バドミントンはやらない
【クリア】
頭上でラケットを振り、相手のコート後方に打ち出す球種。
崩された体勢を立て直す時などに有効。
高く山なりに打ち出すものをハイクリア、低く高速でコート後方に打ち出すものをドリブンクリアと呼ぶ。
バドミントンの極めて基礎的な打球だが、スマッシュやドロップショットに比べ、バドミントンをよく知らない人々への認知度が極めて低く、「クリア」と言ってもまず伝わらない。それゆえメディアでもほとんど出ない。
***
カツカツと黒板とチョークの打ち合う音が夕暮れの教室に響く。
仮入部最終日である今日は、バドミントン部の新年度初ミーティングでもあり、副部長である私は部長と共に新入生を迎える準備をしていた。
「新入生、新しく来てくれるでしょうか」
私は不安に思う気持ちを抑えきれず声に出した。
「どうかな」
今晩の献立でも話すような軽さで部長が答えた。本当は私より部長の方が新入部員に入ってほしいと思っているはずなのに、部長は不安そうな素振りを見せない。まさかとは思うけれど、新入部員が来るかどうかなど本当にどうでもいいと思ってるようにさえ見える。
バドミントン部は部員が少ない。去年から在籍しているのは一年先輩の久美此魅と若草紗枝───私の二人だけだった。先輩が部長に、私が副部長に自動的に収まるこの部が部として成立しているのは、バドミントンが個人競技であることと、部長が大会の個人戦で結果を残しているからに他ならない。
「今の時点で入部届けが出てる女子は何人ですか」
「二人」
私と部長と、女子が二人。それでは足りないのだ。私の目的、部長の願い事のためにはもう一歩、足りない。
今日が仮入部期間の最終日である以上、今日新入部員が集まらなければ、これ以上部員が増えることは望めないだろう。勧誘のポスターやこれまでの呼びかけで、今日ここで集まりがあることは告知してある。都合のいい話とは思っても、私は突然入部希望者がぽっと現れてくれることを祈った。
「こんちはーっす!」
私と部長だけだった教室に見覚えのある生徒がジャージ姿で現れた。件の新入生のうちの一人、くせっ毛の子はたしか仮入部にも来てくれた子だ。幸村さんと言っただろうか。
「こんにちは、他の人も来たらミーティング始めるから適当なとこに座ってて」
幸村さんは私に促された通り適当な席について座った。そして、何かを考えこむようにして窓の外を眺め始めた。
まだ来ていない新入生も含めて、女子は四人。私たちはどうしても五人の女子を揃えたいのに、ここに来て未だ人数が揃っていない。
もう一人、部員が欲しい。仮入部期間も終わるこの時分に望むべくもないのかもしれないけれど。部長の、長く孤独を過ごしてきた一人の女の子の願い事を叶えてあげたい。
私の脳裏に、一人の少女の姿が閃く。昨日逃がした、あの少女の姿が。
───彼女がいれば。
不意に、教室の後ろのドアが音を発てて開いた。そして一つの人影が入ってくる。
私は目の前に現れた希望の光に、思わず呟いた。
「五人目……!」
***
目をギラつかせながら、人の形をした猛獣が唸る。
「グォニンメェ……」
昨日と、私と追走劇を繰り広げた緑の女子生徒。
私の教室になぜ『緑の先輩』がいるの? 待ち伏せ?
