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はねたま☆イミテーション!  作者: 創作少女
空隙のソラ-Blank Seeker-
13/33

空隙探察-ブランク・シーカー-

天賦(ギフト)

 研鑽の末、高度に練り上げられた特殊な技能のうち、他者が望んでも得られないほどまで練り上げられたものを、天賦(ギフト)───


 ───と、脳内を漫画に冒されている此魅がそう呼んでいるだけであり、『他の人にはなかなか真似のできない得意技』程度の、常識の埒内にある能力である。断じて超能力ではない。


 とはいえ、此魅が天賦(ギフト)と呼ぶ技能はどれもそれぞれの経験や研鑽によって培われたものであり、他者が望んでも得られない高度なものばかりである。

 もしも天賦(ギフト)を得る過程を知らないものがその結果だけを体感・目撃したとしたら、それは確かに超能力の類と見分けがつかないのかもしれない。

   ***


 アタシは身動きできずにシャトルを見送った。誰にも阻まれずにシャトルはアタシのコートに落ちていく。そのことを、アタシはもう怖いと思わなかった。代わりに熱いものが胸を満たしている。

使わなくていいって言ったのに、空は『力』を使い始めた。直前のインターバルで部長が何かいいことを伝えたに違いない。

「ブランクシーカー」

 小さくだけれど、空の口からそう零れた、ように聞こえた。もしかして技名なのだろうか。空の趣味には思えないから、きっと部長の入れ知恵だ。

「行くよ」

 アタシたちの間にだけ聞こえる声で空が告げ、新たなラリーを始める。 返事はしなかった。強く強く叩き返すシャトルがその代わりだ。

「来たっ……!」

 ラリーの最中、アタシの足を硬直が襲う。空の『ブランクシーカー』だ。しかしすぐに硬直は解け、アタシはシャトルをギリギリで捕球した。

なぜ動けたのか疑問に思ったがそれは一瞬の内に解消した。コートの向こうで空が、ラリーを重ねながら、逡巡するようにアタシを見つめている。部長が付けたであろう名前にどんな効果があるのかはわからないが、空はまだブランクシーカーを振るうことに迷いがあるようだった。コース取りが甘い。ブランクシーカーを全力で振るえていない。

 あれだけ悩んでいたことだ。すぐに十全に打ち込むことは難しいだろう。

 ……アタシにできることは何か。

 ちょうどいい高さに上がったシャトルを強打して、思い切り踏み出してネット前に出る。レシーブされて浮かぶシャトルがそこにある。アタシはさらに力強く打ち付けた。

 苦しい体勢ながら、空はアタシの強打を打ち返して、シャトルをネットの僅か上に通した。これは叩けない。嫌らしい高さで帰ってきたシャトルを押し返すように、アタシはそれをコートの奥まで送り出した。

 不意に一瞬だけ、空と視線が繋がる。問いかけるように、確認するように、アタシを見ている。

 本気でいい。アタシは空に向けて小さく頷いて視線に力と思いを込めて返した。

 空の目に、覚悟と決意が力を宿す。

 ふわりと浮き上がるように、空が軽い足取りで跳ぶ。

 ラケットが鋭く風を斬る。

 カチン、と金属音でも聞こえそうなほどの、強烈な硬直が全身にかかる。先ほどの比ではない。

 やっと足が動き出し、シャトルを追いかける。アタシは足と手をいっぱいに伸ばして、取りこぼす寸前でどうにか返球した。

 どこに打ち込まれても反応できるように、柔軟に構えていたはずだった。それなのに空の打球は、アタシの足を止めてコートに突き刺さろうとしている。

 いや、構えていたからこそ、この程度の硬直で済んだのか……?

