ヒダリー姉妹のかくれが
「これは……」
三人は、窓から辺りを見渡す。三つの角から中心に向かって光のラインが伸び、その後、ライン同士が衝突すると、ドーム状のシールドが中央から回転しながら出現したのだった。
――風が、遮られたのか。
銀河は、辺りを見渡す。
そのシールドが今までの暴風を遮り、機体から外へ出られるようになった。
「外に出る?」
遥は、シートベルトを外して振り返った。
「あぁ、そうだな」
銀河は、辺りを気にしていた。
――誰もいないのか?
――防犯システムも作動してないようだが。
すると、遥が機体の上部を開放する。そして、その彼女と黄砂は、銀河の心配など気にせず、機体から降りていった。
「出入り口はどこだろう」
遥は、シールドを形成した機械の方へと近づいていく。
「おい!! ちょっ……」
銀河は、その警戒心のない行動に慌てて、機体を下り、二人を追いかけた。
が、何かに足を取られた。
「痛っ!!」
「銀河!?」
倒れた彼に驚き、遥と黄砂は振り返った。そして、自分の足元を見た銀河は、驚いた。そこには、中へ続いていると思われる階段の出入り口が開いていた。
――何で、開いた?
その階段を見つめる銀河のもとへ遥が駆け寄ってくる。
「大丈夫?」
「あぁ、平気だ」
銀河は、服をはたく。
《変わった作りですね》
黄砂は、階段を覗き込む。
「……」
中では、黙って防犯システムを見ている人物がいた。
「侵入者、確認」
彼は、そうつぶやくと、側にあった機械を作動させる。
――中はこんな感じか。
銀河は、腕組みをして、一番後ろを歩いて行く。
《壁が配線だらけですね》
黄砂は、ふわふわと宙に浮いて壁を観察していた。
「何だろう?」
遥は、壁の配線をじっと見つめた。
「配線のコードに沿って、光が動いている?」
《確かに、そうですね》
黄砂が遥の方へ寄って来た。すると。
「こんにちは」
「こんにちは」
――ん?
声が聞こえた。それは、少し高めの声だった。しかし、人物らしき影はどこにもなかった。
――どこ?
遥は、何回も周りを見渡した。すると、また。
「こんにちは」
「目の前です」
「目の前です」
――え!?
遥は、再度の声に驚いたが、その声に従って目の前を見てみる。しかし、そこには壁の配線しかない。
「壁?」
遥は、つぶやく。
「ここにもですよ」
「あと、こちら」
――ん?
今度は、空間全体から声が聞こえて来た。
《何でしょうか?》
黄砂は、冷静な言葉を使ったが、遥かにくっ付く。
――壁しかないのなら、音源は壁だろうな。
銀河は腕組みをしたまま、壁を見ていた。
――光が流れていく。
――あの配線になにかがある……のか?
銀河は、壁の配線に近づき、手をかざす。すると。
「人類ですね?」
「人類」
「人類」
流れる光が早くなる。
「これが全て機械なら……」
「そうか!! 監視システム」
銀河の言葉に遥が気付いた。
「はじめまして」
「はじめまして」
かくれがの監視システムの末端の極小型機械たちだった。
「訪問者の方ですか?」
「はい」
遥は、笑顔で答えた。すると。
「どこから来られたのですか?」
「ですか?」
監視システムたちが質問を開始する。
「日本だよー」
遥は、再び笑顔で答えた。
《……》
黄砂はその答えに唖然とする。
「そうですかぁー」
「ですかぁー」
語尾が繰り返し流れる。
――かわいい。
遥は、微笑んだ。しかし、次の瞬間。
「侵入者、確認。侵入者、確認」
「直ちに退去せよ。直ちに退去せよ」
――え!?
