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JET AGE ~大航空時代~  作者: 津辻真咲
3/15

停止ネット


《停止ネット!?》

クモの糸を鉛筆の太さまで太くした程の強度をもつ網で、ジャンボ機までも停止に追い込めるものをいう。

――別に、これくらい。

 遥は、難なく避ける。

 しかし、次のビルの隙間を左へ曲がると……。

「何これ!?」

 これで高層ビル群を抜けるという最後の直線に、いくつもの停止ネットが張り巡らされていた。

――簡易的にしすぎたせいだ。

 たった数秒で全体を広げ、固定できる停止ネットは、先回りし相手を捕まえるには、恰好の道具だ。航空警察にも導入されている程なのだからだ。

――気をつけろよ、遥。

 銀河の心配をよそに、遥は停止ネットを簡単に避けて行く。

――空賊の活動拠点だったのかな?

 遥は、そんな推測をしながら軽々と操縦桿を操る。

すると、停止ネットを避ける為、機首を上げた時、急に視界が広がった。高層ビル群から抜け出したのだ。

――やった!!

 遥の表情が明るくなる。しかし。

 ピーーー……。

 警告音が響いた。

 とうとう、完全に燃料が底をついてしまったのだ。

「銀河。これは、不時着決定かも……」

「何!? まだ空賊が」

 遥は、銀河の言葉を最後まで聞かずに、操縦桿を急に切る。

《ちょっ!!》

 黄砂は、先ほどとは反対の窓にぶつかる。

《どこへ向かうのですか!?》

「河川!! あの高架下なら」

 機体は、急旋回で30度以上傾いた。

《それなら、この風弦を使って下さい!!》

「え!?」

 遥は、その言葉に驚き、一瞬視線が後方へいった。

「そんな事、いいの!?」

《はい》

「しかし、風弦をエンジンへ取り付ける作業など……」

銀河は、身を乗り出す。

《大丈夫です》

「え?」

《風弦は、どこからでも、操作出来ます。よって、風弦から離れたエンジンでも、そのエネルギーの影響を受ける事が出来るのです》 

「よく分からないけど、黄砂。お願い!!」

《分かりました。それでは、Gに気を付けて下さい》

《……》


 轟音が響く。

「わっ!!」

――すごいG。

 遥は、操縦桿を強く握る。

――このスピードなら、数分で空賊をまいているだろう。

 銀河は、少し後方を見た。




「大丈夫かな?」

 遥は、銀河へ話しかける。

「当たり前。ここはもう対流圏と成層圏の間ギリギリだ」

その問いに、彼は窓の外を見ながら答えた。すると。

「……あ」

「どうした?」

遥は、何かを思い出したようだ。

「あの噂知ってる?」

「何だ?」

「ヒダリー姉妹のかくれが」

遥は、笑顔だった。しかし、操縦席の座席にもたれかかるように振り返っていたので、銀河には彼女の左眼ほどしか見えていなかった。

「あぁ、知ってる」


〈ヒダリー姉妹のかくれが〉とは、対流圏と成層圏の間に存在すると言われる、はばたき翼だけで作られた空飛ぶ隠れ家である。


《ヒダリー姉妹とは、何ですか?》

 黄砂は、遥に尋ねようと、操縦席の座席のヘッドレストの上から半分、身を乗り出したが、天井と座席の間が狭すぎて、挟まっていた。

「ヒダリー姉妹とはー……」

「はばたき翼開発の第一人者だ」

 銀河が先に答えた。

翼には、固定翼、プロペラ翼、そして、ヒダリー姉妹の開発したはばたき翼がある。

《そうなんですね》

《まさか、これから行くのですか?》

「もちろん!!」

 遥は、嬉しそうに答える。

「行ってどうするんだよ」

 銀河は、少し呆れている感じだった。

「え?」

 遥は、再びヘッドレストにもたれるように振り返る。

「……じゃ、行くか」

 銀河は、反論するのが面倒だったようで、頬杖をすると窓の外へと視線をそらせた。

《はばたき翼……》

 黄砂の方は、ベッドレストと天井に挟まれたまま、考えていた。




 エンジンは、轟音でうなっている。音速は軽く超え、後方へと白いひこうき雲が置き去りにされていく。

 遥は、ちょうど操縦席に置いてあったゴーグルをして、機体を操縦していた。

――風弦のおかげだ。

 風弦が無ければ、燃料切れでとっくに不時着を余儀なくされていた。なので、彼女は……。

――絶対、彼らを守らなければ……。

 そう思っていた。


 1時間ぐらい。その時間の間、機体は対流圏と成層圏の境を飛行していく。

 銀河は、エンジンの音に耳を傾けている。今の所、エンジンは無事に作動している。

 黄砂は、まだ、ヘッドレストに挟まっている。楽しいのだろうか、自力では出たくないらしい。

――南下はしている。でも。

――次は、どこへ行けばいいのだろう。

 遥は、少し不安を抱えていた。すると。

――何だろう?

