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はねたま☆イミテーション!  作者: 創作少女
つながるココロ/折れないココロ
32/33

守る者

 結果から言えば、試合は散々なものだった。

 第一ゲームは17-21で落とした。

 そして、第二ゲーム。ある程度接戦だった第一ゲームと値が、第二ゲームは大きく点差をつけられた。第一ゲームでは手加減されていたのだと、アタシは途中で気付いた。おそらくは、空の力を見るために。

 アタシが注視されてないことはいい。アタシと空の力量差ははっきりしている。

 しかし空は天賦の力を持ち、深水高校で部長に並ぶ力を持っている。

 アタシたちが心を強く持って、諦めなければ勝機はあると信じていた。

 しかし、そうではなかった。

「21-8、ゲームセット」

 主審を務めた御上山の生徒が試合の終了を告げる。

 上山さんは聞こえるか聞こえないかくらい小さく鼻を鳴らして、渦巻くツインテールを優雅な動作で軽く払った。

「ダブルスだとやりにくいということもありますわよね」

 微笑と共に空に向けて放たれたその声音は優しく、まるで空を気遣っているようにも感じられる。

「試合が第三シングルスまで持ち越したなら……その時は対戦よろしくお願いしますわ」

「どうして……」

 空の問いかけは、何に対してのものか。何から訊けばいいのかわからないように言葉は途切れた。

 途切れた問いにははっきりとした微笑を答えの代わりに寄越し、上山さんは視線をアタシに向けた。

「あなたも、お上手でしたわ。わたくしたちとあなた達、きっと実力にそう隔たりはありません」

 アタシのことも上山さんは褒めたけれど、アタシがそれをちっとも喜べなかった。上山さんの言葉はとても優しかったけれど、それは彼女の『気遣い』であることがわかっていたからだ。

「何が悪かったんだ」

 至らないことがあったのは間違いない。ただ、それが何かわからずに、アタシは素直に問いかけた。

 上山さんはアタシの言葉を聞くと静かに微笑を収めて、言葉を選ぶように思案した。何度か浮かんだ言葉を口にすることを躊躇っているようにも見える。

「何でも、言ってほしい」

 その言葉を聞いて、上山さんはまた一瞬躊躇してから、ようやくそれを口にした。

「実力の隔たりも気迫一つで越えてわたくしたちを呑み込もうとする意気は素敵でしたわ。ですが、気迫が呑み込んでしまうのが相手だけとは限りません」

 アタシは何度かその言葉を心の内で繰り返した。

 その意味するところを上手く察せられていないアタシを見て、上山さんは言葉を重ねる。

「あなた、パートナーの顔をちゃんと見ていまして?」

 その言葉を聞いて、アタシは背中に冷たいものが伝うような気がした。

 上山さんの言葉を否定したがるアタシが、試合中の空の表情を必死に思い出そうとする。けれど、記憶をいくら探っても思い出せるのは後ろ姿ばかりだった。

 そしてやがて、アタシはそれを確信させられる。

 ダブルスだというのに、アタシは空の顔をこれっぽっちも見ていなかったのだという、厳然たる事実を。

 冷たい戦慄は、猛烈な後悔へと変わっていく。

「負けた理由はけしてただの力不足などではないと思いますわ」

 深くお辞儀をしてから、上山さんはコートを去っていく。

 居心地が悪そうに取り残されていた杉立キャプテンと目が合った。

「あー……、ゆかりほど鋭いこと言えないけど私のアドバイスも要る?」

 杉立キャプテンのその言葉は謙遜だった。アドバイスの内容は理路整然と筋道立っていて聞きやすかった……気がしたけれど、アタシにはそれを頭に残す余裕が無かった。

「個人としての技術は二人とも良かったから、頑張って」

アタシたちを励ますような言葉を残して、彼女も上山さんを追いかけてコートを去った。

 コートにはアタシたちだけが残された。アタシは、上山さんの言葉が胸に刺さったまま抜けなくて、いつまでもここを動けなかった。

 ───あなた、パートナーの顔をちゃんと見ていまして?

