オーダーを決めよう!
「メンバーが揃った私たちにとって、団体戦をするために次に必要になるもの。それはオーダーさ」
そのあともいろいろあった末に、私はとうとう答えを開示した。
こうしたあとは、大体流れが決まっている。
「オーダーって何ですか?」と初君が質問して、空ちゃんが説明したげにそわそわするのだ。
予想通りの二人の反応を見て取って、私は目線で空ちゃんに解説を促した。
「オーダーっていうのは、団体戦で戦う順番を決める組み合わせのことだよ」
「先鋒・中堅・大将みたいなやつ?」
得心がいったように初君が手を打つ。だからそういう仕草が可愛いんだよなんでなんだ。
「戦う順番とだけ言ったけど、実際はそう単純じゃないの……そうですね、部長?」
空ちゃんも私のことがわかってきたようで、私は嬉しくなる。
「そう、それこそがここまで勿体付けて話した理由でもある」
備え付けのホワイトボードをガラガラと引っ張ってきて、マーカーを空ちゃんに渡した。受け取った空ちゃんは丁寧な筆致であれこれと書き始める。何人もで説明しても初君は混乱するだろうから、空ちゃんと初君以外の私以下四人は黙ってそれを見つめている。
出会った当初こそ「バドミントンが嫌い」とのたまっていた空ちゃんだったけれど、その言葉とは裏腹に、本当はバドミントンへの愛情は部員のなかでも一段と深い。こころちゃんと、それからバドミントンとの仲直りを経た今、空ちゃんはその力や知識を振るえることが少し嬉しいようだ。初君を除いた一年生トリオの中で一番説明が上手なこともあり、初君も知識面は空ちゃんをよく頼りにしているのだった。
「これがバドミントンの団体戦」
そう言って空ちゃんが指した先には、五つの枠と、D1、D2、S1、S2、S3という記号が記してあった。
「Dがダブルス、Sがシングルスのこと。団体戦は第一、第二ダブルス、第一、第二、第三シングルスの順番で戦って、合計五戦で先に三勝した方が勝ちになるの」
「あ、それは前に聞いたことがあったかも。だから部員が五人必要だったんだよね」
初君が言った通り、ここまでは最初のミーティングの時にも話したことだ。団体戦のメンバーが足りなかったからこそ、私たちには空ちゃんの加入が必須だった。
それから一寸考えた後に、初君は首を捻った。
「ダブルス三つとシングルス二つでメンバーは五人?」
「第二、第三シングルスに出る選手はダブルスにも重複して出られるんだよ」
「そっか、第一シングルスに出る人はそこだけしか出られない、ってことだよね」
「そう」
短く肯定して、空ちゃんはいい答えを出した生徒を見つめる教師のように微笑んだ。
ダブルス二戦で四人、シングルスだけを戦う選手が一人。これが、団体戦を戦うための最低人数というわけだ。
「第一シングルスって、どんな人が出るの?」
「すごく大雑把に言えば、一番強い人かな」
一番強い人、という短くも重い表現に初君が息を呑むのを私は見た。
「ダブルスが二戦終わった後の三戦目に戦うのが第一シングルス。二つのダブルスの結果が0-2や2-0で回れば勝負が着いちゃう可能性もあるポジション。だから、ここを必ず勝つポイントとして、部で一番強い選手を入れてくるところも多い」
「なら部長だね! その特徴は部長しか考えられないよ!」
「でも一番強い人はシングルスとダブルスで使い回して勝率を稼ぐっていう作戦もある」
「じゃあ部長じゃないね……」
「私たちみたいに人数が少ないチームでは、強い人を使いまわせるように、助っ人とか一番弱い人を第一シングルスに入れることもあるね」
「一番……弱い人?」
初君は考えるように集まっているメンバーの顔をそれぞれゆっくりと眺めてから、何も言わずに空ちゃんに視線を戻した。
「待ってください初君、今一体だれが一番弱いと思いましたか」
「やめましょう紗枝先輩、戦争の元です」
「私じゃないわよね」
紗枝とこころちゃん、舞歌ちゃん三者三様の反応を見せた。三人の実力は正直甲乙つけがたいものがあるので、初君がどう思ったかあるいは思っていないかはさておき、気にする必要は無いと思うのだけど……。
まあここまで話せばとりあえず良いだろう。私は今日の本題をみんなに明かす。
「この五戦で絶対三回勝てるように、今日はみんなでオーダーを考えるんだ」
舞歌ちゃんが解せないというように眉をひそめて声をあげた。
「三回勝つって……このメンバーでそんなに難しいこと? 全国レベルの久美此魅がいて、それに一度は勝った佳川がいる。二人がシングルスでそれぞれ一回ずつとダブルス組んで勝てばそれで三勝じゃない」
