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はねたま☆イミテーション!  作者: 創作少女
空隙のソラ-Blank Seeker-
12/33

非才の舞姫

 相手側のコートに立つ部長が、安堵の表情を見せた。何か言ったようだけど、何と言ったかまではわからなかった。その視線の先には、佳川と幸村が試合をしているコートがある。佳川───何かの事情を抱えたバドミントン嫌いの女の子は、ここに来てやっと全力で戦えるようになったらしい。そのことは私としても嬉しくないことはない。しかしそれはそれとして。

 部長はあろうことか、私との試合中に隣のコートを見ていたのだ。私は怒りが運動量以上の熱を起こすのを感じた。

「ヨソ見すんなっ!」

 私は吠えてシャトルを叩きつけるように打ち込んだが、部長は大股のステップで素早くシャトルに追いつくと、さらに力を込めた強烈な一打で私を振り回した。

 必死でシャトルを追いかけて走り回るけれど、追いつくのが精一杯。そのうち部長は手頃な場所に浮いたシャトルを叩いて地面に打ちつけた。

 これで部長の十連続得点だ。バドミントンにコールドゲームのルールが無くて本当に良かった。

「ポイント……10-0」

 主審が、気の毒だと言わんばかりのおずおずとしたコールをした。余計なお世話だ。ここから巻き返す。方法はある。

 目の前に立ち塞がっているのは、ずっと仕返ししたかった私の仇。

 私には、才能が無かった。

 両親は共にはかつて日本を沸かしたプロのプレイヤー。私がバドミントンのラケットを初めて握ったのは二歳の時。友達と遊ぶ代わりに両親や大人たちに混じってバドミントンの練習をする日々。ここまで恵まれた環境を与えればスター選手の一人や二人くらい誕生しそうなものだけど、一番大切なところで天は采配をミスったのだ。

 小学生以来伸び悩む身長とスピード、センスの感じられないゲームメイク、パワーの乗らない打球。バドミントンで強く戦うための色々な要素が私には欠けていたのだ。

 私の容姿を褒める人もいた。こう言ってはなんだけど、私はすっごく可愛い。こらそこ、嫌な顔をしない、石を投げない。母の縁があるとは言え、大会実績も大して無い、年端も行かないガキが、何遍もバドミントン用品のモデルをさせてもらって、半ばアイドル扱いまでされてるんだから、私が可愛いというのは客観的事実と捉えてもいいのではないだろうか。

 身長低いし、童顔だし。なるほどシャトルを追いかけてバタバタと動く私は可愛らしく見えるかもね。

……違う。私は強くなりたかったのであって、アイドルになりたかったわけじゃないんだよ。

 私が欲しかったのは、こんなものじゃなくて、アイツみたいに、コートの上で輝く力───。

「11-0」

 部長が先ほどと同じようにシャトルを叩きつけて、一ゲーム目が折り返し地点を迎えた。私はまだ得点がない。

 私がこの試合で得点差を巻き返して勝機を掴むためには、まだ時間がかかるだろう。まずはそれまでに、部長に負けないこと。私は息を大きく吸い、深く集中した。

 そこで部長が、手足を大きく振って不可解な挙動をしていることに気付いた。しかも何やら、私に向かって何か呼びかけているようだった。

 私は渋々、自分の耳につけていた耳栓を外した。途端にギャラリーの喧騒や他のコートから響く打球やステップの音が耳に飛び込んでくる。

「あれ、どうにかならない? ……いえ、うーん、違うな、どうにかしなくていいのかな?」

 いつもはきはきと喋る部長が、珍しく言葉選びに迷って声を詰まらせていた。

 ……何のことかはわかっている。わかっていて、無視して耳栓までしていたのだ。なるべく一人で頑張りたかったし、私だけの力でどこまで部長と戦えるか、試したかった。

 私は、ギャラリーを見上げた。

「舞歌! 舞歌! 舞歌! 舞歌!」「諦めないでーッ!」「まだまだ勝てるぞー!」「一本集中ーっ!」「舞歌ちゃーん! 頑張れー!!」「俺たちがついてるぞー!」「ファイトー!」「舞歌ちゃん俺だー! 結婚してくれー!」「ツインテール決まってるわよー!」

 ひぃ、ふぅ……今日は老若男女合わせて十人ほどの、私の応援団がそこにいた。今までえ何回も応援に来てくれていた人もいるし、見覚えのない人もいる。あとなんか変なのも混ざってたぞ?

