鳥取砂丘
警告音が鳴った。とうとう右のエンジンが火山灰の影響で停止した。
機体が傾く。
――まだだ。ここじゃない。
鳥取砂丘までは、あと少し。濃い火山灰で方向感覚が鈍る。
――鳥取砂丘へ……大丈夫、きっともつ。
遥は、機首を下げて失速しないようにした。
残り10キロ。もう少し。
残り5キロ。
残り4キロで、視界が開けた。火山灰の下まで降りてきた。
「あ!!」
遥が思わず声を上げる。滑るような曲線の砂丘が見えた。
「着いたみたいだな」
銀河は、窓から外を見渡す。機体は、着陸態勢に入る。
この機体は、以前のものと同じくエンジンを傾けて着陸する。よって、右エンジンが停止している今は、胴体着陸だ。しかも、廃材置き場で製作したので、タイヤがない。
「衝撃まで、5.4.3…」
アナウンスが消えた。
「え!? 何で!?」
「電源が落ちたな……。仕方ないか、火山灰だ」
銀河が冷静に言う。
――電気系統までやられた!!
遥は、ショックを隠せないでいた。
《では、私が……》
――え?
着陸寸前、下から強い風が吹いた。正体は、風弦だった。それにより、機体は横転、大破せずに済んだ。
「暑いな」
あれから1時間。今は午後2時だ。最高気温を観測している頃だろう。四人は不時着した鳥取砂丘で今後の行先を決めていた。
そんな中、銀河は機体の修理・整備をしている。しかし、未だに右エンジンの調子が悪い。火山灰が冷えて、はらはらと落ちてはいるが、まだまだらしい。
「ところで、お前はそれで何をしているんだ?」
「ん?」
銀河の問いに、遥はおろそかに答える。彼女は携帯電話が祖先の情報端末で位置情報を見ていた。ここには、何があるのだろうかを調べている。
「この先に、鳥取高速風路第1号線が通っているみたい」
彼女は、情報端末のディスプレイを銀河へ見せた。
「それで?」
銀河はそう言うと、右エンジンから顔を出す。作業服も顔も肌も灰だらけである。
「電車を使えば、夕方には着くよ?」
「夕方?」
彼は再び、エンジンを見始める。そして、灰を落としていく。
「2時間後の4時」
一方、宇宙生命体の二人は、ふわふわ浮いている。
「仕方ない、そうするか」
再び顔を出す時、彼はエンジンの淵にこめかみをぶつけていた。しかし、そのまま、なかったように続ける。
「運搬専用の高速風路で逃げるのか?」
「それでもいいかな? と思って」
「そうするか」
銀河は、灰だらけの作業用の手袋をはたくと、片方ずつ両ポケットへ入れた。そして、三人と共に歩き出す。最寄りの駅へ。
高層ビルたちが後方へと流れていく。そんな各駅停車の窓を、遥は一人、眺めていた。黄砂と素浦は膝の上。きっと、かわいいぬいぐるみに見えているに違いない。隣の通路側の席には、銀河が作業帽を顔に乗せて、寝ている。
――銀河。疲れてるんだろうな。
遥は抱えていた黄砂に顔を伏せる。彼はくすぐったいのを我慢しているのか、必死にうごめいていた。
「バレるだろ」
隣の彼が遥の頭に作業帽を乗せた。遥はそれを受けて顔を上げた。
「次の駅だ」
「うん」
四人は鳥取高速風路第1号線のICでマシンをレンタルし、そのまま高速風路へ乗るらしい。
電車の車内アナウンスが流れる。すると、銀河は作業帽を深くかぶると颯爽と立ち上がる。
「行くぞ」
そして、遥の右手を引いた。
「え、あ……」
遥は銀河の早足について行く。その彼は駅の流れを追い抜いて行く。その後を、素浦が必死について行く。途中からは、黄砂の足にしがみつく。黄砂の方は遥に左手でかかえられている。
駅からは、東口から出た。もうすぐ夏至。まだ昼みたいに感じる。夕暮れなんてまだまだだったろう。目の前には、バスターミナルとタクシー乗り場。どれもスカイ・カー使用の……。
この時代まで来れば、地方格差はほぼなく、全国で乗り物は上空を飛ぶ。もしくは宙に浮いている。
銀河は、バスターミナルを右側から回り込んで、少し離れた駅前のエア・マシンのレンタル店へと向かう。
――高速風路用マシンは、あるだろうか?
