光速のSONIC BOOM
「第100回航空レースを開催いたします」
アナウンスが青空に響き渡る。空には巨大な積雲がいくつも浮かんでいた。もうすぐ夏至。停滞前線の通り雨のあとの快晴が続いている。
4つ目の青信号が点灯した。
彼女は、スロットルを引く。
一斉に航空マシンがスタート地点から飛び出して行く。
――音速まで残り3秒。
観客の目の前で轟音が響く。白い音速の壁が現れたのだ。
「もうすぐ、第一コーナーです」
人工知能による〈自動実況〉が会場に響いていく。
彼女は、操縦桿をきる。
「第一コーナーは、空競遥が首位です」
彼女は、そのままコースの直線部分を突き進む。次第に後方の航空マシンが引き離されていく。
――残り99周。
固定翼・プロペラ翼・羽ばたき翼の全てが一般に普及してから、約100年。太古の〈陸・海・空〉は、必要となくなり、〈空・空・空〉になった時代。
人類は、空を制覇した。
「首位が最終コーナーにかかります」
フラッグが空に舞う。詳しい判定など必要なかった。
「優勝は、……」
アナウンスをかき消すような轟音と共に、優勝した彼女が航空マシンを着陸させる。 そして、航空マシンの搭乗口を開けて、上体を出し、手を振った。
観客は、歓声を上げる。
「みんな、応援ありがとう!!」
彼女、空競遥はエア・レースで金メダルを取った。
1.光速のSONIC BOOM
空からは、強い日差しがさしている。遥は、祖父の修理工場への帰途についていた。
――やった!! 金メダル。
彼女は、会場からずっと首から下げたままのメダルを見て、笑顔になった。
祖父の修理工場からは、機械音が響いてきていた。遥の祖父、空競空隙と、部下の少年、白兄鷹銀河が作業をしているのだ。
白兄鷹銀河は、整備士として、この修理工場に雇われている。そして、遥の幼なじみでもある。
「おじいちゃん!!」
遥が声をかける。祖父の空隙が振り返り、表情を明るくする。
「おぉ、帰って来たか。どうだった?」
「金メダルだよー」
遥は、金メダルを祖父と銀河の二人に見せる。
「遥も立派なエア・レーサーになったなー。あとはここの跡取りさえ見つかれば……」
祖父は、頬を右手で押さえる。
「また、その話」
遥は、呆れて顔をそむけた。
「あ」
「?」
「白兄鷹君、ここの跡取りになってくれないか?」
祖父は銀河の両手を両手で握る。
銀河は驚いて少し目を大きくした。
「ちょっ!?」
遥は焦る。しかし。
「おじいさん、喜んで」
彼は、完璧な笑顔で答えた。
「ホント!?」
祖父の瞳がキラキラと輝く。
――猫かぶってる!!
銀河は、祖父の前では完璧に優等生だ。
「おじいちゃん!! 本気にしない!!」
――なぜ、見破れない!? 長く人生歩んでいるでしょうが!!
突然、電話が鳴った。
「はい。空競修理工場です」
「お世話になっております。株式会社Ray Railです」
遥の祖父の空隙がいつも利用している運送会社だった。彼らは、レーザーによる推進力で空を航空する技術を物流に取り入れた第一人者だった。
「はい」
「そちらの発注した部品を乗せたレーザー円盤型貨物便が砂丘に墜落しまして……、お手数ですが、お客様自身のお荷物の自主回収をお願いしてもよろしいでしょうか?」
空隙は少々驚いた様子で、続いて耳に入ってきた電話音声に耳を傾けた。
「簡易ユニットのお客様には、あらかじめ文章での御説明をさせていただいておりますので……」
「えーっと、……分かりました」
「ありがとうございます。失礼いたします」
しばし沈黙の後、空隙は、通話を切った。
「はぁー」
溜め息をついた。
「どうしたの? おじいちゃん」
「それが、私が発注していた部品を積んだ貨物便が砂丘に墜落したようで」
それを聞いた遥は、驚く仕草で目を大きめに開いた。それに気づかないのか、祖父の空隙は話を続ける。
「困ったなぁー。仕方がない、遥と白兄鷹君、回収に行くか?」
「うん」
「分かりました」
遥も銀河も笑顔で快諾した。
「ここか……」
砂丘には、辺り一面に貨物として積み込まれていた祖父の部品の他に、様々な物が散らばっていた。遠くには自主回収に来た、簡易ユニットの顧客と思われる人々が作業をしていた。
「全てダメになっている……」
空隙は、近くの部品を拾い上げて、困り果てた。
「保障制度には、入っているんですよね?」
銀河は、空隙に尋ねた。
「いや、入っていない。自主回収の簡易ユニットだからな……」
一方、ほぼ遊び半分でついて来た遥は、砂丘を歩き回っていた。
――何か、落ちてるかなぁ。
その楽しそうな感じの遥が視界に入った銀河。彼は、遠い目で少し呆れた。
――あ、綺麗。
遥は、あるものを見つけた。それは、深いエメラルド色の小さな重金属のような物体だった。重金属のように重いが、少し透明感のあるナットみたいだった。
遥は、それを太陽光に当てて、美しく深緑の影をおとす物体を見て笑顔になった。
「おーい。遥。そろそろ帰るぞ?」
「はーい」
彼女は、その物体を持ったまま、走って彼らのあとを追った。
「さて、どうするか……」
祖父の空隙は、コーヒーも入っていないマグカップを思わず握る。
――一度、大きな衝撃を受けた金属は、次の衝撃に弱い。
「再発注か……」
マグカップを握ったまま、机に顔を伏せる。
――やっぱり、ナットかな? でも、緑だし。
一方、遥はエメラルド色の物体を工場内のライトの光に当てて観察していた。エア・レーサーである為、職業が違うからと、祖父の経営状態には興味が無いらしい。
「おじいちゃんに聞いてみようかな? ナット?」
「ん? どれどれ?」
「え? 聞いてた?」
遥の独り言が、祖父には聞こえていたようで、彼は、遥の両手の手のひらの物体を覗き込む。
すると次の瞬間、突風が発生した。
「な!? 何!?」
物体の近くにいた遥と祖父は、思わず目を閉じる。
しかし、背後で金属のぶつかるけたたましい音が響き渡った。修理工場内の機械が飛ばされていく。
「あーーー!! せっかく直した航空機がーーー!!」
祖父は、やっと開くことができた右目で確認した光景に思わず叫んでいた。
ヒュゥゥゥ……。
「な、何これ……」
突風が止み、修理工場内も静かになった。しかし、三人は、唖然としている。工場内は、大惨事だった。
「何だったの、今の……」
遥は、驚いて立ち尽くしていた。
次の日、三人は修理工場内の整理に追われていた。祖父は、いそいそと機械の点検を続けている。
――おじいちゃん、怒らなかったけど。
――大丈夫かな?
