オレンジ色の夜明け
……ゴォォォ……。
「?」
銀河は、何かの気配に上を見る。すると。
轟音が響く。
上空から、黄砂と素浦が落下して来たのだった。彼らは地面に半分埋まり、うごめいている。
「……黄砂」
《はい。遅くなりました》
〈大丈夫だった?〉
二人は地面から抜け出ると、銀河と遥の方へやって来た。
「……遥が……」
銀河は、抱きかかえている彼女の方へ視線を落とす。
〈遥!? 大変!!〉
素浦はそう言うと、駆け寄り、自身の手のひらを遥の頬に当てる。
――どうすれば?
「失礼」
三人の背後で声がした。
――しまった。一般の……。
その声に皆は振り返る。
しかし、三人は、銃を突きつけられていた。見渡せば、円状に取り囲まれている。
「私たちと来てもらいたいのですが?」
――これまでの黒幕。
《私の仲間はどうなっているのですか!? 怪我をしているのですか!?》
黄砂が取り乱していた。黄砂も彼らが一連の黒幕だと気づいたのだった。
「情報が欲しければ、私たちと来てください」
中央の男性は、冷静に銃口をこちらへ向けて言う。
《お願いです!! 生死の情報だけでも!!》
黄砂は、彼の銃口に近づいていってしまっていた。
「来てください」
《……》
彼の一言だけの返答に、黄砂は言葉を失う。一方、遥は気を失ったまま。銀河はその姿を見ながら黙って今までの会話を聞いていた。
「早くしないと、〈1分〉過ぎてしまいます」
《え?》
銃口をこちらへ向けている彼の唐突な言葉に、黄砂は一瞬、何の事だか分からなかった。
――1分。
その言葉を聞いて、銀河は思い出した。この1分の壁がとても人々の人生を変える事。
「……」
彼は意識のない遥を見て、悲しい顔をした。
10年前、銀河が〈信頼〉していると言ったあの時から、数か月後のエア・レースの時だった。規模は少し小さめだったが、銀河たち〈チーム〉は、いつも通りの100パーセントの出力で挑んでいた。しかし、彼女は左眼を失った。設計ミスによるクラッシュだった。左の翼が根元から空中分解した。
通常ならば、翼の上昇しようとする力で胴体との接合部分が折れないようにする為に両翼に燃料を入れ、重さを作っている。しかし、今回は違った。燃料を使わず、全て電気だけで出力をまかなう設計にしたのだった。だから、翼が根元から折れてしまったのだ。
幼い頃の銀河は、遥の眠る病室の隅で泣いていた。
「大丈夫?」
その声に彼は顔を上げる。遥からは銀河の涙が見えた。彼女は意識を取り戻して、彼の方へ来ていた。
「銀河も怪我したの?」
彼は黙って、首を振る。
「良かった」
――え?
遥の顔を見た。笑顔だった。
「また一緒にレース出よ?」
「何で……?」
「だって、怪我してないんでしょ? また設計の作業とか、できるよ」
遥はきょとんとして言う。
「だって!!」
彼は遥の顔の包帯を見る。
――特殊細胞の治療でももう治らなかったのに。
顔が曇る。
「おじいちゃんに聞いたけど、あんな大クラッシュだったのに誰一人巻き込まれなかったんだよ? もちろん銀河も」
彼女は笑顔を見せる。そして。
「だから、また〈設計図〉からマシン作って?」
「やだ!! 僕は」
銀河の脳内に、事故の瞬間の光景がフラッシュバックする。
「〈信じてる〉って、言ってくれたじゃんっ!!」
銀河は、顔を上げた。その声の主、遥が頬を膨らませていた。
「私、まだ飛べるよ? 信じてくれるんでしょ?」
彼女は、頬を膨らませながら、銀河の顔を見る。
「嬉しいもん。銀河との……」
『チーム』
《分かりました》
――黄砂。
銀河は、思わず彼を見た。
《大丈夫です。今までありがとうございました》
《遥を早く、病院へ。では》
彼はそう言うと、男性のもとへ浮遊して行った。
「風弦もこちらへ」
《はい》
黄砂が振り返る。遥の胸ポケットから風弦が飛び出した。そして、それは黄砂のもとへと移動していく。
《これでいいでしょうか?》
「はい。ついてきて下さい」
男性は銃口をそらすと、黄砂と共にその場から去っていった。そのあとを、周りにいた彼の部下たちが続いた。
銀河は、意識のない遥を見た。
そして、あの時の事を思い出した。
〈チーム〉じゃなくて、〈別の何か〉に変わった自分の立ち位置。それと、自分だけが変わってしまった〈あの時〉からの立場。
銀河は携帯端末を取り出した。そして、救急に連絡を入れた。
20秒後、救急車両が到着した。救急隊員が駆け寄ってきて、遥を乗せる。40秒後、病院の救急病棟へと到着した。遥の意識はない。60秒後、銀河は、待合室にいた。長椅子に座り、声を殺して泣いていたのだった。
黒幕である彼らの本部。どうやら、ここは民間企業のオフィスビルのようだ。
《黄流は、今どこに?》
黄砂は隣の男性、斑田に尋ねた。
「その前に、風弦を」
彼は黄砂の方へ向き、左手を差し出す。
《そうですね。分かりました》
黄砂は、風弦自身の視覚用ステルス機能をオフにした。
「!」
少し、風圧が感じられた。そして、陽炎のような空気の歪みが見えたと思った瞬間、その中心から、深緑の風弦が姿を現した。
「話が早い」
斑田は少し口角を上げた。
すると、黄砂は風弦を頭上で管理しながら尋ねた。
《私のもう一人の仲間は?》
「保護しています」
その解答は、目の前の斑田ではなく、違う方向からの女性の声だった。この組織の上層部の女性、条右治が奥から歩いてきた。
《無事なのですか?》
「えぇ、衝突の衝撃で気を失っているだけでした。その他は大丈夫です」
《それで、今どこに?》
『ここだ!!』
黄流が姿を現した。
《コール!!》
黄砂は、彼に飛び寄る。
《大丈夫ですか?》
『あぁ、大丈夫だ。だから、心配はいらない』
彼は少し笑顔を作った。
《安心しました》
彼の言葉に黄砂は、安堵した。しかし。
……カチャ。
彼らの背後から何か、音がした。振り返ると、条右治の部下、斑田たちが銃口を向けている。
《最初から!?》
「……」
誰も答えなかった。
斑田の引き金が引かれようとした。
……ヒュ。
銃弾の風圧で、風弦が少し揺れた。
《……え?》
一瞬の出来事に、黄砂と黄流は戸惑う。
斑田が右手首を押さえている。
彼の銃は地面に音を立てて落下し、地面を少し滑っていく。条右治が銃弾の来た方向を見ると、次の瞬間、煙で周りが見えなくなった。
「……」
部下たちが咳き込む声が聞こえ出す。
――警察!?
