よりにもよって、このポジションですか?
──どうして、こうなった。それが今の率直な本音だ。
(どうして。どうして、よりにもよって…………!!)
鏡を何度覗き込んでみても、目の前に見えるそれが事実。わたしは、半泣きになりながらも叫ぶしかない。
「………なん、でっ。なんで、よりにもよって、転生してきた悪役令嬢が主人公の小説の悪役ヒロインに転生してるのよおおおおおおお!」
わたしの渾身の叫びは、悲しいかな。防音壁に囲まれた特注の立派な部屋では誰にも聞こえなかったのである。
亜麻色の髪。輝くような青い瞳に色白の肌。──傍目から見れば、なかなか可愛い女の子なんだろう。今のわたしは。だが、正直に言わせてもらいます。嬉しくなんかないわあああああ!
バッシィイィン! と小気味のいい音を立てて、床に叩きつけたのはベッドに置いてあったクッションな訳なんだけども八つ当たりです、ごめんなさい。でも、これ位は許されてほしい。いや、だって、これから起きる事を考えたらそうもなるでしょうよ! ごめんね、クッション。今だけは、本当に許してくれ。
はぁぁ。とわたしは、深いため息をつくしかない。
「転生悪役令嬢は、ハッピーエンドを掴む為に奔走します!」
そのタイトルを持つ小説を読むのが、わたしは好きだった。「love magic~本当の愛の見つけ方~」というファンタジー系乙女ゲーム内の悪役令嬢に転生してしまった主人公が、ハッピーエンドを掴む為に頑張るというどこにでもありそうな話だったけれど、わたしはこの小説が本当に好きで好きで仕方なかったのだ。更新が楽しみで仕方なかったし、コミカライズも、当然のように読んでいた。我ながら、アホだったとは思う。あの小説の更新がコミカライズとの都合上、少し休載になってしまい、やっと更新されたとわかって、いそいよ読もうと歩きスマホをしてて。けど、いざ、その歩きスマホをしようとした瞬間に、小さい女の子が道路に飛び出してて。──とっさに手を伸ばして、突き飛ばしたはいいけれど、スピードがそこそこ出てたトラックに轢かれて……。うん。享年25歳。「有馬 由紀」としてのわたしの人生は、そこで終了した。
──そこから、あの小説の中で悪役令嬢と同じように転生してきた性悪ヒロインとして、転生していたなんて気づくのに実に6年もの歳月を費やしていたのである。
「アンジェ・セレスタイト」
それが今のわたしの名前だ。綺麗な名前に反して、転生してきた悪役令嬢に同じような転生した人間でありながら、自身がヒロインであり続ける為に、ありとあらゆる手を尽くして、己がさも、か弱いヒロインで、悪役令嬢である主人公を嵌めようとし続けてきた悪女。
そんな彼女にわたしは転生してしまったのである。
詰んだ。
率直な本音だ。だって、あの小説では、途中で乙女ゲームのヒロインであるアンジェの悪行がバレまくって、断罪されてなかった??
うん。されてたよね。されてたわ。悪役令嬢である主人公こと「ステラ・トリフェーン」の奔走が功を奏して、アンジェの悪行は白日の下に晒され、断罪されるシーン。それを読み終えたところで事故に遭った。それだけは鮮明に思い出せる。
──ヤバい。待って。あの後、アンジェであるわたしはどうなるんだろうか。
背中に嫌な冷や汗が伝う。読者だった頃は、ステラ負けるんじゃない! って純粋に応援出来たけど、当事者になった今となっては、当時のわたしをぶん殴りたい。殴れないけど。
アンジェがステラにやらかしてた事は、悪役令嬢がヒロインにやらかしているような悪行の数々そのままだった。嫌な噂を流す。ヒロインとしての補正で貰ったらしい魅了の力でモブ達を使って、ステラを脅したり、時にはステラの大切な者を葬ろうとしたり。ヒロインじゃなくて、あんたが悪役令嬢だよ! と誰もが言いたくなるような数多くの悪行を平気でしていたアンジェは、ステラの努力あって、本来、攻略対象となるはずだった男性キャラ達から断罪されて──。そういうストーリーだった。うん。
……何やってんだ。アンジェ。
いやいや、仕方ないよ。そういうストーリーだもんね。文句つけても仕方ない。だけど!! 己の身がその悪役令嬢も真っ青の性悪ヒロインになったとなると、話は別だよ! 恨むよ、神様ァ! こういう転生って、普通はチート能力たっぷりで俺強えええ! な無双物語とかじゃないの!?
