記憶の中
《銀河!!》
彼はかくれがの配線に捕まり、防犯システムによって連れ去られた。
《残ったのは……私……のみ》
黄砂は、追い詰められた。
立方体のとある室内。そこには、壁一面の配線と共にいくつもの立体映像が浮いていた。配線から淡い光が伸び、立体映像を形づくる。その立体映像は、配線からの光に合わせて宙を渡っている。音声の方は、音として伝わっては来ずに、立体映像の手前にエンドロールのように流れていく。
そんな状況の部屋で、遥は、少し驚き気味できょとんとしている。下唇に当てられた目の前の人物の右人差し指に。
――銀河?
――何やってるのかな?
しかし。
――あれ?
遥は、あることに気付いた。光が当たっているのに、左の虹彩に三日月が見えなかった。
彼女が彼の虹彩をじっと見ていると、彼は人差し指を彼女の下唇から離し、少し微笑んだ。
〈〈僕〉の正体、分かった?〉
「!?」
すると、彼は遥の意識に銀河から一部コピーした記憶と感情を送り込む。
――これって……、銀河の……。
遥は、目の前の人物が銀河ではなく別人だと気付いた。
「誰?」
彼女は、眉間にしわを寄せた。 すると再び彼は、遥の意識へ情報を送る。
〈このかくれがの防犯システムを通して彼への攻撃をした際、彼の左大腿部に損傷を負わせた。その時、彼に接触したので損傷部から意識へ、そして記憶と感情の一部を複製した〉
――話していないのに、情報が聞こえた……。
――この人も?
すると、遥の背後から何か音がした。彼女は振り向く。
――銀河!!
そこには、意識不明の血まみれで倒れている銀河がいた。
〈安心して下さい。彼の利き腕は狙ってはいません〉
遥は、慌てて彼に駆け寄った。
――血が止まってない!!
――肩からの出血って、どうすれば。
「痛ぇ……」
銀河は、目を開けた。
「銀河……」
遥は、泣きそうになっていた。
「今のうちだ」
「え?」
「ここから脱出する」
「でも」
遥は、後ろを振り返る。しかし、先ほどの宇宙生命体はいない。
――あれ?
「さて、ここからはどうするか」
銀河は、辺りを見渡す。周りは見覚えのない壁に囲まれていた。先ほどの通路ではなく、四面の壁で囲まれた部屋の様だった。
――出口はどこ?
遥も見渡す。光源もないのに明るい。可視光線で壁にある配線まできっちりと見えていた。どうやら、先ほどの宇宙生命体とは〈見える範囲〉が同じだったようだ。
「……」
二人は、しばらくその部屋に閉じ込められていた。壁には配線だけしかなく、扉がない。残りの二面もそうだった。壁全体が動くわけでもない。
すると……。
「こんにちは」
――え?
配線の方から声が聞こえ出した。
「僕たちで良ければ、逃げる手伝いを」
「手伝いを」
監視システムの末端機械たちだった。
「そんな事して、あのかくれがの主には大丈夫なのか?」
銀河は、尋ねた。
「大丈夫です」
「です」
監視システムの末端機械たちは、配線を光らせて答えた。
「すまない」
遥は、礼を言う銀河の方を見た。彼の表情が少し緩んだような気がしていた。
「システム・エラー」
「エラー」
監視システムの末端機械たちの声が自動再生された。彼らは、もう一度、アクセスを開始する。
「システム・エラー」
「エラー」
同じ音声が再生される。彼らは、防犯システムの行動を制限する為に、その防犯システムの基盤へと不正アクセスしようとしていた。
「パス・コードが一致しない」
「しない」
配線を流れる光がランダムに速くなっていく。
「情報が違う」
「違う」
彼らの超個体のようなシステムによって、集めてきた情報が間違っていたようだ。配線の光が強くなる。
――最悪の事態だ。ここから、出られない。
銀河は、強く手を握りしめた。
「防犯システムたちが勝手に変更したのだろう」
「だろう」
光が止まった。
「すみませんが、ここでしばらくお待ちを……」
「お待ちを……」
光は、まだ停止している。
「なぜ?」
銀河は、問う。
「パス・コードを探してきます」
「きます」
――探す?