 困惑と呆れを顔の上でミックスさせている部長が、ぼやくように言った。

「……あなたの応援団、前よりパワーアップしてない?」

「いいでしょう?」

 苦笑半分、得意半分で私はそう応じた。

 そうして間もなく試合が再開される。

 じゃあ、改めて説明するね!

 私は待木舞歌、15歳。142cmの小学生並の身長と、スペシャルでレジェンドなママとパパを持つ、ポンコツサラブレッドだ。

 腕前は凡庸だけれど、容姿はママ譲りの超一流。スペシャルなママの縁で、記者さんの目にとまることになり、小学生にしてアイドルプレイヤーとして名を馳せた……ところまでは良かったけど、バドミントン力が凡人の私はすぐに名声と実力のギャップに傷付き、さらには若かりし頃の久美此魅───部長にラブゲームでボロボロにされたことからラケットを折りかけた。

 でもそんな時、私に届いた一通のファンレターが私の心を繋ぎとめた!

 弱くてもいい、平凡なプレーでもいい、私が諦めずにシャトルを追いかける姿が誰かに力を与えている。手紙が私にそれを教えてくれた。だから私はバドミントンを続けられたし、この化け物部長の前にも再び立って戦えるのだ。

 ふふふ、私ってチョロ……。

 チョロい私は、応援に乗せられて今日も戦う。背中を押してくれる、名前も知らないみんなのために。

「舞歌ちゃん、君は……!」

 ラリーの最中、私の打球を受けて部長が眉をひそめる。

「えー? どうしました?」

 私はすっとぼけながらさらに攻撃を続けた。私が鋭い攻撃をするたびに、ギャラリーから歓声があがる。そして、私の腕にはまた力が漲っていく。

 部長が私が今いるのと逆サイドにシャトルを打ち放つ。今までと同じ力強い打球だけれども、その軌跡には困惑が見て取れたのは……『速く』なった私の気のせいか。さっきまでなら取れなかった球にも、今の私は楽々と追いついてより深くへ押し返すことができる。

 誰だって、応援される方が絶対に「アガる」し、アウェーでは戦いにくい。応援されればもっと頑張ってやろうという力が入る。応援が、燃え尽きそうなボロボロの試合の中で立ち上がるスタミナをくれることもある。

 みんなが私の背を押してくれる。応援する声が私にコートを駆ける力をくれる。一人ではけして打てないようなショット打つ力をくれる。どこまでもシャトルを零さず守り抜く力をくれる。

 私は応援で強くなる。一人では飛べない私をみんなが強くしてくれる。

 私はシャトルを迎えるついでにギャラリーを見上げ、思わず笑ってしまう。

 名前も知らない人たちが私を応援してくれる。中にはよくわからない応援も混ざっているけれど、そんなのも含めて、私はみんなに力をもらってバドミントンをしているのだ。

 応援に背を押されて力を増す私を見て、しかし部長はとても嬉しそうに笑った。

「それが、君の『天賦(ギフト)』というわけだ」

 天賦? ご冗談、私はどこまでも非才な小娘だ。

「君の『天賦』にも名前をあげ───」

「いらんッ!」

 部長の余計なお世話を全力で拒否し、代わりに強打をくれてやる。これもまた、先ほどまでよりも力を増した一撃だ。それを受けながら、娘の成長を見た母親のように部長は目を細めてしみじみと言った。

「強くなったね。舞華ちゃん、本当に強くなった」

「そう言うならそろそろ(たお)れてもらっていいッ!?」

 私は怒りの叫びを乗せたスマッシュを部長の母親ヅラへの返答にする。

 それでもアイツは斃れない。

 急所を狙ったスマッシュ、意表を突いたドロップ、完璧な軌道のヘアピン、私が手を変え品を変え球種を変えコースを変え繰り出すそれら全てを、ことごとく部長は弾いて見せた。アイツはまだ───『無敵』だ。

