航空警察
「廃材置き場へ行こう」
「え?」
立ち止まる銀河に、遥も足を止める。
「俺が一から作る」
「本当?」
遥は、回り込んで銀河の顔を覗き込む。すると。
「俺がただただ整備士やってると思ったのか?」
銀河は、横目で彼女を見た。
「うー……、うん」
遥は、満面の〈照れ笑い〉。それを見て、銀河は呆れた。
《……》
〈……〉
二人は、それを見て、黙っていた。
「行くぞ」
「うん」
遥は、銀河のあとをついて行った。
廃材置き場。無人のゲートを通過すると、緑がかった透明な仕切りがそびえ立っていた。そこからは、大量の廃材が見えている。雨ざらしになっていない分、酸化鉄などへは変化していないようだった。ただただ、使用されて、一旦、この土地へ収納されているというような感じである。
その廃材を四人は、見上げる。
「ここのパス・カードは、持っているの?」
「あぁ」
太陽光が、銀河の持っているカードで全反射する。その光が再び空へと進んでいた。
銀河は、パス・カードを機械へかざす。
Clearの文字と共に、自動ドアが開く。そして、そのそびえ立っている廃材置き場のエレベーターが降りて来た。四人は、乗り込み、最上階へ。そこから、使えそうな廃材を探した。
銀河以外の三人は、適当に廃材をあさる。専門職ではないので、見分けがつかない。一方、銀河は……。
――これと、これ。まだ使えるな。
必死にあさっていた。
――修理道具はあるから、あとは修理して再利用として……。
――ネジは……。
ネジを取ろうと、手を伸ばす。しかし、複数こぼしてしまった。
――しまった。
しかし。
そのネジたちは、転がり、ある一本の金属棒へとくっ付いた。
――まさか、磁石!?
どうやら、落雷が原因のようだった。
金属は、落雷など、強力な電気を流されると、磁石のように磁力を帯びる事があるのだ。
ガタガタガタガタ……。
銀河は、そこの周辺の廃材をあさる。
――銅線もある。
「コイル?」
遥が後ろから、銀河の左肩ごしに、手元を覗き込んできた。
「あぁ」
「へぇー」
「遥」
「ん?」
「組み立てるの手伝え」
「うん、分かった」
遥は、笑顔で答えた。
夏至前の太陽の下、銀河はマシンを組み立てる。遥と二人は、それをじっと見ていた。
――銀河に頼りっぱなしのような気が……。
遥は、黄砂をかかえて、しゃがみこみ、少し落ち込んでいた。手伝ってみたものの、役に立てなかったようだ。
《どうしました?》
彼が話しかける。
「……ううん。なんでもない」
《……》
〈……〉
遥がそう答えると、黄砂とすぐ近くの素浦も黙ってしまった。
すると、こちらへネジが転がって来た。
〈あ。僕が持っていくよ〉
素浦は、そう言うと、ネジを掴み、ふわふわと浮遊しながら銀河のもとへ運んでいった。
《幼なじみですか?》
「え?」
《彼とは》
「うん」
《そうですか》
「?」
《……チーム》
「え!?」
《素浦が教えてくれました。〈かくれが〉の時の記憶のコピー》
「え!?」
《だから、ここは銀河さんの得意分野なので、任せましょう》
「……、うん」
遥は、彼の言葉が嬉しかった。
すると……。
〈遥!!〉
素浦が遥と黄砂の二人を呼ぶ。どうやら、マシンが完成したようだ。
その航空マシンは、白い固定翼のマシンだった。
――これは、どうすれば?
遥が操縦席を確認する。
「以前のものとそっくり!! 似せてくれたの?」
「あぁ」
「ありがとう」
遥は、笑顔になった。
……ォォォ……。
何かの気配に銀河は、遠くの空を見た。
――銀河?