この視界の中、足音が聞こえる。
――一体、どうやって警察を信用させた?
条右治は、自身のスーツに着けていた、会社のバッヂを外し、地面へ叩きつけた。
今日も青い空に上昇気流が舞い上がる。そんな快晴の日に、遥は病室のベッドの上で窓の外を見ていた。
――晴れてる。全て終わったのかぁー……。
すぐ側の銀河も黙って外を見ていた。病室の白い壁に背中をもたれて。
すると、遠くから走って来る足音が聞こえてきた。そして、ドアが大きな音を立てて開いた。
「遥!! 白兄鷹君!! 大丈夫か!?」
「おじいちゃん?」
遥は、祖父の大きな声に驚いた。
「あぁ、良かった!! 無事だったぁ!!」
祖父の空隙は、安堵でその場にへなへなと倒れた。
「……白兄鷹君」
祖父は、感極まって泣き始めた。
「?」
銀河は、少しこの状況に戸惑った。
「警察の人から教えてもらったんだ。人工衛星からの映像も見た。遥をかばったり、助けてくれたりしてくれたところ」
「え……」
銀河は、予想外の事に顔を赤くする。
祖父は微笑む。そして。
「ありがとう」
夏至の太陽のもと、祖父の修理工場が修繕作業を終えていた。遥たちは、いつも通りの暮らしへと戻ろうとしている。遥は修理工場のすぐ外のベンチに座り、晴れ渡った空を見ていた。怪我もすっかり治っている。
――ん?
背後から足音がした。振り返ると、銀河がいた。
「大丈夫か?」
彼はそういうと、遥の横に座った。
「うん」
銀河は、遥を心配していた。しかし、遥が笑顔で答えたので、安心したようだった。
今回の事件。黒幕は、黄砂たちのスペース・シャトルと衝突したレーザー円盤型貨物便を運航していた運送会社だった。彼らは自身の貨物便と衝突したのが、未知の者たちだということをいち早く察知したのをいいことに、黄砂たちの先進技術を自らが独自に開発した技術として、特許申請し、運送業界でトップクラスへと上り詰めようとしていた。それが動機だった。
しかし、スペース・シャトルの回収の時点で〈風弦〉が重要な部品だということを把握しきれていなかったので、それを回収できず、遥たちに拾われていってしまったというわけである。
一方、人工衛星を使用し、国内を守っていた防衛省から、警察は連絡を受けていた。貨物便とスペース・シャトルが衝突した時点では、防衛省は警察へこの一連の事件の情報を渡す予定はなかったのだが、遥たちが黄砂たちと接触したことを人工衛星からの監視映像で知ったので、彼女たちの保護と黒幕の逮捕の協力をお願いしたのだった。
黒幕の運送会社は、防衛省が動いているということに気が付いていなかった。そのため、黄砂と風弦の両方を手中におさめられれば、遥と銀河の二人がどれだけ警察に説明しても、彼ら警察は証拠がないということで、行動できないだろうと推察していた。
ちなみに、黄砂たちが故郷の惑星へ帰るためのスペース・シャトルは、防衛省が責任を持って再現するということになった。
黄砂たちは、帰還の準備を始め出したのだ。
――やっぱり、帰っちゃうよね。
遥は、修理工場の横で空を見上げていた。黄砂たちには、まだ、あの時以来会えていなかった。
「……」
銀河は、少し遥の方へ視線を移す。彼女の表情が気になっている。
「……」
祖父の空隙も気にしているようだが、黙々と作業を進めている。
「……」
遥は、青い空をずっと見上げている。今日は夏至。雨など降る予定はない。そんな雲一つない空。
……すると。
……ォォォゴゴゴ。
「?」
遥は、目を凝らす。何かが落ちてくる。
――あれは!!
銀河も上を見た。次の瞬間。
風圧で、二人は少し吹き飛ばされた。彼と出会ったあの時のように。
彼は、地面の砂に半分埋まっている。
「黄砂!!」
彼は、足をばたつかせて砂から自力で脱出している。そして、顔を出すと……。
《帰るの、やめました》
「え!?」
《あなたたちと一緒にいる事にしました。故郷の惑星には、この地球へやって来た目的の情報は送りました。だから、もう自由です!!》
彼は、笑顔を見せた。
「本当に?」
《はい》
笑顔が広がっていった。銀河も、工場の入り口で見ていた祖父も。そして、どうやら一緒に落下して来て、砂にまだ半分埋まっている素浦と黄流も。
「よろしく!!」
遥は、丸い彼を抱きしめた。