チーム
被弾した左腕からの出血が止まらない。しかも、機体にも穴が十数か所空いている。このままいくと機体ももたない。
――どうすれば。
銀河は、拳をかたく握った。
《銀河!!》
黄砂の声に振り返る。すると、後ろを向いていた彼が慌てている。
《後方に複数の黒いヘリが!!》
――何!?
銀河は、そちらを見上げた。ヘリは、実際にこちらの機体を追ってくるかのようについて来ていた。
――高速風路にまで!!
〈どうしよう〉
宇宙生命体の彼が焦る。
「遥!!」
銀河は、遥へ視線を戻す。
しかし、返事が無い。
銀河は、足元の赤い液体に気づく。
足元に血だまりが出来ていた。
――失血。
彼女は、失血で意識を失っていた。
すると、機体が次第にレーンからずれていくのが見えた。
自動操縦もあの時の被弾により、正確さを失っていた。
レーンから外れ、機首が下がって行く。
「地面到達まで、残り10秒」
アナウンスも警報と共に鳴り響く。
銀河は身を乗り出して、操縦席の操縦桿を左手の片手で引く。しかし、機首は上がらない。
――くそっ!! 間に合わない!!”
――最悪だ。こんなところでこいつを死なせる訳にはいかないんだ!!
幼い頃、彼女はまだ泣いていた。
「ゔぅ……」
「もう泣くなよ。俺は怒ってないよ?」
幼い頃の銀河は、にこっと微笑んだ。西日がきれいにそれを映し出す。
「だって、だって、銀河の作った航空マシン大破させちゃったんだよ!!」
彼女は涙を我慢しながら彼の方を見て言った。しかし、涙は止まらず、瞳に溜まっていく。
「別にいいよ、そんなの。だって俺たち……」
『チームだろ?』
その瞬間、遥は現実に戻って来た。瞳を開き、状況が脳内へ入り込んでくる。
しかし、視界がぼやけて、操縦桿を握る手にも力が入らない。
――間に合わない!!
一方、銀河は遥の様子に気づくことなく、操縦桿を引き、機首を上げようと必死だった。
《作動》
風弦が風圧を発生させた。
――黄砂!?
しかし、それが命取りだった。
機体は、風弦が発生させた風圧と元々の高速風路の爆風とのせいで生まれた乱気流により、バランスを崩した。それにより、機体は、右回転を加えられながら、高速風路の下の立体交差しているバイパス道路へ落下していった。
地面への衝突音が辺りへ響き渡った。
機体は、胴体・右の翼・SONIC BOOM翼の三体に分裂し、バイパス道路を全面通行停止にさせていた。
その白い煙を発生させている機体の中で、銀河は、右大腿骨を骨折し、頭部は散らばった破片で皮膚を切り、出血もあった。だが、意識があり、遥の方へ這い寄った。しかし、彼女を見た瞬間、言葉を失った。
遥は、左全腕から左の肩甲骨にかけて複雑骨折しており、それに加え、墜落の衝撃によるショックで心停止状態になっていた。
「……」
銀河は、頭部からの血液が目に入り、右目を思わずつむった。すると、次の瞬間、救急隊員が機体を抉じ開け、救出に来た。
「大丈夫ですか?」
救急隊員が意識確認をする。その後、銀河も意識を失った。
10時間後。二人の治療は、完了していた。
銀河と遥の二人は、1分後には病院へ着き、治療が始まっていたのだ。交通システムの向上により、どの都市のどの地点にいても1分以内に病院の救急病棟へ到着出来るようになっていたからだ。
遥が意識を取り戻す。黄砂と素浦がいない事に気づき、痛む左側をかばいながら個室を出て、まず、銀河の元へ行こうとした。彼の病室は廊下の突き当りの部屋だったのだが、真夜中だったので廊下には誰もいない。それにより、廊下が長く続いていて遠く感じた。
遥は彼の名札を見つけ、中へ入る。
消灯時間を過ぎていたので、部屋は薄暗く、小さな灯りしか点灯していなかった。その個室の窓の近くに彼の横たわるベッドがあった。
彼の様子を確認する。
まだ意識を取り戻していない。
それを見て、遥は涙を流した。
――私のせいだ。
涙のあと、遥は再び彼を見る。涙は我慢した。けど、瞳には涙が溜まる。
10年前、初めてのクラッシュ後の事だった。
幼い遥は、泣いていた。