警戒音と共に配線が点滅し始める。
「防犯システムです」
「です」
監視システムたちは、当たり前というように説明する。
「え!? あなたたちは監視システムですよね?」
遥は、壁の配線にまだ残っていた監視システムたちに問う。
「はい。そうです」
「そうです」
「でも」
「でも、私たちは、〈ただの監視システム〉」
「防犯システムではありません」
遥は、唖然とする。
――何の為だよ。
その隣で、銀河は呆れた。
「行くぞ」
「え!?」
銀河は遥の左腕を掴むと走り出す。
《待って!!》
黄砂も慌ててついて行く。
たった100メートル先にある出口へと通じる階段へと。しかし。
ヒュ。
――え?
遥の目の前で、銀河が倒れた。床を赤い血が広がって行く。
「銀河!!」
遥は、思わず両手で口元を押さえた。
彼は、防犯システムのレーザーに左肩を撃ち抜かれたのだ。右の手でその撃ち抜かれた肩を押さえ、痛みをこらえていた。
――くそっ!!
――ここから離れなければ!! また攻撃をしてくるはずだ!!
彼は、立ち上がろうとする。
「う……」
彼は、遥の手を引くのをためらった。
――この手じゃだめだ……。
「遥、先行け」
「え!? 置いて行くわけないでしょ!! 行こ!!」
今度は、遥が銀河の血のついた右手を引いて行く。
「遥!?」
すると、黄砂も銀河を手伝おうと、宙に浮き、背中を押す。
《急いで、攻撃が続いています!!》
しかし、その抵抗も意味がなかった。
――もうすぐ、出口。
階段を上り続けていたが、一向に出口からの光が見えない。すると、階段にも張り巡らされていた配線が行く手を阻むかのようにせり出してきた。
「な、何これ!?」
遥が、慌てて叫ぶ。
――こんな時に!!
銀河は、配線を振りほどこうと左肩をかまわず、配線を掴む。
《大変だ!!》
丸い身体の黄砂は、配線に捕まらなかった。しかし、襲い掛かる配線に行ったり来たりしていた。
――え? 浮いて……る?
遥の体は、無数の配線に捕まり、だんだん見えなくなっていく。
「遥!!」
銀河が叫んだ時には、もう完全に視界から消えていた。彼女も配線も……。
――なぜ、……消えた?
彼は、愕然として動けなかった。
《銀河、早く!!》
《ひとまず、どこか防犯システムの届かない所へ!!》
黄砂が銀河の背中を押す。しかし、彼は、階段を上らず、逆に降りて行った。
《銀河、逆です!!》
「遥を探す!! 黄砂は出口を探してくれ!!」
彼はそう言うと、階段を駆け下りて行き、見えなくなっていった。
《別行動は危険です!! 私もついて行きますから待って下さい》
黄砂は、慌てて自分自身も階段のある空間を進んでいった。
――一体、どうすれば!!
銀河は、左肩の痛みなど忘れていた。
――遥がまだ助けられてない!! これじゃ、意味がない!!
二人は、防犯システムを振り切り、壁際を進んでいた。
《このかくれがから私とは別の宇宙生命体の気配を感じます》
黄砂がぽつりとつぶやいた。
「え? どういうことだ?」
銀河は足を止める。
《脳内伝達言語をコントロールしきれてないです》
「……?」
銀河は眉間にしわをよせる。
《変ですね。このあたりの宇宙空間で加盟していない生命体がいるなんて》
気配を探している黄砂を、銀河はじっと見ていた。
《!!》
黄砂が振り返る。
《危ない!!》
防犯システムがレーザーを照射する。
「!!」
黄砂の声で振り返った瞬間、銀河は左の太ももを撃ち抜かれた。
――うかつだった。
《大丈夫ですか!?》
「あぁ、平気だ」
しかし、銀河は右ひざを床につけたまま、起き上がれずにいた。
《風弦》
黄砂が小さくつぶやいた。
次の瞬間、突風が左回転で吹き荒れた。銀河は、思わず両目をつむる。
一方、このかくれがの防犯システムは、突風により配線が壁から剥がされ、機能停止へと追い込まれた。
「っ」
《大丈夫ですか?》
銀河は心配する黄砂の隣を左肩を押さえ、歩いていた。しばらくは、防犯システムは機能停止状態。彼らは、そのうちに遥を見つけ、ここを脱出しようとしていた。
《あの》
「平気だ」
黄砂の声を遮った。しかし。
《その、違います。先ほどの事なのですが、あの防犯システムが銀河を攻撃した時に、あなたの記憶の一部と遺伝子情報をコピーしていったのです》
「は!? 何で?」
《それは……》
「……何だ?」
《理由は分かりません》
――ちっ。
銀河は顔をそむけた。
《でも、情報をコピーされたのですから、気を付けて》
「どうやって、取り戻せばいい?」
《では、私が直接、交渉してみます》
「え?」
《強行突破は、無理でしょう、きっと》
「そうか……」
銀河は、まだ完全に止血していない左肩を押さえた。
――ここは?