 その言葉が何度もリフレインする。そして何度も試合中に見た光景が思い出される。空の後ろ姿。表情は見えない。いや、アタシが自分で見ないようにしていたのかもしれない。

 アタシが一番、見ていなきゃいけなかったのに。

 空を助けたかったはずなのに、その顔さえ見ていなかった。

 勝とうとして出した気迫が、空を置き去りにしてしまった。

 アタシは、何がしたかったんだろう。




「いつまでも辛気臭い顔してるのやめてくんない!?」

 ぐるぐると巡るアタシの思考は舞歌ちゃんの叫びで打ち切られた。気付けばアタシはコートの傍らに設けられた控え用のパイプ椅子に腰かけていた。時計を確認するとダブルスの試合からそう時間は経っていなかった。どのようにコートを出てここに座ったのか、あまり覚えていない。

 ぼんやりする頭で状況を整理する。

「……空は?」

「目を開けて寝てたの」

 舞歌ちゃんは大げさにため息をつくと、空は数分前に手洗いのために席を外したことと、ついでに今が第二ダブルスの第一ゲームの最中だと教えてくれた。

 教えられた通り、コートの中では部長と紗枝先輩のペアと、御上山学園の第二ダブルスペア(オーダー表によれば、右城野(うしろの)さんと真栄野(まえの)さんというらしい)が戦っていた。それぞれ左右逆方向にサイドテールを結ってあるので、どっちがどっちの名前かはわからないが視覚的にはわかりやすいな。

「御上山のペア……強いな」

 第二ダブルスは知らない選手たちのペアだったが、さすが強豪校だけあって、打球の一つ一つに鋭さが感じられる。チームワークもゲームメイク良く、部長たちは守勢を強いられてるように見えた。

 ラリーの様子を観察していた初君が慄然と声をあげる。

「紗枝先輩が狙われてる!?」

「ダブルスで勝つための鉄則よ」

 対照的に冷静さを保った舞歌ちゃんが答えた。

 相手に攻撃させずに自分が攻撃をし続けることと、ラリーでは常に弱い方を狙うこと。この二つがダブルスで勝つために大切なポイントだ。

 紗枝先輩が弱いとは思わないが、深水高校の最高戦力である部長にシャトルを回すことに比べれば確実にリスクが低いのは間違いない。

 そして事実、攻撃を受け続ける紗枝先輩はラリーをこちらの攻撃に傾けることができず、部長の武器であるはずのスマッシュは、シャトルが回ってこないという極めて根源的な理由で完璧に封じられていた。

「これじゃ、どうやって勝てば……」

 試合に参加していないながらも初君はその後の展開を憂いて顔を青ざめさせている。

 部長の入ったペアがこんなに苦戦させられるとは想像していなかった。

 この状況を覆す方法はアタシにも浮かばない。

「これからよ」

 しかし舞歌ちゃんはただ一人落ち着いて試合を見守っていた。

「点数を見なさいよ」

「点数……?」

 コートを隔てるネットの傍に、得点板はあった。

 その点数は1-5を示していた。部長たちのペアが1点の方だ。

 確かに点数差はある。しかしそれも圧倒的な差があるわけではない。

 そしてそれ以上に、アタシと初君は別の点で驚いていた。

「たった、6ラリー……?」

 アタシが呆然としていた時間、試合を観察していた時間、舞歌ちゃんや初君と話した時間。それらの総和がそんなに短い時間とは思えなかった。

 その間にこなされたラリーの数がたったの6本……?

「勝つわよ、久美此魅と紗枝先輩なら」

 ふんと鼻を鳴らす舞歌ちゃんのその言葉には、ぶっきらぼうだが確かな信頼が感じられた。

 観察を続けてようやく、試合の進行が遅い理由がわかった。この試合では一本のラリーが異様なまでに長かった。

 紗枝先輩は相手の攻撃を受け続け、攻撃に転じることができていない。しかし、防御を毎回突き崩されているわけでもない。むしろ各ラリーごとにたくさんのスマッシュや変則球を巧みに受け止めていた。

