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はねたま☆イミテーション!  作者: 創作少女
つながるココロ/折れないココロ
33/33

第一シングルス

【第一シングルス】

 二複三単の団体戦において三試合目に行われる試合。

 第二・第三シングルスと違い、これに出る選手はその対戦でのダブルスに出場することがことができない。

 それまでの試合の勝敗によっては第一シングルスの勝敗で団体戦が決してしまうこともある。そうでなくともどちらかのチームは団体戦の勝利にリーチがかかる、重要なポジションである。

「私が勝つ。部長がもう一度勝つ。佳川に出番は回さないから!」

「舞歌ちゃん……」

 不敵に言う舞歌ちゃんの言葉にアタシは思わず胸が熱くなるような気がした。その言葉から感じられるのは確かな頼りがいと───

「違うわよ、情緒不安定なあんたと佳川に頼るよりも私が勝っちゃう方が手っ取り早いってだけなんだからね!?」

 もはやレトロで古典的な───お約束(ツンデレ)

「舞歌ちゃん、わざとやってるのかな」

「違いますよ部長、あれ多分天然ですよ」

「私たちも実に恐ろしい後輩を持ったものだね」

 先輩二人がひそひそ話をしているのにも構わずに、舞歌ちゃんはコートへ向かっていった。




「こうとう……あいあいちゃん」

功刀(くぬぎ)藍々(らんらん)だよー」

 第一シングルスの相手の名前を舞歌ちゃんは読み間違えた。

苗字も名前も珍しい相手だ。アタシにも読み方はわからなかった。当の功刀さんも慣れているのだろう、笑って読み間違いを訂正していた。

ところで、珍しいのは相手の名前だけではなかった。

「スーパージュニア対決って感じ」

 部長が特異なコートの状況を端的に言い表した。

 時に小学生に見間違えられる舞歌ちゃんだったが、それに相対する功刀さんもまた、舞歌ちゃんと同等に小柄であり、また小学生にも見紛う幼さだった。このような対戦はおそらく高校女子バドミントンの舞台で他に見ることができないだろう。

「舞歌ちゃんって、……うふふ、雑誌で見るよりも小さくて可愛いねぇー」

「あら私を知ってくれているのね。ところで鏡って知ってる? 便利だから今度使ってみてね☆」

 相手が自分と同じ目線の相手だからか、舞歌ちゃんのアイドルの外面がやや剥がれている。相手はおっとり穏やかな雰囲気だが舞歌ちゃんの方は功刀さんの発言を受けてから、バチバチとした敵意が外に漏れだしていた。

「舞歌ちゃんってそんなに小柄なのを気にしていましたか?」

 紗枝先輩が不思議そうに首を傾げた。

 舞歌ちゃんの体は確かに女子の平均を大きく下回って小さい。しかし舞歌ちゃんはそれを武器にしてアイドルプレーヤーやモデルとしての活動をしているし、たとえアタシたちに背丈を揶揄われたりした時でも普段の舞歌ちゃんなら気にもしない。

「やっぱり、相手が同じ目線のコだからなのかな」

 思案するように呟く部長の微笑はいつものように余裕があった。けれどその眉が若干、ほんの若干険しくひそめられているようにも見えた。




 第一ゲームのインターバルを終えて11-10。

 試合は五分五分で進行していた。

 舞歌ちゃんと功刀さんは体格だけでなくプレースタイルも似通っている。

小さい体格ゆえに、スマッシュに頼らずに相手を振り回して得点を勝ち取るスタイルだ。

部長と紗枝先輩のダブルスほどではないにしろ、ひとつのラリーが長い。

「地味だよねえ」

 初君にささやくように部長が言った。無意識にだろう、渋い───退屈そうな顔をしていた初君は慌てて取り繕おうとしたけれど、部長は手をひらひらと振って大丈夫だと初君に示した。

「各々スマッシュに頼らないことあるけど、相手に強打をさせないコース取りを貫いている。この地味なラリーは二人のテクニックの賜物さ」

 部長の解説に感心して初君は小刻みに頷いた。

「でも、地味だよねえ」

 それまで二人の試合を褒めていたのに、部長は急に訝しむように言葉を吐いた。

「あの子は何が得意なんだろうねえ」

 舞歌ちゃんがドロップショットを放ち、ラリーはネット前での小競り合いに移った。

 アタシはそのラリーでの勝ちを確信した。

 ネット前は舞歌ちゃんが得意とする領域だ。ここまでのラリーでも、舞歌ちゃんはほとんどの得点をネット前での小競り合いで取っている。

 お互いにラケットを大きく振ることはない。シャトルを撫でるように、ネットを擦るかのように細やかなヘアピンショットの応酬が始まった。

 シャトルを跳ね上げることをしないなら、あとに残った選択肢はシャトルを右に振るか左に振るかしか無い。

 舞歌ちゃんと功刀さんは黙々とシャトルのやり取りを続けている。相手のいない方向、あるいは相手の意表をついてあえて相手がいるのと同じ方向にシャトルを返す。

 極めて地味で、それでいてこの上なく繊細なやり取りだ。高く上がらないように、それでいてネットに引っかからないようにやり取りされるラリーは、見ている方が息が詰まりそうな緊張感があった。

「…………ちゃった」

 功刀さんが何事か呟いた。直後、舞歌ちゃんはそれまで絶えず続けられていたヘアピンの応酬を放棄して、シャトルを跳ね上げてしまった。

 どうして!?

 高く打ち上げられたシャトルは相手にとってのチャンスボールになる。

 功刀さんは力強く踏み切って地を蹴る。その身体が羽のようにふわりと軽く浮き上がる。

 ジャンピングスマッシュ!

 威力は(普段受けている部長のスマッシュに比べれば)さほどでもない。舞歌ちゃんなら、これを受けてまたネット前での戦いに持ち込むことも可能なはず───。

 ぞわりと、肌が泡立つような感覚にアタシは襲われた。

 一瞬前にスマッシュを打ち込んだ功刀さんが、ラケットを振り上げて猛烈な勢いでネット前に迫っていた。

「ネット前は飽きちゃったってばぁ」

 アタシは自分の目を疑った。

 ネット越しに見える功刀さんの幼い顔が一瞬、ギラリとした狂気に輝いていた、気がした。

 このプレッシャーを、彼女が……?

 いや、これを舞歌ちゃんも感じているのか───。

 舞歌ちゃんはスマッシュをレシーブしたけれど、その打球は功刀さんのプレッシャーに圧されたように中途半端なコースへと浮かんでしまう。その表情には明らかな動揺が見て取れる。

 ぞわりとするプレッシャーは霧のように、最初から存在しなかったみたいにどこかへ消えていた。

 前に出ようとしていた功刀さんは飛んでくるシャトルに合わせて数歩後ろへ切り返し───鋭い角度で叩き落とすように打ち込んだ。威力よりも精度を重視して打ち込まれた打球。大した威力ではないが、動揺した舞歌ちゃんからラリーを奪うにはそれで十分だった。

「……えへ」

 沈黙したコートの上で顔を上げた功刀さんがふにゃりと笑う。

 それは顔立ちに似合う幼げな笑みだったが、アタシには───あるいはアタシたちにはそれがかえってうすら寒く感ぜられた。

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