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はねたま☆イミテーション!  作者: 創作少女
空隙のソラ-Blank Seeker-
3/33

幸村こころ

【スマッシュ】

 頭上でラケットを振り、相手のコートに対して鋭角にシャトルを打ち込む、バドミントンにおいて最も攻撃的な球種である。

 その速度ゆえスマッシュを目で追うことは困難であり、バドミントンは相手にスマッシュを好きに打たせないことが攻防の鍵となることも多い。


 もちろん体に当たるととても痛いし、場合によってはアザになることもある。

 空と部長の試合が始まった。こうなれば、アタシ───幸村こころにできることは試合を見守り、祈ることだけだ。

 部長と空、どちらの勝ちを願えばいいのかはわからない。だから、これが空にとっていい試合となることだけをアタシは祈る。

 高く打ちあがったシャトルに対し、部長が高く跳ぶ。振り抜いたラケットから、文字通り目にも止まらぬ速さでシャトルが打ち出されて、空のコートに突き刺さった。

「うわっ、速い……!」

 私と同じく観戦をしていた羽月君が打球の速度に驚きの声をあげた。

「羽月君は初心者なんだっけ」

「はい……」

「びっくりしただろ。バドミントンのスマッシュっていうのは時速300kmも出るんだよ」

「そんなに出るんですか!」

「ギネス記録では493kmって記録もあるらしい」

「よんひゃくきゅうじゅうさん!」

 途方もない数字に目を回す羽月君の反応が楽しい。バドミントンに慣れていない人にとって、部長のスマッシュや数字で聞く速度はとても衝撃的なものになるのだろう。

 バドミントンのスマッシュは全球技の中で最速と言われている。そうした打球も含めた攻防の中で、相手を倒すための作戦を組み立てて戦う最高速の球技、それがバドミントンの真の姿だ。

 ……なのだが。

「へー、知りませんでした! テレビでもなかなか見ませんしね」

 ……そう、バドミントンはどちらかと言えばマイナースポーツの方になる。野球やサッカーが「観る競技」と言われるのに対しバドミントンは「する競技」と言われている。つまり、バドミントンをしていない人はバドミントンの試合の中継を見ることも全然無いし、ニュースで扱われることも少ない……バドミントンの真の姿を知ることもないのである。

「バドミントンって、そもそもどうしたら勝ちなんですか?」

 ずこーっ。

 横から差し込まれたあまりに根源的な質問に、アタシはギャグ漫画よろしくコケそうになった。そこからか!

「同い年なんだからため口でいいんだよ、で、バドミントンのルールだっけ……」

「はい、あ、えっと、うん……羽とラケットを使うことは知ってるんで、……だけど」

 言いながら、羽月君は恥ずかしそうにしややうつむきながら、空と部長が打ち合うシャトルを目で追っている。シャトルを追って首を振るたび、サラサラの髪の毛が揺れる。唯一の男子とは言ったけど、その姿はどう見ても男の子には見えない、むしろ可憐な女子のそれ。背もアタシより低いし、手足ももしかしてアタシより細いんじゃないか?

 ……アタシは少し悔しい気分になった。

 ところで、バドミントンはどうしたら勝ち、か。

「互いに持ったラケットで羽をぶつけあって、相手をノックアウトした方が勝ちよ」

「初心者にさらっと嘘を教えるな」

 突如大嘘を言い出したツインテール───待木さんと言ったか───に、アタシは裏拳でツッコんだ。初心者が信じたらどうするんだ。ほら、羽月君が壮絶なエクストリームスポーツを想像して青ざめてる。ていうかこんな大嘘を信じるほどバドミントンを知らないのにどうして入部したんだろう。

「バドミントンってのは、プレイヤーがネット越しに羽……シャトルをラケットで交互に打ち合う、ここまではいい?」

 羽月君の首肯を見て取って、アタシは説明を進める。

「どんな打ち方や球種でもいいから、相手のコートのどこかにシャトルを落とすことができれば、自分に一点。あるいは相手がシャトルをネットに引っかけたりコートの外に飛ばしてしまったり、返球できなければ、それも自分に一点。そうして点数を重ねて、先に決められた数のポイントを取った方の勝ち」

「相手のミスも一点になるんです……だね。っていうことは、部長はノーミスで勝たないといけないんじゃ」

「普通はそんなことできないんだけどな」

 空にはハンディとして20点が与えられている。1ゲームは21点先取なので、たった一本でも空が決めるか部長がミスをするだけで勝負がつく。自分はミスをしない、相手にも一本も決めさせないのは相当の実力差があっても至難の技だ。何より、ブランクを差し引いてもアタシの知る空はけして弱くない。

「できるんですよ、部長は」

 主審をしていた若草先輩が静かにアタシの見立てを否定した。

 できる、とは空に1点も取らせないことがか?

「……ええ、アイツならできるでしょうね」

 眉唾物だった先輩の意見を、今度は待木さんが支持した。忌々しげに吐き捨てるように。

「昨年のインターハイ個人戦、無名の高校から無名の女子が出場していた。そいつはベスト16まで勝ち進んだわ」

「それが部長だってのか」

 全国の女子の中の上位16人なら確かに相当な実力者ということになるが、それでもまだ1点も取れないほど絶望的な戦力差とは言えない。

 しかし、「それだけじゃない」と待木さんは静かに言って私を制した。その言葉とそれを放つ彼女の様子は静かだが、どこか熱っぽい。

「そいつは、そこに進むまで全てラブゲームで勝ってる」

「ラブゲーム!?」

 私は思わず耳を疑った。ラブゲームとは、相手を0点に抑えて1ゲームを取得することだ。つまり、ミスもしないし、相手にも決めさせないということ。

「5-0」

 審判の若草先輩が得点をコールする。ラリーを五本終えて、空はまだ0点だ。

「ベスト16の、そのあとはどうなったんだよ」

「棄権だったわ。理由はわからない。故障か、別の何かか。でも、それまであいつは、インターハイで───全国のトッププレイヤーが集まる舞台で、誰にも、ただの1点も取らせていないのよ」

「6-0」

 さらなる得点のコールが、部長の実力の証明のように響いた。

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