いや、考えるより先に逃げなければならない。
「空っ!」
急速に反転する私を、聞き慣れた声が引き止めた。そこには私のよく知る人物がいた。
「こころちゃん……?」
教室を見回すと、こころちゃんと、昨日見た「部長」と───私に肉薄する緑の先輩。
「確保ぉっ!」
瞬時の内に後ろに回り込んだ緑の先輩が、私を両手でがっしりと羽交い絞めにした。しまった……。
逃げ出そうと私はもがいたけれど、先輩の力は強く、まして私に不利なこの体勢からでは脱出はかなわなかった。
冷静になって、理解が追いついてくる。
私の担任は自分の受け持つ部活が何部か言わなかったけれど、バドミントン部の顧問だったのか……。私が教室を離れている間に、バドミントン部が集会のためにこの教室に集まり、私はそこに飛び込んでしまったというわけだ。
背後の先輩が私に囁く。
「あなた、バドミントンの心得があるんじゃありませんか?」
「私はもうバドミントンなんてしません!」
抵抗を強めるも私を拘束する腕はなかなか振りほどけず、先輩は私の言葉を肯定と取って「やっぱり」と声音を明るくした。
「やめてあげなよ、紗枝ちゃん」
成り行きをじっと見ていた部長が、教壇からふわりと降りると私を超えて先輩の頭頂に素早い手刀を見舞った。「いたっ」と呻き声があがり、私への拘束が外れる。
「嫌がっている子を引き入れるものじゃない」
「でも部長、この子経験者なんですよね」
「かもしれない、って思っただけだよ……当たってたかな?」
突然部長に話を振られ、私は思わず正直に首肯してしまった。でも私がバドミントンをやっていた話は高校では誰にも話していない。
「……どうしてわかったんですか?」
「ぶつかった時にあなたの手を握ったでしょ? ラケットだこがあったから、ラケット競技の人かなって」
「でも部長、それだとテニスだったかもしれませんよ」
先輩も疑問を持っていたらしく部長に聞き返した。
「テニスにしては、日に焼けていないと思った。ここまでだと卓球の可能性もあったんだけど、バドミントンは手首をよく使うから筋肉の付き方が違うのさ」
私は一瞬状況を忘れて感心してしまった。目につかないような手がかりから論理立てて相手の素性を暴く部長はまるで推理小説の探偵のようだった。
一緒に感嘆の声をあげていた緑の先輩が私に向き直る。先輩のジャージに施されていた刺繍には若草という姓が記されていた。若草先輩か。若草先輩は髪の乱れも気にせず勢いよく頭を下げてきた。
「やはり経験者なんですね。でしたらどうか、バドミントン部に入部してください! 女子部員が五人必要なんです」
五人という人数はおそらく団体戦に出るために必要な人数のことを指しているのだろう。バドミントンの団体戦はダブルスとシングルスの組み合わせで五人のメンバーを必要とする。
バドミントン部がメンバーを欲している理由はわかった。しかしそれでも私は勧誘を受け入れることはできなかった。
「ごめんなさい」
申し訳なさと、頭を下げられたことに狼狽えながらも私は拒否を表明した。
「私、中二でバドミントン部辞めてるんです。それに、バドミントンにはいい思い出が無くて……」
思い出したくない記憶が次々浮かんできそうになるのを、私は思考を逸らして回避していた。こんな話をしたせいだ。もう話を終わりにしたい。そう考えていたその時だった。
「ちわーす! 遅くなりましたー!」
「すみません……」
けたたましくドアを開けた小柄な女子と、その後ろを小さくなってついて歩く気弱そうな女子の二人組が、教室に入ってきた。二人とも一年生の青いジャージを着ている。その内、小柄な女子の方に、私は見覚えがあった。
「舞歌ちゃん……? バドミントンアイドルの……?」
「ん、私を知ってるの」
小柄な女子の方……髪の毛をツインテールに括ったガーリーな方の女の子が、一瞬顔をしかめたように見えたけど、すぐに明るく答えて右手を差し出し、私と握手をしてくれた。
「バドマガジンのグラビアとコラム、素晴らしかったです」
「有名人なのか?」
