

 Smaaaaaaaaaaaaaaash!

 部長が這い寄り胸に手を伸ばす二人を振りほどいて、それぞれの脳天に拳骨を見舞った。打ち据えられた二人がぷかぷかと浴槽に浮かぶ。二人の頭頂部には、漫画かアニメで見たようなまんまるのたんこぶができていた。

「はぁ……次やったら二段重ねたんこぶを再現して見せるから、そのつもりでいたまえよ」

 そう吐き捨てて部長はざばっと浴槽から上がり、一人で露天風呂の方へざぶざぶと歩いていった。

「でも実際、このおっぱいであの動きは説明がつかないわ」

 部長が十分に離れたころを見計らって復活した舞歌ちゃんが懲りずにおっぱいの話を再開した。

「違いますよ待木さん、きっと先輩は全身に筋肉を付けておっぱいに溜め込んだ脂肪からエネルギー供給を絶やさず行うことであの運動量を実現してるのです」

「なるほど、お相撲さんと同じ……」

「誰がお相撲さんか!」

 湯気の向こうから部長の怒声が飛んできて、やっと二人はおっぱいの話をやめた。

 静かになった浴場の中で、すぐ近くのこころちゃんと目が合う。こころちゃんは「バカだね」と言わんばかりに肩をすくめて見せた。

 静かになったおっぱ委員会の二人をちらと見てから私はこころちゃんにだけ聞こえる声で言った。

「こころちゃんもどちらと言えば『ある』方なんだから、気をつけた方がいいんじゃないの」

「あ、アタシは!部長ほどじゃないし……」

 声は尻すぼみに小さくなっていき、こころちゃんは赤くなって俯いてしまった。最後にはほとんど聞こえない声で「バドミントンも…………胸も」と付け加えた。

「空は身長しか大きくならなかったな」

「身長だけでいいもん……ってそんなに身長伸びてた?」

「ああ」

 こころちゃんは昔を思い出すように遠くを見る。

「中学で会った時は私より頭一つ半くらい小さかったのに」

「なんだ、会った時の話か」

 こころちゃんは中学校に入学した時点では発育が良い方で、発育が遅くて身長が小さかった私は、言う通りこころちゃんよりもかなり身長が低かったのだ。

「いや、高校で久々に空を近くで見たら、中学で最後に見た時よりももっと伸びてたから、そこでも驚いたよ」

「中二か中三あたりですごく伸びたんだよね。成長の仕方が男子みたいだってお母さん言ってた」

「あはは」

 こころちゃんは笑って、そして沈黙する。浴場が再び静かになる。否、いつの間にかおっぱ委員会の二人が別の浴槽に移動して何かを話している。

「今日、ありがとな」

「ん?」

「買い物に付き合ってくれて」

「……昨日の時点で行くって言ってくれてたらもっと良かったんだけど」

「ごめん……昨日伝えて断られたらどうしようかと思って、言えなかった。空、バドミントン嫌いだから」

 だから朝押しかけて勢いで連れていく体だったのね。こころちゃんは・・・…バカだなあ。

「みんなとの買い物は嫌いじゃないしバドミントン用品に罪は無い。最初から言えばよかったんだよ」

「次からそうする」

 そう言ってから、こころちゃんははっとした。

 次。

 来週を最後に私はバドミントン部員ではなくなるのだ。

 次にバドミントン部のみんながお出かけする時はもう、私はバドミントン部員ではない。

 次は、ない。

「空、どうしても来週で終わりにしなきゃならないのか?」

「打ってると嫌なこと思い出すから」

 暖かいお風呂に入っているのに、私は自分の言葉で自分の心が冷えていくような気がした。俯くこころちゃんのその目に暗い感情が広がる。

「そんな顔しないで。私がいなくてもバドミントンはできるでしょ、中学のバド部を私が辞めても、こころちゃんは最後までやり抜いたんだし」

 それに私は、バドミントンが嫌いだから。

「違う、アタシは───」

 こころちゃんが何かを言おうとして、しかし出かかった言葉を苦しげに飲み込んだ。

「アタシは……」

 その言葉の続きは、いつまでも出てこない。




 お風呂から出たあと、スパの中のお食事処でワイワイと食事をして、その日は解散になった。

 あまりこういう施設には来たことが無かったけど、なかなか良いものだったなあ。家のお風呂よりも開放的だし、ご飯も美味しかった。また来たいかもしれない。