「ごめん、銀河のマシンでクラッシュして」
彼女は、全身傷だらけ。
「もう泣くなよな? 気にする訳ないじゃん」
幼い銀河は彼女の事を心配していた。怪我もそうだが、泣いている理由も。
「どうして? 銀河が、ずっと何ヶ月もかけて作ったのに」
「僕の役目は、安全を守る事だから。それに、僕と遥は、チームだよ。遥が僕の事信じてくれてるから、僕は気にしないよ?」
涙の溜まった瞳の視界が少し開けた。
「僕も遥の事、信じてるから。だから、もう泣かないで?」
銀河は、遥の目元に小さめのハンカチを当てた。
「うん!!」
遥は、やっと笑顔になった。
――今の立場がすごく窮屈だ。
――でも、幼なじみだから仕方がない。どうせ、誰かも通る道だろう。
――新しい、また違った立場からのアクションだったら、こんな事もなかった。
銀河は、意識を取り戻した。側の遥の姿が視界に入った。
――スライドして行かねぇかなぁー……。
銀河は遥に左手を伸ばし、苦笑した。
2時間後。もう辺りは、しののめ。薄明るくなってきていた。
遥は自分の病室のベッドの上で目を覚ます。あの後、自力で自分の病室に戻っていたのだった。
「……」
――何か、少し痛いような。
――一応、治ったのかな?
彼女は窓の外を見る。しののめが淡い紫をしめす。
――あの二人がいない。
遥は、黄砂と素浦がいない事に改めて気づいた。
――銀河の病室にもいなかった。
「遥」
彼女のいる個室のスライド式の扉が開いた。彼女は振り向く。
「銀河」
彼だった。
「二人、ここにもいないんだな?」
「うん」
遥は、少し俯き加減で答える。
「風弦はお前が持っていたよな?」
「うん」
再び、うなずく。
「行こう」
「え?」
遥は、思わず彼の方を見上げた。
「12時間は経過した」
「そうだね」
遥は笑顔を見せた。しかし、銀河にはそれがストレートには見えなかった。
通常、特殊細胞修復液の治療がされていたら、24時間以内には治る。しかし、遥は早い段階で銀河の病室へ移動してきていた。12時間は安静にしていなければ、再び怪我が悪化し始める場合がある。未だに科学には、100パーセントなど無い。
――風弦。そういえば……。
遥は、ある事を思い出した。
黄砂は、どこにいても風弦の位置を把握する事ができる。よって、彼が自由の身であれば、彼の方から遥たちの所へ戻ってこれるはずである。
――拘束されていなければ、いいのだけれど。
遥と銀河の二人は、静かに病院を後にした。
午前6時。二人は病院の外へと出た。右には高速風路。左には高層オフィスビル群。その二つに沿って進んで行く。
遥は左腕をかばって歩いていた。
――何か、まだ痛いような。
銀河は、その様子を気にしていた。
――まさか。
――あの時は、まだ12時間以内だったのか?
遥の左腕を少しかばっている右手を見ていた。
辺りは、ビル群によって朝日が光のカーテンのようにビルとビルとの間から零れてきていた。
「……」
銀河はそれを見て話せなくなった。
いつもの彼女ならば、笑顔ではしゃいでいるのに。
素直に美しい景色だと、彼女の隣で思えていたのに。
銀河はこの景色を作っているビル群のある一つを見上げた。すると、次の瞬間、何かが屋上で光った。
「遥!!」
銀河は叫ぶと、遥の前へ出て彼女をかばった、が。でも、倒れたのは、遥だった。
「どうして……」
――間に合わなかった!?
銀河は慌てて振り返り、彼女の上体を抱き上げた。
彼女は狙撃され、倒れたのだった。
「私の事より……、黄砂たちを」
腹部から血液がしたたり落ちる。そんな彼女を見て、銀河は自分を許せないでいた。彼女を被弾からかばえずにいる自分が。
「置いて行ける訳ないだろ!!」
――あの時のレースの怪我だって、俺のせいなのに!!
銀河の脳裏に過去の記憶が横切っていく。彼女の身体に残る傷、義眼にしてしまった時の記憶が……。
銀河は、遥の腕を肩に担いで、起こそうとする。二度目の被弾を防ごうとその場から移動を開始した。しかし、そんな中。
遥は意識を失った。