こころちゃんがハテナマークを頭上に浮かべていることが私には信じられなかった。
「待木舞歌ちゃんだよ。バドミントン用品のカタログや雑誌でモデルやコラムニストとして活躍してる、知る人ぞ知るアイドルプレイヤー。両親が共にバドミントン選手であるバドミントン界のサラブレッド。そんな逸材が、人数が集まるかも怪しい学校のバドミントン部に……?」
「詳しいわねあなた……」
「お前やっぱりバドミントン好きでは?」
「本当のことだけど、君はなかなかの舌鋒だね……」
舞歌ちゃん、こころちゃん、部長がそれぞれ私に引いていた。
いや、問題はそこではない。
「メンバー、ちゃんと五人いるじゃないですか」
部長、若草先輩、こころちゃん、舞歌ちゃん、そしてもう一人の子。もう一人の素性や実力は知らないけれど、五人揃っているなら私が加入せずともバドミントン部は団体戦にも出られるはずだ。
しかし、私の言葉に、もう一人の子は可愛い顔をくしゃっと歪め、今にも泣きだしそうな顔になった。
「え、ご、ごめん、私何か悪いこと言っちゃった?」
部長は、私の言葉に頬をかきながら歯切れ悪く答えた。
「あー、そこの髪の短い可愛いのは羽月初君といってね」
「はい、……『君』?」
「……男の子なんだよ」
「はいっ!?」
部長から繰り出された言葉に私は目と耳を疑った。話題にあげられた当の彼女、彼?は申し訳無さそうに「ごめんなさい」と繰り返しぺこぺこと頭を下げている。にわかには信じられないが、なるほどそういうことなら確かに人数が足りていない。え、本当に男? ジャージ姿だったせいで、判別がつかなかった。そのくらい彼の容姿や体格は女子めいていた。舞歌ちゃんがアイドル的な可愛さだとすれば、この子はもっとおとなしい小動物系の美少女だ。いや、美少年だったか……。
「やはり入部を今一度考えてはくれませんか、お願いします」
もう一度若草先輩が頭を下げた。
懇願する先輩と困惑する私の間に、さらにこころちゃんが割って入ってきた。
「アタシからも頼むよ、入ってくれよ。他の部活があるわけじゃないんだろ?」
「そうだけど……」
一瞬、休み時間に私に声をかけたクラスメイトの姿がチラつく。
先輩やこころちゃんは私にバドミントンをやらせたい。
私はバドミントン部に入りたくない。
事態は完全に膠着した。
「えー、こほん。紗枝、そろそろ体育館に移動して練習始めたいんだけど」
口を挟みにくそうにしていた部長が、意を決して膠着状態を打ち破った。
「五人目は惜しいけど、嫌というなら仕方ない。諦めよう」
若草先輩を諭すように部長が言った。この流れならバドミントンをしなくて済むだろう。
私は内心ほっとしたような、しかしこうなっては少し後ろめたさのような、微妙な気持ちが胸に湧いた。いや、惜しいなどとは思わない。バドミントンをするのは嫌なのだ。ずっとそう思っていたはずだ。
「バドミントン部のことはバドミントンで決めたらいいんじゃないですか。副部長が勝ったら入部して、空ちゃん? が勝ったら入部しないとか」
せっかく生まれていた私がバドミントン部から離れられそうな空気を破って、とんでもない提案が飛び出した。邪悪な提案の主は、舞歌ちゃんだった。
「ちょっと───」
「それだわ!」
私が反論をする前に、舞歌ちゃんの提案を名案だと言わんばかりに若草先輩が飛びつく。とんでもない。あと少しで入部の話が流れそうだったのに、なんてことを言ってくれるのだろう。
「それだわ、じゃありません。私、嫌です」
「いいじゃないかよ空、勝てばいいんだ」
もう一人、邪悪な提案に乗り気なのはこころちゃんだ。
「ブランクあるのに現役に勝てるわけないじゃない」
「ハンディキャップを付ければいいの?」
私の当然の反論に若草先輩がすかさず解決策を貼り付ける。
「そういう問題じゃ……だいたい、私運動着もラケットもありません!」
「私の貸してやるよ、だいたい同じサイズだよな?」
こころちゃんも私の退路を断ってきた。
「え、えっと……、とにかく、バドミントンをしたくないんです‼」