「佳川さんの家ってこっちじゃないよね?」

「ちょっと用事ができてね」

 私の隣を歩いているのは初君だった。私の家は初くんの家とは別の方向だったけれど、ある用事のために初君と帰路を共にしていた。

「男湯一人で寂しかった?」

「すごい寂しかった……」

「ちなみに男湯で騒ぎにならなかった?」

「ならなかったけど、なんかすぐ他のお客さんみんな出て行っちゃって僕一人だけになっちゃったんだよね」

 ……初君と同じ男湯にいづらかったんだろうなあ。

 不幸にも初君と男湯で遭遇した男性利用客諸氏に心中で合掌しつつ話題を変えた。

「ラケットは気に入った?」

「振りやすくてすごくいいと思う! 明日の部活が今から楽しみだよ。今日は本当にありがとう」

「私は何も」

 最終的にラケットを選んだのは初君で、私やこころちゃんや舞歌ちゃんは結局好き勝手言っていただけだ。

「そんなことないよ! 佳川さんってすごく詳しかったね。最新モデルのことも知ってたし、ラケットもシューズも佳川さんに教えられちゃった。ボクも佳川さんくらいバドミントンとかラケットに詳しくなりたいな」

「普通だって。その辺の知識はバドミントンを続けていれば嫌でも付いてくるよ」

 初君の過剰な褒め言葉は、褒められ慣れていない私にとってはくすぐったすぎる。本当に良い子だと思う。どうしてバドミントン部に入ってきたかは知らないけれど、彼にはこのまままっすぐに育ってほしいと思う。間違っても私のようには……部長やこころちゃん達といっしょなら大丈夫か、それは。

「じゃあ私はこっちだから」

「うん、あらためて、今日はありがとうね」

 別れ際、初君はさっきも言ったのにまたお礼を言ってきた。

 私はなんだか気恥ずかしくて、言葉でなく手を振って返事をした。

 普段入らない方向の住宅街。その細い道を進んでいくと、私は住宅地の真ん中に一つの公園を見つける。

《この後、二人だけで少し会える?》

 私を呼び出したメッセージの送り主は公園の中で待っていた。

「ううん、今来たところだよ♪」

「何も言ってないんですけれど」

 そのセリフには先に「ごめん待った?」などの前フリが必要なんじゃないかな。ベタなデートの待ち合わせみたいなやりとりを一人で勝手に展開しないでほしい。

 『本来したかったやりとり』が何か私がわかったことが嬉しかったのか、此魅部長はにへっと笑った。

「夜に二人きりで会おうだなんて、大胆ですね」

「どうしてもキミに会いたかったんだ」

 部長のにへっとした笑みが一瞬で不敵な笑みに変わる。部長が背中のバッグから細長い何かを取り出す。声色もなんだか低く下がった。先輩が突如として醸し出した不可思議に妖しい雰囲気に、私は思わず息を飲んだ。

「ちょっとだけ───バドミントンしよっか」




 短く乾いた打球音が夜の公園に連続して響く。

「打ちたいなら打ちたいって普通に言えばいいのに……」

 公園の地面に砂のコートを描き、私たちはバドミントンをしていた。

 冷たくなりつつある空気を切ってシャトルが飛ぶ。夜の闇に紛れてシャトルが見えにくいけれど、公園内の電灯もあるから何とか打つことができる。

「えーつまんなーい」

 子供みたいなことを言いながら部長がシャトルを打ち上げる。

「空ちゃんのそれおにゅーのラケットでしょ、具合はどう?」

「悪くありません」

「よかった。じゃあ、全力で来なよ」

 シャトルを打ち上げるとどこを飛んでいるか全然わからなくなる。シャトルがある程度落ちてくるまで正しい位置がわからないため、自然と打点が下がる。

 強打。しかし暗がりのせいで、スピードの乗ったスマッシュにはならない。部長は難なく受け止めて、再び打ち上げる。

 もう一度強打。さっきよりは速いけど部長を抜き去るには至らない。シャトルが再び打ち上げられる。

 それならば。

 私はスマッシュと同じスイングから、途中で力を抜いてシャトルをふわりと落とす。ネット際に落ちるドロップショットだ。ネット際と言っても本当にネットを張ったわけじゃないから、軌道がやや怪しいところもあるけど。