遥もその方向を見る。すると。
……ゴォォォ……。
――航空警察。
《どうかしましたか?》
黄砂は、少し慌て気味に、遥へ尋ねた。
「遥。離陸の準備をしてくれ」
「え、うん。分かった。急ぐ」
彼女はそう言うと、マシンに乗り込み、エンジンをかけた。
〈2機〉
素浦は、その航空警察が向かってくる空を少し眺めていた。
「急ぐぞ。素浦」
銀河が彼を鷲掴む。
〈あー〉
そのせいで、素浦は少し伸びて、空中を引っ張られていく。
〈……〉
――こちらには、気づいてないようだけど。
素浦は引っ張られながら、そっとその2機を見ていた。しかし、だんだんその2機が近づいて来ているのは確かだ。
……ゴォォォ……
エンジンがかかり、マシンは轟音で向こう2機の音をかき消す。そして、その轟音と共に空へと飛び立っていく。
『あの航空マシン、未登録のようです』
『確かに。カーソルを合わせても、ID番号が出てこない』
『追跡します』
『了解』
2機は通信を切り、彼らの追跡を始めた。
『こちら航空警察110。応答後、即着陸態勢に入りなさい』
航空警察の片方が通信機器を通して、静止を求めて来た。
――気づかれた!!
銀河と二人は、後ろへ視線を送る。
――どうやって振り切れば?
遥は速度を上げる。マシンはみるみる速度を上げ、音速へと近づいていく。
「黄砂」
《何でしょうか?》
「このマシンに、風弦は適応できるか?」
銀河が尋ねる。
《えぇ。一応、マシン全般大丈夫です》
「どうして?」
遥が会話に入ってきた。
「後ろ」
銀河は一言。
「?」
遥は後方を確認する。すると。
――え!? 何で!?
後方には、続々と航空機が集まって来ていた。
――厄介だ。
銀河は、後方を見ていた。
「遥」
「何?」
彼女は、振り返らずに尋ねる。
「住宅街は避けよう」
「うん」
――ここから、日本アルプス山脈伝いに鳥取砂丘へ抜ければ……。
「山脈沿い、もつか?」
「大丈夫」
遥は、振り向かなかったが、微笑んだ。
「分かった」
――まぁ、いざとなれば、風弦。……頼りすぎか。
数分後。二人の宇宙生命体は後ろを見ている。
《ずっと、ついて来ますね》
〈どうしましょう〉
「一度見つかったら、絶対に振りきれないよ?」
遥が伝える。
《そうですか》
〈へぇー〉
――検挙率、99%。
銀河は後方を睨む。
「確か、偏西風が強まっているはず」
「え? どういう事?」
遥が聞き返す。
「鳥取の火山が一週間前から噴火してるだろ。火山灰が関西地方まで伸びている。だから、今年の関西エア・レースが中止になったぐらいだ」
「そういえば、ニュースで……」
……。
「突っ切るの!?」
しばしの沈黙のあと、驚いた様子で遥が一瞬、振り返る。
「あぁ」
「エンジン壊れる!!」
銀河の返事に、遥は頬を膨らませて反対した。
「後ろの航空警察もついて来ないだろ。壊れるし、墜落する可能性もあるし」
銀河は、腕組みをしていた。
「だったら、こっちも墜落するよ!!」
「黄砂」
《何でしょう?》
「……」
《あ、いいですよ》
銀河の目配せに、彼は笑顔で返事をした。
「悪いな」
《いえいえ》
黄砂は、目元がほぼ一直線になるほど、和みながら答えた。
辺りがだんだん薄暗くなってきた。火山灰がだんだん濃くなってきたのだ。
――警報は、きっとここの地域にまで出ているはず。
遥は、ガラス越しに目をこらす。
「旋回して下さい。旋回して下さい」
警報と共に、機器がうなる。
――そろそろ、もたないかも。
遥は次第に焦りを抱いていた。通信機器からは、大音量で航空警察の着陸要請も聞こえてくる。
『今すぐ、旋回して戻りなさい。危険です。早く!!』
「無視しろ」
銀河が、後部座席から身を乗り出してきた。
「え、本当にいいの!?」
遥は慌てる。航空警察は次々と旋回して退避していく。
――どうしようか……。
――エンジン音が変化している。
――私にも分かるのだから、銀河もきっと分かっている。エンジンの限界。
視界がかなり悪い。
――きっと、ここは火山灰の煙の中だろう。
――危険すぎる。
しかし、銀河には、これしか方法が思いつかなかった。あの時のように。
自分の製作した機体が大破しようとも。
エンジンから異常な轟音が鳴り響いている。まだ視界は開けない。
――もう、もたない。
銀河は、昔を思い出す。
――10年前。あの時、君は泣きながら謝っていた。
『ごめんね……』
――まだ、変わっていない。あの頃からの立場。
――俺のいない世界を知らずにいてくれればいいのに。