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はねたま☆イミテーション!  作者: 創作少女
空隙のソラ-Blank Seeker-
4/33

羽球と無敵と違和感と

【ロブ】

 ロビング、跳ね上げとも言う。

 

 コート前方で下からラケットを振り上げ、相手コート後方までシャトルを飛ばす球種。

 クリア同様、崩された体制を立て直すのに有効である。

 部長の利き手と逆側かつ、コートの奥にクリアで返球する。スマッシュを打たれないよう、低く飛ぶ球種を選ぶ。

 片手でラケットを扱う都合上、手の届きにくい場所、届いても力の入りにくい場所はどうしても存在する。利き手と逆側の高い場所はその最たる例だ。私の打球は部長にとって取りにくいコースに飛んだ、はずだった。

 部長は私の打ったシャトルに素早く追いつくと、体を傾げてシャトルを捉える。頭上に腕を回してラケットを振るうラウンドと呼ばれる打法。

 けして強打のしやすい打法ではないのに、部長の打ち放ったシャトルは、鋭い角度と速度を伴って私のコートに襲い来る。あの打ち方でこのスピードが出るのか。私は部長の強力なフィジカルに舌を巻いた。

 手と足を目一杯伸ばして、床に落ちる寸前のシャトルを受け止める。コースを選ぶ余裕は無い。シャトルはネット際へと緩く飛ぶ。

 部長は大股でステップを踏み、私の返球を悠々とネット際からネット際へ返した。

 私はまた、手と足を伸ばしてシャトルに追い縋る。スマッシュを打たれないようにネット際に返したいが、低く打てなければ格好のチャンスボールになってしまう。そして低く返すには、体勢が悪い。

 中途半端なネット際よりは、奥までロブをあげる方がまだマシだ。私は意を決してラケットを下から上へと振り抜いた。シャトルが高く打ち上がる。コートの中心へと戻り、防御の体勢を整えた。

 ネット際にいた部長は、私のロブを読んでいた。私のロブが頂点に達するその前に、シャトルが落ちてくる地点に構えていた。部長が高く跳ぶ。

 攻撃が───来る。

 一瞬。

 ラケットを振った、と思ったのとほとんど同時に、シャトルは私のすぐそばを通り抜けてコートに突き刺さっていた。

 軽やかに部長が着地し、真っ直ぐな長い髪がふわりと揺れる。時間がゆっくりに感じられる。

 速い。

 部長と打ち合って感じる印象の第一はそれだった。ステップも、打球も、私を上回って速い。

 特に、女子では破格の、180センチ超の身長から繰り出されるスマッシュの威力は絶大だった。私がこれまで受けてきたどのスマッシュよりも速い。ここまでのラリーで、半分以上はこのスマッシュが決まり手になっている。やはり、これを打たせては勝てない。

「10-0」

 若草先輩のコールが響く。

 私はコートに転がるシャトルをすくい上げ、部長に向けて飛ばした。部長は造作もないようにシャトルを受け止めて、次のサーブの構えを取る。

 すでに10点も連続でポイントを取られているが、反撃の糸口は見えない。

 私はラケットを構えて、部長が打ち出すシャトルを睨みつけた。


***


 最初に言っておくけれど、副部長に部員を退部させる権限などない。空ちゃんは紗枝の仕掛けた試合など買う必要は無かったのだけれど、そこはもう話の流れでそうなってしまったからしょうがないとする。

 そして部長こと私が空ちゃんの対戦相手を買って出たのは、大事なものからしょーもないものまで、四つの理由がある。

 一つは、空ちゃんを試合に引っ張り出すため。ブランクがあり、試合に負けるリスクが大きい空ちゃんは生半なハンディキャップでは試合を受けてくれないだろうし、仮に試合をして負けても納得してはくれないだろう。かといって、実力未知数の空ちゃんに極端なハンデをあげると、紗枝が普通に負ける可能性もある。だから私が出る必要があった。

 二つ目は、空ちゃんを逃がすため。より正確には、いつでも逃がせるようにするため。打ち合ってみて、もしも空ちゃんが本当にバドミントンを拒絶するなら、その時点で私がミスしたフリでもして試合を終わらせればカタがつく。私が負けたのであれば、紗枝にも文句は言えないだろう。……代わりに私が睨まれるかもしれないけど。