「いいね、空ちゃんはスマッシュよりドロップの方が魅力的だよ」

 部長はそう言いながら、しかし苦でもなさそうにシャトルを拾って、再び打ち上げた。

 ……さっきから部長は、私がどこに打ち込もうともシャトルを上げることしかしない。まるで私に、好きに打てと言わんばかりに。

 いや、むしろ打つべき球を指示されているのか。

「でもまだそれは全力じゃないだろう?」

まるで、私が全力で打てるポイントを探すようにシャトルは上がり続ける。

部長が私に何をさせようとしているのかわかって、私の心臓の鼓動が早まり始めた。顔が、腕が、足が強張るのを感じる。飛んできたシャトルを私はぎこちなく返球した。

 私の心を覗いたみたいに部長が言い当てる。部長は同じようにシャトルを打ち上げた。

「自分の力が。不可解な力が」

 右に、左に、シャトルを向ける。それでも、どこに打とうとも部長はシャトルを打ち上げて待つ。

 私は怖い。自分の力が。未だ正体不明の、私の視界にずっとチラついているこの力が。その度に思い出す、私に向けられた畏れが。

 逃げ道を探してネットの向こうを見る。

「でも、まっすぐ見つめなければ未知は未知のまま、わからないまま、怖いままだ」

 部長は───笑っていた。

「大丈夫、全力でいい」

 そう言って、拳でドンと自らの大きな胸を叩いた。

 シャトルがゆっくりと落ちてくる。

 照明に照らされて、シャトルがよく見える。ここなら私はきっとどんな打球も打てる。

 シャトルがゆっくりと落ちてくる。

 ───全力じゃないだろう?

 シャトルがゆっくりと落ちてくる。

 部長は私に全力で、と言った。

 シャトルがゆっくりと落ちてくる。

 スマッシュでもドロップでもない私の全力。

 シャトルがゆっくりと落ちてくる。

 部長のコートの中に光が見える。

 ───大丈夫。

 そういった部長の顔には自信に満ち溢れていた。いや、信じているのは自分だけではきっとないんだ。私が全力を見せることも、その先のこともきっと───。

 なら、私も疑うより信じていいのだろうか。

 シャトルがゆっくり落ちてきて、選択の刻限が来た。

 一閃、私はラケットを、『力』を振るった。

 私が狙い定めたコースにシャトルが飛ぶ。部長の左後方、利き手と逆サイドの高めの打球。

 部長はやはり、私の『力』に硬直していた。空を飛んでいたシャトルはやがて重力に囚われて緩やかに高度を落とし、やがてコートに落ち───なかった。

 部長が、打ち返していた。

 動けなかったはずの部長が、私に背を向けるように体を時計回りに返しその勢いのままラケットをシャトルに叩きつけたのだ。

 なぜ?

 私は返ってくるはずのなかったシャトルに反応してかろうじて打ち返す。咄嗟に打ったその球は奇しくも、もう一度私の視界で光の指す方向へ飛んで行った。であるならば、この打球も部長の足を止めるはずだった。

 部長は、一瞬足を止めたものの、しかし先ほどと同じようにすぐにシャトルに追いつき打ち返した。

「どうして───」

 どうして返せるのか。

 私の戸惑いを投影したように、打ち返したシャトルは曖昧な高さに浮き上がった。

「あ───」

 部長が、浮き上がるシャトルの前を『飛んで』いた。ラケットを大きく振りかぶって。

 落雷のように、強い衝撃を伴ってシャトルが砂のコートに突き刺さった。




 ラケットを納め、私たちは二人並んで公園のベンチに腰かけた。夜の色をした空に、星が浮かんでいる。

「二人きりで一度打ち合っておきたかった」

 部長はぽつりと、穏やかな声音で言った。

「この後は毎日練習して、来週大会があって……そしたらもう二人きりで話す時間も打つ時間も無いかもしれなかったから」

「二人きり二人きりって、私のこと大好きな人みたいになってますよ」

「いいや、私はバドミントンに関わる全ての人が大好きさ!」

 部長が眩しい笑顔で言った。まるっきり私とはスケールの違う話だった。

「今日のお買い物はどうだった?」

「楽しかったです、ええ、とても」

 それだけは間違いない。私は今日一日であったことを反芻して、部長に話した。そのうちに私も部長も自然と笑顔になっていた。

「聞く限りとっても楽しそうだったね。ああ、どうして今日という日に用事が入っちゃったかなあ!」

「ええ、とーっても残念でした。先輩もいればよかったのに」

 心から残念そうに宙を仰ぐ部長に嗜虐心をくすぐられ、私は部長に見せつけるようにラケットを手元でくるくると回した。

 そのうち二人で可笑しくなって、私たちは笑い合った。

 しばし間をおいて、部長は穏やかに訊いてきた。

「来週の大会には出られそう?」

「……ええ。そういう約束ですから」

 市民大会。私のバドミントン部員としての活動はそこまでということになっている。その日を最後に、私はバドミントンをやめる。勝つにせよ負けるにせよその大会を乗り切れば、私はもうバドミントンをしなくてよくなる。昔をこれほど思い出さなくてよくなる。