 そうして長い時間をかけ、得点は11-4となった。

 インターバルを挟んだ後に、試合は奇妙な動きを見せ始める。

 依然として攻撃をしているのは御上山側だ。しかしラリーを続けるうちに御上山ペアの攻撃がみるみるうちに鋭さを失っていく。

 高く上がったシャトルに対して、左テールの相手がスマッシュを放つ。紗枝先輩がそれを受け止め、コート中ほどに返球する。左テールがすかさず前に出てさらに強打を打ち込む───。

「───それはもう見ました」

 紗枝先輩が短く呟くと、速球を前進してくる相手の逆サイドへと緩く返す。

 相方に任せるには自分の方が近く、されど逆サイドである故に追いかけるには遠い、絶妙な位置に落とされた打球を左テールは必死に手足を延ばしてようやく捕球した。

 こんな時でも、左テールは部長にシャトルを回さないように紗枝先輩を狙ったコース取りをしていたのだからさすがだ。

「ちょっと良───!」

 しかし次の瞬間、代わりに後退していた右テールが驚きの声を上げた。

 その声により左テールは自分がシャトルを上げた方を見て、目を剥いた。

 そこは数瞬前まで、紗枝先輩が立っていたポジションだ。そして今は、そこにいるはずのない部長がいつの間にか潜り込んでいた。

 シャトルの高度は絶好球。

 部長が飛ぶ。

 コートの中から全ての音が一瞬消え、直後に小気味良い打球音とシャトルが床に突き刺さる音の両方がほぼ同時に聞こえた。




 そのあとは一方的な展開がずっと続いた。御上山のペアが攻撃を仕掛けるものの全て紗枝先輩に阻まれ、その内に部長にチャンスボールが上がってしまう。否、紗枝先輩によって上げさせられているのだろう。

 序盤に攻撃を受ける中で、紗枝先輩は相手の攻撃パターンのおそらく全てを出し切らせてしまったのだ。後は相手の攻撃を紗枝先輩が難なく受けきり、部長が強打を一発打ち込むだけで決まるようにラリーを作る。

 先ほど感じた既視感の正体は、市民大会の時の紗枝先輩の試合だった。あの時も、相手の攻撃を受けきって勝つスタイルで紗枝先輩は戦っていた。

 そうしてこの試合も、紗枝先輩は防御することで支配しきっていた。

 21-11、21-2の2ゲームストレート勝ちで部長と紗枝先輩は第二ダブルスを獲った。

「部長の体力を消耗させずに勝つ。これが最短手です」

 気取った風でも無く言う紗枝先輩の強さに、舞歌ちゃんも初君も、もちろんアタシも驚いていた。

「紗枝先輩、強かったんですね」

「もしかして舞歌ちゃんは私を侮っていたんですか?」

「あ、いえ、見直したっていうか───」

「同じじゃないですか」

 言葉のチョイスを間違えた舞歌ちゃんの頭頂に紗枝先輩の手刀がぽこぽこと降り注いだ。

「いてて……幸村、見ていた?」

 紗枝先輩からようやく解放された舞歌ちゃんはアタシに問いかけた。

「……舞歌ちゃんが紗枝先輩に叩かれるところを?」

「違うわよ! アンタが全部背負うことがダブルスじゃないってこと!」

 突然舞歌ちゃんが深遠なことを言いだすので、アタシは驚いた。そうして咀嚼したその言葉の持つ意味にアタシは自分の試合を振り返らされる。

 アタシは空を守ること、強い相手に勝つことに必死で、肝心の空をちっとも見ることができていなかった。

「佳川のことでアンタが気負ってトンチキかましたのはわかる。でも本当は佳川に頼ることもできたはず」

 紗枝先輩は部長の体力を消耗させないためにあの戦い方をしたと言っていた。しかしそれは部長が戦いやすくしていただけのことだ。けして一人で戦っていたわけではない。

「ダブルスがわかった? じゃあ今度は私が団体戦を教えてあげるわ」

 舞歌ちゃんが小さな体躯を逸らして不敵に微笑む。

 次の試合は───第一シングルス。

 そしてさながら刀のように鋭くラケットを抜き、力強く言い放つのだった。

「私が勝つ。久美此魅がもう一度勝つ。佳川に出番は回さないから!」

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