どうして、よりにもよって、悪役令嬢が主人公の小説に転生してるんだ!
ベッドにごろごろ転がったわたしは、ふと考える。
(……乙女ゲームのように、そのまま、ヒロインとして振る舞ってればハッピーエンド? んな訳ないよね~……)
ここは、転生してきた悪役令嬢が主人公の小説の世界。つまり、悪役令嬢はわたしと同じように転生してくる可能性が高い。果たして、転生してきた悪役令嬢がおとなしくしてくれるだろうか。
出来る事なら、奇跡が起きて、転生の記憶がなかったり、アンジェが何もしてこない事に安堵してくれるような優しいタイプなら、いいけれど。問題は。
「ステラ・トリフェーン」として転生してきた誰かが、それに納得してくれるかという事。ステラとして転生してきた誰かが、「転生悪役令嬢は、ハッピーエンドを掴む為に奔走します!」を知っているとしたら。わたしが何もしてこない事に業を煮やして、何かしら仕掛けてくるかもしれない。
確か、アンジェはへこたれないステラを、最終的に魅了したモブ達を使って、殺そうとまでしてたよね………。同じ事をされない保証がどこにあるんだ。
転生してくるとは限らないけれど、ここはそういう小説の世界。その可能性は限りなく、高い。
(ヤバい……)
ただの乙女ゲームの世界に転生なら、やりようもあった。意地悪を繰り返してくる悪役令嬢であるステラにひたすら、耐えてたらハッピーエンドだっただろうし。もしくは、そもそも、あの小説の主人公であるステラに転生なら、ハッピーエンドは確定だったろうに。
なのに、よりにもよって、何をどうして、神様はわたしを意地悪になったアンジェに転生させたの!?
確か、この小説での世界は魔法が当たり前に使えて、アンジェはその中でもとびきり珍しい光属性の魔法を持つヒロインだったはず。ゲーム内では、下級貴族の一人娘で、光属性の魔法を持ちながらも心優しく可愛い故に、ロザリア学園に入学してから、悪役令嬢であるステラに目をつけられて虐められるという設定だったけど、小説では転生して知識があるのをいい事に、その力を悪用して、ステラを追いつめてた。お前が悪役令嬢かよって言われても仕方ない。というか、悪役令嬢じゃん。
わたしは、ああああああ。と叫びながらも、頭を抱える。
これが事実なら、小説通り、物事は運んで、わたしは、あのやっばい断罪を引き受けないといけなくなる。ステラを含めた攻略対象のキャラである皆に囲まれて、罵られて──。
無理。心が死ぬ。何よりも、小説内とはいえ好きな「ミッシェル・クラウディア」に罵られるとか、絶対無理!!
銀色のふわふわの髪に、紫色の瞳が超綺麗でステラの婚約者なスパダリイケメンである彼は、わたしの推しだ。推しに罵られるとか、悪い意味で泣ける。無理。最悪。
どうしよう。確か、小説の中では5歳の頃に、アンジェは光の魔法の力を発現するも両親が希少な魔法を使う娘を悪く扱われない為にひた隠しにしてた。って話じゃなかった?
今は、6歳だよ! 既にもう、光の魔法使えちゃってるよ、ばかああああああ!
そんで、15歳になった時に、攻略対象の一人である「セナ・マクシェル」の怪我を光の魔法で治した事がきっかけで学園に入る事になって……。っていうのが、「love magic~本当の愛の見つけ方~」の元設定で、小説内ではそれすらも悪用してたよな、アンジェ。
お前、本当にめちゃくちゃ性悪じゃん。あんたのせいで、転生したわたしの人生、お先真っ暗ハードモードだよ。
だけど、だからって諦められない。光の魔法が使えるからなんだっていうんだ。転生してくるもしくは転生してるであろう悪役令嬢のステラがいるからなんだっていうの。
わたしは、ここで諦めない! 「有馬 由紀」としてだって、まだまだ途中だったんだから、ハッピーエンドまでいかなくていい。そんな大それた事は望まない。わたしが目指すのは、トゥルーエンド。モブAくらいまで成り下がってもいい。人生は一度っきり。転生してきたステラのハッピーエンドの為に、わたしの人生を犠牲になんてさせてやらない!
アンジェ・セレスタイト。6歳。前世は、元OL。享年25歳。今世では、ごくごく普通の人生をすごすというトゥルーエンド目指して、動きます!