「はあ……じゃあこうしましょう」
ため息一つ、若草先輩は腕を組んで不敵に言い放った。
「あなたが試合を受けなければ───副部長権限でこころちゃんを退部させます」
「「はいっ⁉」」
「どうしてこうなったんだろう……」
こころちゃんから運動着とシューズを借りた。シューズは体育用の内履きで代用しようとも思ったけど、履くようにとこころちゃんが強く主張したので貸してもらった。こころちゃんは内履きだ。
ネットの向こう側から、こころちゃんが吠えてスマッシュを寄越した。
「シャキッとしろ空、お前にアタシの選手生命がかかってる、頼んだぞ!」
声もスマッシュもまっすぐで、重い。
「勝手にかけないでほしかった……」
ついでに責任も重い。
私がレシーブしたシャトルが気の抜けた放物線を描きネットの向こう側に落ちる。
こころちゃんを見捨てて今すぐに逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
ピー、とアラームが鳴り響く。たくさんの球種を練習した。地面と平行に低くシャトルを走らせるドライブ。コートの奥から奥まで高く山なりに飛ばすハイクリア。ネット際からネット際に低く弾くヘアピン。高所から角度を付けて強く打ち込むスマッシュ。そういった基本的な球種を打ち合う練習の時間(一般的に、『基礎打ち』と呼ぶ)が終わったのだった。
「これで基礎打ち終わりだけど、カンは取り戻せた?」
「うん」
ブランクの長さ相応に腕は錆びついていたけれど、長めの基礎打ちによってかなり勘を取り戻すことができた。私のために長く時間を取ってくれたのかもしれない。
私は、隣のコートで基礎打ちを終えてストレッチをする若草先輩を横目に見やった。
「逃げたい……」
「ダメだぜ」
まだ動いてないのに、こころちゃんは私の両肩をがっしりとホールドした。 私の目を見つめ真面目な顔で言う。
「勝てばいいんだよ」
「現役の先輩にリタイアした私が勝てるわけないでしょ」
若草先輩のバドミントン歴がどの程度かは知らないが少なくとも入部から今まで一年以上活動をしているだろう。それに、そもそも勝負を仕掛けてくるくらいだから、私に勝てる自信もあるらしい。対して、私はバドミントン部を辞めてから一年半。勝てるかどうかは甚だ怪しい。
「言ってただろ、ハンデを付ければいいんだよ。ハンデを付ける話は出たけど、どれだけハンデを付けるのかは決めなかった」
「私が絶対勝てるところまで、ハンデをもらえるように交渉するってこと?」
「そう。アタシも空が有利になるように一緒に交渉するからさ」
腕まくりのジェスチャーをしてからこころちゃんは悪い顔した。
「私が勝ったら、バドミントン部には入らないけど?」
こころちゃんは切なげに笑った。
「まさかこんな形になっちゃうなんて思わなかった。もっかいバドミントンしてほしいとは思うけど、無理にでもなんて言えないから」
……現在形で私が無理にバドミントンさせられるんだけど、と私は口に出さずこころちゃんをじっとり睨みつけた。
言葉を選ぶように間をおいて、「だから」とこころちゃんは付け加えた。
「これが、空がバドミントンと仲直りするきっかけになればいいなってだけ思ってる」
「じゃあ、始めよう。一ゲーム勝負で」
パン、と柏手を打って部長がゲームの開始を促した。
「その前に、空にあげるハンデを決めましょう」
私が言う前に、こころちゃんが交渉の口火を切ってくれた。
「そうだね、点数のハンデでいいかい?」
「わかりやすいですしね。空もそれでいいんだよな」
こころちゃんの確認に首肯する。
バドミントンのゲームは本来二十一点先取だけど、そこにハンデとして点数をくれるということだ。要するに、私が何点取ればいいかという話だが……。
「二十点がいいと思います!」
こころちゃんは悪い顔をしながらとんでもないことを言い出して、吹き出した。その提案に、私は思わず立場を忘れて、こころちゃんを小声で糾弾した。
「ちょっとこころちゃん!」