「ねえ、空ちゃん。大会で勝負しよう」

 だしぬけに、部長は何かを決意した表情でそう言った。

「もう部長とは勝負しません、絶対勝てませんから」

「あ、違う違う!」

「『決勝で会おう!』みたいなやつじゃないんですか?」

「あ、それ一度言ってみたかったやつ。でも言うと大概会えないんだよね……いや、そうじゃなくって! 私とバドミントンで勝負しようって意味じゃなくて! あ、いや、間違ってはいないのかな……」

部長は『決勝で会おう』にニヤけたかと思ったら、今真面目な話をしようとしていたのを思い出したようにぶんぶんと手を振り回して否定した。忙しい人だ。

「もう新入生とバドミントンで勝負なんてしないから。そもそももう誰も真っ当な試合を受けてくれないだろうし」

 それはそうだ。私がブランク持ちだったとは言え、ラブゲームなどそうそうできるものではないし、私もまさか本当に一点も取れないなんて思っていなかった。私との試合で、部長はあの場の全員にその強さを知らしめてしまった。もう何かを賭けて部長と試合したいという命知らずはバドミントン部にはいない。

「私がしたいのは勝負というよりも、お願いかな」

 部長は勢いをつけて立ち上がった。部長の黄金比めいたすらりとしたスタイルと絵画じみた端正な顔立ちを改めて認識して、あるいは突然動き出した部長に驚いて、私はその姿をぼうっと見上げていた。それに気付いているのかいないのか、部長は言葉を続けた。

「空ちゃんがバドミントンを嫌いなこと、その理由までわかってる」

 それでも、と言う声に強く力がこもる。

「もしも大会が終わるまでの間で、どんな気持ちだっていい、嫌い以外を感じることができたのなら、それを聞かせてほしい」

 声とともに力のこもった大きな目が、私をまっすぐに見つめていた。

 部長の言葉は痛いほどにまっすぐだった。真面目であるのとはまた違う、全力の言葉なんだと私は思った。同時に、部長がそんな風に気持ちを向けてくることがあることが私には意外に感じられた。バドミントンをしている時のように、部長はいつでも飄々としているようにどこかで思っていたのかもしれない。だからこそ、その言葉は本来持っている以上の力で私を揺さぶっていた。

 私が、バドミントンで嫌い以外の気持ちを感じる?

 私が、バドミントンを好きになるってこと?

 揺さぶられた心が、思い出したくない記憶ばかりを吐き出す。付けられた傷、付けた傷、私に向けられた畏れ、私が抱く恐れ。この『力』がある限り私は───。

 部長は両手で私の手を包み込んだ。そこで、私は自分の手が震えていたことに気付いた。

「きっと、それを空ちゃんは知ってるんだ」

 私は私の手を握る部長の手を見つめながら、ついさっき交わしたラリーを思い返した。

どうやったのかはわからないけど、部長は『力』を超えて見せた。

 部長は私に、私の知らなかったことを教えてくれるのだろうか。

 バドミントンが嫌いな気持ち、私が恐れる気持ち以外に、私が何かを感じることができるのだとしたら。

 知りたい。

「はい」

 私は確かに頷いていた。

「ありがとう空ちゃん」

 部長の表情がふわりと明るくなる。私が体育館で参加を表明した時と同じ、引き込まれそうな笑顔。私の手を握ったままぶんぶん振りながら何度もお礼を言った。私は部長の笑顔に吸い込まれそうな気がして、慌てて顔を背けた。

「やめてください、私はバドミントンが嫌いです」

「ううん、それでもありがとうだよ」

 何かあると人の手を握るのは、部長の癖なのかもしれない。

 私は目を逸らしてしまったけど、体を動かした後だからか、部長に握られたままの手がひたすら温かかった。

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