敗者と敗者
ゆっくりと階段を降りていく。次第に体育館の喧騒が遠のいていく。
体育館の一つ下の階。明かりはついていない。窓から差し込む夕陽だけがフロアを赤く染めていた。今日に限り使用団体がいないらしいことは、朝のうちに予定表を観て把握していた。今日このフロアには今誰もいない。誰も来ない……はずだったんだけど。
「なんだ、先客がいたの」
「あー……舞歌ちゃん」
フロアのベンチにもたれるように座り、ぼんやりと虚空を見つめる幸村がそこにいた。
「ジュース何がいい? 奢るけど」
「何でもいい……」
「じゃあドクターペッパー」
「ごめん、それ以外……フルーツっぽいやつで……」
「何でもいいって言ったのに」
ワガママさんめ。私はポケットに入れてきた小銭を自動販売機に投入して、二人分の飲み物を買った。
差し出した缶を、幸村はのろのろと手を伸ばしてようやく掴んだ。私が手を放したらそのまま振り子のように落ちるのではないかと思ったけど、幸村の手はなんとか落とすことなく缶を引き寄せた。
「お疲れ様」
「……おー」
半ば無理やりのように、私は自分の缶を幸村の缶にぶつけて、ドクターペッパーに口をつける。
腰をかけた瞬間、試合の中では感じなかった疲労を、どっと感じるようだった。
沈黙。私は何も言わないし、幸村も何も言わない。体育館やギャラリー席は今も人がいてそれなりに騒がしいのだろうけれど、それも下の階までは聞こえてこないようだった。自動販売機や給水機が低く唸る音だけがひたすらに響いていた。
しばらくして、幸村が視線と同じくらいぼんやりとした声で呟いた。
「空さ、あの『技』を使ったんだよ……。アタシに応えたいって言ってくれてさ」
幸村と佳川が同じ中学校だということは聞いていた。二人の過去に何かがあったということと、その中心に、佳川が持っているらしい不思議な力が絡んでいるらしいということも、断片的に聞きかじる情報から察しがついていた。そしておそらく、幸村は佳川に気持ちを届けることができたのだろう。だけど幸村の声はどこか燻ぶるように揺れていた。
「だから、勝てなかったけどさ、自分のやりたいこと、やるべきことはそれで済んだと思った」
次第にその言葉に、血が通っていくように力が巡る。
「でも…………勝ちたかった……。アタシが空の力を乗り越えて、空に勝って、空がここにいられるようにしたかった……アタシが……」
「そう、アンタも、絶対の絶対に勝ちたい試合だったのね」
私は、幸村と佳川の間にあったこと、その全部は知らない。けれど今日までの幸村を見れば佳川が幸村にとって大切な人であったことも、今日の試合が重要なものであったことは、わかる。その戦いに勝ちたかった気持ちも。
背景は違えども今の幸村は、私と同じだ。
幸村の涙が誘い水になったみたいに、私も湧いた気持ちが溢れ出た。
「私も、応援してくれたたくさんの人に、勝つところを見せてあげたかった……」
部長との試合のいくつもの記憶が、幾重にも幾重にも重なるように浮かんでくる。
「私も……っ、まだ満足してないもん……っ!」
浮かんで溢れる想いと記憶が、渇望になって、涙になって、言葉になって、止まらない。
「勝ちたかった!」
「私も勝ちたかったわ! ばかー!」
互いに渇望を叫んで、涙を零して、また叫んで。しばらく止まることはなかった。




