表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
JET AGE ~大航空時代~  作者: 津辻真咲
15/15

10年後、約束


見渡す限り、白と群青色の世界。ここは、オーストラリア。サンゴ礁の破片で出来た白い海底のようなこの砂漠が舞台。

10年はめたままの金色の指輪が太陽と風を反射する。空競遥、彼女は地球上で最大のエア・レースの優勝候補のパイロット。整備士の夫と二人三脚での前回大会の優勝だった。

それから1年。再びこの季節。故郷の日本では、今が夏季。だから、少し肌寒かった。


「遥」

彼女は声のする方へ振り返る。

「良く眠れた?」

 白兄鷹銀河だった。

「うん。今までと同じくらい、平気」

「そうか」

彼は少し微笑む。

彼は笑顔が似合うようになった。昔とは違うようになった。あの時から。


もうすぐレースが始まる。

遥は登録済みのマシンへ乗り込む。このレースに登録できるのは、1人用のマシンのみである。

彼女は、ハンドルを握る。

1列目からのスタートで、視界には障害物がない。下方には真っ白い砂漠が続いているのが見える。

2つ目の赤信号が点灯する。

そして、3つ目。

――心の準備はいつだって出来ている。

信号は青を示す。そして、スタートの音が響く。

エンジンから暴風が吹き荒れる。

白い砂煙の中、彼女は姿を消していく。他の皆と共に、煙幕と化す砂によって。


マシンたちの音がだんだん聞こえなくなって行く。ピットウォールスタンドでは、銀河が見守る。

今回のコースは、直線コースが20キロメートルを超える。地球上最大のレースである。

そして、このレースの度に彼女は思い出す。白い砂塵が舞う度に、空の青さが深く揺らぐ度に。

銀河は、2年前のエア・レースの時に起きた、一般参加者のクラッシュに巻き込まれ、後遺症として右足が麻痺してしまった。マシンが操縦ミスによりピットウォールスタンドへ侵入してしまったのだ。

彼女はその時に思い知った、彼がどれだけ強いのか。何かを失っても平然としていられる。どうしてか。

でも、きっと心に何か、穴が開いてしまったのではないかと気がかりで仕方がなかった。だから、次の年は必死だった。彼女は絶対に優勝したかった。

挫折など、知らない彼女。その時もそうだった。努力は、必ずみのるものだと思ってもいいくらいだった。

――銀河の首にメダルをかけてあげた時は、嬉しかった。

彼も笑顔になってくれていたからだ。

――だから、今回も。

毎年、誕生日に花束を贈るかのように、今回も。

――きっと、優勝できる。彼のために。


マシンは長い直線を突き進む。もうすぐ、ピットが見えてくる。遥か上空には、実況ヘリが。そして、ただただ光だけを発しているだけの様な太陽が。

前方で何かが光る。

一瞬、集中力が逸らされた。

次の瞬間、重力が無くなった様に感じられた。

右翼が轟音を発したと思ったら、マシンは左方向に回転していた。

2回転ぐらいしたのだろうか、後続機を巻き込んだ形跡はなく、コースから飛び出して停止した。


……。

――右腕が痛い。

彼女はクラッシュしてしまった。

――失敗だ。

彼女の耳には救急隊の意識確認の呼びかけが聞こえていた。

――答えなくては……。

しかし、痛くて気力が無い。

聞きなれない声が、たくさん聞こえている。

彼女は、思い出す。

10年前の事。

たくさんの人々の声が聞こえていた、その頃を。




「優勝したよ!」

 遥は笑顔で銀河のもとへ走って来た。

「あぁ」

 銀河は別のことを考えていて、そっけない。

「優勝したら、サテライトチームじゃなくなるんでしょ?」

「あぁ」

「プロのレーサー?」

「それもある」

「も?」

 遥はきょとんとする。

「上を見ろ」

 銀河は上を見ながら言った。

「え?」

 遥も上を見る。

「今日は日食だ」

「あ、ニュースでいってた、金環日食?」

「あぁ」

「なんか、〈あぁ〉しか言ってないよ?」

「日食見たか?」

「見た」

「レース結果の手続きしに行こう」

「え? 最後まで日食見ないの?」

「……これからは毎日、見れるよ」

 銀河は少し微笑む。

「え? どうやって?」

 一方、遥はきょとんとする。

「左手見てれば、いいから」

銀河はそう言うとくるりと方向転換し、立ち去ろうとした。

「え? ちょっと待ってよー。詳しく意味をー」

遥は銀河のあとを追いかけていった。




次第に辺りが薄暗くなってきた。

救急隊員以外、上空を見上げている。

今朝の情報番組でいっていた。

オーストラリアでは、今日が金環日食だった。

――こんな日に優勝出来ればよかったのにな……。


遥が意識を取り戻したのは、治療がひと段落してから、1時間後だった。

病室のベッドの側には、銀河がいた。

「大丈夫か?」

 目覚めた遥に銀河は優しく聞いた。すると、遥は少し申し訳なさそうに言った。

「失敗しちゃった……、ごめんね」

遥は苦笑した。

「こんな時ぐらい、チームじゃないこと考えればいいよ」

銀河も苦笑した。

そして、彼は治療のために外されていた遥の指輪を彼女の薬指にはめた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