 このラリーはその先、全て空の手のひらの上のようだった。

 更なる空の打球に足が止まる。遅れて打ち返した打球をさらに返されて、硬直する。なんとか触れたシャトルは浮かび上がり───空がそれをあっさりとコートに叩きつけた。

 今のが空の全力か。凍る背筋を冷や汗が伝い、手足が震え、ぞくりと肌が泡立つ。

 ブランクシーカーを乗りこなし始めた空の力は、驚異的だった。でもそれはかつて恐れていたものとはもう違う。例えば部長の強烈なスマッシュと同じような「ただの脅威」だ。

 戦える。アタシはそう確信した。そして嬉しかった。空がアタシを信じて、全力でバドミントンをしようとしている。

 深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。アタシも全力をもって、空の全力を攻略する。それが空の力に、二年前の畏れに勝つことになるはずだ。

 シャトルを空に返して、ラケットを構える。アタシは集中した。空の挙動の全てを見逃さないように。頭の中で何通りものラリーのイメージを広げる。どんなラリーでなら、空から得点を奪いやすいか。

 空が動く。シンプルなロングサーブが、コートの上に大きなアーチを描く。

 アタシは大股のステップでシャトルの落ちてくるだろう地点より遥か後ろに下がった。まだ高く飛んでいるシャトルを見据え、一歩二歩とステップで助走をつけて強く踏み切る。高く跳ぶ。見下ろしたコートがとても広く見えた。その中心で、空が私を見上げていた。

頼むぞアタシのコントロール……!

 ちょっと情けない祈りも捧げながら、アタシは空に向けてラケットを振り抜いてシャトルを鋭角に叩き込む。

 パンともバンともつかない不思議な打球音と共に、シャトルが空の手元に向けて突き進む。 なんとか狙い通りのコースで進んでくれた。

アタシが狙ったのは空の手元だ。ラケットが一定の長さを持つ以上、手のある位置に飛んでくるシャトルを打ち返すのは簡単ではない。自然と、不自然な体勢やラケットの向きで返球することになる。 そしてアタシの思惑通り、実際に空は手元に飛んできたスマッシュに慌てて、右手を大きく引いて、バックハンドで振る不自然なスイングで返球する羽目になった。コースも捻りのないストレート。打球が───浮いた!

「───ッラァ‼」

 強引に押し込みシャトルを地に沈める。

 空は驚いたように目を見開いて、アタシを見つめていた。

 よし、空から得点できるラリーを一つ見つけた!

 ……アタシのコントロール精度では、今と同じラリーをあと何度できるかわからないのが問題だけれども。

 悔しいけれど、空のあの『ブランクシーカー』を直接攻略する方法がアタシには無い。だからアタシにできることはブランクシーカーそのものではなくそれを使う『全力の空』を攻略することだけだった。

 空がブランクシーカーを使えば、さっきのように一打ごとにアタシの硬直は大きくなり、ラリーの主導権をそのまま奪われてしまう。

 なら、早いラリー、速い打球で空の打ちにくい場所を攻めて、コースを選ぶ余裕を奪って空を封殺する。それがアタシの作戦だ。

 得点したアタシにサーブ権が回ってくる。アタシはネットの向こう側に空もラケットを構えている。アタシはラリーの展開をいくつか考えて、有利な展開を探した。

「………………」

 ラケットをお腹の前で構えて、小さく振るう。ネットを超えてすぐ落ちるショートサーブ。

 空もまた、シャトルを吸い付けるように緩やかにネット前へ返す。シャトルがネットに引っかかるギリギリ上を通ってすぐアタシのコートに落ちてくる。空、上手い!

 ネット際に落ちる球種は、落ちる地点がネットに近ければ近いほど、ネット前に打ち返すことが困難になる。

 この打球を同じくネット際に返そうとすれば、ラケットがネットに触れる(これも空の得点になる)か、打球が浮き上がって叩きやすい絶好球になるか、エトセトラエトセトラ……ロクなことにならなそうだ。

 アタシは下からすくい上げるようにロブを上げる。少しでも空が打ちにくくなるように、空の左側───利き手と逆方向に向けて打ち上げた。しかしそれは読まれていた。空は素早くシャトルの下に潜り込み、ラケットを振りかぶる。

 アタシも急ぎコートの中心に戻ろうとするが、その意図を読み切ったように、空はアタシがたった今離れたネット際にドロップショットを決めた。当然、アタシはそれを追いかけられない。ブランクシーカーが効いている。

