ヒダリー姉妹
「急いで」
「早く」
「早く」
監視システムの末端機械たちが急かす。光が配線に沿いながら、振れだす。
「こちらです」
「こちらです」
三人を抜き去って、また戻って。そして、また抜き去る。それを繰り返す。監視システムの末端機械たちは、焦りながら誘導していく。
「ただちに停止しなさい」
防犯システムの方は、一回だけ警告をする。
――逃げられるのかな?
――銀河は、怪我しているのに!!
二人は、走っていく。そして、一人は宙を進む。
その様子を防犯システムは、観察する。レーザーの照射対象に焦点を合わせていた。
「こちらです」
監視システムの末端機械たちは、そう言うと、壁の配線を自ら外す。そして、三人の後ろへと回してレーザーの照射を防いだ。すると、彼らは、三人をその配線が外れた壁に引き込んだ。三人は、坂になっている、その壁内の通路を滑り落ちていく。三人の位置を確認した彼らは、防犯システムの侵入を防ぐために、配線を壁に戻し、やり過ごした。
三人は、気付くと、正四面体の部屋にいた。ここは、このかくれがの一番下の位置の部屋の様だった。
――痛ぇ……。
銀河が上体を起こす。
――遥。
すぐ隣には、彼女がいた。
――よかった。大丈夫そうだ。
彼は、彼女の無事に安心した。
《大丈夫ですか?》
黄砂も無事のようだ。
「あぁ、平気だ」
《何より》
黄砂は、そう言うと、辺りを見渡す。
《彼がいますね》
「彼?」
銀河が聞き返す。
《先ほどの宇宙生命体です》
――え?
銀河、そして、遥も振り返った。
そこには、このかくれがの宇宙生命体が佇んでいた。
彼は、誰の姿もしていなかった。彼は、姿を変化させることのできる〈無形型宇宙生命体〉だった。
〈どうして、ここに来たの?〉
無形型宇宙生命体の彼は、尋ねた。
〈人類〉
〈僕の姉、ヒダリー姉妹と同じ〉
――ヒダリーって!? 羽ばたき翼の!?
三人は、驚いた。
《本当に、ここはヒダリー姉妹が製作したのですね》
〈うん〉
無形型宇宙生命体は、下を向いた。
〈僕は、この〈かくれが〉に不時着したんだ〉
――不時着?
遥は、彼を見ていた。
120年前。羽ばたき翼は、開発段階。物流で活躍するSONIC BOOM翼よりも遅れていた。
「わぁ、今日も晴れた!!」
ヒダリー姉妹の妹、ナサ・ヒダリーは、快晴の空を見上げていた。
「雲の上なんだから、毎日晴れよ?」
「知ってるよ!!」
ナサ・ヒダリーが振り返ると、姉のアーサー・ヒダリーがいた。
ここは、彼女たちの開発した〈かくれが〉。
今日で、10日目。試運転は、成功へと続こうとしている。
「?」
二人は、空を見て、何かに気付いた。
――何か、尾を引いている。
――墜落!?
「アーサー、こちらに向かっている。軌道上になっている!!」
ナサ・ヒダリーは、姉の方を見る。
「えぇ、分かった。あなたも中へ入って」
ナサ・ヒダリーは、姉のあとについて、〈かくれが〉の中へ入った。
――早く。
簡易的な人工知能に、軌道の修正を計算させていた。しかし。
「避難して下さい」
――そんな。
アーサー・ヒダリーは、焦る。
「アーサー」
ナサ・ヒダリーの作業の手が止まる。
「避難しましょう」
アーサー・ヒダリーは、妹の手を引いて、走り出す。
避難用のマシンの方へと向かうにつれ、非常アナウンスが大きくなっていく。言葉も単純化されていく。
避難用マシンへとたどり着くと、アーサー・ヒダリーは、妹を先に搭乗させる。
「シートベルト、装着して」
「うん」
ナサ・ヒダリーは、姉の言葉に従う。
「起動」
マシンの人工知能が目を覚ます。
「避難を開始します」
マシンの人工知能がそう言うと、マシンは、〈かくれが〉から、空中へと投げ出される。
マシンは、空中へと出ると、ゆっくりと漂うように〈かくれが〉の周りを旋回する。このまま地面には向かわずに、衝突後の対処をするために。
轟音と共に、〈かくれが〉の上層部に、落下していた飛行物体が衝突した。幸いにも、破損はせず、破片も落下しなかった。
二人は、マシンを操り、〈かくれが〉へと近づいていく。
「……」
白煙が上がっていた。
「……」
――救急隊が来ない?
――信号を出せていないのかな?
二人は、様子を見ながら、接近していく。
――おかしい。
「アーサー、もう1分経ってしまう」
ナサ・ヒダリーがつぶやく。すると。
〈痛い。痛い〉
――何?
二人は、マシンのエンジン音に混じった声を聞いた。
〈誰もいない〉
――ここまで、声が聞こえるはずなどないのに?
「アーサー、聞こえた?」
「えぇ」
しばらく、沈黙が流れる。
〈痛い。痛い〉
〈誰も来ない〉
――聞こえる。声ではない?
「ナサ、救急隊は呼ばないで」
「分かった」
二人は、近づいていく。
白煙の上る、〈かくれが〉の上層部へと、マシンを固定した。
……。
何か、正五角形の物体が白煙を上げている。それを二人は、黙って見つめていた。すると、その物体が形を変えた。角の一部が取れ、空洞らしき部分が現れた。それは、乗り物の搭乗口のように見えた。
「……」
二人は、じっとそれを見つめ、その物体の搭乗口部分から見えるはずの内部を必死で確認しようとした。
……。
しばし、白煙のみが吐き出されている。すると、その白煙にまぎり、気体でも液体でも個体でもない動作のものが落下した。
――何?
姉のアーサー・ヒダリーは目を凝らす。しかし、それの正体は分からない。すると。
〈痛い。誰か……〉
〈誰か、助けて〉
「え!?」
再び、謎の声が聞こえてきた。妹のナサ・ヒダリーは、驚き、姉の方を見る。
「アーサー、聞こえた?」
アーサー・ヒダリーも驚いているようだった。
……。
二人は、再び黙ってしまう。白煙の中の何かを探した。
……。
〈――――――――――――〉
――何の音?
ナサ・ヒダリーは、耳をすます。
テレパシーを通して、無形型宇宙生命体の泣いている声が聞こえてきていたのだった。
その後、彼だけが〈かくれが〉に残された。
100年もの時がそうさせたのだ。
そして、〈かくれが〉は、彼のために誰にも見つからない対流圏ぎりぎりを永遠に漂う事となった。
〈僕は、まだ、ありがとうって言ってなかったのに……〉
〈僕は、自分が宇宙へ戻る日に、さよならする日に言おうと思ってたのに……〉
〈僕だって、泣いた〉
〈どうせ、地球生命体たちには聞こえない〉
〈だから、ずっとずっと泣いていたんだ……〉