 返ってくるのは、ただのレシーブではない。一球一球がこちらの攻めを断ち切らんとするような、鋭い返球だ。少しでも気を抜けばこちらの攻撃を中断させられてしまう。そうしたら最後、向こうの圧倒的な攻撃が始まる。精神的にも体力的にも、攻撃を続けるこちらが逆にダメージを受けるような、そんな錯覚さえ覚えるような守りだった。

 不意に、何発目かもうわからない強打を打とうとして体勢が崩れた。どうにか届いただけシャトルが甘く浮き上がる。

 あとは一瞬だった。

雷のようにシャトルが地面に突き刺さる。私が重力に引かれてコートに臥せる。遅れて、部長が私を見下ろしながら、ふわりと着地をした。

 みんなの応援で力を水増ししてもまだ、私は部長から点数を奪えない。

 言葉で否定するのは簡単だけれども、本能的な部分に突き立ったこの気持ちをひっくり返すのは難しかった。私は良くも悪くも、こういうところで諦めが良すぎると思っている。

 けれど。

「これくらいじゃ、折れないわ」

 けれど、私は立った。

 ───私はバドミントン嫌いだから。

 不意にいつか佳川が言った言葉を思い出した。アイツはどこか自分に言い聞かせるように言っていたようにも感じたけれど、あえて私から言葉を返すとするなら。

「同感、バドミントンなんて大嫌いだわ」

バドミントンとは実は残酷な競技で、どんなに強い相手にも、最低でも四十二点を取らないと勝利することができない。ある程度以上の実力差を勢いで返せない。ついでに言えば体格差や筋力の差もモロに出る、とことん私に厳しいスポーツなのだ。

 ならどうして、ともアイツは訊いてきたっけ。

 どうして私がバドミントンを続けているのか、それは───。

 私は深呼吸をした。深く深く吸い込み、吐き出す。

「みんなーーー!」

 私はギャラリーに声を張り上げた。

「私はまだまだ負けない! 行けるところまで粘って粘って、次に繋ぐ! だから、みんなに、私の背を押して欲しい! もっと、みんなの力を貸して!」

 私は試合中、ギャラリーに声をかけることはほとんどない。

 ギャラリーの誰もが面食らった数秒の沈黙の後。

「うおー! 舞歌ちゃんが俺たちの声を必要としてるぞ!」「任せてーッ!」「声が枯れるまでやってやるぜ!」「聞いたか、声を合わせろっ!」「俺たちが舞歌ちゃんを勝たせるんだ!」「行くぞー‼」「「「舞歌! 舞歌! 舞歌! 舞歌!」」」

 私はバドミントンは大嫌いだけど、バドミントンで人からちやほやされるのと人を喜ばせるのは大好きだ!

 私は再び部長に向き直る。

「……ね、やっぱり応援してくれる人がいるのって、いいね」

「マナーとかルールとかギリギリなのはこの際触れないとして、まだ戦えるのかい?」

「みんなが力をくれるからね」

 部長は私の言葉を聞きながら、静かにサーブの構えを取った。私もラケットを上げて相対する。

 まだまだ、試合は終わらないし、終わらせない。

「私が負けるのが先か、アンタが斃れるのが先か、楽しみだわ!」

「そう、舞歌ちゃんは強いんだね」

 そうしてコートの上で再び、私たちは激突した。

【Uque!!】

 読み方は『うきゅー』。

 この世界にて発行されているバドミントンに関するあらゆる情報を扱うスポーツ情報誌。

 最新の用品レビューから日本国内外の大会情報まで詳しく掲載されており、年齢問わずプレーヤーからの人気は厚い。

 しかしその反面、バドミントンの競技としてのマイナーさが足を引っ張っているため、プレーヤー以外の読者層は極めて薄く部数はあまり伸びていない。


 なお待木舞歌は本誌にてモデルを務めているほか、不定期にコラムを連載している。

 時に劇薬、時に毒。

 隠しているつもりで全く隠しきれていない、彼女の本心を明け透けに綴られたコラムが密かに人気を得ていることを舞歌はまだ知らない。

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