「ロブ、迂闊だったんじゃない?」

 コートの中心で固まるアタシに怪訝そうな視線を向けつつ空が言った。

「色々考えたけど、アタシのサーブから有利な展開が組み立てられなかったんだよな」

「……正直に言わなくてもいいけど」

「あっ」

 これは試合で、空は対戦相手だ。手の内を素直に晒してどうする。

「……こころちゃんはバカだなぁ」

 アタシがその暴言に怒れなかったのは、きっと、空の口元が一瞬、僅かに釣り上がっているように見えたからだ。

 いつの間にか時間の感覚が溶け、得点の感覚が薄れ、夢見るような心地で戦っていた。

 アタシの速攻が刺さるのが早いか、空の打球がアタシを出し抜くのが早いか。そういうラリーになっていった。得点を取ったり取られたりして、試合は進んでいった。勝機を零さないよう、常に神経を張りながら動き回ったから、心身ともにヘトヘトだった。それなのに、まだまだ戦える気がする。いや、戦っていたいと思った。

 アタシの未熟さで空を失ってしばらく、アタシもバドミントン部を辞めようかと思っていた。でも、そうしなかった。

 アタシを繋ぎとめたのは、空の言葉。

 ───手が届かないならもっと手を伸ばす。そしたら明日はもっと遠くに手が届くかもしれない。勝てなかった相手にも明日は勝てるかもしれない。手を伸ばし続けたら今日は昨日より強くなってる。もっと伸ばしたら明日は今日より強くなれる。

 もっと手を伸ばす───!

 手を伸ばし続けたら───!

 そんなこと、考えたこともなかった。

 今勝てなくても。空の力がわからなくても。空が離れてしまっても、手を伸ばし続けたら、いつか空に手が届くかもしれない。空を、取り戻せるかもしれない!

 空がふわりと跳ねる。跳躍がゆっくりに見える。

 地面に繋ぎとめられたように、足が止まる。

 シャトルが飛来する。速いのに、ゆっくりに見える。

 まだ、まだ終わらせたくない!

 この身の全てを擲つように、アタシは真横に飛んでいた。手を伸ばしきって、届かないシャトルに届くように。

「───届け!」

 シャトルにラケットの先が、触れた。

 もうコースもスイングも無い。アタシはその本能のように、ラケットを振った。アタシの体は後は落ちるだけ。

 ネットを超える力を得たシャトルがふわりと飛んで───。

 その向こうに、滑るように跳んでくる空の姿が見えた。

 ああ、───本当に強い。

 もう、怖くない。ただ、悔しい。

 こんなに楽しい試合が終わってしまうことが。

 空にもらった言葉に、アタシは何度も立ち上がる力をもらった。手を伸ばし続ける勇気をもらった。たとえ負けても、アタシはまた立ち上がるし、これからも手を伸ばし続けるだろう。

「───はぁぁっ!!」

 空の決断的なプッシュがシャトルを地面に沈め、試合の幕を引いた。ゲームセット、と聞き覚えのある主審の声が聞こえた。

「……空?」

 起き上がってみると、試合に勝った空が、ぽろぽろと涙を零していた。

「勝ったお前が、なんで泣いてんだよ」

「……ううん、わかんない。わかんないけど……」

 涙を拭いながらも、空の涙は止まらない。

 ネットの向こうに手は届かない。だから代わりに、アタシは言葉を伝えた。

「アタシは楽しかったぞ」

 これは偽らない今のアタシの本当の気持ち。過去には抱けなかった気持ちだ。

 空は驚いたように、止まらない涙を拭う手を止めて、アタシを見た。

 どんな気持ちが混ざっているともしれないけれど、強がりも入っているかもしれないけれど、アタシは全力で笑った。空がきょとんとした顔でアタシの顔を見つめている。

 すんと鼻をすすって、震える声を抑えて空が言う。

「……ありがと、こころちゃん」

「バドミントンのこと、好きになれた?」

「ぐすっ……きらい……」

「空は強情だなぁ」

 アタシは笑って新しい決意を表明する。

「この次は……」

 そこまで口にしてアタシは気付いた。「(これ)」は、この前アタシが言いかけて引っ込めた言葉だ。今度は、引っ込めたりしない。

「この次は絶対負けないからな!」


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