遥は意識を取り戻した。しかし。
「え!? 銀河?」
彼女の目の前には、銀河がいた。
「大丈夫だった? あれ、怪我は……」
そんな遥をよそに、彼は、その遥を黙って見ていた。
「銀河? ……って、何か言い……」
遥は、思わず黙る。
「人類は、うるさいな」
彼が、そう言いながら彼女の下唇に右の人差し指を軽く当てたからだ。
光が流れなくなった配線の張り巡らされた通路を銀河と黄砂の二人が進んで行く。
《ここまで来れば、大丈夫だと思うのですが……》
黄砂は、挙動不審な感じで辺りを見渡す。すると。
「大丈夫ですよ」
「ですよ」
《え!?》
黄砂と銀河は驚き、声のする方を見た。そこには、かくれがの監視システムの末端機械たちが、配線の中から光を揺らせていた。
「ここまで防犯システムが入らないように、私たちで防御しました」
「しました」
「した」
複数いる監視システムの末端機械たちが語尾を繰り返し、繋げて話していく。
《ありがとうございます》
黄砂は、少し微笑んだ。
「いいえ」
「いいえ」
繰り返す語尾と共に、配線の光が揺れた。
「……頼みがある」
銀河がつぶやいた。
「何ですか?」
「ですか?」
「俺たちと一緒にこのかくれがへ来た遥が、どこへ連れ去られたのかを調べて欲しいんだ」
《……》
黄砂が銀河の方を見た。
「もちろん、いいですよ」
「ですよ」
「よ」
かくれがの彼らは、快諾してくれた。そして。
「それでは、防犯システムへアクセスします」
「します」
「ます」
「では、いったん、退席します」
「します」
「ます」
彼らはそう言うと、放射線状に散らばって行った。
「……」
《……》
銀河と黄砂の二人は、かくれがの末端機械たちと別れた所から動かず、彼らの情報を待っていた。銀河は、壁にもたれて座り込み、傷の痛みに耐えていた。一方、黄砂は、神経をとぎすませて先ほどの宇宙生命体の気配を探していた。
「アクセスに成功しました」
「成功しました」
「しました」
「した」
突然、声が連続して聞こえて来た。かくれがの末端機械たちが光と共に帰って来たのだった。
「各区域の情報と映像をコピーして来ました」
「来ました」
「ました」
彼らは、そう言うと、配線から淡い光を広げ、立体映像を映し出した。
そこには、遥と先ほどの銀河が映っていた。
銀河は言葉を失った。
――なぜ、俺が?
《彼が、ここのシステムを操る宇宙生命体です》
映像を見た黄砂が言った。
――え?
「この部屋は、どこだ!!」
黄砂の言葉を聞いた銀河は、末端機械たちにつめよった。
「ここの廊下の突き当たりです……」
「です……」
「す……」
銀河の剣幕に、末端機械たちは驚いて、語尾が小さくなりながら答えていた。
「っ」
《銀河!! 待っ……》
遥を守ろうと、その部屋へと向かい走り出した銀河を黄砂が止めようと叫んだ。しかし、間に合わなかった。
「対象、確認」
防犯システムが作動してしまった。
《危ない!!》
『照射』
銀河は、先ほどと同じく、レーザーで左大腿部を撃ち抜かれてしまった。しかし。
《しまった!!》
黄砂が気付いた時には、遅かった。銀河は意識を失い、倒れる。そして、床には左脚からの血液が広がっていった。