 三つ目はどうしようもないくらいどうでもいい理由。入部を賭けた試合、なんていうのはスポ根マンガの導入として、手垢がベッタベタに付きすぎた定番シチュエーションだ。だからこそというか、要するに、私は一度やってみたかったのだ。入部を賭けた試合というやつを。

 四つ目は空ちゃんがどんな子か、どんなバドミントンをするのか、気になったから。

 見るだけでもある程度わかるけれど、打ち合って初めてわかることもあるしね。空ちゃんはバドミントンという競技を酷く嫌っていたけれど、こころちゃんの首がかかると、渋々ではあっても試合に乗ってきた。友達思いのとても優しい子なのだろう。

 プレイの方はどうだろうか。

 ゲーム開始から、空ちゃんの打球からは確実に私の取りにくいポイントを突こうという意図が感じられる。

 ネット前に落ちてくるシャトルをさらに相手のネット前へ返す。

 シャトルに追いついた空ちゃんは、コートの中の、私がいる場所のちょうど対角に向けてロブを放つ。私がスマッシュをできないように、高さも抑えられている。ラリーの中でも対戦相手が見えている証拠だ。

 最高で400キロまで出るシャトルを追いかけながら、相手の動きも見る。その上で本当に適切なコースや球種を選ぶことがけして容易いことではないのは、バドミントンプレイヤーなら誰でも知っている。

 ショットの強さやフットワークの速さは無くとも、丁寧なショットと賢明なゲームメイクで、点数を重ねるごとに私がラリーを決めるまでが長くなっていく。

 つまるところ、空ちゃんはバドミントンが上手かった。

 それだけにわからない。

 彼女はどうしてああもバドミントンをするのを嫌がったのか。本当にバドミントンが嫌いなのか。

 それに、彼女と彼女のバドミントンの間に、うまく説明できない違和感があった。

 彼女のプレイは……内に秘めた何かを無理矢理押さえつけてプレイしているような……。

 この違和感の正体は何?


***


 私の打ったシャトルが狙いよりもわずかに浮く。しまった!

 脳の深い部分が体中に警告を発している。背筋が強張る。

 私の甘い返球を見逃さず、部長がラケットを振り上げてシャトルに迫る。

 強打。

 レーザービームのようなスマッシュが発射され、私のコートを襲う。

 右だ。ほとんど反射だけで振るったラケットに手応えがあった。

───返した。

 しかし、狙いをロクに付けられずに打った打球は、再び部長のコートに高く上がってしまう。もう一度部長のチャンスボールだ。

 強打。今度は左に。再び繰り出されるスマッシュを私は何とか返した。この一ゲーム通してスマッシュを受け続けたおかげで、だんだんと目が慣れてきた。

先ほどと違い、シャトルは浮き上がることなく部長のコートのネット際に落ちる。

 部長が大きくロブを上げた。このラリーの主導権が私に移りつつある。このチャンスを逃せない。しかし部長ほど速度が出せない私の強打で無理に攻めれば、せっかく得た主導権を手離すことになる。だから慎重に、コースを選んで攻めなければならない。

 落ちてくるシャトルを見上げ、私は深く息を吸った。そうして、深く深く集中する。

 部長はコートの中心に戻り私の攻撃を待ち構えている。

 できる限り正確なコントロールで、ただしスピードを疎かにすることもないようにギリギリのバランスを保って、鋭くシャトルを打ちこむ。

 左右に、前後に、あらゆるコースと球種を打ち分けて、私たちはお互いを激しく振り回す。

 互いの足音と、打球音だけが響く。

 コートの外の景色が溶けていくように見える。

 ラリーが長い。

 今、何点だっけ。

 点数ももうわからないけれど、この一本を決めれば私はそれで勝てるのだ。

 ───まだ勝てなくても、絶対昨日よりも強くなってるもん。

 いつかどこかで聞いた言葉が頭の片隅からぼんやりと響いた。

 ───空にくせに生意気な。

 私は声に背を押されるように、思考を巡らせ、打って、走って、見て、追いかけて。

 これまで交わしてきたラリーと今のラリーから、私は深く深く部長を読む。部長を読み解く。

どこからどこまでが部長の間合いか。部長がこの後狙っているショットはどれか。部長が返したいコースはどれか。部長が返しにくい位置はどれか。どの高さまでなら部長の強打を抑制できるか。部長が動きにくい方向はどちらか。部長がラケットを回しにくい場所はどこか。部長が予測していない場所はどこか。

 ───今日こそこころちゃんを倒すから!