「いい質問だね、舞歌ちゃん」
舞歌ちゃんの言葉は正しい。一人だけ強くても勝てないのが団体戦だが、もしも二人、すごく強い選手がいれば、その二人に頼りきりでも勝てるのがまた、団体戦だ。
しかしこの作戦には問題がある。
「私……まだそんなにたくさん知らない人と試合できない……」
ふるふると震えながら、蚊の鳴くような弱弱しい声で空ちゃんが呟いた。
空ちゃんは中学生時代、対人関係で心に深い傷を負ってバドミントン部を退部している。いくらバドミントンを再開できたと言っても、心の傷が完全に消えたわけではない。今は言わば、慣れた私たちの間でリハビリをしているような状態なのだ。空ちゃんに何試合もさせるのは酷だろう。
「大丈夫だっ、空のことは何があってもはアタシが守ってやるからな!」
「こころちゃん……」
震える空ちゃんを、二度と離さないと言わんばかりにひしと抱きしめて誓いを立てるこころちゃん。あそこだけ空気が違う。放っておこう。
「市民大会では知らない人と戦って勝ち抜いてたじゃないの」
舞歌ちゃんは呆れたように言うけれど、それは違う。
「私たち部員と当たるまで空ちゃんは天賦抜きで戦っていたからだろうね」
空ちゃんが何試合まで全力で戦えるのかは未知数だけど、少なくとも、全力の空ちゃんをアテにしたオーダーは組めないというわけだ。
「それでも、部長がいればシングルスとダブルスの二戦は最低勝てるんじゃありませんか?」
男子であるがため団体戦と無関係の初君は、しかし初心者ながら真面目に女子団体戦のオーダーを考えてくれているようだ。
「女子部サイドのことに付き合わせて申し訳ないね、初君」
「いいえ、これもバドミントンのことをよく知るためと思えば、楽しいです」
そう言って初君は屈託ない笑顔を見せた。
て、天使……!
それで、と初君が自身の考えへの回答を求めてきたので、私はそれに応答する。
「さて問題です、私の弱点はなんでしょう」
私の問い返しに、あ、と初君が呆けた声をあげた。
本当はもっと後まで隠しておきたかった私の弱点は、先の市民大会でここにいる頼もしい部員たちによって見事に暴かれてしまっていた。
「体力切れ……」
「全試合二回出場させたら、私はどこで力尽きるかわからないぞ」
私は自らの天賦・『万能なる模造品』によって、スポーツ漫画そのものの比類なき機動力と攻撃力を模造して自らのものとしている。しかしこの力の行使には著しい体力の消耗を伴う。
「でも、ダブルスなら体力の消費も少ないんじゃ……」
「逆よ、羽月」
舞歌ちゃんが初君の誤りを鋭く正した。さすがは打倒私に燃える舞歌ちゃんだ。私の能力や特性への理解もなかなかに深い。
「一人で試合をコントロールしきれないダブルスでは、ラリーの本数が伸びてかえって消耗が激しくなる……そうよね?」
「正解だ。舞歌ちゃんは偉いなあ、撫でてあげる、ハグしてあげる、アメちゃんもあげちゃおう!」
「私は子供じゃないーーー!」
自分の弱点がどんどん詳らかにされているというのに、私はなぜだかとっても嬉しくなって思わず舞歌ちゃんを抱きしめ挙句メリーゴーランドよろしくぐるぐると振り回してしまった。
舞歌ちゃんはきゅう、と可愛く目を回してしまったので体育館の隅に優しく横たえておいた。
「部長をアテにしたオーダーも組めないということですか……むむむ」
唸りながらまた考え始めるかと思ったけれど初君ははっとしたように新たな質問を繰り出した。
「ダブルスの組み合わせってどうやって決めるんでしょうか」
「攻撃が得意な選手と防御が得意な選手で組む、とか」
打てば響くように、空ちゃんが答えた。
「そうじゃなくても、息の合う合わないとか、動き方や攻め方・守り方とかそういう相性ってあるからそれを踏まえて組む」
空ちゃんの解説は百科事典のように適当だったけれど、我らが深水高校バドミントン部に当てはめれば十全とは言えなかったのであえて私は補足することにした。
「空ちゃんと私の試合数を調整する都合を考えれば、私たちの場合は誰と誰がどんな相性であるか、知り得ておくべきだね」
なるほどー、と初君は納得し……かかって、しかし眉間にしわを寄せた。
「部長、ダブルスの相性ってどうしたらわかりますか」
あ、そうだね、これは私が悪かった。すべきことの順番を違えてしまった。
私はてへりと笑って謝意を表した。
「やってみないとわからないね、ごめん。よしダブルス組んで練習してみよう!」
「ここまでのやりとりは何だったのですか!?」