遥は疑問に思う。
でも、銀河はまっすぐに向かう。ときたま、右手で作業帽のつばを触り、太陽を見上げている。
――まだ、暑い。
陸時代のアスファルトがそのまま使われている。乗り物が全て宙に浮くようになってから、あまり地面は痛まなくなったのだ。
すると、涼しい風が一瞬流れてきた。
レンタル店に着いたみたいだ。
「いらっしゃいませ」
立体映像が出現する。この立体映像はタッチパネルである。
店内管理員の簡易人工知能である、彼は続ける。
「ご希望の様式をお選び下さい」
画面が変化した。
ここは、どうやらセルフサービスだった。その分人件費が削られているから安価だ。
銀河は、作業を続けている。
――右手握られたままなんだけどな。暑くないのかな?
遥は、隣の彼の方を向けずに、左手の黄砂の様子を確認している。すると、左腕にいた黄砂がうごめき、ずり落ちそうになった。黄砂も素浦に右足を掴まれていて、大変だったのだ。
《おーちーるー……》
黄砂は、ばたつく。それを見て、遥は膝を曲げるが落ちそうだ。すると、銀河が手を放した。でも、黄砂は地面にぶつかった。
「大丈夫?」
遥は、すぐに、落ちた彼を抱きかかえた。
「浮けなかった?」
《自分自身と彼の体重では……、ちょっと》
「だよね……」
そんなこんなで、銀河はキーを受け取っていた。
「行くぞ」
「うん」
三人は銀河について行った。マシン置き場は右のドアからだった。
「番号は?」
「A - 91」
遥の問いに、銀河は一言で答えた。
「へぇー。今日は、かなりの貸し出し中だね。平日なのに」
「今日は、祝日」
……。
「あ、そうだった」
銀河は、足を止めた。91番が目の前だ。
翼は高速風路用に開発された、SONIC BOOM翼だ。翼の形が音速の壁に見えるからだ。
「操縦出来るよな?」
「うん」
遥は少し微笑む。
早速、四人はマシンへ乗り込む。
遥は後方を確認すると、搭乗口でもあるコックピットの上部を封鎖する。
「準備は?」
最終確認。
「大丈夫だ」
遥はその声を聞き取ると、エンジンをかけて、開いて行く目の前のシャッターを見つめていた。
高速風路のICが遠くに見えた。そこまでは白い外壁に囲まれた誘導線路を伝っていく仕組みだ。ジェットエンジンではなく、ゆっくりと進んで行くイオンエンジンが静かにうなる。すると、だんだんと暴風による轟音が微かに聞こえてきた。
「高速風路第1号線への使用を許可します」
アナウンスが聞こえた。
「あ」
すると、遥はある事を思い出した。
「チャージしたよ」
銀河が、後部座席から声をかけてくれた。
「ありがとう。ちなみに……」
「京浜工業地帯交錯高速風路までだ」
「そんなに?」
遥は、少し視線を後ろへ。
「……」
彼は、少し黙る。
「?」
「夏の……」
「あ、うん!! おじいちゃんに言っておく」
遥は、笑顔で言った。
高速風路への合流地点の白いゲートが開いた。暴風が流れていく。それを遥は、ほぼ平行に高速風路の本線へと侵入していく。
「3.2.1.0…」
と、アナウンス。
それと同時にGがかかった。
ゲートの内側に設置されている、本線へ安全に侵入させる為の加速を可能にする四段階の空気圧がSONIC BOOM翼へ向かって加圧される。機体は高速風路の最高速度までに達し、彼女らは高速風路に乗る事ができた。
「……」
機内はしばし静かだった。誰も会話をしていない。そんな時間が少し続いた。遥は、機体の操縦に集中していた。SONIC BOOM翼は、久しぶりだった。銀河は、一つ後ろの席で眠っている。怪我の治療の影響だろうか、睡魔に襲われているらしい。一方、黄砂と素浦は外を見ている。高速風路には、高速道路のような防音壁がない。よって、外の景色がよく見える。
今回、乗っている高速風路は都市の中を突っ切っているルートなので自然は見えないが、高層ビル群など様々な建築物が後方へ流れていくのが見えた。
1時間後、午後5時。
一向に太陽は沈まない。
もうすぐ、京浜工業地帯交錯高速風路。
だんだん後ろへ流れゆく景色も、次第に高層の建物である割合が高くなっていった。
「そろそろか……」
銀河がいつの間にか、目を覚ましていた。
「そうだね」
遥は相槌を打つ。
「東京まで戻って来ちゃったけど、次はどうしようか?」
「そうだな、次……」
銀河は、左側の窓の外からの一瞬の光に気づいた。
次の瞬間。
SONIC BOOM翼の機体が攻撃された。機体が衝撃で揺れる。
「遥!! 大丈夫か!?」
「……」
遥の声がしない。
「遥?」
〈……?〉
素浦もそちらを見た。すると……。
彼女は左腕に被弾し、大量に出血していた。