 ───やってみろよ、かかってこい。

 コートの奥深く、何も無い空間だけど、そこに光が灯って見える。

 そう、そこには本当に何もない。コートの空白。

 見つけた。

 ここに打てば、抜ける!



 ──────インチキ。



 どこかから重く響いた声が、心に波紋を起こす。周囲に立つ暗い影の眼孔から、私を責め立てる矢のように私を射抜く、目、目、目───。

どうして。

 私は、なにを、どこで、いつ、間違えてしまったの。

 私はただバドミントンをしているだけなのに。

 コートの向こうの相手が膝を折る。彼女の視線も私に注がれている。私を責め立てるのではない、畏れの視線。

 初めて相手の顔が見える。

 ───こころちゃん。

 そうだよね。怖いよね。

 ……全部この力が悪い。

 こんな力が私にあったから。

 私はこんなの望んでいなかった。

 この力さえ無ければ。

 コートの奥深く、一点に光が灯って見える。

 私は、バドミントンをする私が、この力が。

 いや、バドミントンなんか───。


   ***


 試合の幕をどう引くか決めあぐねたまま、20-0を迎えた。

 マッチポイント、どちらが点を取ってもこれが最後のラリー。空ちゃんも私も、コートの中を激しく飛び回っていた。この試合の中で、一番長いラリーだった。そして、この試合の中で、一番やり辛いラリーでもあった。

 空ちゃんは依然として、私に強打をさせない、私の打ちにくい場所を突くプレーを徹底していた。空ちゃんはこの長く張り詰めたラリーに深く深く集中しているようだった。

 正直、これだけの力を持つ選手をみすみす逃すのは惜しいと思い始めていた。それに、私が先ほど感じた違和感の正体も未だつかめてはいない。私はいよいよこの試合の終着点をどこにすればいいかわからなくなってきた。

 コートの奥に球を上げる。右でも左でもなく真ん中に上がった球は、私の迷いを映し出すようにどこか頼りなく飛んでいた。

 ちょっとマズかったか?

 私はどんな攻撃にも対応できるように、コートの中心で体勢を低く構えた。

 その時、ラケットを振りかぶる空ちゃんが突如として声をあげた。


「私は、バドミントンなんか大っ嫌いだッ───!」


 激情に満ちた叫び。そしてそれと別に、私は耳の奥で、カチリという音が聞いた気がした。

空ちゃんが激情とともに放った強打───スマッシュともクリアともつかない中途半端な角度のショットは、私のコートの奥を目指して飛んで行った。

 意表を突かれたでもなく、空ちゃんが突然見せた暗い感情の奔流に驚かされたわけでもなく、しかし私はシャトルがすり抜けて飛ぶのを振り返りもせずにコートの中心でただ見送った。

 シャトルが落ちる。コート最奥、エンドラインのすぐそば。

 長い、長いラリーが、途切れた。

 汗だくの空ちゃんは俯いて、思い出したように肩で大きく呼吸をしている。

 私も空ちゃんも、主審の紗枝も一言も発さず、体育館が静寂に包まれた。

 やがて、空ちゃんがはっとしたように顔を上げた。私と目が合い、すぐにまた俯いて逸らす。一瞬見えたその表情には未だいくつもの苦い感情が流れていたように見えた。

「……ゲームセットです。私は、バドミントン部には入りません」

 こころちゃんにラケットとシューズを押し付けるように返しながら、つぶやくようにそれだけを言うと空ちゃんは体育館を駆け去った。

「あっ、空!」

 こころちゃんが叫び、後を追って体育館を出ていった。

 私はもう一度振り返って、転がるシャトルを見つめた。

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