「いいんだよ。『最初に無茶な要求をして、それからハードルを下げた本命の要求をすると通りやすい』って何かで読んだ」
二十一点点先取のゲームで二十点のハンデ。つまり、こころちゃんは、私が一点取ったら勝ちにしてくださいと言っているのだ。いくら本命の要求を通す前振りだとしても、あまりに無茶が過ぎる。だいたい何かで読んだ程度の生兵法が通じるのか……。
「でも無茶すぎたら意味がないんじゃない」
「オッケー、じゃあ空ちゃんは一点マッチね」
「ほら、やっぱ二十点なんて無茶すぎ……って、はい?」
予想外の返答に、反応するのに一瞬の間を要し、内容を理解するのにはさらに時間を要した。
「二十点のハンデでいいって言ってるんだよ」
そこで、返答の主が勝負を仕掛けてきた若草先輩ではないことに気付いた。
答えたのは若草先輩ではなく、いつかよりずっと静観していた公美部長だった。
「……本当に一点取れば勝ちでいいんですか。ていうか勝手に決めちゃっていいんですか」
───勝負をするのは私と若草先輩なのに。
「そんなに何度も確認しなくてもいいのに。二十一点の一セットマッチで、空ちゃんは一点取れば勝ち。入部しなくていい」
部長は念を押すようにゆっくりと、私が疑ったルールを繰り返した。そうしてから、私のもう一つの疑問にも答えた。
「私がルール決めていいのかって、何せ相手は私がするからね」
ジャンケンによって、最初のサーブ権は部長のものになった。
「一本練習しようか」
長い髪を後ろで一本に纏めて結った部長が、ラケットを素早く振り上げ、シャトルを高空へ打ち出した。
試合の前には対戦する選手同士がシャトルを打ち合って、その試合で使うコートやシャトルの具合を確かめる。これを「一本練習」って言ったりする。
部長が打ったシャトルが、私のコートに落ちてくる。
右足を引いて半身に、落ちてくるシャトルに照準を合わせるように左手を向け、右手は弓を引くようにラケットを構える。
跳躍。
体の捻りも加えて、ラケットを振り切る。私が手を伸ばして届く一番高い打点で、インパクト───!
小気味のいい音をたて、飛んできた弾道をそのまま帰るように、大きな山なりの軌道を描いてシャトルが飛んで行く。ハイクリア、シャトルを高く遠く飛ばす、バドミントンで最も基本的な球種だ。
応じて、部長が私と同じようにラケットを振り、ハイクリアを返す。
力強いスイングには見えないのに、部長はコートの端から端まで容易くシャトルを飛ばした。
それから何本かハイクリアを打ち合ってから、部長がシャトルを止めて練習は終了した。
ハイクリアだけでも、打ち合えば多少相手のことがわかる。
部長は間違いなく強い。
私は既に引き締めていた気持ちをより強固なものにした。
でも、何故部長が私とゲームをするのだろう。私は若草先輩と試合をするものとばかり思っていたのに。
「オンマイライト、空ちゃん。オンマイレフト、部長。部長トゥサーブ。21ポイントワンゲームマッチ、ファーストゲーム、ラブオールプレー!」
主審を任された若草先輩が、いやに丁寧な言い方で、試合開始を宣言した。その表情は少し不満げなようにも見えた。
若草先輩の顔色を見るに、若草先輩も、私と試合をする気でいたように思える。
「お願いします」
「……お願いします」
目が合う一瞬、部長がニコリと笑った、ような気がした。
部長は何を考えているのだろう。私は部長の第一打を待ちながら思考を巡らせた。
例えば、何が何でも私をバドミントン部に入れたいので、若草先輩より強い部長が直々に私を仕留めに来たとか。でもそれなら、一点取れば私の勝ちという極大のハンデを認める必要は無い。
例えば、部員が強引なやり方で私を捕まえたので、勝負するフリをして逃してくれようとしている。……勝負なんかしなくても部長が「やめなさい」とでも言えばそれで済む気がする。部員に言うことを聞かせられない、うだつの上がらない部長、というわけでも無さそうだし。
部長の意図は見えないが、そんなことなどお構い無しに部長は鋭いスナップでラケットを振ってサーブを打ち出した。