 目視をしていた彼女の目に、何かが映った。

――あれは?

「ねぇ、銀河?」

「何だ?」

 彼は、呼ばれた名に両目を開ける。

「12時の方向に、銀色に光る浮遊物体が見える」

「浮遊?」

「うん」

「雲なんじゃないのか?」

「真珠母雲は成層圏の中にある、オゾン層の上にあるんだよ。ここはまだ、オゾン層の下だよ?」

「真珠母雲ではない雲」

 銀河は、再び目を閉じる。

「意地悪だな……」

 遥は、小さくつぶやいた。

「聞こえたぞ」

 彼は、今度は目を開けなかった。

《確認はした方が?》

 黄砂は、ヘッドレストをばたばたと通り抜けて、操縦席にやって来た。

「確認したい?」

《はい》

 彼は、遥の膝の上に着地する。

「銀河? いい?」

「あぁ」

 彼は、即答した。




 エンジンのうなりと共に、機体が先ほどよりも、もっと速度を上げていく。彼女の航空マシンは、音速をはるかに超えている。

――灰色? でも、太陽光を反射しているから、銀色かな?

《何か、作動していますね》

「確かに」

 遥は、左眼の義眼に内蔵されている、望遠機能を使う。

「どうなんだ?」

 後部座席で両目を閉じ、エンジン音を確認していた銀河が、座席の横から前方を覗く。

「え!?」

 遥は思わず、声を上げる。

「だから、どうした……」

「ちょっと、待って!!」

 遥は、銀河の問いを遮る。

「何が?」

 銀河は、再び問う。


 機体の外では、轟音が鳴り響く。

「機体が不安定!!」

「え?」

 銀河は、聞き返す。

《どうやら、あの浮遊物体から、かなり強い風が流れて来ているようです》

 黄砂が遥の代わりに、彼に説明をしてくれていた。

――風?

 その暴風の音は、エンジン音でかき消されていた。

「あの浮遊物体、二組のはばたき翼がある!!」

 その対象物に近づくにつれ、銀河にもそれがはっきりと確認できるようになってきた。

――あれは!!

――ヒダリー姉妹のかくれがだ。

 銀河は、絶句した。幻とされていた〈はばたき翼の試作品〉が本当に存在していたのだ。

――G。

 銀河は、片目を閉じる。遥によって上げられた機体の加速度がおそいかかる。

《うー……》

 黄砂もヘッドレストに飛ばされ、再び挟まる。

 轟音が耳を塞ぐ。機内の音が何も聞こえない。

 しばらく、風の中にいた。その状態が続く。

 そして……。

――やった!! 追いついた!!

 遥は、目を輝かせた。

 そこには、少し灰色がかった二組のはばたき翼によって、揚力と推力を得て浮遊している角が丸めの逆四面体の物体があった。

――これが、ヒダリー姉妹のかくれが。

《本当に、はばたき翼しかありませんね》

 後部座席で銀河と黄砂の二人が、窓からそれを見ていた。すると。

「二人とも、着陸するよ?」

《え?》

「ちょっと待て!! どこに着陸する気だ」

 遥の問いに、二人は慌てた。

「ん?」

 遥は、きょとんとして、振り返る。

「ちゃんと、着陸しろよ」

 そんな彼女に銀河は、冷静に指示をする。

「分かってるよ」

 彼女は頼もしく、微笑んだ。




 遥は、機体を少し旋回させる。かくれがの上部の正四面体でいう底面に着陸させるためだ。

 そこは、ちょうど平らになっていた。まるで、ヘリポートのようだ。どうやら彼女たち、ヒダリー姉妹が業とに逆の正四面体にしたようだ。

 ヒュ……。

 機体を着陸させると、遥はエンジンを切った。しかし、機体の外には出れそうにもなかった。轟音で後方へ流れていく暴風。

――これから、どうしようかな。

 遥も困っていた。もちろん、残りの二人も。

……。

 機内には、沈黙が流れた。しかし、それは数秒で終わった。

「え!?」

《これは、シールド?》


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