「ねぇ、銀河?」
「何だ?」
銀河も点検・修理に追われていた。
「ついて来てほしい所があって……」
珍しく遥が落ち込んでいて、声がだんだん小さくなっていく。
「もう一度、昨日の砂丘へ……」
肩身が狭いのか、語尾が聞き取れないほどだ。
「そうか、別にいいよ」
彼は、少し微笑んだ。
「着いたけど?」
銀河は、遥を見る。
「この部品の持ち主を探したくて……」
手のひらの深緑の物体を見せる。
「そうか」
「でも、もう自主回収の人たちも、業者の人もいないね」
「まぁ、そうだな」
――一日経つと、こんなもんか。
銀河は、辺りを見渡していた。
「ん?」
遥が地面の砂を見ている。それを見て、銀河も彼女の見ている所に視線を落とす。
「どうした?」
「これ……」
遥は、砂丘の砂と似たような色で分からなかった黄色の球状の物体を見つけていた。手に取ると、真珠のように美しい球体だった。
「黄色の真珠?」
「そんな訳、な……」
ザァァァーーー……。
次の瞬間、雨粒が二人に襲い掛かった。
「え? こんな時に」
スコールだった。
二人は、すぐ止むと思い、慌てなかった。が、しかし。
「遥!! その手に乗せてる何か、どんどん大きくなってるぞ!!」
「え!?」
その黄色の真珠は、どんどん膨らむ。しかし、ボウリングの球ぐらいになっても、重さは変わらない。
「どうすればいいの!?」
遥は、両手のひらに乗せたまま、慌てていた。
二人は、破裂音と共に発生した突風に飛ばされた。
「痛っ!!」
「……ったく、何が」
二人は、視線の先のものに驚いた。
全体的には黄色い球体だが、角のような小さな足が下に二つ生えており、しかも宙に浮いていた。
「な、何……」
すると。
《大丈夫ですか? おケガはないですか?》
――何?
「これは……」
《言語再生型です》
《聴力の存在する生命体専用の脳内伝達言語です》
――テレパシー。
「それじゃあ……」
《はい。あなた方から見れば、私は宇宙生命体になります》
……。
「え!?」
遥は、両手で口元を押さえて驚いた。
「で、でもなぜ!?」
《実は私の乗って来たスペース・シャトルのメイン・コンピュータが制御不能になってしまって、この惑星の航空機と空中衝突してしまいまして》
その宇宙生命体は、驚いている遥の質問に答えてくれた。しかし。
「変だな」
銀河は何かを考えながら、一言つぶやく。
「俺たちが昨日この砂丘に来た時には、墜落したはずのスペース・シャトルのがれきは一つもなかったが?」
「それは、そうかも」
遥も、銀河の言葉に納得した。
《一体、どうしてでしょう?》
「誰かに回収されたとか、ぐらいだろうけど」
「誰が?」
「知らない」
「何だよー、それー」
遥は、少し不満げにしていた。
《それでは私のもう一人の仲間も誰かに!?》
「仲間と一緒だったの?」
遥は、尋ねた。
《はい。私は航空機との衝突の瞬間、石化して難を逃れようとしたのですが、きっと彼の性格上あきらめずに最後まで衝突を回避しようとしていたでしょうから、大怪我を負っているかもしれません》
「怪我をしていたら、きっと誰かに見つかっているんじゃないか? それに、宇宙生命体の治療って出来るのかが疑問だ」
《どうしましょう》
「ひとまず、俺たちの工場へ来てください。ここでは誰に見られているか分からないので」
《そうですね。ありがとうございます》
「行こ?」
遥は、彼に手を差し出す。
《はい》
その宇宙生命体は、遥と銀河の二人について行った。
「どうですか? 何か変化は?」
濃紺の制服を着た女性が部下の男性に尋ねた。
「見つけました」
彼は、人工衛星からの画面を停止させ、画像を拡大する。
遥、銀河、そして宇宙生命体の三人の姿がそこにはあった。
「現場へ指示を」
「はい」
男性は女性からの指示を受けると、側の通信機器で現場の部下たちに連絡を取った。