銀河が聞き返そうと、呼吸をした瞬間。
配線の光が放射線状に散らばって行った。監視システムの末端機械たちが、各区域へととんでいったのだ。
辺りに、沈黙が流れている。何の気配もない、二人だけだった。
銀河と遥は、壁際に座っていた。
「しばし、足止めか」
銀河がつぶやく。そう言って、後頭部を壁へともたれさせた。そして、そのまま、天井を見上げた。
「……ってぇ」
レーザーで撃ち抜かれた左肩が痛んだ。思わず、右手で押さえてしまった。まだ、完全に止血されていなかった。だから、手のひらに少々、血液が付いてしまった。
遥にその血液の色が目に入る。
「銀河、ごめんなさ……」
「別に、いい」
彼は、その声を遮った。
「……」
二人は、黙ってしまう。遥は、申し訳なくて。銀河は……。
「なぁ、いつの記憶見たんだ?」
「え?」
遥の涙が一瞬、止まる。
「あの宇宙生命体が勝手に俺の記憶とかコピーしたらしいけど」
銀河は、目を閉じていた。遥の表情は見えていない。
「えっと、はっきり何歳の時かは分からないけど、私がなんか、泣いてた……」
「それで?」
「それだけ……」
「何だよ、それ」
銀河は、少しイラついた。
「な、何!?」
遥は、驚く。銀河が顔を近づけてきた。
「あいつ、俺のフリしてたよな?」
遥の目をじっと見る。
「え」
「で、お前、気付かなかったよな?」
「あ、あの……、それは、その……」
銀河は、黙ったまま。
「ごめん。でも、少し気付いて……」
「うるせー……」
遥は、驚く。銀河が彼女の声を遮って、右人差し指を彼女の下唇に当てたからだ。
「あいつの、まね」
「!!」
「で、思い出した? 続き」
彼は、にやりと少し嘲笑うような表情をした。
「えーっと、それは……」
遥は、それに困った。すると。
《ハイパー・じぇっとぉーーー!!》
突然の声と共に、銀河は話途中で吹き飛ばされた。
「痛ぁっ!!」
黄砂が彼に、思いっきり突っ込んできたのだった。
《私が必死で、あの宇宙生命体と戦ってる時に、何をやっているのですか!?》
「あの宇宙生命体のまねだけど」
《だからって、ひどいです!!》
黄砂は、空中でバタバタと足を動かした。
その傍らで、遥は唖然。それに加える様に……。
「お待たせしましたぁー。パス・コード発見いたしましたぁー」
「しましたぁー」
監視システムの末端機械たちが戻って来た。しかし。
「対象、確認」
防犯システムの自動音声が流れた。
「見つかったぁー」
「たぁー」
監視システムの末端機械たちは、驚きのあまり、配線の中を動き回る。
――もうちょっと、考えて。
遥が、遠くにぽつんと立って呆れていた。
無形型宇宙生命体 防犯システム集中室。
「僕は……」
彼は呟いた。
まだ、完全なる空の時代ではなかった頃。羽ばたき翼が開発段階だった、そんな時代。空への移行を目指していた姉妹がいた。
ヒダリー姉妹の姉、アーサー・ヒダリー、23歳。妹、ナサ・ヒダリー、19歳だった。
姉のアーサーは大学の新卒、妹のナサは高校の新卒だった。なので、アーサーは大学で、ナサは独学で航空学を学んでいた。
「やっと、完成」
ヒダリー姉妹は、はばたき翼開発の先駆者である。
「お姉ちゃん。早くこの〈かくれが〉空へ飛ばそ?」
妹のナサが、羽ばたき翼の反対の翼から顔を覗かせた。
「そうね、早速飛ばしましょうか。さ、準備して」
「はい」
ナサは、笑顔を見せた。
――わぁ。
羽ばたき翼がしなるように、なめらかに、羽ばたく。それにより、かくれがは宙へと浮き、上昇していく。
「開発は成功ね」
姉のアーサーが微笑んだ。
「うん」
そして、ナサも。ヒダリー姉妹は、空へと羽ばたいていく。
〈幼かった僕に二人の姉妹ができたんだ。でも……〉
〈二人とも僕を置いて、この大気圏を上っていってしまったんだ〉




