今私たちに必要なもの
「団体戦に必要なものって何か、わかるかな」
ストレッチやランニング、ステップトレーニングや素振りといった基礎トレーニングを終えた後、部員を集めて私はそう問いかけた。
私を除いたバドミントン部の部員総勢五名は五者五様に考える素振りを見せていた。
その中で一際やる気と元気に満ち溢れた子を指して、回答を求めた。
「じゃあ、こころちゃん」
「仲間を信じる気持ちです」
いい顔、いい声でそんなことを言うもんだから、隣にいた空ちゃんが思い切り吹き出した。
「こころちゃんは馬鹿だなあ……」
「なんだよー! 大事だろぉ!」
空ちゃんのどこか嬉しそうな呟きを、こころちゃんは聞き逃さなかった。やがて二人は小突きあいを始め、それを見守る部全体が和やかな雰囲気に包まれた。
こころちゃんと空ちゃんとの間に長らくあったわだかまりも先日の市民大会を機に解消された。時折険しい顔をしていたこころちゃんも、今は楽しそうに練習に励んでいる。空ちゃんも、苦い思い出を帳消しにできてはいないけれど、このバドミントン部には徐々に打ち解けてきている。
本当に良かったと思う。
が、それはそれ。
「個人的には好ましい回答だけど、欲しかったのはそういうのじゃないんだぜ」
「部長の問いが抽象的すぎて、こころちゃんじゃなくてもわからないと思います」
そう指摘したのはこの部で唯一の二年生、副部長の紗枝だった。もう一年以上も共に部活動をやっている仲だけあって、紗枝は私が何を聞こうとしているのか察しているようだった。
「紗枝先輩待って、今ナチュラルにアタシをディスりませんでしたか」
「おそらく部長が聞きたかったのは、団体戦をするにあたって、私たちに必要なものは何か、という話です。信じる気持ちよりも先立つものでしょう」
「答える必要もないと言わんばかりのスルー!?」
悶えるこころちゃんを除いた一年生組、舞歌ちゃん、空ちゃん、初君の三人も知恵を絞っているようだった。
「じゃあ、私が胸に秘めた答えを最初に言い当てた人にはジュースを進呈しよう」
賞品を付けた瞬間、眼光を煌めかせた子がいた。
美しい長い髪をツインテールに結った、これまた美しく整った顔立ちの小柄な少女、アイドルプレーヤーの舞歌ちゃんだ。ジュース一本を尊ぶような感覚の子ではないので、狙いは私の奢りという点なのだろう。彼女は先輩後輩の関係であるとともに、私に対して対抗心や敵愾心のような強い気持ちを持っているようだ。
「佳川、羽月、手っ取り早く、ローラー作戦───古今東西で行くわよ」
舞歌ちゃんが空ちゃんと初君に呼びかけ、先陣を切って柏手を打ち始める。
「古今東西」
「い、いえー」
空ちゃんと初君もその勢いに押され、やや戸惑いながらも舞歌ちゃんに追随した。
「団体戦に必要なもの!」
「いえー!」
ぱんぱん。先頭は言い出しっぺの舞歌ちゃん。
「メンバー!」
ぱんぱん。
「えっと、ラケット!」
初君が慌てて回答をひねり出した。初君はこの部唯一の男子部員だけれど、その容姿はこの部の誰にも引けを取らないくらい可憐だ。相貌も体躯も線が細く、女子にしか見えない。だが男だ。まだまだバドミントン初心者の初君がいっぱいいっぱいになりながら頑張って回答を叫ぶ姿はそれはそれは可愛いのだけれども。
「ちょい、ちょい待って」
初君の精一杯の回答に物言いを付けたのは目を白黒させた舞歌ちゃんだった。
「……そこから?」
ラケットは団体戦に必要なもの、というよりもそもそもバドミントンに必要なものだ。団体戦に必要なものとして正解とするかどうかは難しいラインだった。
……私の欲しい答えを当てるためなら、いちいち回答に物言いを付けるよりもどんどん手番を回していくほうが得策だというのは黙っておこう。
「そんな初歩の初歩から挙げてたらいつまでも正解しないじゃない!」
「えー、でも、無いと団体戦できないよね?」
妙に力のこもった声で初君が反論する。
入部当初はおどおどとしていた初君も、部に慣れるにつれ、少し落ち着いて押しの強さを見せることも少し増えてきた気がする。
互いの意見を拮抗させた舞歌ちゃんと初君は空ちゃんに視線を向け、決定権を委ねたようだった。
「……ラケットは団体戦に必要だと思う」
「えーっ?」
釈然としないような顔をしながらも、多数決で負けた舞歌ちゃんはしぶしぶゲームを再開しようと柏手を構えた。
「待って
が、今度は舞歌ちゃんに対して物言いがついた。静かながら確かな声で物言いをつけたその人物は空ちゃんだ。
「お手付きでゲームを止めた舞歌ちゃんには罰ゲーム」
「うぇっ!?」
ははーん。ピンと来た。空ちゃんは舞歌ちゃんを咎めるというよりも、狼狽する舞歌ちゃんを楽しんでいるようだった。
試合中やこうした場面で空ちゃんはしばしこういうサディスティックな面を見せる。普段大人しい空ちゃんからこうした攻撃的な面が見え隠れすることが、私にはたまらなくミステリアスで魅力的に見えるのだけれど、先輩という立場が祟っているのか、私相手にはあまりこの面を見せてくれない。……少し寂しい。
「罰ゲームは……部長にお願いしましょう」
うっすらサディスティックな微笑を浮かべた空ちゃんが、私に罰ゲームをリクエストしてきた。
……私がこれに乗って大丈夫なのかな。
少々不安になりながら私は空ちゃんに確認した。
「罰ゲームの内容は何にしようか?」
「あんまり痛いのとか怖いのとか疲れるのとかやめてよねー!?」
舞歌ちゃんが縋るように空ちゃんを見つめる。
「じゃあ、デコピンでどうかな」
「デコピン……それくらいなら」
ほっと胸をなでおろして額を差し出す舞歌ちゃん。
……それを見て取って、空ちゃんは微笑を鋭いものにした。
「いいでしょう、デコピンで。部長のフィジカルを注ぎ込んだ、全力のやつで」
舞歌ちゃんの安堵の顔で凍り付く。空ちゃんが醸し出す冷ややかなプレッシャーに私の背中も密かに凍り付いていた。と、同時に滝のように汗をかいて震える舞歌ちゃんを見て、私も少し思ってしまった。
……この舞歌ちゃんを脅かしたくなる気持ちは少しわかるかもしれない。
「無敵の矛、無謬の盾、無双の戦技。我が天賦、我が才覚は万物に代わる源なり───」
「待って待って待ってなんか詠唱してるんだけど!?」
怯える舞歌ちゃんのきれいな額に向けて引き絞った指に、力が集中していく。これから繰り出すのは、私が知る最大の威力のデコピン、その模造品だ。
「天賦-『万能なる模造品』───イミテーション・デコピン」
一閃。
「いっ───たーーーーーーーーい!?」
体育館に舞歌ちゃんの絶叫が響く。ごめん。




